スタジアムは静寂に包まれていた。
戦闘開始してすぐに実況も解説を任されたアザゼルも口を閉じるしかなかった。
彼らも観客達と同じく、モニター越しでドラゴン達の戦闘を見つめるだけだ。
何もかもが次元が違った。
邪龍達も赤龍帝も。
もしも異空間ではなく通常空間で戦闘が行われていたならば、その余波だけで甚大な被害が出ただろう。
戦闘は空中戦へと移行しており、赤龍帝の籠手からドライグまでもが出てきて勝敗の行方は分からない。
6体の邪龍達はドライグの攻撃を掻い潜りながら、後方の一子へと近づこうとしてはドライグに妨害されるということを繰り返している。
その一方で一子はその身体を色とりどりに光らせていた。
そこで実況はようやく仕事を始める。
『解説のアザゼルさん、彼女はいったい何を……?』
『あれは自己強化系の魔法だ。さすがのアイツも、そうしなければ邪龍達と対等には戦えないんだろう』
実況の問いにアザゼルは答え、更に言葉を続ける。
『こんな戦い、滅多に見られるもんじゃない』
アザゼルはそこで言葉を切り口を閉じつつも考える。
この後の勧誘合戦、凄まじいことになるだろうな、と。
そう思いながら、彼もメールでシェムハザに指示を出す。
独身の女性堕天使を根こそぎ連れてきてくれ――
似たようなことを他神話の神々も行っていたのは言うまでもない。
女を充てがえば自分のところに靡いてくれるかもしれないと、思わせた時点で一子の勝利だった。
色々な意味で。
そのときだった。
一子の身体を包む色とりどりの光は終わり、彼女は両手を広げて目を閉じた。
そして、膨大なオーラがその身から溢れ出していく。
覇龍を使うつもりか――!
アザゼルはモニターを食い入るように見つめる。
一子は史上初めて、覇龍を完全に扱えているという。
神をも超える力を一時的に得るが、その代償も大きい――しかし、あの一子のことであるから、絶対に何かやらかしているだろうと予想ができる。
神器研究者として、また堕天使の総督として、どれほどの代物が出てくるか彼は楽しみであった。
邪龍達も覇龍と思しき詠唱が始まっていることを察知したのか、より果敢に攻め立てるが、ドライグの防御を崩せない。
彼の立ち回りは巧みで、高速で飛び回りながらブレスやオーラで一子へと飛来する攻撃を逸らし続ける。
『我、目覚めるは深淵より来たりし混沌なり』
ぞくり、とアザゼルは肌が粟立つ。
とてつもなく悪いことが起きそうな、そんな予感がした。
それを邪龍達も感じたのだろうか、彼らは形振り構わず攻撃に移る。
防御も回避も捨て、ただ一直線に一子目掛けてブレスやオーラの砲撃、アジ・ダハーカによる五桁を軽く超える魔法が放たれるが、全てはドライグに阻止された。
彼が唯一名をつけた絶技をも使用した為、邪龍達は退避を余儀なくされる。
一子との距離がますます開いてしまった。
『異界の理でもって、全てに終焉を齎そう』
その様相が変化する。
彼女の背中からは翼が生えたが、それは異質なものだった。
形こそドラゴンのものであるが、白と黒が入り交じった模様となっている。
その白黒模様は鎧全体に現れていく。
『我、終末の龍となりて――我が敵を尽く掃滅せん』
――
傍目には白黒模様が鎧に出たり、またドラゴンの翼が背中から生えたことくらいでしかないだろう。
しかし、誰もがその姿に恐怖を抱いた。
それは内包するオーラが桁違いに跳ね上がったという強さとしての意味合いではない。
見てはいけないものを見てしまった、根源的な恐怖。
彼女から撒き散らされる冒涜的な気配に邪龍達ですらも恐れおののいた。
一子は邪龍達に向かって告げる。
「究極至高の恐怖を味わいながら死ぬがよい」
「いや、相棒……ノリノリのところ悪いが、たぶん見ている連中は引いてるぞ」
ドライグのツッコミにより色々と台無しだった。
食い入るように見ていたアザゼルは深く溜息を吐く。
破壊衝動とかそういうものはなさそうで、また暴走状態でもなさそうだ。
いつもの一子であることがアザゼルには分かってしまった。
「ちょっとドライグ。せっかく人がバッチリと決めているのに、そういうことは言わないで頂戴」
ぷりぷり怒っている一子にドライグは笑いながら、宝玉へと戻っていった。
「何で戻るのよ?」
「巻き込まれたらかなわんからな。さあ、相棒。見せてやれ。お前の全力を」
一子は溜息を吐きながら、レーヴァテインを構えた。
そして、彼女は高らかに告げる。
「征くぞ、レーヴァテイン。久方ぶりに世界を焼き尽くすわよ」
それこそ彼女が誇る最大の一撃。
莫大なオーラが瞬く間にその刀身へと収束していく。
撃たせてはならない、と邪龍達は瞬時に察知し、一子へと迫るが、ここで彼女は最悪の魔法を使用する。
アジ・ダハーカの魔法攻撃をわざわざ曲芸飛行をしてまで回避したのは、これの対策をされない為だ。
彼は空間や時間に対する魔法にも精通しており、初見のものであっても妨害術式を構築できる可能性が高かった。
彼女が使用した魔法、それは――転移魔法であった。
「
その場から一瞬にして一子はどこかへと転移した。
絶句する邪龍達。
目視では確認できないにも関わらず彼女の声が響き渡った。
何かしらの魔法を使ったのだろう。
『我が一撃を食らうが良い!
彼方より迫るは膨大な光の奔流。
それは世界を遍く灼き尽くし、そして崩壊させるモノ。
異空間と通常空間を隔てている次元の壁が次々と崩壊しているのが邪龍達には見えた。
アジ・ダハーカは障壁や結界を展開し、また他の邪龍達も全てのオーラを防御に回したが――そんなものは無意味とばかりに光は彼らを呑み込んだ。
異空間は崩壊し、一子は通常空間へ――スタジアムのコートへと戻ってきていた。
そして、彼女から少し遅れて炭化し、今にも崩れそうなモノ達が戻ってきた。
邪龍達の成れの果てだ。
一子は聞こえているかどうか分からないが彼らに向かって告げる。
「私が勝ったから全員例外なく、私に従うように。眷属にはならなくてもいいから配下ってことでよろしく」
苦笑したような声が炭化したモノ達から聞こえた気がした。
やがて、それらは崩れて地面に広がった。
その炭を見ながら、彼女は呟く。
「……塵になって風に飛ばされて消えたりとかそういうのはないのね。これ、炭火焼きとかに使えないかしら?」
『相棒……それはやめてあげてくれ』
「冗談よ、冗談。復活までどのくらい?」
『早くて数百年、遅ければ数千年だろう』
「予想範囲が広すぎるわ……短縮させましょう」
そんなやり取りをしながらも、一子は覇龍を解除した。
それが引き金になるだろうな、と予想しながら。
そのとき実況が叫ぶ。
『赤龍帝である兵藤一子の勝利ッ!』
スタジアムに大歓声が響き渡るが、一子は油断も慢心もしていない。
ちょっとした罠を彼女は事前に仕掛けてある。
それに敵がうまく引っかかってくれれば面白いんだけどと彼女が思っていると、遂に動いた。
観客席から数多の悪魔達が飛び出してきたのだ。
彼らは空を飛び、高速で一子へと接近する。
そして、そのうちの1人――2本の角を頭に生やし、ウェーブがかった桃色髪の女性が気絶したリアスを抱えているのが見えた。
一子はほくそ笑みながら、それなりにやりそうなのは彼女――ロイガン・ベルフェゴールとビィディゼ・アバドンの2人しかいないことに溜息を吐く。
どういう意図が2人にあるかは分からないが、こうして挑んでくるということは老人達に動かされたのだろう。
また2人の眷属達はどこにもおらず、舐められたことに一子は怒りを覚える。
そのため、彼らに分からせてやると決意した。
『おっとこれはどういうことだ!?』
実況の困惑した声を聞きながら、一子はスタジアムに響き渡るよう、ちょっとしたアイテムを使用する。
「場外からの挑戦者というやつね? 歓迎しよう、盛大に」
スタジアム内に配置したメイド達に彼女は待機するよう指示を
どうやら単なる乱入と思ってくれたようで、それもレーティングゲームの2位と3位の殴り込みということで大盛り上がりだ。
そして、アザゼルが解説席で呆れた顔をしているのが見えた。
一子の近くまでやってきて、上から見下げる形となっているロイガンが口を開く。
「大人しく捕まって欲しい。あなたも大きく消耗しているでしょう?」
リアスを片手に持ちながら、そう告げるロイガンに一子は笑ってしまう。
「一つ聞いておくわ。そんな人数で大丈夫?」
何のことか、とロイガンとビィディゼは首を傾げる。
彼らが引き連れているのは数百にも及ぶ上級悪魔達だ。
消耗してなければ話は別だが、今の一子には十分対抗できると考えられ、またVIPルームで
兵藤一子にとってリアス・グレモリーは何よりも大切な存在で、手を出すことはできない筈だ。
「何を言っている?」
ビィディゼの問いに一子はけらけらと笑う。
「あなた達、レーティングゲームは強いけど……どうやら戦争の仕方をご存知ないようね? 後学のために教えてあげるわ。戦争ってのは事前の準備で全てが決まるのよ」
そして、彼女は気絶しているリアスへと語りかける。
「とどのつまり、こういうことよ。もういいわ、カテレア」
その言葉にロイガンは思わず視線をリアスへと向け――その顔に思いっきり拳が叩き込まれた。
彼女は赤龍帝と戦うことになる可能性を考慮し、事前に王の駒で限界まで強化していたのだが、その一撃は効いた。
そして、ロイガンの手から逃れたリアス――カテレアは一子からあらかじめ渡されていたとあるアイテムの効果を解除する。
みるみるうちに、リアスの姿が変わっていき――カテレアの姿となった。
「変身アイテムってやつよ。いや、まさかこんな単純な手に引っかかるなんて。もしかして……脳みそスカスカ?」
「貴様っ!」
ビィディゼが激怒するが、そのときロイガンはカテレアの一撃からどうにか立ち直った。
一子はそれを見て、告げる。
「我が女王、カテレアよ。レヴィアタンの末裔であることを、ここに示せ。首謀者2人を除き、残りは始末しなさい」
「仰せのままに」
一子の命令にカテレアは優雅に一礼し、2人へと向き直った。
好戦的な笑みを浮かべ、彼女は背中に12の黒い翼を顕現させる。
そして、彼女は莫大なオーラを使い、大量の水を作り出した。
それは地面に落ちることなく空中にて巨大な球体を形作る。
掉尾の海邪龍――レヴィアタンの特性であると同時に正統な末裔である何よりの証拠。
水を自由自在に操り、海すらも支配できるものだ。
「一子様を上から見下ろすとは不敬極まりない。さっさと死ぬがいい」
球体から無数の弾丸が高速で飛ばされた。
水を凝縮したそれは生半可な威力ではなく、あっという間に上級悪魔達が落とされていく。
それだけで終わらない。
回避がかろうじて間に合った連中がいたからだ。
カテレアは逃げた者達を処理する為、球体そのものを変化させた。
細長い蛇のようなドラゴンとなり、逃れた者達を追う。
その一方で更にカテレアは水を作り出し、2匹目、3匹目のドラゴンを水でもって作り出す。
あっという間に一子の命令通りにロイガンとビィディゼを除いて、襲撃者達は殺し尽くされた。
一子はカテレアに拍手を送りながら、2人に告げる。
「じゃ、そろそろ私は新たな配下達を迎えさせていただくわ。出番が欲しいと思っている頃でしょうし、2位と3位なら相手にちょうどいいでしょう」
「それは……どういう意味?」
ロイガンの問いに一子は答えることなく、どこからともなくアイテム――デスペナなどを防いだりするもの――を幾つか取り出して、それを使用する。
その段階では特に何も起こらないが、ロイガンとビィディゼは動けない。
カテレアが睨みを利かせている為だ。
そして、一子は蘇生魔法を唱えた。
ロイガンとビィディゼは驚愕のあまり目を見開く。
それは観客達も同じだ。
『ま、まさかのここで……邪龍達が復活した!?』
実況の叫び、アザゼルは「やりやがった」と小さく呟き、頭を抱えた。
しかし、一子はそんなことは気にせず、邪龍達に告げる。
「私の配下になるってことで、いいわよね?」
「ああ。ただし、相応の待遇を求める……とりあえず、そいつらを潰せばいいか?」
クロウは一子に問いかけながら、ロイガンとビィディゼへと視線を向けた。
それだけで2人は震え上がる。
「全くよぉ……ああいうのは無しで拳で殴り合いてぇんだよ……俺は!」
「まあまあ、いいじゃないですか。私なんてめった刺しにされて虫の息ですよ……めちゃくちゃ痛かったんですからね……」
グレンデルにラードゥンは言葉を掛ける。
「本当にアイツは規格外だ」
「ホントホント」
「とりあえず、世界征服でもしとく?」
アジ・ダハーカの言葉にアポプスは肩を竦めてみせ、八岐大蛇はロイガンとビィディゼを睨みつける。
そして、一子は更に転移魔法を使用する。
一番こういう状況を楽しめる輩を連れてくるのだ。
「うひゃひゃひゃ! 一子ちゃーん! 最高に面白いねぇ! おじさん、やっぱり一子ちゃんについてきて良かったよ!」
リゼヴィムが現れた。
「あ、番外の悪魔くん達。あと、全世界の皆! おじさんはリゼヴィム・リヴァン・ルシファー! 一子ちゃんの眷属だから! よろしくぅ!」
リゼヴィムの宣言にスタジアムはどよめいたが、彼はそんなことは気にしない。
ロイガンとビィディゼに彼は悪意をたっぷりと込めて言葉を掛ける。
「ねぇねぇ、今どんな気持ち? 勝てると思ったの? 一子ちゃんに? いや無理だなぁ、おじさんでも手を出そうとは思わないもん! あ、もしかして君たちそんなことも分からない程に馬鹿なのかな?」
リゼヴィムの煽りに一子は告げる。
「まぁまぁ、リゼヴィム。何かしらの事情があったと思うから、その原因を取り除いてやるのも私の仕事……のような気がする。あ、それともう一回聞きたいんだけど……」
一子はロイガンとビィディゼの間近にまで迫って、にっこりと笑顔で問いかけた。
「そんな人数で大丈夫?」
その問いに対し、ロイガンとビィディゼは降伏を宣言するのだった。