Fate/ Melty Tales   作:野澤瀬名

2 / 5
召喚_Side_Lancer(Ⅰ)

 この身は、神秘を写し取るモノ。

 

 血潮を糧に、心を虚無へと置く。

 

 其は骨子を読み解き。

 

 解を体系に編み上げる。

 

 無窮の錬成は最果てには届かず。

 

 それでも、この身体は奇蹟を再演しよう。

 

 

 

Summon_Side_Lancer 16_December

 

 

 

思えば、今日は朝からおかしかった。

 

 

 

1.

 

 

 

夢を見ていたのだろうか。

浮上しかけの意識が陽炎のような、泡沫の夢を思い返す。

頭に浮かぶぼんやりとしたイメージ。

細長く、銀色に輝くナニカ。

だが、一瞬の内にその想像は霧散し、寝起きの心地よい倦怠感だけが後に残った。

 

目を開ければ、いつも通りの木目の天井が視界に入る。

 

「……朝か。」

 

窓から差し込む光を見るに、時刻はまだ早いのだろう。

手早く布団を畳んで、朝食の用意をしないといけない。と、その前にまずは顔を洗いに行こう。

午前六時半の冷えた廊下を素足で歩いていった。

 

 

 

観那川市北園町中心地に位置する神代家は、大昔には地方武士の舘で、その後豪農や地主、明治に入ってとある財閥が権利を有していた。が、戦後のどさくさに紛れて土地の権利証などが消失してしまった。

その宙ぶらりんになっていた土地を母方の爺が買い取って住み始めたらしくその現在に至る。

改築に次ぐ改築、改装に次ぐ改装を繰り返し、さらに再建を行った結果、母屋の内装はまだ建築当時の面影を気持ち若干残しているか、という具合。二つの離れ家、片方は古風な瓦屋根の、もう片方は若干モダンな、温泉旅館にある感じの平屋建て、が同じ敷地にデンと立っているあたり過去の家主たちの迷走ぶりが見える。

 

一年の殆どを一人で暮らすにはかなり持て余す広さの家だが、別段寂しさを感じたことは無かった。というのも。

 

「おっはよー、湊人(みなと)ー! 朝ご飯食べに来たよー。」

 

寝巻から着替えて台所でレタスをちぎっていると、ドタドタドタと廊下を走る音、そして勢い良く襖がスライドした。

まあ、玄関先にバイクの止まる音が聞こえたので該当する人物は一人である。

宮野郁乃(みやのいくの)。近所に暮らしている現代文教師で、母親の後輩、そして俺の先輩。且つ、その高校の学年主任の先生で担任の肩書きを持つ。

一週間に三回ほどは家に来てはご飯を一緒に食べたり、家事の手伝いをしてくれたりと、何だかんだお世話になっている人だ。

 

「おはよ、郁乃ねえ。カップは用意してるからコーヒーは自分で淹れてくれよ。」

 

オッケー、とコーヒーメーカーを弄る彼女から目を離し、調理を再開する。

朝は早起きが得意でも無い俺には時間が無いので、それ程凝ったモノを出すのは無理だが、それでも栄養バランスを考えながら作る。

サラダは一口大に切った豆腐とレタス、カイワレを盛り付け、彩りにくし切りトマトを添えて自家製オーロラドレッシングを掛ける。

フライパンから、二人分のベーコンエッグを、ケチャップベースのソースを添えて、カリッと焼いたトーストと一緒にプレートに盛り付ければ、簡単だが朝食の完成である。

 

『次のニュースです。昨夜、観那川市中区の工事現場で漏電事故が発生し、作業員五名が重軽傷を負いました。当時現場では……』

 

「中区で漏電事故だって。死人出なかったのが幸いねー。」

「そういえば、先月から交通事故や人身事故が多いってニュースでやっていたな。」

「年末で納期が近いのは分かるけど、もう少し落ち着いて行動して欲しいものね……。ところで凑人、朝ご飯まーだー?」

「ハイハイ、今持っていくよ。それと俺のコーヒーには砂糖は入れないでいいって何回言えば分かるんだ?」

 

えー、だって甘い方が美味しいじゃん。

と文句たれつつも俺のカップへの砂糖投入は避けてくれたので内心ほっとする。

あまり甘いものが好かない俺としてはコーヒーぐらい甘くたって良いじゃないか、なんてフレーズは理解に苦しむ。

 

「あ。あと私、今日明日は湊人の家に来れないからよろしくね。」

「? どうした、親父さんから掃除しろとでも言われたのか?」

「ぬ、さすが湊人。私の事どんだけ把握してるんだか……。」

 

結構女子力も高めの郁乃ねえだが、ガラクタを拾っては自分の部屋やウチの物置、離れに保管するという悪癖がある。

大方、彼女の親父さんにいい加減年末だし片付けろとでも言われたのだろう。

テーブルにワンプレート朝食とサラダの入った小皿を並べて二人揃っていただきます、と合掌する。

トーストにマーガリンを塗ろうと右手を伸ばした。

 

「? 湊人、右手の甲どうしたの?」

「……何だこれ。」

 

痛みもなかったので気付きやしなかったが、うっすらと何か細長い赤い痣が出来ている。

どこかでぶつけたりしたっけ、と思い出そうとするも、思い当たる節がない。

 

「湿布持ってこようか? 腫れは無いみたいだけど。」

「いや、痛みも無いしその内引くと思うから大丈夫だよ。朝ご飯冷めちゃうし早く食べよう。」

「んー、まあそういうならいいか?」

 

もう一度ぶつけたり、痣になるような行動をしなかったか、記憶の引き出しを確認しながら、トーストに薄くマーガリンを塗る。

…………駄目だ、どうにも、怪我の原因が出てこない。

まあ、思い出せないという事は、大した事じゃ無いのだろう、と勝手に納得してトーストを齧って咀嚼する。

その後の話題は大掃除はいつするか、郁乃の親戚の新年の挨拶回りに俺も参加しないといけない運びになってる、とか年末年始を感じさせるものばかりで朝食の時間は緩やかに過ぎていった。

 

 

 

じゃ、私職員会議もあるし先行くわ!

と、彼女は愛車の四ストローク、排気量998ccの大型バイクに跨り(本当は1200cc超のハーレーな車両が買いたかったそうだが、維持費の問題と親からの全力制止で泣く泣くランクダウンさせたらしい)、エンジンの唸り声を残して去っていった。

制服に着替えて、身嗜みを整え、歯を磨いて登校する支度を終えると時刻は午前七時五十分。

 

「じゃあ、行ってきます。父さん、母さん。」

 

仏壇に手を添え、朝の挨拶を終えて、自宅の鍵を掛けて外へ出る。

 

父は俺がまだ物心つく前に事故で他界。

母は優しく厳しい専業主婦だったが、俺が四歳の頃に急病に倒れ、以降横になっている事が多くなった。そして五年前、桜の花が咲いた頃に天国に旅立った。

葬式や墓の管理は郁乃ねえの親父さんに手配してもらい、相続なんかの手続きもお世話になった。

以来、家は俺が郁乃ねえや宮野の家の人たちに支えられながら守ってきたのだった。

 

「今日はまだマシだな…。」

 

寒いが、今日はまだ暖かいと思いつつ、本格的な冬になる前に、家の大掃除は済ませとかないとな……とつらつら考えていると。

 

「────おはようございます、湊人先輩。」

 

後ろから声を掛けられた。

振り向くと、そこには一年後輩の女子生徒、青みがかったセミロングの黒髪に褐色の瞳が特徴的な雪村千鶴(ゆきむらちずる)。同じ文芸部に所属していて、よく家にも兄弟で遊びに来てくれる。

 

「おはよ、千鶴。……? 今日は兄貴は一緒じゃないのか?」

 

いつもなら一緒に登校する筈の友人の姿が見えない。

千鶴も不思議そうに、

 

「あ、兄さんは用事があるとかで今朝は先に登校しました。 要件は分からなかったんですけど結構機嫌良くて……って先輩、右手どうしたんですか!?」

 

右手? と一瞬ポカンとなりかけ思い出した。

 

「ああ、朝起きたら痣が出来てた。痛みもないからその内引くと思うよ。」

「先輩がそう言うなら大丈夫でしょうけど……。本とかぶつけましたっけ先輩?」

「それが記憶にないんだよな。まあ、そんな大袈裟なもんじゃないし。」

 

大丈夫と笑いながら、通学路を二人で歩く。

学校までは徒歩で二十分程かかるのだが、盆地の端付近にある学校へと繋がる道は、延々と上り坂。一定の距離がある生徒達はバス通学出来るのだが、生憎俺の家は徒歩通学の圏内にぎりぎり入ってしまっている。

千鶴の家はバス通学可能な、つまり結構距離があるのだが、

 

「私、兄さんや先輩とお喋りしながらの方が楽しいんです。」

 

との事で、毎朝兄貴と一緒に俺の家の前に来るのだ。

まあ、今日はその兄が先に行っちまったので二人でだが。

 

「……ん、千鶴どうかしたのか?」

 

見ればいつもは部活の事や、料理の事で話しかけてくる千鶴が妙に静かで、気のせいか何か頬も赤い気がする。

 

「……もしかして風邪か?」

「……え、あ、いや。大丈夫です、先輩! えーと、ほら、もう八時です。急がないと遅刻しちゃいますよ!」

 

別に急がなくても間に合うのに、と思いながら駆け足になる彼女の後をのんびりと歩く。

ふと、見上げた土曜の朝の空は雲一つなく怖いぐらいに澄み切っていた。

 

 

 

2.

 

 

 

生徒たちで賑やかな正門を通る。

グラウンドには朝練を終えた陸上部やサッカー部の部員たちが後片付けしていて、窓ガラス越しに見える校舎の中は既に早いうちに登校した生徒たちが見える。

 

「……なんだろう、これ?」

 

最初は眩暈のように感じたのだが、違う。

体が何かを訴えるように、熱を僅かだが発している。

目を閉じてみると、普段の様相を見せる校舎が一変する。

何かの流れ、学校敷地内の雑木林へと細い糸のようなものが流れているのが視てとれる。

そして,それが決して害を成すようなものではないことを感覚的に理解した。

 

(…………何でだ? 俺、こんなの初めて見たのに何でわかるんだ……。)

 

「先輩? ホームルーム始まっちゃいますよ?」

 

千鶴の声で我に返る。

先程まで感じていた熱はどこかへ消え失せて、流れを感じ無くなっていた。

 

(気のせい、だったのか……?)

 

「ああ、そうだな。じゃあ、放課後部室でな。」

 

千鶴と下足ホールで別れ、三階へと階段を上る。

廊下の中ほどにあるのが俺の教室、二年B組だ。

時刻は八時三十分。あと十分もすれば、担任の郁乃ねえがすっ飛んでくるだろう。

教室に入ると、既に大半の生徒は席について、各々自習したり本を呼んだりしている。一部の連中は教室の端に集結して馬鹿話に勤しんでいるいつもの教室だ。と、朝早く先に登校していた友人に挨拶する。

 

「おはよう、満瑠(みつる)。今日は結構早かったんだな。」

「ああ、湊人かよ。朝から何?」

 

窓際の自分の席に鞄をおく。

俺の前の座席には不機嫌そうに座る友人、來栖満瑠(くるすみつる)の姿がいた。

知り合ったのは小学六年の時だったか。

母を亡くし、その時は家族を喪い毎晩泣いていたのを覚えている、学校でもあまり友人はおらず、一人だった俺に話しかけてきてくれたのが彼だった。

以来、小中高と五年も友達付き合いを続けている。

お互い、悪友だとか腐れ縁だとか評しているが、俺個人としては本音で言い合える唯一無二の親友だと思っていたりする。勿論本人の前では恥ずかしくて言ったことがないが。

 

「……あんまりしかめっ面してると年取った時にしわ増えるぞ。なんか困りごとでもあったのか?」

 

千鶴の話だと機嫌良く出かけたはずだが、目の前の学友は何かを真剣に考えるように眉間にしわを寄せている。と、唐突にこちらに向き直り、

 

「……なあ、湊人。真面目に相談するんだけどいいかな?」

「どうしたんだよ、いきなり他人行儀に。話ぐらいはのってやるけど。」

 

すると、一拍溜めてから一言。

 

「――――――ボクの、短所あげてくれないか。」

 

 

 

「ええと、いきなりだなお前。」

「まあ、ボクはこの通り勉強もスポーツも結構デキるんだけど、自分の目線からじゃわからないことも多いだろう? だからさ、ここで一つオマエの目から見て直したほうがいいトコ言ってほしいんだよ。」

 

はあ、直したほうがいいトコか。

目の前の友人といえば、成績は学年トップクラス、運動神経も良くて、剣道部の主将でもあったりする。顔もいいし、文武両道、礼儀やマナーに厳しく、性格もフェアを重んじるところ、欠点とか短所とかとは無縁なように思える。

 

「うーん、どうかな。お前の悪いところ、って言われてもパッと思いつかないぞ。それにこういうのは友達からじゃなくて第三者あたりに聞いたほうが公平だぞ。」

「友達以外にボクの事よく知ってる奴って言ったら家族ぐらいだろうが。知ってる奴からじゃないと意味ないんだよ、まったく。」

 

ああ、それもそうだ。失念してた。

 

「どうした、二人とも。朝から両人揃って云々と唸って。禅問答か何かか?」

「ああ、おはよう慎介。」

 

話に入ってきたのは名瀬慎介(なせしんすけ)。友人の一人で、ウチの文芸部部長である。

 

「名瀬はいいよ。ボクは湊人に聞いてるんだし。」

「ふむ、そうか。そういえば來須。今朝園原と一緒にカフェテリアにいたようだが?」

「な、園原ってA組の園原か?」

「ちょ、待て。何勝手に喋ってんだ名瀬!」

 

驚く俺と慌てふためく満瑠。その様子を見て慎介は一言呟く。

 

「來須。フラれたか?」

「…………マジか、満瑠。」

「ち、ちちちちち違うし、たまたま会えたから世間ばにャしの一つでもと思って!」

 

(噛んだな、今……。)

今朝方、早く家を出たのは恐らくこの為だろう。

機嫌が良かったのも、十中八九園原の件でウキウキしていたからだろう。

だが、相手はあの学校一のミズパーフェクトビューティー園原泉だ。真正面からデートでも誘ってあえなく彼は撃沈。さらにその現場を慎介に目撃されていたのが運の尽きだったのだろう。

こうして頬を真っ赤に染めて泡食ってしどろもどろになってる時点で最早言い訳は出来ない。

 

そもそも、コイツは嘘つくの下手くそだし。

根はいい奴だからキッパリ断られて一旦は諦めたのだろう。ああ、だからさっき『欠点を挙げろ』と言ってきたのか。

 

だが。

学年トップクラスのイケメンがフラれたとなれば。

 

「マジか! あの來須がフラれたってさ!」

「うわぁ、來須君可哀想……。」

「まあ、園原相手じゃ無理だろう。」

「お前もやっぱり俺たちの同類だな……。こっち来いよ、一緒に嘆こうぜ。」

「ちょっと、満瑠君をアンタ達と一緒には括らないでよ。間違いなくワンランクは上よ。」

「え……、て事は來須君今ノーターゲット!? チャンス到来キタかも!」

 

たちまち満瑠撃沈を悼む男子と彼の次のターゲットになろうとする女子で教室は混沌の坩堝と化した。

 

「ふむ、かまをかけただけだったがドつぼとは。すまなかった、以後気をつけよう。」

「謝っても遅えよ! それと馬鹿共、ボクを労う会とか勝手に立ちあげるなァ!」

 

まあ、ただこの賑やかなというか騒々しさがいつものB組である。

あるんだが、何か大事な事、それこそ見落とすと郁乃ねえ、間違えた先生から怒られる事を忘れているような……。

 

 

 

────キーンコーンカーンコーン。

 

 

 

「……クラスのみんなが仲良いのはセンセーとして冥利に尽きるんだけどー。」

 

あ、そうだ時間だ。

本人は時間の有効活用なのだ、とか言ってチャイムギリギリ、いつも遅刻がちにホームルームを始めるもんだから、まだ余裕あるだろうということで『あと十分』なのだ。

その十分のモラトリアムはキレイに無くなっていて。

件の担任教師、宮野先生がにこやかスマイルと共に教壇に立っていた。

 

「────ホームルーム前には着席しなさい。でないと、冬休みの宿題追加オーダー入っちゃうゾ☆」

 

 

 

四限終了を告げるチャイムと共に、クラス中から疲労感に溢れた溜息、呟きその他諸々が噴出した。

 

「はーい、じゃあこのままSHR始めるよー。」

 

郁乃ねえが連絡事項を読み上げていく。

 

「────あと、昨日北園町南千本で火事があったので、火の取り扱いは気をつけるように。では連絡は以上、皆さんさようならー!

 

と、郁乃ねえの解散宣言と共に、教室から我先にとダッシュで帰宅する連中、教室に残ってお喋りしたり、弁当を広げる連中と、それぞれ自由に時間を使う。

 

「おい、湊人。昼飯、食いに行くけどお前も来ないか?」

「あー、悪い満瑠。昼は部活があるし、部室で食うよ。」

「あ、そう。オマエもマメだな。わざわざ千鶴の料理の勉強見てやってるんだろう?」

「まあ、俺ができる範囲でだけどな、っとごめん。ノート取ってくれないか?」

 

取り落としたノートを、やれやれ仕方ないな、と拾う満瑠。

 

「ほらよ、みな、…………!」

「?」

 

驚愕に顔が固まる満瑠。

視線をたどると、右手の甲に目が向いている。

 

「痣のことか? 多分どっかにぶつけたんだと思う。ちょっと派手に見えるけど、痛みはないから……。」

「…………そうか。」

 

何故か彼の表情が静止したように見える。

だが、次に瞬きした時には、止まった時間は流れ出していた。

 

「──────まあお節介焼きのオマエの事だし。また要らないことに首突っ込んで怪我したんだろう。」

 

じゃあな、と俺が言葉を返す前にトットと教室を出ていく。

虫の居所でも悪いのだろうか。

突然冷たくなった友人の態度を俺は理解できなかった。

 

 

 

3.

 

 

 

あの後、満瑠を一旦は追ったのだが、もう校外に出てしまったのか、見つけることができなかった。

千鶴との約束もあるので、仕方なく捜索を諦め、昼飯を買って部室に向かうことにする。

土曜日は弁当を作るのはお休み、且つ購買部の日替わり弁当の味付けが中々に秀逸で美味い。故にその技術を自分の舌で学ぶべくの週一回はここの弁当を食っている。

運動系の部員で紛争状態になっている購買部前を潜り抜け、何とか日替わりチキン南蛮弁当を買って、文芸部部室へと向かう。

 

「あ、先輩。お疲れ様です。」

「お疲れ様、千鶴。先に飯にしようか。」

 

ちょうど部室前で千鶴と会い、部室に一緒に入る。

 

「さて、お茶は緑茶とほうじ茶どっちにする?」

「あ、先輩は座っててください。お茶なら私が淹れますから!」

「いいよ、あ、じゃあケトルに水入れて沸かしてくれ。で、どっちがいい?」

 

わかりました。じゃあ、ほうじ茶で。

千鶴が給湯器で水をポットに入れる間に、リクエストのほうじ茶を急須にセットする。今日はもう二人部室に来るし少し茶葉は少し多めに出しておこう。

 

「そういえば。もうすぐ冬休みですけど、先輩は予定入ってます?」

「んー、そうだな……。年末年始は親父の親戚の集まりに出ないといけないけど。それ以外ならバイトだけだな。」

「じゃあ、またお料理のレクチャーしてくれませんか? 今度は洋食にもチャレンジしたいんです私。」

 

椅子をひいて座り、それぞれの弁当を取り出す。

千鶴は学校には毎日作ってきているようで、今日は豚の生姜焼きに筑前煮、ほうれん草の胡麻和えと卵焼きというラインナップの弁当だ。

ほー、と口を開いて感心する。

 

「全く。千鶴の成長スピードはすごいな。もう和食じゃ敵わない。」

「そんなことないです。先輩、和洋中とオールラウンダーじゃないですか。この前ご馳走になった煮込みハンバーグ美味しかったです。」

 

元々料理を作り始めたのは身体を悪くした母の体調を考えての事だったが、郁乃ねえに教えて貰いながら作っているうちにハマってしまい和食、洋食、中華、最近は郷土料理にも手を出そうか、と考えるまでになっていた。

そんな料理好き魂が千鶴にも伝播したのだが、その成長速度は半端じゃなかった。今じゃ和食のイロハは愚か、大根の桂剥きをいとも簡単にやってのけ、毎朝出汁をとって味噌汁を作る具合に進化しているそうだ。

……師匠としてうかうかしてられないな、とか考えながら、湧いたお湯を一旦湯呑みに入れて冷ましてから急須へと注ぐ。

 

「お粗末さまでした。でも、良いのか?せっかくの休みだし、千鶴も友達とどこか遊びに行っても良いんじゃ……。」

「そんな、私にとってそれが一番楽しいことなんです。」

 

一輪の百合の様な笑顔の彼女は、とても綺麗でどこか悲しく見えた。

知り合った頃は今よりどこか暗いイメージがあって、満瑠に何かあったのかと聞いた事がある。

 

「十三年前、中区の大火災は知ってるだろ。 アイツ、その生き残りなんだよ……。」

 

満瑠と千鶴は従兄妹で、その火災に巻き込まれた時、千鶴の両親は亡くなったという。

一人生き残った彼女は満瑠の家に引き取られ、生活するようになったそうだ。

こうして笑えるようになったのはここ二年で、安心と同時に、本当に大丈夫かどうか心配になることも増えたような気がする。

 

「先輩? どうかしましたか?」

「ん? あ、悪い。ボーッとしてた。」

 

気付けば、考えに夢中になっていた俺を伺うようにのぞき込んでいる。恐らく呆けているように思われたんだろう。

平静を装って割りばしを割ろうとするも、割り口がバキッとささくれだった。

……にしても、笑うようになったことは喜ぶべきことだが、こっちは思春期真っ只中の健全な男子高校生である。

正直、こういった仕草や表情にドギマギすることが多くなった。

が、相手は一年後輩で友人の従妹である。

いかなる状況になろうと明鏡止水の心境を保たねば、と心に固く誓うのであった。





19 5/14 誤字修正行いました。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。