「ということがあったんだけど」
「ソーナちゃんをいじめちゃダメー!」
「ですよねー」
セラフォルーは頬を膨らませて、一子の胸をポカポカと叩いた。
ソーナがリアスへ陳情した、ということを話した結果だ。
「というか、リアスちゃん、教えてなかったんだ。ユーラシア大陸くらいが欲しいって言うから、てっきり知っているものだと思っていた。一子ちゃんは欲張りだなぁって思ったんだけど」
「冗談に決まっているじゃないの」
「冗談だったんだ、でももう無理だからね。一子ちゃんの領地はユーラシア大陸2個分です。全部未開拓で、住んでいる人とかもいないよ」
「何の罰ゲームよ……」
一子は深く溜息を吐いた。
そりゃ色々とやれることは多い。
基本的に作った連中に任せるとはいえ、作り出さなければ始まらない。
リアスからは毎日1000人単位で作れと言われていることもあって、更に憂鬱は加速している。
もっとも、時間換算でいえば1時間30分程度で1000人という村のような人口を作り出せてしまう一子も一子である。
5秒というのはどうしても省略できない作成における演出時間であり、こればっかりはどうしようもない。
「んで、一子ちゃん。今日、私が来たのは他でもないんだけど」
「うん」
「人間にとってコカインとかヘロインとかドラッグって有害だよね?」
「……また突然ね」
セラフォルーがフリーダムなのはいつものことであったが、今日はいつにも増していた。
何となく一子はジト目で彼女を見つめる。
「何が言いたいのよ?」
「悪魔にとっては別に有害でも何でもないんだよね。依存症とか何にもないし。その分、効き目も人間と比べると弱いけど」
「前置きはいいから」
「ほら、私って裏側の元締めって前も言ったけど、具体的には裏側のビジネス全般の元締めだから、一子ちゃんのことを皆に紹介しといた方がいいかなって。あ、ドラッグが欲しかったら言ってね。トン単位であげるから」
「さらりとダークでディープな世界に勧誘しないでくれるかしら?」
一子としては心外だった。
自分を何だと思っているんだ、と。
そんな面倒な仕事は前世のリアルに置いてきた、と声を大にして言いたいところだ。
「というか、いいの? いくら魔王でも、そういうことをしていて。ソーナが悲しむわよ」
「え? だって、元々ドラッグ系を広めたのはシトリーだから……ソーナちゃんもそっちの仕事をしているよ? ドラッグ部門はソーナちゃん任せ」
一子はひっくり返りそうになった。
あんな生真面目な性格で、実は人間界に蔓延る闇のドラッグビジネスの大本だった、などと誰が想像できるだろうか。
「ソーナ相手に、麻薬カルテルのボスとかが頭を下げているの?」
「うん、そうだよ」
「想像できないけど、なんか想像できる。氷の女とか影で呼ばれてそう」
「氷の女帝って呼ばれていたかな。ソーナちゃん、真面目な顔で的確に数字を指摘して、不手際があったら溺死寸前までやるから」
「何でシトリーがドラッグなの?」
「うちって性愛を生業にしている家系なの。そっから発展して、媚薬やら何やらと……で、現代に至ってヘロイン、コカイン、その他諸々のドラッグビジネスへと」
「悪魔の契約も現代化したってわけね……」
「そういうこと。昔は私も魔法陣で呼び出されて、召喚者の気になる女や男を、ちょいっとやって、愛させたりとかしたよ」
なるほど、と一子は頷いた。
悪魔からすれば別に人間がどうなろうが知ったことではないのだろう。
セラフォルーもソーナも普通に会話をする分には、とても人間を食い物にしているとは思えない。
だが、一子は前世での経験がある。
そういう輩ほど、非常にヤバイことをしているものだと。
紛れもなくセラフォルーもソーナも純血の悪魔であった。
もっとも、一子も一子で前世のリアルでは引けを取らないくらいのことをやっていたりもするが、自分のことを棚に上げるのは彼女の得意技の一つだ。
「ところで、そういう裏側でアレコレしているのはいいの? 勢力同士の縄張り争いとか、以前に聞いた話だけど、人間を虐殺することは現地の神様とかそういうのを敵に回すことになるって……」
「あ、大丈夫。だって、人間同士がやりあっているだけだから。悪魔が裏にいるっていうカラクリだって分かりきっているだろうけど、殺し合っている人間の方がむしろ神様に縋るから、良い信仰の源だよ? 土着の悪魔とかそういう類にも利益面で一枚噛ませているから、人外連中にとってはWinWinの関係」
「手のひらの上ってわけね」
「そういうことだよ」
要するに壮大なマッチポンプ。
悪魔などの邪悪な連中が人間を唆し、神々やそれに類する存在が人間を救う。
火付け役は悪魔で、火消し役は神々。
それだけの話だった。
得意げなセラフォルー、しかし一子としては驚かされるばかりでは癪に障る。
故に、ささやかな抵抗を試みる。
「ドラッグの仕入先かどうか分からないけれど、セラフォルー記念病院なんて、自己顕示欲の塊みたいな病院もあったわね」
「一子ちゃんには敵わないよ。あと私が名付けたんじゃないからね」
一子は再度、溜息を吐く。
「で、セラ。何で私にそういうことを暴露しているのよ? リアスから聞いたことなんてないわ」
「リアスちゃんも知らせる必要がないって思っているんじゃないの?」
「まあ、そりゃそうかもだけど」
「あと十中八九、知ったら、やらかしそうって思われているんじゃない?」
「……悪かったわね」
ぷい、と一子は顔を背けた。
それを見て、セラフォルーは笑う。
そこで一子はリアスも何か、とんでもないことをやっているのではと気になった。
故に彼女は尋ねる。
「グレモリーは人間界では?」
「リアスちゃんのところはあんまり裏側には噛んでいないんじゃないかな。人間界では基本的にリゾートホテルとかの経営だよ」
「なるほどね。で、私にあなたが、そういうことを知らせる理由は?」
「何か、一子ちゃんって人間臭いんだよね」
その言葉に、一子はここに至るまでの行動を思い出してみる。
だが、思い当たる節はなかった。
全部、天使で堕天したから、で説明できそうな気がした。
とはいえ、どうやらセラフォルーは確信しているような表情と口調だ。
「ねぇ、一子ちゃん。一子ちゃんが天使で、堕天使っていうのは認めるけど、その前は何だったの?」
そらきたぞ、と予想通りの展開に一子は観念する。
誤魔化すことは、おそらくできないだろう、という予感があった。
伊達に相手は自分よりも長生きしているわけではないだろう。
一子は無言で、セラフォルーを抱きしめて、耳元で囁いた。
「人間だったわ。とある世界的な複合企業の裏側のボスってところかしら」
「あ、そうなんだ。やっぱりね。何がどうして天使になったりしたとかは聞かないでおくよ」
セラフォルーの言葉に一子は下手に誤魔化しても、やはり意味がなかったと悟る。
「私としてもどうしてそうなってこうなったのか、よく分からないから、そうしてくれると助かるわ。ちなみにだけど、人間だと思った理由は?」
「天使や堕天使としての超越的な視点もあるけど、人間らしい欲が強いことかな。あと私の勘」
勘はともかく、人間らしい欲が強いことは事実なので一子としては何も言えない。
だが、抵抗は試みる。
「悪魔だって性欲とかそういう……」
「一子ちゃん程ではないかな。アクセサリー感覚で女や男を囲むことはあるけれど、ここまで複数と濃厚な関係を持つなんてまずない」
「なるほどね……」
一子が頷いたのを見て、セラフォルーは話題を変える。
「ところで一子ちゃんは事業とかはやらないの?」
「幾つか考えているわ。一枚噛みたいの?」
「うん。具体的には?」
「まだ誰にも話していないので、リアスを通してからね。冥界はあんまり荒らすと怒られそうだから、人間界で」
「裏側?」
「表側」
「みかじめ料ってことで、愛をいっぱい頂戴」
はにかんだ笑みを見せるセラフォルーに一子は可愛かったので、そのままキスして抱きしめて、最後には押し倒したのだった。