「私って修行というより、皆の相手をしているだけなような気がする」
一子は修行が始まってから、やったことは皆の対戦相手だ。
実力を見たいという思いもあったのだろうが、大抵の場合、一子に掠らせることもできず、相手がスタミナ切れでダウンする。
攻撃して欲しいと言われたこともあったが、赤龍帝の籠手を出さない状態で大岩をワンパンチで木っ端微塵に砕くのを披露したら、攻撃しないでくれに変わった。
『その分、飯を食ってるだろう?』
ドライグの言葉に一子は当然と返答する。
別荘に来てから、一子はよくメシを食っていた。
牛や豚、羊の様々な部位の肉をそれはもう大量に。
一子は修行というよりも山中にある別荘にバカンスに来たという方が正しいだろう。
そんな彼女は現在、草原に寝そべって、青空を眺めていた。
『で、そろそろ俺を出すのか?』
『あんな雑魚相手に出すわけないでしょう?」
『分かってはいるが……俺もつまらないんだが』
ドライグとしても分かってはいた。
もっとも基本的な能力として10秒毎に力を倍加するという能力だ。
これがもし、そこらの人間が宿主だったなら、最初から使っても問題はなかった。
しかし、一子は素の実力が圧倒的過ぎた。
そんな彼女の力が10秒毎に倍加していく。
また、彼女のキャパシティは極めて大きいので、上限は非常に高いところにある。
存分に戦えるフィールド――たとえば異空間などでしか、一子は赤龍帝の籠手を使えなかった。
通常空間で使おうものなら、怪獣が暴れまわるよりも周囲の被害が酷いことになること間違いないからだ。
「一子、ちょっといいかしら? 作戦についてなんだけど」
「兵士は前に進むことしかできないので。私は正面突破でいいわよ」
声を掛けてきたリアスに一子はそう返した。
でしょうね、と返事を予想していたらしいリアス。
「援護とかは?」
「いらないわ。とはいえ、リアスがどういう勝ち方をしたいかにもよる」
「勝ち方?」
「ええ、そうよ」
答えながら、一子は起き上がる。
「ライザーのプライドをへし折りたいなら、私もそういう風にやるわ。終わった後のことも考えて、あなたがそこは判断してくれれば」
「……なるほどね。私としては彼と婚約破棄ができれば良いって感じなのだけど……ちょっと痛い目にあわせたいという思いもあるのよ」
「確かにウザかったのは事実……今回は真正面から叩き潰しましょう。私は力を見せたほうがいい? それとも隠蔽したほうがいい?」
リアスは問いかけに思案する。
両家の関係者に中継されると聞き及んでおり、見せれば一気に冥界中に広まるだろう。
それは良いことか、悪いことか?
「私を脅威に思って潰しにくる勢力っていうのはいるかしら?」
「……微妙なところね」
一子の問いにリアスはそう返答をする。
悪魔側ではいない可能性は高い。
何しろ、一子の力は圧倒的だ。
転生悪魔とはいえど、その力は誰も軽んずることはできない。
表向きには悪魔の戦力が増えたと誰もが歓迎する筈。たぶん。
懸念としては天界や堕天使側だ。
だが、既に堕天使には力を示して見せたという。
裏では何を考えているか分からないが、先の戦争でも真っ先に手を引いたのは堕天使という。
それならば中立的と考えても良いかもしれない。
下手にちょっかいを掛けて大損害を被るよりは静観したほうがいい、と考える可能性はある。
もっとも敵対する可能性があるのは天界――天使だが、これはいつものことだ。
「どちらでも構わないわ」
「私が手っ取り早く爵位持ちになるには、どっちがいい?」
「それなら見せたほうがいいわよ。見せずに訳の分からない強さを示すよりも、今代の赤龍帝っていうほうが誰もが納得できるから」
笑顔で大岩をワンパンで砕く様をリアスは思い出しながら、そう答える。
「じゃあ見せるわ。確認だけど、ライザーは不死身なのよね?」
「ええ、そうよ」
これ以上ない程に満面の笑みを一子はみせる。
リアスはその笑みに綺麗とか美しいよりも、恐ろしいと感じてしまう。
「婚約破棄による悪影響は?」
「それは問題がないわ。フェニックス家のメンツは丸潰れになるでしょうけど、悪魔にとって契約は絶対よ」
リアスの言葉に一子は軽く頷いた。
つまり、こっちの提示した条件を呑んで契約を結んだのだから、あとから文句を言うのは筋違いだというわけだ。
事実、フェニックス家もリアスが勝てるとは思っていないだろう。
眷属の人数も実戦経験も圧倒的にライザーの側が上なのだから。
ここまで有利な条件を提示されて、呑まないとなればフェニックス家のメンツに関わってきてしまう。
それこそ、呑まなければ腰抜け扱いを第三者からされてもおかしくはない程度に、ライザーにとって有利な条件だ。
「で、フィールドは異空間だから、どんなことをしても問題はない、と」
「……何をするつもり?」
リアスの問いに一子は告げる。
「真面目に戦うことにするわ。全力戦闘形態での禁手化をした場合、どのくらい周辺に被害が出るか、確認したいので」
あのプレートメイル姿は違うのか、とリアスは思ったが、考えないことにした。
ドライグはドライグで、一子の朝令暮改っぷりに溜息しか出なかった。
「なるほど、そういう面白いことになっていたのね」
レイナーレは一子に膝枕をしながら、そんな感想を告げた。
10日間も禁欲していた一子は駒王町に戻ってくるなり、真っ直ぐに教会へと赴いた。
そして、レイナーレの部屋で彼女に飛びついて、色々とやった後に今に至る。
ミッテルトとカラワーナとバイサーが途中で乱入したり、アーシアがうっかりとやっている最中に来てしまい、慌てて自分の部屋に戻ったりしたが、些細なことだ。
「今夜なんでしょ? あなたのことだから、大丈夫だろうけど」
「ええ、問題ないわ。ちゃんと発散しておかないほうが不安だから」
「そろそろ時間なんじゃ……」
そのときだった。
『メリエルお姉ちゃん、時間だよ!』
唐突に響き渡る幼女の声。
ああ、と一子は腕時計へと視線をやる。
ぶくぶく茶釜の声だった。
「一子、メリエルって前世の名前?」
「そうよ。これ、前世のお友達にもらった腕時計でね」
さて、と一子は立ち上がる。
「アーシアを頼むわ」
「ええ。でも、行く前に……」
レイナーレは一子の前へと立ち、そのまま一子の唇に口づけする。
「いってらっしゃい」
数秒してから離れて、微笑みながらそう告げるレイナーレに一子は頷き、応える。
「ええ。少し、本気を出してくるわ」
それを聞いたドライグは結局、全力を出すのか出さないのか、ツッコミを入れたくなったが、空気を読んで黙っていることにした。