「実はちょっと実験をしたいのよ」
一子が唐突にそう告げた。
一斉に胡散臭いものを見るかのような視線が彼女に注がれるが、そんなことを気にする一子ではない。
現在、オカルト研究部の面々とアーシアはリアスの実家に列車で向かっている途中だ。
本来ならアーシアは悪魔の眷属ではない為、残して来る必要があったのだが、さすがに仲間外れにはできない、ということで眷属候補としてついてくることとなった。
冥界の大気は人間にとっては害があるのだが、アーシアの神器を常時発動させておけば問題がないとアザゼルのお墨付きをもらったので、難なく解決している。
さて、到着までにはそれなりに時間が掛かるということで思い思いに過ごしていたのだが、そんな中の出来事だ。
「一子、何か嫌な予感しかしないんだけど、何の実験?」
「実は私、今代の赤龍帝なので、ホムンクルスとか色々作れるんだけど」
超位魔法を使用することでユグドラシルの制限を取っ払い、ホムンクルス以外でもホムンクルスと同じように作れる一子であった為、そういう言い回し。
しかし、リアスは頭を抱えた。
本来なら主は下僕とは別の一等車両に乗るのだが、リアスは普通に一子の傍にいて、つい数秒前までイチャイチャしていたのだが、一子の発言で桃色な空気はどっかに行ってしまった。
「今代の赤龍帝ってすごいんですねぇ」
「ギャー君……一子先輩がおかしいだけだから」
駒王会談の際に色々とあったものの、どうにか冥界への帰省直前に合流したギャスパーに小猫がツッコミを入れた。
「で、一子。今度は何をやったの?」
「まだやってないわ。要するに私が本気を出して造ると、どこまでのシロモノが出来上がるかってところ。性能試験みたいなものね」
意外と普通のものだった。
「まあ、それでしたら問題はないのでは?」
「ええ、それなら別に……いや、もうホムンクルスとかが作れるところからして、魔法使いとかそっちでもトップに立てそうなんだけど」
朱乃の問いとリアスの返答にうんうんと頷くイリナやゼノヴィア。
そうなんですか、と不思議そうなアーシア。
彼女はとても純粋だった。
「ともあれ、実験するから。あ、念の為、セラフォルーとアザゼルに伝えておくから」
楽しみだ、と一子はとりあえず3人程、造るつもりだった。
「うーん、負けられない」
一子は闘志を燃やしていた。
道中特に何事もなく、無事にグレモリー領へと到着した一行。
しかし、一子はグレモリー公爵の居城を見て、何故か負けられないと言ったのだ。
「一子、何が負けられないの?」
「だってリアス。こんな城を見せられたら、私の負けず嫌いな部分が大いに刺激されてしまうわ」
「そういうものなの?」
「そういうものなの。とはいえ、ええ、相応しい振る舞いというのはありますね」
急に変わった一子の口調にリアスは勿論、他の面々もぎょっとした。
同時に立ち居振る舞いが変わる。
その姿は凛としており、また非常に美しいものだ。
黄金の瞳はまっすぐに前を見つめている。
一瞬にして、空気が変わった。
廊下に並び、頭を下げるグレモリー家のメイド達にも緊張が走る。
「リアス、参りましょう」
そう告げ、一子はゆっくりと歩みを進めていく。
私がこの城の主だと言わんばかりの堂々とした、しかし優雅な歩み。
それが全く違和感がないのだから、リアス達は考えるのをやめた。
「お待ちしておりました」
「ええ、グレイフィア。案内してくれないかしら?」
「畏まりました」
ごく自然に一子に頭を下げるグレイフィアにリアスは不満の声を上げた。
「ちょっとグレイフィア?」
「あら、失礼しました。あまりにも堂々として……お嬢様、一子様は良い方ですね」
にっこりとそう言われて、リアスは悟った。
全部、バレてる、と。
「ただ、若いとはいえ初回であれは流石にやりすぎ……」
「グレイフィア! さっさと案内して!」
顔を真っ赤にリアスはそう叫んだ。
一部を除いて事態を察したが、ほくそ笑む者のほうが多かった。
部長が食べられたのなら、自分もいいだろう、と。
木場は溜息を吐き、小猫は最低です、と呟き、まだ毒されていないギャスパーは何が何だか分からなかった。
「我が家だと思って、ゆっくりとくつろいでくれ」
リアスの父、ジオティクスの宣言により食事が始まった。
「しかし、今でも信じられないが……」
うーむ、とジオティクスは一子をまじまじと見つめる。
「あなた、失礼ですよ」
「ああ、うむ……いやなぁ、世の中、何が起こるか分からんな」
ジオティクスはそう言って笑って誤魔化した。
「一子さんは悪魔のことについてはどの程度まで?」
「一通りのことは。先のちょっとした諍いの折、色々と調べる機会がありましたので」
「ええ、グレイフィアから聞いております。接点もないのに、見事な弁護書を作り上げた、と」
ヴェネラナと一子のやり取りを聞いている周りは重苦しい雰囲気を感じていた。
争いというわけではないのだが、ヴェネラナは一子を推し量るかのように質問を投げかけている為に。
しかし、一子は打てば響くように答えている。
彼女は会話を楽しんでいるようで、笑みを全く崩していない。
一方のヴェネラナはグレイフィアから聞いていたとはいえ、内心では舌を巻いていた。
悪魔の歴史やグレモリーの歴史その他諸々、悪魔社会において必要とされる教養の範囲は勿論、それ以外のマニアックなところにまで。
どんな質問を浴びせようとも、的確に答えを返してくる。
ヴェネラナはちらりとグレイフィアを見る。
彼女が高く評価する筈だと納得した。
「あの、お母様……料理が冷めてしまいます」
おずおずとリアスが告げた。
「ええ、そうですね。私としたことがつい、話し込んでしまいました」
「仕方のないことですわ」
ヴェネラナと一子がともに笑い合う。
それきり、重苦しい雰囲気は解消された。
「もう! お母様ったら!」
リアスは会食のことを思い出して、機嫌が悪かった。
彼女は一子の豊満な胸に顔を埋めながら、一子に頭を撫でられている。
「まあ、仕方ないじゃない。リアスは次期当主様らしいし」
一子はけらけら笑う。
リアスはそんな一子に対し、顔を上げて頬を膨らませてみせる。
しかし、彼女よりも一子の方が一枚上手だった。
「リアス、嫌になったら、いつでも……ね?」
そう言って優しく微笑む一子にリアスは意味を察する。
一子からの駆け落ちしよう、という誘いだった。
非現実的な話などではなく、一子は本当にリアスをそうすることができるだろう。
「もう……本当に何でもありなんだから」
一子の心遣いが何より嬉しく、リアスは再度、一子の胸に顔を埋めた。
「……私の胸、気持ちいい?」
「うん。最高、天国だわ」
「悪魔が天国なんて言っていいのかしら……」
「いいのよ、本当なんだもの。一子が女の子を追いかけるのも、何となく分かる」
自分の胸より他人の胸だった。
リアスの部屋で一子とリアスはくつろいでいた。
傍目にはバカップルそのものであったが、あいにくとここには2人以外はいない。
「リアスに良いものをあげる」
一子はそう言うと無限倉庫から指輪を取り出した。
美しい碧色の宝石がついた指輪だった。
一子はリアスの左手の薬指にその指輪をはめる。
嬉しさと驚きが一緒になってリアスを襲う。
婚約指輪だという嬉しさ、そして、身につけた瞬間に湧き上がってくる膨大な力への驚き。
「その、ありがとう。ところでこれ、どこで手に入れたの?」
「今代の赤龍帝なので」
「もうそろそろ、本当のことを教えて欲しいんだけど……」
唯一の不満点がそこだった。
絶対に今代の赤龍帝では説明がつかないのに、とりあえずそれで押し通そうとするところだ。
とはいえ、今のリアスには手札がある。
「教えてくれないと、もうエッチしてあげない」
そっぽを向いてみせるリアス。
一子としては大問題であった為、これは仕方がない、と教えることにした。
というよりも、教えておいたほうが一子としても動きやすい気がするというのが本音だ。
決して、欲望の為だけではない――筈。
「教えてもいいけど、これはちょっとシャレにならないわよ? いやもう色々と」
「赤龍帝以上にシャレにならないことってあるの?」
「ある。知ったら絶対後悔するし、本気でヤバイ。精神衛生上、知らないほうが良い」
一子がそこまで言うなんて、とリアスは驚きながらも、その覚悟を伝える。
「一子、私はあなたの主人で、そして将来の妻よ。あなたのことは全て知っていたいし、私のことを全て知ってほしい」
向き直って、リアスはまっすぐに一子の瞳を見つめて告げた。
「まあ、そこまで言うなら……ただ絶対、頭が痛くなるわよ? 非常識過ぎて」
「非常識なのは、もう知っているわよ……」
赤龍帝だけでは説明がつかないことが多すぎる。
何かとんでもない事情があるのだという予想はあった。
「じゃ、ちょっと戦域を展開するから」
「え、そこまでする程なの?」
「そうしないと、誰が見ているか分からないので」
一子は戦域を展開し、周囲は一瞬で草原へと変化する。
「で、私の正体なんだけど、実は異世界の天使で、人間としてこっちに転生して、そこでドライグが宿って悪魔になった」
「……は?」
一子の言葉を聞いて、リアスは目を丸くした。
仕方がないので、一子は背中に全部の翼を顕現させた。
純白に真っ黒、ドラゴンに悪魔、4種類の翼が一子の背中に出現し、リアスは思わず頬を指でつねった。
「えっと、本当に? 本物なの? というか、どういうことなの?」
「要するに人間も含めたら5つの種族の混血というか混沌というか、そういうものね」
「どういうことなの……」
リアスは混乱の極みにあった。
まず天使と堕天使の翼が一緒に出ているのがおかしい。
絶対に両立しえないのに、とそこでリアスはようやく気がついた。
「待って、異世界?」
「そうよ。こっちの世界でいうところの、北欧神話をベースに色んな神話のごちゃ混ぜの世界なのよ」
「……えぇと、一子、ごめん。さすがに理解できないわ……」
私の覚悟は生半可なものだったとリアスはショックを受けた。
自分の理解が追いつかないなんて、主として、妻として失格だと彼女は項垂れた。
「まぁまぁ、そうでしょうね……とはいえ、魔法の言葉があるわ。あなたの精神を一瞬で立ち直らせるね」
リアスは一子の言葉に顔を上げる。
すると、一子は微笑んで、告げた。
「実はアザゼルが朱乃にバラキエルのことを云々って聞いた後、朱乃を励まそうとして、私の正体をバラしている。それ以前だとアーシアやレイナーレ達にも」
「はぁ!?」
リアスは一瞬でその精神を立ち直らせた。
「アーシア達はともかく、朱乃があんなに機嫌が良かった理由……そうだったのね……」
リアスは合点がいったと頷く。
そして、その頃からだ。
一子に対する朱乃のアプローチが積極性を増したのは。
「堕天使と悪魔の翼でおぞましいなら、私って何なのよ? 私は4つよ! 私の勝ちよね?」
「勝ち負けとかそういうものではない気がするけど……」
「で、リアス。知らないほうが良かったでしょ? これは苦労するわよ?」
「ええ、もう、本当に特大の爆弾だったわ……」
リアスはそう言いながらも一子を優しく抱きしめる。
「でも、もう大丈夫よ。だって、私はあなたの主で、妻なんだもの。苦労なんて関係ないわ」
むしろ、これまでこの事実を周囲に知られなかったことのほうが驚きだ。
一子が自分で言わなければ誰にも気づかれないだろう。
「それでこそリアスね」
リアスの反応に一子は満足げに頷いた。
「というか、悪魔の翼とか天使とか堕天使の翼は理解できるんだけど、なんでドラゴンの翼が? 神器は持ち主にそこまで影響を与えるものなの?」
「……そういやなんで?」
2人の問いにドライグが答える。
「普通はそういうことはないが、何分、相棒は規格外だ。だから歴代の赤龍帝では起こりえないこともあるだろう」
なるほど、とドライグの言葉に2人は納得する。
要するに原因はよく分からないが、持ち主が非常識だからではないか、というドライグの考えだった。
「ところで一子。朱乃とはもうヤッたのかしら?」
「まだよ」
「そこの分別はあったようね。許可をするから、ちゃんと彼女の面倒もみなさい。でも私のほうに比重をおきなさい。あの子は昔から私の大事な物に触れようとするのよ」
「安心して。私にとってはどっちも大事だから。私の愛はブラックホール並なので、重さに耐えるには1人では無理ね」
一子は胸を張った。
堂々としたハーレム宣言に、リアスは一子だから仕方がない、と諦めた。