「げっ、赤龍帝……!」
「人を見るなり、その反応はどうかしら?」
あからさまに嫌そうな顔をしたライザーに、一子はにこやかな笑みで――しかし、拳を握りしめながら――問いかけた。
「もう一度、しっかりと教育してあげましょうか?」
「い、いや、その、なんだ、すまんな。つい……」
そういえば今日、来るのだったとライザーは思い出す。
挨拶ついでに、上級悪魔昇格試験を受けるのだとレイヴェルから聞いていた。
翌日が昇格試験である筈なのに、一子は随分と余裕があるようにライザーには思えた。
「ついうっかり、フェニックス家が消えてしまうかも」
「勘弁してくれ。で、その、なんだ、レイヴェルとはどうなんだ?」
「良い関係よ。彼女は有能ね」
そう言って微笑まれると、ついライザーとしても見惚れてしまう。
中身はどうあれ、見た目だけは彼が頭を下げて迎え入れたいくらいには美しいのである。
だが、中身を知った今となっては、それは自分で特大の爆弾を飲み込むに等しい自殺行為だ。
ともあれ、ライザーは妹が評価されていることを素直に喜ぶ。
「そうか。それは良かった。あいつはああ見えて気が回る。幸せにしてやってくれ」
「ええ、勿論よ。ところで、ここってまるで石油プラントみたいね。あちこちで炎が吹き上がっているし」
「石油プラント呼ばわりは失礼じゃないか? フェニックスだぞ?」
「私にとっては鴨が葱を背負ってやってくるみたいな意味合いね。鳥が自分で自分の身を焼いてくれるなんて」
「お前の場合、比喩に聞こえないから怖いんだが……」
本当に物理的な意味で美味しく頂かれそうで、ライザーは怖かった。
「さすがの私も人肉……いや、悪魔肉になるの? ともあれ、そういう趣味はないから」
「それならいいんだがな。ところで、レイヴェルは?」
「なんかお母様やお父様とちょっと先に話をしてきますって」
「あー……」
ライザーは何とも言えない顔で、頭を軽くかいた。
これまでの一子についての報告を詳しくしているのだろう。
レイヴェルから軽く聞いた限りでは、一子はもう魔王ですら生温い存在だ。
魔王級の悪魔を魔力消費だけで作り出せる時点で、もうおかしい。
「その、なんだ。何かがあったとしても、ウチの家はお前につく。だから、まあ、あれだ。優遇してくれ」
「素直なことは良いことよ。グレモリーとシトリー、フェニックスは見る目があるみたいね」
そのとき、レイヴェルが戻ってきた。
「一子様、お母様とお父様との話し合いの準備が整いました」
「ええ、それじゃ、行きましょうか」
「はい、一子様。お兄様、失礼します」
ライザーは歩いていく2人の姿を見て、結婚は秒読みでは、と予想した。
滞りなくレイヴェルの両親へと挨拶を済ませ、レイヴェルの母親からはこれ以上ないほどにピッタリという言葉を一子は貰った。
母親が言うにはレイヴェルは武力と知力でもって世を治めるのが本質で覇道タイプとか何とか。
本人がいる場でそれを言うのか、と一子としては思ったが、レイヴェルは特に気にする様子もなかった為、既に何かしらの話し合いがなされているのだろうと容易に想像がついた。
「レイヴェルは覇道タイプ……あなたのお母さんってゲームとか好きなの?」
「いえ、そうではないと思います」
「レイヴェル、覇道タイプ。フェニックス家の長女。熱い炎で敵を焼き尽くすとかそういう説明がゲーム内だとされそう」
「覇道タイプから離れてくださいまし! 恥ずかしいですわ」
そっぽを向いてしまうレイヴェルに一子はくすくすと笑う。
「レイヴェル、今日はのんびり2人きりで過ごしましょうか」
「勿論ですわ。そのつもりでしたの」
試験前日であったが、一子は余裕に満ちていた。
そして、翌日。
レイヴェルとの2人きりの時間を過ごした一子は元気満々で試験に臨んだ。
一子1人だけということもあり、即日採点され、夕方には合格証書を持って、兵藤邸にサーゼクスがやってきた。
あとはリアス達の帰りを待つばかりとなった一子は居残り組とのんびりと過ごそうと考えていた。
時は遡り、リアス達がルーマニアへ転移でもって移動し、そこから小型ジェットへと乗り換えたあたりとなる。
暇になったアザゼルがたまたま席が隣になった木場に対して宣った。
「おい、木場。どうして一子があんな神話級の最悪な性格なのに、男女問わずに惹かれる連中が多いか、気にならないか?」
言われた木場としても、一瞬戸惑ったものの、頷いた。
彼としても、それは気になるところだ。
普通に考えてみたら、一子の性格は好ましいものとは言えない。
アザゼルの言う、神話級の最悪な性格という評価は的を射たものだ。
しかし、主であるリアスや仲間である眷属の面々からやたらとモテたり、果ては敵対していた者達まで、何だか知らないが、味方につけているというのは中々不思議なことだ。
何よりも、傍目から見る分には最悪の性格であるのは木場としても間違いない。
勿論、リアスや朱乃に聞いても一子は性格が悪いという答えが返ってくることは間違いない。
しかし、木場自身も一子に嫌悪を抱くというものは無い。
「そこがあれだ、不思議なんだよな。あいつ、性格が悪い癖に妙に話し上手の聞き上手なんだよ。傍若無人なようでいて、意外とな」
「……確かに」
木場としても修行をちょくちょく一子に1対1でつけてもらっている。
何だかんだと面倒くさがっている割には、修行は非常に丁寧であり、アドバイスは的確だ。
「天使から堕天使になって、更にこっちに転生してきた割に、あいつ、なんであんなに人間臭いんだろうな。案外、天使になる前は人間だったりするんじゃねぇか?」
「否定はできないですね……」
「まあ、そんなことはぶっちゃけどうでもいい。過去の詮索は良くないことだ。で……こっからは男同士の話なんだが……」
そう言って声を潜めるアザゼルに木場は面倒くさくなりそうな予感がした。
「リアスの奴がどうしてあんなに一子にゾッコンなのか、本人に聞いてきてくれ。気になるだろ?」
幸いにも2人の座席とリアス達がいる座席とは距離があることや、アザゼルが声を潜めたことでリアス達には聞こえていない様子だ。
アザゼルの問いかけに木場としては何となく予想がついた。
「一子さんは誰のことも平等に、人柄で判断しているからだと思いますよ。出自とか経歴とか地位とか肩書とかそういうの抜きで、その人のありのままを受け入れているからだと……」
「あー……」
木場に言われ、アザゼルは軽く頭をかいた。
確かにそれはあり得る話だ。
そして、サーゼクスに付き合わされて延々と聞かされた妹自慢話から非常に信憑性が高い。
どれだけ過去にサーゼクスが妹を甘やかしたか、よく分かる自慢話だったのだ。
結果として、リアスの性格がどうなったかはアザゼルにとって簡単に想像がつく。
父と兄から甘やかされて育ってきたリアス、しかし、あのくらいの年頃だと、たとえ恵まれた環境にいたとしても、色々と悩んでしまう多感な時期。
そんなところに、ありのままの自分を見て、受け入れてくれる上に、神も魔王も及ばない程に圧倒的な力を持つ一子が現れたのだ。
まさにリアスからすれば白馬に乗った王子様みたいなものだろう。
もっとも、実際は白馬の王子様というよりは赤龍に乗った大魔王と言った方がお似合いであるが。
それが悪いとは言えないが、ある意味で奇跡的な巡り合わせであった、とアザゼルは考える。
リアスがもう少し年齢を重ねていれば、また違った関係を一子と築いていただろう。
アザゼルは言葉を続ける。
「お前さんの言葉、それがおそらく正解だろう。だが……」
そう言いかけ、アザゼルは顎に手を当てる。
果たして、言ったほうがいいだろうか、と。
一見、普通の健全な――ヤることはヤっているだろうが――関係に見えるリアスと一子。 しかし、アザゼルには分かる。
ハーレムを築いてきた彼だからこそ、分かったともいえる。
「……木場、ドロドロとした話はいけるクチか?」
「あ、いりませんので」
木場はそう言うや否や、そそくさと席を離れていった。
彼は一子との修行でこれでもかと危機察知能力を鍛えられた。
それによれば、アザゼルが何やら話そうとしていることは、巻き込まれると非常に面倒くさい類だと予想できたのだ。
「逃げやがったな、あいつめ……」
なるべくなら中立的な輩を巻き込んだ方がいい、と彼は予想したのだが、それは空振りに終わった。
ともあれ、妹馬鹿のサーゼクスは知っているだろうか、と考え、とりあえず連絡を入れることにした。
勿論、リアス達には聞こえないよう、念のために結界も張って。
『やぁ、アザゼル。問題でも起きたか?』
「ああ、サーゼクス。お前の妹のことなんだが……」
『リーアたんが?』
「率直に言うとだ、リアスは一子に依存しているぞ。一子がいないと生きられないんじゃないか?」
『ふむ……それは問題ではないな。一子さんがいなくなることはないだろうからね』
サーゼクスの言葉にアザゼルはすぐさま、その意図を見抜いた。
故に、せめてもの反撃として悪態をつく。
「てめぇ、きたねぇぞ……」
『汚い、とはまた随分な言い草だね。リーアたんは幸せになるし、一子さんも悪魔陣営から抜けることはない。それと、私は悪魔の親玉だぞ? 正々堂々と悪魔らしく利益を追求させてもらうとも』
つまるところ、一子を悪魔陣営に縛っておくための見えない鎖だ。
リアスが一子に依存するということは狙ってやったのか、それとも偶然そうなったのか、それは分からないが、結果としてそうなっている。
それに、たとえ一子が悪魔陣営を抜けるにしても、リアスを置いていくことはない。
そして、世界で一番安全な場所は一子の傍だ。
サーゼクスの個人的な感情からすれば、妹が無事に生きて、過ごしてくれればそれで万々歳だ。
勿論、魔王としてのサーゼクスでは一子が悪魔陣営から抜けることは何よりの損失であり、そうさせない為に最大限の便宜を図っているのは言うまでもない。
正直なところ、悪魔社会を滅亡させたりしなければ、大抵のことには目を瞑るという合意が魔王達の間ではなされている。
そこまで優遇するだけのメリットが一子にはあった。
『ついでに、伝えておこう。近い内に少し悪魔社会が騒がしくなる。そっちに影響は及ばないだろうけども』
サーゼクスの言葉にアザゼルはピンときた。
前々から、今の魔王派閥は旧来の派閥を嫌っている。
アザゼルからしてみても、昔ながらの連中は時代にそぐわないから、大人しくしていればいいものを、と部外者ながらに思う。
単純な話であり、サーゼクスをはじめとした現魔王達よりも強い悪魔というのはいないか、いたとしても旧来の派閥ではない。
最終的にモノを言うのは武力であり、今の魔王達は個人でありながら戦略レベルで物事をひっくり返せる。
極論であるが、サーゼクス達が本気で老害と化した連中を始末しようと思えば、いつでもすることができる。
ただし、それをすればまた内戦が勃発することは明白であり、それは悪魔社会全体が、より低迷することを意味し、他勢力からの介入を招きやすい。
始末される側は単純な戦力では劣っているが、それでも張り巡らされたネットワークは確かなものであり、自分達の命と利益の為に死に物狂いで抵抗するだろう。
だが、あえて、サーゼクスがそうアザゼルに伝えてきたということ、それはすなわち――
「準備が整ったのか?」
『ああ。一子さんのおかげでな』
「……例のアレか?」
『アレでは目立ちすぎる。もうちょっと直接的だ』
アザゼルとしては例のアレ――いつもの魔法で、老害連中を一掃するかと思いきや、そうではないらしい。
「ウチは余計な手出しはしない」
『それは良かった。我々としても、三正面は避けたいところだからな』
「……なるほどな、この時期であるのはそれが理由か」
『そういうことだ。さすがに吸血鬼のところにまで入り込んでいるとは思えないが、用心はしてくれ』
アザゼルの言葉にサーゼクスは肯定し、忠告した。
「それが聞けただけでも、連絡して良かったよ。ああ、そうだ、俺は一子を止めるのは嫌だからな。時間切れになったら、あいつが出てくるらしい」
『……幸運を祈る』
通信が切れた。
サーゼクスの反応から、アザゼルは自分に丸投げしてきたのだと分かり、溜息を吐いた。
「プライドの高い吸血鬼が冥府の連中と手を組むとは思えんが……」
なんかあったらもう一子をぶつけよう、そうしよう、とアザゼルは開き直ることにした。
そんなこんなで、現地へと到着した一行であったが、アザゼルは自分の予想が的中してしまったことを嘆くことになった。