「改めて、リアス・グレモリーよ。よく来てくれたわね、歓迎するわ」
リアスは両手を開いて、歓迎の意を示した。
「リアスさん、もしかしなくてもここにいるのは皆、悪魔?」
「正確には私の眷属で、転生悪魔と呼ばれる存在よ。色々と事情があってね。それと、リアスでいいわよ。私も一子って呼ぶから」
「分かったわ。しかし、木場に姫島に塔城か。他の生徒が知ったら、私もなるーって言ってきそうね」
小猫以外の3人が苦笑する。
「実は今回は勧誘も兼ねているの。どうかしら? あなたも私の眷属にならない?」
「なんと今ならこんな特典がありますわ」
リアスはそう言い、朱乃がチラシを手渡してきた。
福利厚生や月々の給料について書かれている。
他にも、あなたも上級悪魔になって独立し、眷属を作れる、とか何とか。
ついでにこの間、使ったものと同じ悪魔召喚のチラシも。
『悪魔って想像していたのと違う』
『時代の流れだ。最近は悪魔も堕天使も神も人間がいないと成り立たないくらいにはピンチだからな。どの勢力も以前よりも個体数が減って、種族の維持に必死だ。転生悪魔であっても、待遇を良くするとも』
『神話の終わりに目を閉じるのは神話の登場人物全員だったってわけね。勝者がいないなんて喜劇だわ』
『違いない。で、受けるのか? レイナーレの計画とやらまであと数日あるが』
『ドライグ、人間が生み出した素晴らしい手法があるわ』
一子はそう告げて、リアスに微笑む。
「少し、時間が欲しいわ。人間をやめるっていうのは中々、一大決心が必要よ。永遠を生きる悪魔なのだから、数日程度は待ってくれるわよね?」
「ええ、勿論よ」
特典の書かれたチラシを一子は受け取り、丁寧に折りたたんで懐にしまう。
「リアス、お茶会は無いのかしら? あなたともっと、お話したいのだけど」
「ふふ、大丈夫よ。準備は万全だから」
それから2時間程のお茶会で一子はリアスを初めとしたオカルト研究部の面々と交流を深めた。
そしてお茶会終了後、一子が旧校舎を出たのを確認したところでリアスは口を開く。
「どうだった?」
「引き込まれるような感覚でしたわ。つい口が軽くなってしまいます」
「僕もそうでしたね」
「私も……」
眷属達は皆、一様に同じ感想だった。
「不思議な魅力というか、コミュニケーションが上手いのよね……うん、欲しい」
リアスの言葉は真っ直ぐなものだった。
「何か変なことになったわね」
『相棒、前もそんなこと言ってなかったか?』
『言ってたかもしれない』
悪魔のお茶会から帰宅する途中、出会ったのは道に迷ったシスターだった。
小動物みたいで可愛かったので、アーシアと名乗ったその少女を案内することに。
教会といったら、レイナーレのいるあの教会しかないが、どうやらその教会で合っているらしい。
「ほえ? どうかしましたか?」
「大丈夫よ。ところであなたってレイナーレっていう堕天使を知っているかしら?」
「え、レイナーレ様をご存知ですか?」
「ご存知も何も色々と深い関係」
そんなことを言いながら、一子はアーシアと共に教会へと出向いた。
しかし、すぐさま異変に気がついた。
漂う香りは血の臭いだ。
一子の探知スキルに引っかかるものがある。
生命体の反応としては21だが、うち20が1を取り囲んでいる。
これは明らかにおかしい。
「アーシア、ここで待っていて。どうも様子がおかしい」
「え?」
「いいから、できるわね?」
「あ、は、はい!」
半径100m以内には探知した者以外は存在しない。
おそらく大丈夫だろう、と一子は思いつつ、扉を開いた。
一子は一直線に教会の中を進む。
礼拝堂を超えて、地下にある聖堂へ。
『相棒、使うか?』
『もしかしたら使うかもね』
ドライグにそう返しながら、一子は最後の扉――聖堂と通じるそれを開いた。
一斉に視線が一子に注がれる。
見慣れぬ堕天使達が浮かんでいた。
数は20、探知した数に間違いはない。
残る1を見て、一子は目を見開いた。
光の槍で体中を串刺しにされ、床に倒れ伏しているレイナーレの姿を。
一瞬で頭に血が上りかけるが、一子は深呼吸を一つして、ゆっくりと歩き出す。
「誰だお前は?」
問いかけに答えることなく、一子は進み、やがてレイナーレへと辿り着いた。
よく見れば傍らにミッテルトとカラワーナも転がっていた。
事切れている。
「レイナーレ」
呼びかけながら、一子は片膝をついて、彼女に視線を合わせる。
視線は揺れていたが、一子を認識したのか、驚きに染まる。
そして、すぐに悲痛な顔に。
「私……ダメだった……」
「あなたの計画とやらは失敗したのね?」
問いに、レイナーレは僅かに頷いた。
一子は立ち上がり、そして宙を舞う堕天使達へと視線を向ける。
「堕天使の処理部隊とお見受けする。このまま放置していても彼女は死ぬだろう。だから、お引取り願いたい」
「答えは否だ。完全に死亡を確認する」
職務に忠実な連中だ、と一子は苦笑する。
そのときだった。
「おやおやぁ? これはまた、例のお気に入りでっすねぇ!」
視線が再度、一斉に扉の方へと向く。
そこにはフリードがいた。
ただし、その傍らにアーシアを連れて。
「こ、これはいったい、どういう……」
惨劇の現場にアーシアは驚愕に目を見開く。
「簡単だよぉ。あのレイナーレ様は独断でお前から神器を取ろうとしたのさ! 良かったねぇ! 俺が上に報告したから、こうやって間に合って!」
「フリード・セルゼン、アーシア・アルジェントは丁重に扱え」
堕天使がそう告げると、くつくつとフリードは笑う。
「悪いんだけどさぁ……アーシアは過去に悪魔を治療したんだろ? だから」
一瞬だった。
フリードはアーシアの心臓をその剣でもって貫いた。
「悪魔を治療したなら、悪魔ってことだろ? なら、殺さないと!」
そう言って、一気に剣を引き抜いた。
力を失い、倒れるアーシア。
彼女は何が起きたのか、理解が追いついていないようで、唖然とした顔だ。
「フリード! 貴様!」
「おいおい、俺は悪魔に堕落した奴をぶっ殺したんだぜ? なんで怒られないといけないんだ?」
その会話の最中に異様な雰囲気を感じた。
さながら極限まで膨れ上がった風船であるかのような、張り詰めたものだ。
それはたった1人の顔を俯かせた少女から発せられている。
堕天使達は気づいた。
知らず知らずに彼らは身構える。
フリードも気づいた。
だが、彼にとっては気づいたところで、だからどうした、というものだ。
「おんやぁ? 阿婆擦れのレイナーレと、わざわざ案内してあげたアーシアがこんなになって、怒ってしまいましたかぁ?」
「怒ってなどないわ」
予想外の返事だった。
雰囲気は相変わらずだが、一子の声色はとても穏やかなもの。
そして、俯かせていた顔を上げた。
そこに浮かんでいたのはとても穏やかな笑み。
「堕天使もあなたも仕事として、使命としてやったのでしょう? だから、そこに怒るなど筋違いだわ」
「おお、何て物分りがいい! 神はあなたの幸せをきっと願っていますよぉ!」
「でもね、私はとてもワガママなのよ」
そう言った直後――彼女は恐ろしい笑みを浮かべた。
「お前達、私のモノに、私が慈悲を向けた相手に手を出したな? ブチ殺すぞ、虫けら共」
暴虐的なまでの殺気が一子から吹き出し、一瞬にして聖堂を満たす。
誰も彼もが伏して、恐怖した。
使命も何もかも、今の彼らには存在しない。
ただ、怒れる巨人を前にした小さな虫に等しいのだ。
堕天使達には目もくれず、一子は歩いてフリードへ。
泣いて喚いて、失禁すらもしているフリード。
ゆっくりと彼の頭に一子は片足を乗せた。
「強者と戦うのもまた楽しいが、こうして弱者を嬲るのもまた良いものね」
ぐりぐりとフリードの頭を押してみせる。
痛みに喚きながら、フリードは何度も何度も壊れたように謝罪を繰り返す。
「何を言っているの? お前は死ぬ。この決定を覆すにはまず稟議書を持ってきなさい」
そのまま踏み潰した。
「さて、堕天使の諸君。私としては職務に忠実な君達に関してはなるべく配慮したいと思う」
一子はそう告げ、殺気を消した。
「……お前は何者だ? ただの人間が、そんな殺気を出せる筈がない」
堕天使の問いに一子は答える。
「今代の赤龍帝……それで理解してもらえるかしら?」
「なるほど、そういうことか……!」
「あいにくと、今回の一件でそちらにも事情があったとはいえ、堕天使側に協力するという選択肢は消えてしまったわ。ただ、交渉に応じないというわけではない。対話のドアは常に開け放たれているから。あとレイナーレ達は貰うし、アーシアも貰う。彼女達には手出し無用とそちらのボスに伝えて頂戴」
「必ず全てを伝えると約束する」
そう言い、堕天使達は迅速に転移していった。
『で、相棒。どう始末をつけるんだ?』
『実は私も悩んでいる。もうリアスに丸投げしようかな。彼女の管理地だし』
とりあえず、と一子はレイナーレへと近づいた。
しかし、事切れていた。
ならば、とアーシアに近づくもやはり事切れていた。
『……やっちった』
『やっちった、じゃねーよ! あの殺気が絶対トドメになっただろ!』
ドライグは冷静にツッコミを入れた。
「とりあえず蘇生よ! フリード以外を!」
レベルダウンを防ぐアイテムを使い、一子は第10位階の蘇生魔法を発動した。
「なるほど、そうなったのね……」
レイナーレは沈鬱な顔だった。
他の2人、ミッテルトとカラワーナもまた同じだ。
「ええと、私はどうしたらよいのでしょうか……」
アーシアも困惑していた。
堕天使にも見捨てられてしまったならば、アーシアは本当に行くところがないのだ。
「独自勢力は私が面倒くさいので」
「一子、今思いっきり面倒くさいって言ったっすよ……」
「ミッテルト、私は戦闘とえっちぃことができれば他にいらないので。組織運営とか対外交渉とか面倒くさくてやりたくない」
「じゃあ、どうするっすかー?」
ミッテルトの問いに一子はニヤリと笑みを浮かべる。
「ちょうどここはグレモリーの管理地で、そこの次期当主から眷属にならないかってスカウトがきていてね」
「悪魔になるのか!?」
カラワーナに一子は「まぁまぁ」と宥めて、告げる。
「眷属になるのは私だけよ。幸いにも私はまだリアス・グレモリーに力を見せていない。だから、力を示せばワガママは聞いてくれる筈よ。たとえば私のペットとして堕天使が3人いる……そういえばドーナシークは?」
「ドーナシークは先に討たれて、遺体を回収されてしまったのよ」
レイナーレの言葉に一子は軽く頷き、話を戻す。
「要するにペットでも使い魔でも何でもいいから、そういう付属品があるってリアスに認めさせてしまえばいいのよ」
むぅ、とレイナーレ達は悩ましげな表情だ。
煮え切らない彼女達に一子は溜息を吐く。
仕方がない、とりあえず強化してしまうか、と彼女は思いつつ、問いかける。
「あなた達は私のこと、好き?」
「好きよ。元々そうだったし、それにその、命の恩人だし……」
「はいはい! ミッテルトも好きっすよぉ!」
「……嫌いではない」
三者三様の堕天使達の言葉に一子はうんうんと頷く。
「じゃあこれをあげる」
一子は虚空に手を突っ込むと、そこから3つの黒い宝玉を取り出した。
手のひらにちょうど収まる程度のものだ。
1人1つずつ配り、一子は告げる。
「成功すればパワーアップ、失敗しても特に害はないから。宝玉に意識を集中させてみて」
一子の言われた通りに3人は各々の手元にある宝玉に意識を集中する。
すると、3人の足元にそれぞれ魔法陣が描かれていく。
やがて黒い魔力が3人の体を覆い尽くし、それは数秒程で魔法陣と共に消え去った。
そして、3人は――
「何これ……力が溢れてくる……」
「すっごい! すごいっす!」
「体が熱い……魔力に満ちている……」
3人の見た目こそ何も変わっていないが、内包する魔力は桁外れとなっていた。
「おめでとう、諸君。君達はたった今、智天使級の堕天使となった。熾天使になる為に精進したまえ」
仰々しく一子がそう言うと、レイナーレ達は信じられないといった顔で一子を見つめる。
「一子、あなたはいったい何者なの? 神器持ちっていうだけじゃ、説明がつかないわ」
レイナーレの言葉に一子はわざとらしく、悩んでみせる。
「どうしようかなー、説明してしまうと私の力だけを見てしまうかもしれないしー」
するとレイナーレは軽く溜息を吐き、一子を抱きしめる。
「そんなことしないわよ。その、私はもう、ここまでされたら、あなたから離れられないし……」
レイナーレの言葉を聞いて、ドライグの言う通りになったなと一子は思いつつ、ミッテルトとカラワーナへと視線を向ける。
それに気づいて、ミッテルトがまず口を開いた。
「私も、こんなにパワーアップをしてもらったなら、一子に尽くすしかないって思うっす。だって、智天使っすよ? 上から2番目! うっひゃー!」
ついで、カラワーナがゆっくりと言葉を紡ぐ。
「あなたが何者であろうと、私はあなたに尽くす。たとえ、あなたがどのような選択をしようとも」
一子は満足げに頷いた。
「私の正体は秘密っていうのじゃ、ダメ?」
「そこまで思わせぶりにしておいて、逃げるのは良くないっす!」
「じゃあヒント。私の前世は異世界の天使だった」
レイナーレ達――アーシアも含めて、目をぱちくりとした。
「え、マジっすか!?」
「まさかの同族!?」
「人間だろ!?」
ミッテルト、レイナーレ、カラワーナの三者三様の驚き方に一子はくすくすと笑う。
「世界の可能性はそんなに小さなものではないのよ。だから、前世の力とか色々を受け継いで、人間に転生していたという不思議なことがあってもおかしくはない」
「それはそうだけど……まあいいわ。一子は一子で、私達にとっては大事なご主人様だもの」
レイナーレの言葉にミッテルトとカラワーナも同意する。
「ご主人様でいいの? レイナーレ」
「2人きりのときは、今までと同じようにしてくれると嬉しいかな」
「もう可愛いんだから」
一子の言葉にくすくすとレイナーレは笑い、真面目な顔で告げる。
「一子、私達と契約を交わして欲しいわ。あなたを主人とする為の」
レイナーレの言葉に一子は勿論、と頷いた。
レイナーレ達との契約は5分程で終わった。
契約内容は一子にとって非常に有利なものだ。
レイナーレ達は一子に永遠に尽くす、というシンプルなもの。
彼女達の契約が終わると、今度はアーシアの番だった。
「で、アーシア。あなたはどうしたいの?」
「ええっと、ご迷惑でなければご一緒させてくださると……」
「はい決定。何なら、私みたいにリアスの眷属になってもいいかもね」
そう言う一子にレイナーレは問いかける。
「ところで何でアーシアまで?」
「アーシアは放置しておくと、ふらふらっと悪い奴に引っかかりそうで」
「否定できないです……」
あうう、と俯くアーシアに一子は保護欲が大いに刺激される。
「まあ、私が可愛い子が好きっていうのもあるんだけどね」
「女誑しー」
レイナーレの言葉に一子はドヤ顔で告げる。
「私はドラゴンなのでセーフ」
「いやいや一子、ここにきて属性追加はきついっすよ?」
「ところがどっこい、ミッテルト。私は今代の赤龍帝なのよ」
天使が通り過ぎたかのような沈黙が訪れた。
「……え? 本当?」
レイナーレの言葉は一子以外の全員の心を代弁したものだった。