「……うーん、どうしましょう。これ、世界の危機なんだけど」
リアスは頭を抱えていた。
彼女達はツェペシュ派の統治領域へと無事に到着したのだが、そこでは既にクーデターが終わっていた。
ともあれ、事情を聞くべく、ツェペシュ派の新しい王との会談を申し入れたところ、すぐにそれは叶うことになった。
しかし、ここからが色々とリアス達の頭を痛めることになった。
「あの邪龍、一子ちゃんと戦いたいって感じだよね」
イリナの言葉にリアスは再度、溜息を吐く。
新しく王となったヴァレリーの護衛として紹介されたクロウ・クルワッハの存在だ。
彼は不思議そうに尋ねたのだ。
赤龍帝は一緒ではないのか、と。
その一言が残念そうな声色であったことから、彼が戦いたがっているというのはよく理解できた。
ヴァレリーの精神が汚染されて、やばいモノと話したりもしていたが、そこらは別に一子に任せれば治癒できるだろうとリアスは勿論、同席したギャスパーすらも確信していた。
事実、それだけの実績があるのでそれも当然だ。
ともあれ、差し迫った世界の危機への対処が重要だ。
一子とクロウが戦うなど、それだけで世界が終わりそうな気がしてならない。
「一子を連れてこなくてよかったわ。もし連れてきていたら、今頃、ツェペシュ派の国なんて戦いの余波で消し飛んでいただろうから」
「よ、良かったですけど……部長、どうしましょうか……」
ギャスパーはヴァレリーを助けたいという思いがある。
しかし、それをするには一時的に宰相となっているマリウスの排除が必要であり、それを行うとクロウとの戦闘に発展する。
残念ながら、クロウとマトモに戦えそうな輩は一子以外には思い浮かばなかった。
そのときだった。
扉が軽く叩かれた。
リアスが許可を出すとアザゼルが入ってきた。
「何か、良い案は……?」
「色々考えたんだが」
リアスの問いにアザゼルはそう前置きし、咳払いを一つ。
「ヴァーリと連絡を取って、何とかしてもらうってのはどうだ? 一子よりはマシだぞ」
「……それはマシではあるけれど……」
ヴァーリの方がまだ、やらかしはしないだろう。
しかし、単純な疑問がある。
「勝てるの?」
「分からん。だが、アイツが一子に抱くライバル心は相当なものだ。それこそ死に物狂いで修行に明け暮れているだろうから、以前よりも実力は遥かに上だろうな」
この間の冥界でのエキシビションの際に行われた試合に出たときはアザゼルとしても、驚くよりもまず納得が先にきた。
間近で一子の戦いを見るチャンスであり、同時に魔王と魔王級の悪魔を相手に回して命の危険がなく戦えるチャンスなどそうあるものではない。
そのときであっても、ヴァーリは強くなったとアザゼルは思ったものだ。
「不確実な手段は取りたくないわ」
「それじゃあ一子だな」
「……もういっそ、お兄様にお願いしようかしら」
「意外と、それが一番確実で、被害が少ないかもな。ただし、吸血鬼と全面戦争になるかもしれないが……」
リアスは溜息を吐く。
「一子がちょっと強い程度だったら、こんな世界の命運を左右するような決断を強いられなかったのに……」
「俺も他の奴らもそう思うことだろうよ……」
アザゼルとしても、主としてのリアスの立場は心から同情するし、力になってやりたいと思う。
それは三大陣営の首脳達ほぼ全員に共通する思いだ。
というか、事情を知っていれば誰だってそうなるだろう。
一子は面白そうと思ったら、それがどれほどとんでもないことだろうと、やってしまうタイプなのだ。
「部長、結局、どうしますか?」
木場の問いかけにリアスは深く、それはもう深く溜息を吐く。
しかし、ここで彼女は思い出した。
かつて、セラフォルーが言った言葉を。
「一子は1人で世界のパワーバランスを崩すだけの力があるわ。そして、今回出てきたクロウ・クルワッハも。ならば、私は……魔王様へ相談する」
責任回避とリアスを責めるのは酷な話だろう。
両者が激突した場合、あまりにも周囲に与える影響が大きすぎる。
そんなわけでリアスは早速にサーゼクスへと通信を繋げた。
すぐに通信は繋がり、サーゼクスへとリアスは状況を説明する。
『難しいな』
リアスからの説明を聞き終えたサーゼクスの言葉に、リアスだけでなくこの場にいる誰もがそうだろうな、と思わず頷いてしまう。
『少し時間が欲しい。一子さんの上級悪魔昇格試験が終わるまでは明確な決断を控えたい』
実質的な先送りであったが、リアス達に異論はない。
ついでとばかりにアザゼルは告げる。
「サーゼクス、吸血鬼の反政府勢力に入れ知恵した輩がいる。おそらく、奴だ」
アザゼルの見立てではマリウスではクロウを味方に引き入れるなどは到底できない。
単純な力をはじめ、何もかもが不足している。
橋渡し役となった者がいるのは明白であり、それができる者は非常に限られる。
そして、現時点でそういうことをして利益がある者というと、特定したも同然だ。
『やはり……また面倒くさいことになったものだ』
「駒王町に陽動で襲撃を掛けられるかもしれないぞ。以前のようにな」
『そちらは大丈夫だ。襲撃から5分以内にセラフォルーが駆けつける手筈になっている。無論、備えは彼女だけではない』
備えは万全であることに、アザゼルは肩を竦めてみせる。
『時間は稼げるか?』
「相手さん次第だな。今のところ、行動に制限などはない。嘘か本当か知らないが、ツェペシュ派の新政府はどこの勢力とも仲良くしたいそうだ」
『それは素敵な話だ。我々としてもそうでありたい。だが、その為には対話が必要だ』
「そうだとも。対話は重要だ」
アザゼルの言葉にサーゼクスは頷き、リアスへと告げる。
『リアス、ツェペシュ派の新しい政府と交渉してくれ。どのような条件であれば、我々と友好的な関係を結べるか、とね』
サーゼクスの言葉は正直に受け取れば、新しい政府を正式な政府として認め、友好関係構築を目指しているように聞こえる。
だが、リアスには裏が読めた。
「……よろしいのですか?」
『構わないさ。吸血鬼に恩を押し売りするのも、悪くはない』
「分かりました。友好関係構築の為、じっくりと腰を据えて交渉にあたります」
リアスの言葉にサーゼクスは満足そうに頷いた。
それは彼の言葉の意味をリアスが正確に読み取っていたが為に。
明確な決断は避ける、とサーゼクスは言ったが、それでもツェペシュ派の新政府がクロウ・クルワッハという一子に匹敵するかもしれない存在を有している以上、地盤を固められる前に潰す必要があった。
何よりもマリウスの思想的にあちこちで騒動を引き起こすのは火を見るよりも明らかであり、とてもではないが容認できない。
「さて、ゆっくりと取り組むとしましょうか。ただし、その前に天界のジョーカーと合流して、事情を話す必要があるわね」
「そっちは俺に任せてくれ」
アザゼルは一抜けたと言わんばかりに、そう請け負った。
彼としてはなるべく厄介事に巻き込まれたくないというのが本音であった。
先の会話から、サーゼクスが一子をクロウにぶつける気満々であることが、よく分かったが為だ。
無論、新政府に入れ知恵をした連中に対しては色々と思うことがあり、また悪魔側に恩を売れることから、協力するのは吝かではないが、それでもその為に堕天使側も意思統一を図る必要がある。
さすがに冥府の連中と事を構えるにはアザゼルの一存というわけにはいかなかった。
そこらの彼の事情をリアスは正確に読み取った。
「任せたわ。いつ拘束されるか分からないから、退路を確保した上で、事に当たるわよ」
リアスの指示に木場達は頷いた。