「泉はいるか?」
十三年前の冬の日。
母と共に親類の家に預けられる前の日だ。
荷造りで家の中はバタバタと忙しい一日で、私は自分の部屋の整理をしていた時だったと覚えている。
ノックの後に入ってきた父は丸眼鏡にモジャモジャのくせ毛、顔立ちや立ち居住まいは良いのにどこか頼りなさげないつもの父だった。
「これは少し早いけど泉、父さんからの誕生日プレゼントだ。」
そういって手渡されたのは、ガラスケースに入ったキラキラと日の光を浴びて輝く純銀製の鳥の羽根を形どったペンダント。
「お父さま、コレ……!」
「これはお前の高祖父の時から受け継がれている貴重なモノだ。絶対に無くしたりしないように。いいね?」
いつもは父の書斎の机の中に仕舞われていて、出そうとすると怒られたのに、それをプレゼントなんて。
頬が熱くなり、そのまま走り回って抱き着きたくなった。でもそんなはしたないことしたらきっとまた怒られてしまう。
「ありがとう、お父さま! 私、一生大切にするね!」
だから、できるだけいっぱいの感謝をこめて大好きな父に笑顔を贈った。そんな私を見て、父は顔をくしゃくしゃにして頭を撫でてくれた。
結局その日は興奮冷めやらず、夜遅くに疲れて眠るまではしゃいでいて、父もずっと嬉しそうに私を見ていた。
それが私と父の最後の思い出。
遠い冬の日の記憶。
Summon_Side_Saber 16_December
「──────っん……。」
カーテンの隙間から漏れ射す光で目が覚める。
昨夜、学校の敷地内の林で事前準備が終わったのが午後十一時過ぎ。そこから父の遺した暗号を解読してとっておきを入手したのが午後三時前。その後、泥のような眠気に耐えてベッドまで移動し……。
「……四時間少し。まあ、今日は眠れた方か。」
元々眠りの浅い私には十分な睡眠時間だ。
手早く身支度して家を出よう。
私の家は表向きは元地主、裏の顔は魔術協会に属する魔術師の家系である。
魔術師は、読んでその通り魔術──────今の時代の一般常識から外れた、秘匿された知識とその成果、つまり神秘を用いて、世界のあらゆる事象の出発点、ゼロ、始まりの大元、全ての原因、「根源」へと到達しようとする者たちである。
そんな、人の道理から踏み外したような人間が真っ当なはずがなく、その大半は所謂人でなしだ。
かく言う私もその一人である。
「──────
ドアノブに手を当て、設定しておいたキーを掛ける。
自宅のある観那川市北園町は、伝統的な武家屋敷や長屋が集中する東側と洋風建築の多い西側、駅前の新築のマンションやアパートが立つ再開発地区と少し郊外にニュータウンが点在する。
高祖父が建てた屋敷は西側地区でも一際大きい洋館で、なんでも県の重要文化財にも指定されてもおかしくない。
まあ、おかしくないというのは外観だけで、中身は家としても工房としても魔改造してしまっているのだが、そのため、文化財にはできないそうで。
「──────流石にもう寒いわね……。」
家の中こそ各部屋には床暖房、エアコン完備で寒さなど感じないが午前七時半の外は真冬の空気に満ち満ちている。
観那川市は内陸に位置し、周囲を山に囲まれた盆地であるために、非常に冬場が厳しい一面を持つ。
まだ今年は降っていないものの、一旦降雪があれば、白一色になるのがこの街の毎年の光景だ。
洋風の家が多いこの辺りでは早くもクリスマスの飾りつけを始めている家もある。
賑やかな光景の街中を、私は一人学校へと歩いた。
八時前の学校には部活動にいそしむ体育会系と教室などで自習する優等生タイプの生徒ぐらいしかいない。
私も自習目的でいつもこの時間に登校しているのだが、土曜日だけは教室ではなくここ、新校舎に併設されたカフェテリアでやることにしている。
いつも同じ教室や自習室では日々に新鮮味がない。
ということで、教室の殺風景な景色ではなく、木目調の壁で囲まれた空間に足を運ぶ。
いつも通りテーブルに腰掛け、自販機で買ってきたホットのミルクティーを片手に数学の問題集をペラペラとめくる。
問題集一ページを解き終わり、次に進む前に一つ伸びをしようとして、椅子を少し引いた時だった。
「やあ、おはよう園原。こんな朝早くから君に会えるなんてついてるね。」
──────なんでこんな朝早くから出くわすんだか、ついてない。
無視しようかと一瞬思ったが、このいかにもデキる雰囲気醸し出したこの人には悪手だと判断。
溜息も押し殺して気障な声の主に正対する。
「おはようございます、來栖満瑠君。何か要件ですか?」
二年B組に在籍する來栖満瑠。顔よし、成績よし、運動神経よし、その他大半のことを卒なくこなせる男子生徒。性格はこの通り多少難があるが、女子からの人気は高く、おまけに言い回しはこんななのに根は良い奴という人畜無害さをもつ。
ぶっちゃけて言おう。私は彼が苦手である。
うん、可能な限り平和的な手段で帰ってもらえるよう努力しよ。
「や、要件って程の事でもないよ。同級生を見かけたら挨拶する、当然のことだろう?」
「そう、じゃあもう済んだようだし、他に要件がないのなら私はこれでお邪魔するわ。」
「おいおい、待ってくれよ。もう少し話しぐらいしないか?」
撤退失敗。スッと自然に退路を断つ感じで私の席の横に立たれる。角の席に座ったのはミスったか。
「へえ、数学の自習かい? 関心だな、ボクはいつも復習はするけど、予習なんてやらないからね。」
あ、そう。
と、一言で終わらせたかったが出る寸前で飲み込む。後で根に持たれるくらいならここできっちりと禍根は絶っておこう。できるだけ穏便に。
「來栖君、予習はしないのね。成績がいいからてっきり勉強はみっちりやってるのかと思ったけど。」
「まあ、テスト前くらいはボクだって集中するけどね。」
それも先々週に終わったけどね、と笑顔で続ける男子生徒。
いつも鬱陶しいのはそうだが、今日は一段と増してテンション高いなこの人。
と、ここでついに。
「それでさ、園原。テストも終わったことだしさ。冬休みに二人でどこか遊びに行かないか? ちょうど映画のチケットも二枚あるんだ。どう?」
──────おい、コイツ殺されたいらしいぞ。
選択肢としては二つ。自分の中で沸き上がった殺意を宥めつつ考える。
やんわりと断り続ける。平和的に穏便に済ませる。
もしくは一刀両断。慈悲などいらん、ばっさり拒否してやるの二択。
尚、受け入れるという選択は死んでもお断りだ。
「ごめんなさい。終業式が終わったら親類の集まりのために観那川を離れなきゃいけないから。お誘いありがとう、來栖君。」
「ああ、そうか。じゃあ、その前に行けばいいじゃないか。来週の日曜日とかはどうだい?」
──────代わって、跡形もなく消し去ってやる。
「…………はあ、あきれるわね。」
よく、ここまでもったわ私の精神力。
最後通牒すら無視したのだ。もう、加減はいらないだろう。
はい? と硬直するコイツに向けて最大限
「いい、來栖君? 私はアナタなんかと遊びに行く気はこれっぽちもないの。デート相手を探しているようなら他をあたって。それと今後ここで見かけても声かけないでね。邪魔だから。」
平和的とは何だったのか。
と後悔しつつも反省する気はない。寧ろ清々した。
一方の宣告された側といえば、一旦顔から色が無くなったと思うほどサー、っと白くなったかと思うとすぐさま頬を紅潮させ、ギリッと歯ぎしり。
だが、手が出す前に己の敗北を受け入れたようで。
「……ああ、そうかい。邪魔して悪かったな。」
未練がましく何度も振り返りながら立ち去ってくれた。
見えなくなってから、ようやくほっと一息つく。
ふと時計を見れば八時二十五分。ホームルームの予鈴まで五分しかない。
「……仕方ない。続きは家でやろ。」
鞄に筆箱とノート、問題集を放り込んで席を後にした。
四限終了のチャイムが鳴り、生徒たちの様々な声が教室中から漏れ出る。
土曜日の短縮授業ゆえにこの後のホームルームが終われば拘束時間から解放である。
「園原さん、私たち午後から中区に買い物しに行くのだけど良かったら一緒に行きませんか?」
引き出しからノートなどをかばんにしまう最中、声をかけてきたのはおっとりした雰囲気を醸し出す宮咲 百合。たしか、バレー部のマネージャーを務めていたはず。彼女の背後には、友人でバレー部エーススパイカー、『コートの白鷹』の異名を持つ鷹崎玲、そして熱くなりがちな彼女のブレーキ役、名セッターの是枝友奈の二人の姿も見える。方や男勝りで姉御肌気質、もう一方は古風且つクール&ビューティを地で行く不思議系キャラというなんともデコボコトリオだが、しかし三人集まるとバランスよくなるのだから不思議なものである。
人付き合いが薄い私にも、何かと一年の頃から気にかけてくれる良きクラスメイトなので、無碍に断るのはすまなく思うが、残念ながら今日は遊びに行く余裕は無い。
「ごめんなさい、宮咲さん。今日は外せない用事があって遊びには行けないわ。」
「あ、ごめんなさい、困らせてしまって……。」
どうやら、私に予定があることを知らずに誘ってしまったことを反省しているらしい。両眉を寄せて謝ってくる彼女に、安心させるよう微笑んで切り返す。
「別に気にしていないから大丈夫。また今度誘ってください。」
「どうだった、百合っち?」
「ううん、断られちゃった。家の用事らしいから無理には誘えないかな。」
「仕方ないな。鷹の字、こうなったら三人で繰り出すとしよう。」
トリオの会話に少し耳を傾けつつ、分割した思考領域を使って今夜から始まる儀式のブリーフィングを始める。
既に召喚陣は学校内の雑木林、人払いをかけた一級の霊脈の上に魔力を溶かした銀を用いて描いてある。
触媒は昨夜手に入れた年代物、超一級のアーティファクト。北欧の伝承に幾度も登場する邪竜の鱗を用意できた。
他にもロックのかかった書庫があったので、おそらく聖遺物がストックされていたのだろう。できればその中からじっくり選定したかったが、解読が間に合わなかった。こればかりは仕方ないとあきらめる。
召喚を行う時刻は私にとって最高の波長となる午後八時ジャスト。
そこから先の戦略も既に複数用意している。
最も、自分が用意できる手段で、尚且つこの日常に影響を与える事無く、バトルロワイヤルを制すればいい話だ。
──────面倒くさい。全て灰に帰してしまえば考えずに済むのに。
「──────はあ、慣れないわね。」
ランチタイムも終わり、だべっていた生徒の大半も次々と帰宅していった。
構内に残っているのは部活動に励む生徒に事務仕事に追われる教師たち、そして一人図書室で時間を潰す私ぐらいなものだ。
入口から最も遠い、閉架図書のドア近くの席を占拠し、落ちる夕日を眺める。
「万能の盃を巡った戦い、聖杯戦争か。」
十三年前。父はその戦いに身を投じた。
強力なアーチャーのサーヴァントを用意し、ランサー陣営を味方に引き入れ万全の態勢で臨み、終ぞ帰らなかった。
戦いに負け、その末に死んだのであれば受け入れられたのかもしれない。
だが、彼は協力者に裏切られて死んだ。父に協力するはずだったランサー陣営は離反し、あまつさえ自分のサーヴァントであったアーチャーにすら見放された挙句、何者かによって背後から殺害されたそうだ。
聖杯にかけるべき願いは無い。
ただ、この地で再びこの儀式が行われるのだとすれば、観那川の管理者として、園原家当主として勝つ義務がある。
ただ十三年前の屈辱を払うべく私はこの戦いに勝たなくては──────。
「神代先輩、この箱に入った本は閉架書庫にしまっていいですか?」
「ああ、重いだろそれ。俺が持つよ。……ったく図書委員の連中、こんな雑な入れ方しやがって。本が傷んじまうじゃないか。」
いつの間にか図書室には二人の部外者が入ってきていた。
窓際の席から書架の向こうにいる人影を見る。一人は下級生の雪村千尋。新入生歓迎の期間に私が引率した女子生徒だった。
もう片方は──────。
「他の段ボールのヤツは開架図書のほうだな。……あ、しまった。鍵持ってくるの忘れた。」
「じゃあ、私職員室から持ってきますね。」
私には気付かなかったらしく女子生徒は小走りで図書室から出て行った。
「あれ、園原? 何やってんだ、もう放課後だぞ。」
書架が並ぶ中では見えなかった為か、こちらまでやってきてようやく彼は私の存在に気付いた。
いまだに脳内がフリーズしている。
大我が一瞬飛びかけ、それでもコイツの前でだけはどんな顔をすればいいのかわからなくなる。
だって彼は何も知らない。
何もわかっていない。
直接関わってすらいない。
だからこの定まらない感情を彼に向けることはお門違いだ。
そう理解していても、私はコイツを見るたびに自分の中で葛藤する羽目になる。
「……なんか、悪いことしたか俺? ずっと、その睨みっぱなしなんだが……。」
別に。
どうやら、彼が気に掛ける程怖い顔を長時間していたようだ。
強張った全身をほぐすように大きく息を吐く。それでもいつもの思考に戻ることなく、彼から視線を外すことで平静を保とうとした。
「? それより園原。もうすぐ五時になるし、書庫に本なおしたらここも閉めるけど」
「そう、分かったわ。」
椅子から立ち上がり、鞄を手に取り部屋を後にしようとして。
「神代君も早く帰ったほうがいいわよ。」
「ああ、わかってる。最近何かと物騒だしな。」
園原も気をつけてな。と背中越しに言葉をうけながら、図書室を出る。
本当にわかってるんだろうか、アイツは。
調子が狂う。波打った気持ちを抑えつけるように、足音を鳴らしながら廊下を歩くけど、一旦揺れ動いた心は中々いつもの調子には戻ってくれなかった。
結局学校の雑木林の中で、時間潰しすることになった。
木々が立ち並ぶ空間は冬の気配で満ちてはいたが、冷たい風は遮ってくれる。
自分の中に流れる血の影響もあるのか、自然物に囲まれた土地は、──────たとえ人の手が入った林でも、木や草の本質が変わらないのなら、自分にとっても彼女にとっても落ち着く場所だった。
目を閉じて小枝が風に鳴る音に耳を傾けているうちに気持ちは落ち着いてくれた。
時刻は午後七時四十五分。
消去の中に退去、退去の陣を四つ刻んで召喚の陣で囲んだ陣に不備がないかを確認し、祭壇代わりのベンチに鱗の入った木箱をそっと置く。
「始めましょうか。」
ドアの鍵を回す感じで、園原泉の中を組み換え、変革させる。
ここからは日常を生きる高校生ではなく、非日常で魔術を行使する機構であると自らを定義する。
神話や伝承の存在である英霊を使い魔として呼び出す。
大それたことに思えるが、実際に英霊を呼び出すのは聖杯が行ってくれる。
私はただ、彼らを現世に繋ぎ留める要石となればよい。
「──────素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。園原にまつろう巫浄の血。
降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ。」
体内を流れる血が沸騰し、張り巡らされた魔術回路が励起する。
手足の先は凍り付いたように冷たくなり、心臓は熱く溶けた鉛を注がれたように熱を帯びる。
幾ら混血の家の者であっても、人という範疇に留まる内には決して魔術はなじむことはない。
──────手放しなさい。痛むでしょう。代わってやっても──────。
「
繰り返すつどに五度。
ただ、満たされる刻を破却する。」
自分を見失わないよう、手綱を握る。一度持っていかれたら、私は帰ってはこれまい。
コントロールは慎重正確に、魔術回路に注ぎ込む
身体中に流れる魔力が満ち、そして速度も十分に溜まった。
「──────告げる。
汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。
聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。」
濃密な大地との魔力のやり取りで、空気が膨張していく。枝や幹は音を立てて揺れ、風は渦を巻いて周囲に満ちていく。
あとは一息に。
膨大な魔力の流れを一点に集中させ、引き抜く。
「誓いを此処に。
我は常世総ての善と成る者、
我は常世総ての悪を敷く者。
汝三大の言霊を纏う七天、
抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――! 」
────────────Summon_Side_Saber End
叶えられる願いはただ一つ。
奇跡は一人にのみ与えられる。
最後の一組となった時、聖杯は姿を現すだろう。
──────Next Summon_Side_Lancer.
どうも、お久しぶりです。野澤瀬名です。
まずはこんなに遅くなってごめんなさい。
半年間、色々考えながら、今日投稿するに至りました。
次にただいま。
そしてここまで読んでくださってありがとうございます。
元々、Fateシリーズの二次創作を書きてぇ、という理由でハーメルンに投稿しだしたわけですが、まあ、物書き下手な私では表現しきれん、うーんどうしよ、あ、おなか痛くなってきた、という感じで幾度も幾度も挫折しまくってきたわけですが。
半年間の休養の間に、劇場版『「Fate/stay night」 Heaven's Feel』を立て続けに鑑賞。物書き魂に火が付いたところで、なんか昔にプロット作ってたよな、と思い出し引き出しから引っ張り上げたFate二次創作の設定集を元に一か月かけて設定を構成、練り直しし、今回満を持して投稿したのがこの『Fate/ Melty Tales』です。
SNの世界線で起こったもう一つの聖杯戦争、冬木の第三次聖杯戦争でもしもが起きていたら、という世界観で読んでいただけると幸いです。
登場人物の園原泉が用意した触媒やら設定やらにはTYPE-MOON作品大好きな方でしたらニヤッとしてもらえる部分もあるかもしれません。また、サーヴァント数騎や冬木の聖杯戦争関連設定には完全オリジナル設定、または設定改変があるので、ご容赦を。
まだ、主人公はちらっとしか出ていませんが、次回『召喚_Side_Lancer』からが、主人公視点の、つまりMelty Talesのスタート地点になります。
投稿日に関しては不定期で更新していこうと思います。
理由は自分の体調やら精神衛生やら学業やらを優先するから。ですので、どうかお許しください。
それでは、ついてきて下さった読者の皆様に感謝しつつ、今回はこの辺りで筆をおこうと思います。
HF第二章のアーチャーがカッコよかったです(涙)