子供達の保護も一段落した頃、一子は中級悪魔昇格試験を受けたのだが、予想外のアジュカによる健康診断以外は特に何もなかった。
学校の中間テストも特に何事もなく終わり、一子はいつも通りの日常を――レイヴェルが兵藤邸に来ると同時に駒王学園へ転校してきたりが変化といえば変化――送っていたのだが、ある日のこと、リビングでリアスと2人で寛いでいるときに何気なく呟いた。
「これまでの敵って紳士的だったけど、何で?」
「すごい抽象的ね……」
リアスの言葉に一子は補足説明をする。
「ほら、周りの被害などどうでもよかろうなのだーって感じで人間を全部虐殺したりとか」
「それをする意味がないからよ」
リアスの言葉に一子は首を傾げる。
人類の守護者を気取っている彼女からすれば、人間の虐殺はけしからんっと思えるのだが、どうもそうではないらしい。
意味がない、とはどういうことだろうか。
すると、一子の疑問を見透かしたのか、リアスは言葉を紡ぐ。
「そりゃ私の管理地でやられたら怒って、相応の報復はするけど、悪魔とか天使とか堕天使とかその他諸々の裏側の存在からすれば人間って、数が減りすぎると困る程度の存在でしかないのよ」
「あー、人間が野生動物を大切にしようみたいな感じ?」
「身も蓋もない言い方だけど、それに近いわね。グレモリーは情愛の家系と言われているけれど、その情愛にも範囲があるから」
なるほどと一子は頷きながらも更に問いかける。
「その野生動物を眷属にしたり、恋愛したりとかそういうのって……特殊性癖?」
「変わった趣味程度ね。悪魔にとって人間でいうところの背徳的なことや禁忌とされていることは問題とされたりはしないわ。そもそも人間とは種族が違うんだから、当然価値観や倫理観も異なってくるし、悪魔や他の人外を人間視点で考えたらダメよ」
それもそうだ、と一子は納得する。
彼女自身はどちらかというと元々価値観とか倫理観が悪魔寄りであったりするが、それはさておいて、ごくごく普通の人間からすれば悪魔をはじめとした人外連中に対しては何様のつもりだ、理不尽だと言いたくもなるだろう。
それは人間側の正当な主張として理解できるが、それだけの話だった。
理解した上で人外連中はそういう理不尽で何様だと言われるようなことを自分の娯楽や利益の為にやるのだ。
それが大昔から――それこそ神話の時代から変わらない。
「確かにそうよね。で、話は戻るけど、誰彼構わず愛するなんて、そういうのは聖書の神とか天使とかそういう連中の仕事よね?」
「そういうこと。一子だって、例えば世界の反対側にいる人間が悪魔に襲われて、万単位で死人が出たとしても、大変そう、としか思わないでしょ? それと同じ」
「まあ、そうね。ちなみに、リアスの範囲はどこまで?」
「駒王町の住民と実家の領民かしら。眷属とか家族は勿論、特別。特に一子はもう、すっごく特別」
満面の笑みで一子に抱きつくリアス。
一子はだらしがない顔でそんな彼女を受け入れる。
「ふぅ、ようやく一段落つきました」
カテレアが疲れた顔でリビングにやってきたのはそんなときだ。
一子の思いつきに端を発した子供達保護の為に冥界で一子の女王候補として動いていた彼女にとって、久しぶりの帰還となる。
とはいえ、次の仕事も既にある為、あまりゆっくりもしていられない。
今回、彼女が戻ってきたのは息抜きに一子とイチャイチャしようという魂胆だ。
「一子様、奥方様と愛を育むのは良いですが……」
ジト目でカテレアは告げる。
瞬時に一子は行動した。
カテレアへと近づいて、そのまま口づけを交わす。
「……ま、仕方ないわね」
リアスとしても慣れたものだ。
「もう、一子様ったら……奥方様の前でなんて……」
「と、言いながらもスイッチが入っているじゃないのよ」
「はい……一子様……ご褒美を、くださいませんか?」
「ええ、勿論よ。ただ、その前に聞いてもいい?」
「何なりと」
旧魔王の血族であるカテレアに一子はさっきの質問を投げかけてみた。
すると彼女は以前の会談での襲撃を例に出した。
「私の目的はあの時点では会談を妨害し、あわよくば誰かを討つことでした。人間を虐殺したところで、意味などありません」
カテレアの言葉にそれもそうだ、と一子とリアスは頷いた。
「そもそもですね、人間を虐殺して回ること、それを何か明確な目的を持ってやっている存在がいたとしましょう」
カテレアの言葉に一子は頷く。
それを見て、カテレアは言葉を続ける。
「それをやるということはそこに存在する、裏側の者に真正面から喧嘩を売る形になります。基本的に人間が住んでいる場所は裏側でも空白地帯というのは存在しません。たとえば駒王町の隣町などでしたら、日本の神々の管轄地になります」
「人間がいるところには、現代であっても多少なりとも信仰があるということかしら? だからこそ、神々はそこにいる」
「はい。ですので、人間を虐殺して回ったところで、無駄に敵を増やすだけになります。快楽殺人とかなら、仕方ないといえば仕方ないですが、何かしらの目的を持って、その為に人間の虐殺をするというのは悪手です。何のアピールにもなりません」
なるほど、と一子は頷いた。
それを見て、リアスは告げる。
「一子、あなたは目的があって人間を殺すとかいうのを決めたら、容赦なくやるだろうから、注意しなさいよ」
「肝に銘じておく。戦争したくなったら、適当なテロリストを血祭りにあげることにする」
「……それはそれで問題があるのだけど」
リアスは溜息を吐く。
「ちなみにですが、一子様。人間をご所望でしたら、専用のルートがありますので」
「え、あるの?」
「ちょっと何それ、聞いたことがないわよ」
一子とリアスは驚いた。
それに対し、カテレアは微笑む。
「はい。世界共通で……日本の言葉で言うところの神隠し、という形をとっておりますので。何も問題はありません」
「そういう形をとっているなら問題がないわね」
「ええ、そうね……人間を買ったところで、何に使うか分からないけれど」
リアスの言葉にカテレアは「例えば」と切り出す。
「多いのはショーとして人間の苦痛や恐怖に歪む様を見ながら、食事ができるレストランなどですね。奥方様はまだ年若く、おそらくご両親の方針などもあって、遠ざけられていると思いますが」
「ただうるさいだけじゃないの?」
「大人になるとそういうことに楽しみを覚える者もいる、ということです」
遠回しにお子様ね、と言われた気がしたが、リアスとしては大人になってもそんなことに楽しみを覚える自信はなかったので、素知らぬ顔だ。
「あとは個人として購入して、色んな拷問を試したり、拗らせた輩が性欲の捌け口に使ったりとか……まあ、よくあることですね」
「悲劇的だわ、けしからん……とは私はならないわね」
「一子、人類の守護者が聞いて呆れるわよ」
「人類の守護者にも営業日と営業時間があるのよ。今は営業時間外なので。ただ、何かしらの対策は必要ね。子供達が知ったら悲しむかもしれない……いえ、そもそも人間不信だから大丈夫かしら……」
それで話は途切れたな、と頃合いを見図り、カテレアは告げる。
「一子様、そろそろ……よろしいですか?」
その言葉の意味を察せぬ一子ではない。
「ええ、勿論よ」
「ねぇ、一子。私にも見せて?」
「いいの?」
「ええ。少し、興味が出たわ」
リアスの言葉は一子としては嬉しい誤算だった。
しかし、カテレアの気持ちがあるが為、彼女へと視線を向けると――何やら興奮気味のカテレアがいた。
問題は何もなさそうだった。