五等分の花嫁 -上杉風子の場合-   作:悠魔

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私は理屈は捨てたの
無知な懇願も
守りの姿勢だから
私が他の誰とも違うと言ったら?
あんたと違うと言ったらどうする?
絶対諦めないと言ったら?


『I'm finished making sense.Done pleading ignorance.That whole defense』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まだ太陽が昏く焼かれ始めた頃合いだというのに、人の波はごった返していた。

 むせ返る熱気と蒸気に、着物の内側が汗ばんで湿る。唯一の救いは、髪をかき上げているおかげで、風がうなじを突き刺していることだった。

 上杉風子は、中野家の姉妹と夏祭りにやって来ていた。

 姉妹、といっても、長女はいない。

 一花はドラマの収録でここより離れた場所にいるのだ。

 

(一花────)

 

 花火大会には一花がいなければ、この集まりは全く意味を成さない、というのが彼女達の共通認識だった。

 それは、姉妹が全員揃って花火を見るということが一年に一度の習慣となっているというのもある。

 しかし今年に限っては、もう一つの付加価値が足されているというのも、決して無視できるポイントではなかった。

 

 風子の存在。

 

 彼女にとっても、一花がこの場にいないという事実は、少なからずの動揺と焦燥を齎すものであった。

 一花の存在は、彼女の心の中でそれほどまでに大きなものとなっている。露店で買ったかき氷を掬っては戻し、掬っては戻しを繰り返す姿は、どこか、意識がそこにないようにも思えた。

──きっと意識は、彼女に囚われたまま。

 

「行儀が悪いですよ、もう」

「──悪いね。ぼーっとしてた」

 

 意識の外より抵触した五月に苦笑しながら、スプーンを彼女の口へと持っていく。少しの動揺の後、彼女もまた笑みを返すとかき氷を口に含んだ。小動物のそれを思わせる仕草に、心の緊張も知らず和らいでいくように感じた。

 

「私達の出会いもこんな感じだっけ?」

「はい?」

「ほら、私達が初めて会話したのって、確か私があんた達の家庭教師になる直前でしょう。あの時もこんな会話しなかった?」

「ん……よく覚えていませんが、そこで何か失礼なことを言われたのは覚えてます。それで険悪になったんですし」

「そんなこともあったか……」

「たった一年前のことなのに、何だか懐かしい気分です」

「一年……一年前、になるのか」

 

 彼女達と出会ったのが去年の秋頃。

 そこから三回ほど試験をやって、年を越して、三年生になって。

 

(──その頃にはもう好きになってたんだっけ?)

 よく覚えてないな、とかぶりを振る。

 考えてみれば、これといった切っ掛けは──あるような気もするし、無いような気もする。

 ただ、まあ。

 無理矢理その切っ掛けをこじ付けるとするのなら、それは多分、去年の花火大会が最初だったような気はするのだ。

 彼女のあの顔は忘れられない。

 忘れようもない。

 心の思い出を管理するフォルダにその光景を無理矢理焼き付けられたような、そんなインパクトがあった。

 

(できることなら──)

 

 そう、できることなら、あの子の心からの笑顔を見てみたい。

 それが風子のささやかな望みだったのであるが、どうやら、それは難しいらしい。

 

「一花、撮影が押してて時間に間に合わないかもって……」

「嘘っ!?」

 

 最も恐れていた事態だ。

 だが、想定内の範囲でもある。

「ま、こんなことだろうとは思ったけど」

「どうするつもり?」

「連れてくる!」

 言うと、風子はヘルメットを装着。

 こうなることが分かっていたかのように予め用意していたバイクに飛び乗り、転倒してしまったので、今度はゆっくり乗って、風の速さで道路を切り裂いていく。

 場所は分かっている。

 どうするべきかも。

 ならば、止まる理由はない。

 

(────……)

 

 四葉はその姿を寂しげに見送っていた。

 遠くに行ってしまう。

 捕まえられない速さで──。

 四葉は世界から置いていかれていた。

 

 だが、

 

「よし」

 ぱん、と両頬を叩いて、

 

「吹っ切れた」

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 これが、自分の人生で一番の山場というわけではないだろう。

 けれども、自分の青春の中で一番の山場であることには間違いない。

 一花にはそういう確信があった。

 収録が終わると、夜はもう更けていて、花火の時間に間に合うかは微妙だった。社長がタクシーを呼んでくれるそうだけれども、実際の時間は厳しいものがある。

 駄目かな、と気持ちが昏く沈む。

 

──だけど、いつだってそんな時に、

──彼女はやって来てくれるのだ。

 

「一花!」

 

 ぴしゃりと、闇夜によく響く声。

 一花の最愛の人が、バイクに乗ってやってきていた。

 風子はよかった、間に合ったと笑う。

 その様子がどこかおかしくって、でもそんな彼女が好きで。一花は嬉しいんだか面白いんだか誤魔化してるんだか、よく分からない微妙な笑顔を向けた。

 笑顔の理由がポジティブに溢れていることに心地良さを覚える。

 

「行くよ、掴まってて」

「──うん」

 

 彼女の手を取り、バイクに跨ると、劈くような音とともに風が吹いていく。

 上気した頬に当たって気持ちいい。

 けれど、胸の高鳴りは、恋の炎は、燃え上がっていく一方だ。永遠にこのままでいさせてほしい、という馬鹿な想いすら抱かせるほどに。

──ああ、この子は本当に、恋心を諦めさせてくれない。

──だから、今日はまだ休み疲れるわけにはいかないんだ。

 

「──私達、傍から見たら恋人に見えるのかな」

「ん……まぁ、欧米じゃあるまいしこの状態は恋人に限られるだろうね」

「……ふふっ。悪いことしてるみたい」

「そうかな?」

 

 私はそうは思わないけどね、という言葉を風子は口の中で転がした。

 風子から見た一花は、どこまでもどこまでも綺麗な女性、という印象だった。

 光芽吹く夜に現実からの逃避行。

 何となしにバイクを走らせているだけで、二人の気持ちは徐々に近付いていく。

 

 

 

 

 

(私は一花が好き)

(私はフー子ちゃんが好き)

 

 

 

 

 

 

 二人の考えることは同じだった。

 

 風子が一花に明確に惹かれたのは、去年の花火大会なのは間違いない。それが様々な経験を経て、恋とか、愛と称される感情に変わっていった。

 自分の恋愛感情を自覚したのは、家族旅行の最終日に、一花を見分けることができた瞬間だ。

 あの時は脳内で自問自答を繰り返した。一花を見分けられた自分は好きになってもいいのか、いや、良いわけがない……とか色々と考えた。

 そして恋愛感情を抑えたまま、修学旅行で衝突してしまった。

 

『──私の前でもう嘘つかないでよ!!』

 

 嘘をつく姿が綺麗だと思ったくせに、

 嘘をつかれたことに怒った矛盾。

 それは願望にも似た感情だ。

 きっと、自分の前でだけは、一花の本当の顔でいてほしい──という欲求があったのだと思う。

 嘘の笑顔であれだけ人を高揚させられるような人が、もしも、私にだけ、本当の笑顔を見せてくれたのなら。

 そんな光栄なことはない。

 その喜びにとって代わる幸福などない。

 

「……ちょっと寄り道しよっか。大丈夫、すぐ終わるから」

 

 場所はどこでもよかった。

 二人でいれるならどこでも──。

 それでも上杉風子がこの日、人通りも多いであろう花火大会を敢えて選択したのは、あの日の彼女の顔が、目に焼き付いて離れないほどに鮮烈だったからだ。

 風子本人でさえ知る由もないが、あれは俗に言う、一目惚れだった。あまりに眩しすぎた初恋は、その感情を憧れと誤認させるには十分だった。

 

 そして今。

 風子は再度、思う。

 場所はどこでもよかった、と。

 花火大会に向かわず人気の少ない公園にやって来て、そう思った。

 風子の瞳に映っているのは、もう、一花しかいなかったからだ。

 世界はとうに排されていた。

 見えているのは一花だけ。

 

「……この公園、前に皆んなで花火をした公園だよね。いいの?花火、そろそろ始まっちゃうよ?」

「うん。一花と二人でいたかった」

「…………え」

 

 惚けた顔の綺麗さに胸を打たれる。

 この日のために用意してきた何十通りもの告白が、彼女への愛を修飾するのに不十分だと気付いた。

 その発見は風子の思考を停滞させる。

 頭の中の、『好きだ』とか『愛してる』とかいう言葉があまりに安っぽく、そして幼稚に思えて仕方なかったのだ。

 

「……はは、何の用かなフー子ちゃん」

(──センサーに異常あり。ありまくりだ)

 

 一花もまた、風子を目の前にしてかけるべき言葉を失くしていた。

 これ以上は破裂してしまうと言わんばかりに、心臓は更なる躍動を見せた。感情が溢れるのは、時間の問題。

 いつまでそうしていたろうか。

 無限ともいえる葛藤の末、言葉を絞り出したのは、風子の方だった。

 

「一花、私は──」

 

 風子には心の枷が一つだけあった。

 恋とは、愛とは、突然燃え上がり人を狂わせる感情だ。それが消え去るのも、また突然。

 今まで積み上げてきたものが、

 共に培ってきたものが。

 喜びが、

 悲しみが、

──それら全てが失われてしまう。

 失うのは一瞬だ。

 先の見えぬ恐怖。

 その刷り込まれた恐怖心が、無意識のうちにブレーキをかけていた。

 

(…………私は、この期に及んで……)

 

 『恋愛が怖い』。

 その事実から目を背けていた彼女は、恐怖について考えることを放棄していた。

 時間にして約六年。

 だがもう、いい加減、自分の感情に真剣に向き合ってみるべきだ。

 棄てていた思考を取り戻して、

 

(──ああ、そうか)

 何故、恋愛に決着をつけた後も、自分は五つ子達と話すことができたのか。

 

(恐れることなんてなかった。たとえここで振られたとしても、)

 それは絆があったから。

 覚悟があったから。

 愛しいものを愛しいと言えるだけの勇気があったからだった。

──二乃の、三玖の、武田の、四葉の告白は、決して無駄じゃなかった。

 勇気をくれた。

 

(──私が貰ったものは、もっと尊い)

 

 気付いてしまえば、早かった。

 一花も、知らず、微笑んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────好きだよ、一花」

「────私も、フー子ちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 言ってしまえば、なんてことはない。

 美しいものを好きだと言うことに、何の躊躇いがあろうか。

 吸い寄せられるように目を閉じる。

 口付け。

 嬉しさというよりも、むしろ、そこにあるのが当然といった風に思えた。

 仄かな温もりは、浮き足立った心臓を鎮めていった。

 キスの味は、想像していたよりもずっと青くて、甘酸っぱくて、若かった。

 

 二人を祝福するかのように、天高く花火が舞い上がる。彩光に照らされた彼女の顔はより一層煌めいていた。

 空を彩る花火でさえもが、中野一花の引き立て役に過ぎなかった。だって、仕方ないではないか。一花はこんなにも綺麗なのだから──

 

──光の華が咲いた。

 花畑の中で少女は笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よろしくね」

「うん」

 

 

 

 

 

 




一花ルート確定じゃあ!!!
ここまで長かった!!!
でもまだこの話は続くんじゃ!まだ拾ってない伏線あるからなぁ!というわけで文化祭編やるぜ!!
と言いたいところなんですがここでお知らせです。
誠に勝手な話ですが、7月31日がハリー・ポッターの誕生日なので、その日に私の作品の一つ「シェリー・ポッターと神に愛された少年」にとって大事な話を投稿したいと思っておりまして、その日まで五等分の連載はストップさせていただきます。ごめんなさい!

風子が一花のこと好き!ってなったシーンは、今日はお休み(下)とか今日はお疲れとかスクランブルエッグ四玉目とかにあるんでもしよかったらそっちも読んでみてください!

ではまた!

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