「1週間って言ってたけど、一度ヤるとタガが外れてしまうわね……」
『溜まってるのかよ』
レイナーレとベッドを共にしてから既に3日が経過していた。
彼女の言う計画とやらの為にこの3日間、会ってはいない。
電話でやり取りをしている程度だ。
『溜まっているのよ。だから、ついつい、普段は気にも留めないチラシ配りのバイトの子に視線が行っちゃう。ドラゴンの影響ね』
『まあ、それもあるだろうよ。あと気づいていただろうけど、使い魔だからな』
『悪魔は変わったのね。チラシ配りなんて。よほどに金欠なのかしら』
一子はそう言いながら、ベッドに寝転がって、夕方に街中でもらったチラシを見る。
あなたの欲望、叶えます、などと中々面白い謳い文句と共に魔法陣が描かれている。
何かしらの魔法――より正確には魔力と魔法で区別されるらしいが、一子からすれば魔法のほうがピンとくる――が掛かっているらしく、望む者しかこの魔法陣は発動しないようだ。
『レイナーレ強化計画ってどう? 面白そうじゃない?』
『そういうマジックアイテムあるのかよ? ユグドラシル、本当に何でもありだな』
『世界の可能性はそんなに小さなものではないってね。私と同じ位階は色々と条件があるから無理だけど、まあそうね……智天使程度なら一気にいける筈』
『それやったら、あの女、完全に堕ちるぜ? お前に。見たところ、色々コンプレックスありそうだったしな』
『そうなの?』
『おうとも。伊達に色んな輩を見てきていないからな。表面的には冷静だが、一皮剥けばあれはコンプレックスの塊だ。よっぽど過去にいじめられてきたんだろうよ。配下の連中はそうでもなかったんだがな』
そこまでは見抜けなかった、と一子は驚きながら、まだまだ精進が必要だと痛感する。
『お前が悪いんじゃない。単純に年の功ってやつだ』
『そうなのね……それはさておき、このチラシよ。召喚したら、何が出てくるかしら?』
『やってみてもいいんじゃないか? 向こうから接触してきたんだから、仕方がねぇな』
というわけでいざ、召喚である。
「……どうすればいいのこれ?」
とりあえず話し相手になってほしい、できればリアス・グレモリーで。
一子は何となくそう思っていると、魔法陣が床に描かれた。
赤い光と共に、その少女は現れた。
一子は思った。
このチラシ、便利だなぁ、と。
「あら、あなたは2年生の兵藤一子さんね? 驚いた?」
「あー、うん。本当に驚いた」
目の前のリアス・グレモリーは悪魔であると一子のパッシブスキルが告げている。
「さて、兵藤さん……何か呼びにくいわね。一子、うん、こっちのが呼びやすいわね。一子さん、願いは何かしら?」
「あ、えっと、じゃあ、リアスさんについて教えて。グレモリーって七十二柱の悪魔でしょ? 家のこととか家族とか、そういうの」
「変わっているわね……でも、いいわ」
何だか親しみやすい人だなぁ、と一子は思いつつ、リアスに備え付けの冷蔵庫からジュースと適当なデザートを出す。
「悪魔をもてなす人って初めて見たわ」
「礼儀は大事。古事記にもそう書かれている」
「え、本当? 実は私、日本のことが大好きなのよ。古事記ってあれでしょ? 日本最古のなんかすごい本でしょ?」
「挨拶・礼儀は大事。親しき仲にも礼儀あり。これ古事記の基本なり」
「うわ、すごい!」
目をきらきら輝かせるリアスに一子は立ち上がって、両手を合わせてお辞儀をしてみせる。
最近、一子がハマっている漫画の一つにあったやつだ。
「ドーモ。リアス・グレモリー=サン。兵藤一子です」
「何それすごい! かっこいい!」
私もやる、とリアスは立ち上がった。
立ち上がる際に揺れた胸に一子の視線が行ってしまうのはご愛嬌。
「ドーモ。兵藤一子=サン。リアス・グレモリーです」
『……おい、誤った日本の挨拶と礼儀を教えるのはやめろ』
見るに見かねて一子へとドライグは告げた。
仕方がない、と一子はネタばらしをする。
リアスは笑って許してくれた。
気を取り直して、一子は告げる。
「まあ、それはさておき、リアスさんも見た目と実年齢が一致しないタイプなの?」
「いいえ、私は見た目通りよ。実は数千歳です、とかじゃないから安心して」
「そうなんだ。グレモリーって結構有名だけど、あの魔法陣ってランダムに悪魔が出てくるの?」
「いいえ。ここの駒王町は裏側としてはグレモリーの管理地だから、基本的に出てくるのは私か、私の眷属達しかいないわね。例外もあるけれど」
ポンポンとテンポ良く、会話は進む。
会話をする中で、リアスは兵藤一子という人物を高く評価する。
兵藤一子の噂は聞いていた。
成績優秀、スポーツ抜群、容姿端麗であり、なおかつ、性格は温厚であり、多少お茶目。
人望もあり、慕われている。
完璧とは彼女の為にある言葉という噂も聞いたくらいには欠点が見当たらない。
眷属に欲しいわね、とリアスは思う。
何よりも、女の心というか感情を――向こうも女だから当然だが、よく分かっている。
そして、不思議なことに悪魔――というか、超常の存在に立った視点というものを持っている。
会話をしていて、楽しいのだ。
もっともっと話をしたくなる、というのはリアスにとって初めての感覚だ。
親友との会話であっても、ここまでの感覚はない。
しかし、時間は無慈悲だった。
滞在時間は刻々と迫っていることにリアスは気づく。
「もうそろそろ時間が来ちゃうから……明日、学校でオカルト研究部っていうところに来て。旧校舎にあるの」
「旧校舎は行ったことがないから、誰か迎えに来てほしいかな」
「ええ、いいわよ。姫島朱乃って知ってる? 彼女を向かわせるから」
「名前は知っているわ。それじゃ、明日、学校で会いましょう」
そうして、リアス・グレモリーは帰っていった。
『お疲れさん。どうだった?』
『面白かったわね。悪魔について色々と当人から知ることができたし、彼女の人となりも分かった』
『合格か?』
『合格ね。あれは良い上司になるわ』
『世界的な複合企業の偉い人が言うなら、間違いないな』
『昔の話よ。リアスは何を望むかしら?』
『覇権とかそういうのは望まないだろうな。精々が自分と眷属達が幸せに暮らせるとかそういうのと、義務として魔王に仕えるとかそういうのだろう』
『ノブレス・オブリージュってやつか。私だったら、下剋上しちゃうから』
違いない、とドライグは笑う。
『それで、今日もやるのか?』
『知ってて言っているでしょう? 勿論やるわよ。あなたに気がついてから、今まで一度も欠かしたことはない鍛錬だもの』
ドライグに実体はない。
だが、夢の中ならば当たり前の話だが実体を得ることができる。
ドライグはグレートレッドのように夢幻の存在ではなかったが、宿主の夢の中に現れる程度なら簡単なことだ。
一子とドライグがやっている鍛錬はシンプルなもの。
夢の中で互いに全力で戦う、とそういうものだ。
『というか、夢の中とはいえ、最初の段階で俺に迫る力で、今だとほとんど互角……お前、本当に規格外だな』
『とっくの昔に上限を取っ払ったりとか、色々と私にあった不利な制限を取り払ってあるから。もっと強くなるわよ? それに現実だと私はエリクサーとかの回復アイテムを躊躇なく使用するから』
『うわ、えげつない。それってあれだろ、俺とか白いのが傷ついたら、傷薬を使って回復してしまうようなもんだろ? 絶望しかねぇ』
『真の絶望というものを思い知らせてあげましょう』
『お前の敵になる輩には心の底から同情する』
何しろ、とドライグは続ける。
『夢の中の戦闘じゃ、俺を一切使っていないからな。勝てるやついねぇだろこれ』
とっくの昔に禁手化にまで至り、今では極めていると言っても過言ではない一子がどこまで強くなるか、ドライグは楽しみであった。
そのとき、彼はあることを思い出した。
前々から尋ねようと思って、後回しにしていたものだ。
『前から思っていたんだが、ここにあった邪悪なモノ、どこにいった?』
『勘のいいドラゴンは嫌いだよ……というのは冗談で、私はいわゆる僧侶でもあるので、なんか邪悪な気配を感じて、浄化のアレコレをちょっと最大出力でブチかましたら、いつの間にか消えていた』
『あー、結構前にお前が実験として色んな魔法を異空間で試していたときの。お前、何でもできるな……』
『ええ。そうよ。なんかこの世界って魔法と魔力で区別されるらしいけど、私の魔法って何なのかしらね?』
『魔力とは違うし、魔法とも違う……異世界のルールの押し付けと上書きみたいなもんだろうなぁ……とりあえず魔法でいいんじゃないか?』
『じゃあ、魔法ってことにしとこ』
『それがいい』
ドライグはそう会話をしながらも呆れるしかなかった。
一子による浄化魔法のおかげで、神器に残っているのはベルザードとエルシャという歴代赤龍帝の中で最強だった男女が1人ずつのみだ。
とはいえ、それは副次的なもので、もっと恐ろしいことがある。
『おかげで私はあなたの力を十分に引き出せるようになった。あの声、うるさくてウザかった』
残留思念が消えたことで、覇龍を使用した際に一子が言うところの煩わしくうるさい声が消えたこと。
『初めてだ。覇龍を完全に制御下において、さらには進化させている奴なんて』
『混沌の天使を舐めんなよ、ドラゴン』
『普通なら命が削られる筈なんだが、まあ、人間の場合だしな……』
異界の天使が人間に転生という超特殊なパターンであるので、ドライグとしてもどうなっているかさっぱり分からない。
一子の話の通り――というか、設定の通りなら、彼女は異界における神の最終兵器で、邪神や高次元生物などのとんでもない連中を相手にして戦い、勝利できるらしいので、そういうこともあるのだろう、と納得するしかなかった。
もっとも、その設定を打ち明けられたとき、最後に「ちなみに欲望に素直である」と付け足しのようなものがあったときはさすがのドライグもツッコミを入れてしまったが。
ともあれ、一子からすればその設定はわざわざ反転して、見えなくしてあった裏設定的なものであり、フレンドやギルメンが抱腹絶倒したという黒歴史そのものであったが、現実化した今ではそれが功を奏していた。
『というか、どうやって制御したんだ?』
『残留思念の憎悪によって破壊衝動的なものが増幅されていた感じなんだけど、そもそも私に効く呪いって世界が滅びるようなレベルのものでないとダメなのよ』
『それで?』
『それを無効化できるので、あとは暴れる牛を真正面から受け止めて抑え込むような感じ。他にも全能感というか、そういう感じの力がめっちゃ漲ってくるけどそれに溺れないことかしら』
『お前にしか無理だ』
ドライグは断言した。
『そうかしら?』
『そうだとも』
『まあ、そうかもね。しっかし、こっちの世界って魔力とオーラは別物なのね。オーラっていわゆるアレでしょ、気とか闘気とかそういうやつ』
『生命エネルギーだから、それで合っているな。厳密には違うが、まあ、似たようなものだ』
『……ふーん、そっか。面白そうね。色々と真似してみたい技を真似できそう』
『何をするつもりだ?』
『魔力で気を超圧縮してぶっ放そうかな』
『雑だな……』
『シンプルなのが強いのよ、こういうのは。というか、気ってどうやって出すの?』
そこからかよ、とドライグは溜息を吐きたかった。
だが、一子の強さに対する貪欲さは彼としても好ましいので、教えないという選択肢はない。
『今夜、夢の中で教えてやる』
『了解した。楽しみだわ』
一子は機嫌良く、今夜のドライグとの修行を待ちわびるのだった。