「吸血鬼、吸血鬼ねぇ……」
ふーむ、と一子は顎に手を当てる。
レイヴェルから、他勢力について詳しく学んだほうがいい、ということで、これまでほとんどノータッチだった吸血鬼を学ぶことにした。
ノータッチであった理由は単純で、各神話勢力の方が覚えることの量が多い為で、手が回っていなかった。
「……ぶっちゃけ、あんまり怖そうに思えない」
「あぅ……」
一子に面と向かって言われ、先生役のギャスパーは涙目になった。
「そういうところよ。もっとこう、傲慢で尊大な感じだと……」
「き、基本は皆、そうです。特に貴族とかそういうのだと……」
「そして、私がそこに登場して太陽を100個くらい降らせるのはどうかしら? 一瞬で無様に泣きわめくことになると思うけど」
「や、やめてください」
ギャスパーは何で先生役を引き受けてしまったのだろう、と後悔している。
ともあれ、彼はそれでも何とか一子と向き合う。
いつまでも恐怖の大魔王と思っていてはダメなのだ、と。
「……そうね、できるかもしれない。いえ、きっとできるはず。ペロロンチーノが悔し涙を……いえ、彼にとっては黒歴史になるのかしら……?」
何やらぶつぶつと言い始めた一子であったが、ギャスパーは素朴な疑問を抱く。
「あの、一子先輩。ペペロンチーノじゃなくて、ペロロンチーノですか?」
「ええ。昔の友人の名前でね。変な名前かもしれないけれど、翼人で、爆撃の翼王って異名があったわ」
へー、と純粋に感心してしまうギャスパーは更に問いかける。
「一子先輩にも、異名とかありますか?」
「んー、昔のやつだと歩く災害とか、破壊の天使とか……」
「碌なのがないんですね」
「まー、昔はちょっと世界相手に喧嘩を売ったりとか、真面目に戦争しているところに即行で介入して、どっちもぶっ飛ばしたりとかやっていたので」
「やっぱり怖いです……」
涙目になるギャスパーを一子はよしよし、と頭を撫でる。
その手付きが優しいものだったので、ギャスパーとしてはちょっとだけ気持ち良かった。
そのときだった。
ドアがノックされ、朱乃が入ってきた。
「……ずるいですわ。私も一子に頭を撫でて欲しいです」
撫でられているギャスパーを見て、むーっと頬を膨らませて不満をアピールする朱乃に一子は仕方ないわね、と肩を竦めてみせる。
「で、その前に用件は何なの? あいにくと今はお勉強中なのよ」
「お勉強中には見えませんけど……ともあれ、用件は吸血鬼のことです」
朱乃の言葉に一子は全て分かったと言わんばかりに、鷹揚に頷いて、確信を持った表情で告げる。
「ついに、吸血鬼共を滅ぼすときがきたのね」
「違いますわ。どうやら吸血鬼側からの特使が来るらしく、その会談に一子も出て欲しいとセラフォルー様からの伝言です」
「何で私なの? リアスは?」
「リアスも勿論出ますし、セラフォルー様も出席されます。ただ、主に話すのは一子ということです」
「要するに私の能力を試しているってことかしら」
「ええ、おそらくは。一子は将来、魔王になりそうですから」
なるほどね、と一子は頷いた。
「ところでこういうのって大抵、セラが直接言いに来そうなもんだけど、また何で朱乃に?」
「今日は夜まで魔法少女の活動があるそうです。悪の秘密組織と戦っているとか何とか」
やっぱりモモンガか、モモンガなのか、と一子は真剣に考えてしまう。
「その悪の秘密組織ってアインズ・ウール・ゴウンとかナザリックとかじゃないわよね?」
「さぁ、そこまでは。聞いてみては如何でしょうか?」
「それもそうね……まあ、どうでもいいんだけどね」
もしそうであった場合、実はその組織は私が元々所属していたところです、なんて言えやしない。
魔法少女相手に負けるナザリックなんて見たくない、でも笑えるので戦っているところは見てみたいという相反する思いが一子にはあった。
「で、会談っていつなの?」
「明後日の夜らしいですわ。駒王学園で」
「また駒王学園なの? たまには赤坂迎賓館とか、そこらでやりなさいよ。というか、何なら駒王町にそういうのを建ててもいいんじゃない?」
「そこは一子から言っていただけると有り難いですわ。私、リアスの女王でしかありませんし……」
「私の第二夫人が何を言っているのかしら?」
一子の問いに朱乃は怪しく微笑む。
「第二夫人、何と甘い響きでしょうか。でも、略奪を私はまだ諦めていませんわ」
「あのー、勉強してください……」
色々な意味でギャスパーにとっては危ない雰囲気になりそうなところであったが、彼は勇気を振り絞って、そう声を掛けた。
一子はギャスパーの言葉に頷く。
「そう、そうだったわ。敵を知り己を知れば百戦殆うからず、昔の言葉にもあるように、吸血鬼の全てを知らなければならない」
「一子、今夜は私の番ですから、期待していますわね」
それでは、とにこやかに微笑み、朱乃は退室していった。
「ところで先輩って、疲れたりしないんですか? 精神的に」
ギャスパーからすれば疑問であった。
別に彼が女嫌いというわけではないのだが、あそこまで女の園であるなら、複雑極まりない関係が構築されていてもおかしくはない、と。
自分には無理と彼は素直に思っていた。
「大丈夫ね。あとたぶん私が一番、誰よりもヤバイという自信もあるので」
「振り回しているから、向こうが疲れるというわけですね」
「身も蓋もない言い方だけど、たぶんそれが正解」
ギャスパーはハーレム作るのって大変なんだなぁ、と思っていると、一子が何やらスマホを取り出した。
そして、おもむろに電話を掛ける。
誰に掛けているんだろう、とギャスパーが疑問に思うも、すぐに相手は分かった。
「もしもし? レイヴェル? 明日の夜までに吸血鬼に関する資料を頂戴」
『吸血鬼の資料ですか? またどうしてですの?』
「明後日の夜に吸血鬼の特使とやらが来るらしいの。それに出席するので」
『分かりましたわ。どのような資料をお望みですか?』
「連中の近年の動向、他勢力との関わり、経済状況、彼らの国における災害や疫病の有無、また有力な貴族や特異な力を持っている吸血鬼といったところかしらね。要するに最近の連中が何をやっているか、やらかしているかを知りたい」
『分かりましたわ』
「カテレアやロスヴァイセとかリゼヴィムとか曹操とかも使っていいから。もしウダウダ言うようなら、私に直接言えと伝えて」
『はい、では最優先で仕上げますので』
「よろしく、レイヴェル。愛しているわよ」
『もっと雰囲気を考えて申してくださいまし! もう!』
電話が切れた。
最後のレイヴェルは怒っているようであったが、一子には容易に分かった。
照れているだけだと。
一方のギャスパーは目を丸くしていた。
「えっと、先輩……凄いですね」
「これくらいはできるわよ。全く、吸血鬼の連中も、こういうのは何ヶ月も前に連絡を寄越すのがマナーだというのに。突然すぎるわ」
「あー、その、ごめんなさい。吸血鬼はそういう感じなので……」
「ギャスパーは吸血鬼らしくないので、許す」
そう言われて、ギャスパーは何とも言えない微妙な表情となった。
喜んでいいのか、悲しんでいいのか、複雑だった。
そんな彼はさておいて、一子は腕を組む。
「プライドが高くて傲慢な吸血鬼共が、突然、切羽詰まったように悪魔側に特使を派遣する……十中八九、何かあったわね。それも体面を気にしている場合ではないような、大事が」
そう言われると、ギャスパーとしてもそういう気がしてくる。
幼馴染が心配だ、と。
「そういや以前に言っていた幼馴染って架空の存在?」
「ちゃんと実在します! ヴァレリー・ツェペシュって言うんです!」
「ふーん……惚れてるの?」
「ほ、惚れてるとか何でそうなるんですか!?」
「いや、テキトーに言ってみただけ何だけど……その反応だと満更でもなさそうね?」
にやり、と一子は笑みを浮かべた。
やっぱり怖い、とギャスパーは思うも、むしろ、逆にここで引かなければ大抵のことは怖くないと発想を変えた。
彼は咳払いを一つして、もしもしヴァレリーの身に何か起きていたら、と考える。
心配で居ても立ってもいられない。
「その、好きというか……ヴァレリーは恩人なんです。吸血鬼にとって、ハーフは忌み子とか雑種とか呼ばれて……ヴァレリーもハーフで……」
何やら思わぬ情報が聞けそうだ、と一子は思いながら、ギャスパーに続きを促す。
「吸血鬼はツェペシュ派とカーミラ派に分かれているんですけど、僕もヴァレリーも派閥でいうならツェペシュ派です。けど、ハーフなので、そういうのは関係なかったです」
「それで?」
「ヴァレリーはファミリーネームがツェペシュ、つまり派閥のトップに君臨する家の生まれです」
「お家騒動でも起こったのかしらね?」
「さぁ、そこまでは分かりません。僕とヴァレリーはツェペシュ派のハーフが一時的に集められる城で、一緒に助け合って生きていたんです」
「なるほどねぇ……ところで何でハーフが生まれるの?」
「その、吸血鬼にとって人間は糧なので……一方的な狩りというか、そういう感じで。慰み者とかにして……」
ギャスパーの言葉に一子は、ゆっくりと立ち上がった。
彼は何か、嫌な予感がした。
「ギャスパー、人類の守護者として、吸血鬼を見過ごせないわ。安心して、私には宇宙でもっとも美しく、そして、もっとも無慈悲な光の軍団がついているから」
「その、先輩……何をするつもりですか?」
ギャスパーは予想はできたが、それでも一応問いかけた。
すると一子の後ろにでっかい文字――大正義降臨――が浮かび上がり、同時に派手に文字が点滅する。
「この私がいるからもう大丈夫よ!」
頼もしいというよりも、そこはかとなく不安が湧き出てくる。
結局、一子は何をするかという問いに答えていない。
ろくでもないことを考えている証拠だろう。
部長が頭を痛めることになるんだろうなぁ、とギャスパーは思うも、背に腹は代えられない。
彼は立ち上がり、思いっきりに頭を下げた。
「もし何かあったようなら……ヴァレリーを助けてください!」
「何でもする?」
「あ、いえ、何でもはしませんけど……」
ギャスパーの答えに一子は舌打ちを一つ。
「実は私、核爆発を起こせるので、ちょっと核攻撃してくる。死んだら蘇らせるから安心して」
「やめてください」
ダメだ、やっぱり僕に一子先輩は荷が重すぎる――!
「吸血鬼って強くて凄いんだから、核爆発に耐えるとか余裕よね?」
「先輩の基準で考えないでください……というか、本当なんですか?」
「本当よ。私の10年くらいの鍛錬の成果で、本来なら術者を中心に引き起こすんだけど、なんと、離れた場所に撃ち込めるようになりました」
「……どのくらい撃てるんですか?」
「色々とアイテムとか装備とか使って、まあ、1000発くらいは余裕で」
核戦争かな、とギャスパーは遠い目になった。
頼むから特使の人、先輩に変なことを言わないで、と彼は祈った。
そうしないと、故郷が危ない。
さすがに色々と辛いことの方が多いとはいえ、故郷が核の炎で焼かれるのは勘弁して欲しかった。