Fate/ Melty Tales   作:野澤瀬名

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召喚_Side_Lancer(Ⅱ)

4.

 

ウチの部活、文芸部は今何してるかと言うと。

今まさに絶賛編集作業の嵐の真っただ中にあるのだった。

 

 

 

「千鶴、これかけてみて」

「え、はい。……こうですか由良先輩?」

 

A組の由良楓(ゆらかえで)が千鶴に渡したのは青みを帯びた黒縁の眼鏡だった。

 

「うん、やっぱり千鶴に似合うと思った。顔立ちが整ってるからさ、こういうシンプルなデザインがフィットするのよねー。」

「おい、由良。他人に眼鏡をつけさせるな。度があってない眼鏡はつけるもんじゃない。」

「え、なんでよ名瀬。コレ度が入ってないオシャレ用のヤツだよ。」

 

時刻は午後三時。

昼食を外でとってきた慎介と由良を交えて、三年の卒業生に向けた文集の制作に取り掛かる中、一旦休憩を入れている中だった。

部員の何人かは風邪で欠席している為、本来休憩なんぞとってる場合じゃない、が『根を詰めすぎて作業効率を落とすのは愚の骨頂だ。適度に休息を入れたほうがペースは落ちんものだ。』という部長、慎介の方針で一時間半に十五分ほどブレイクタイムを挟むようにしている。

 

恐らく学校でも一、二位を争う美人な由良だが、コイツには他人(主に千鶴)のファッションをコーディネートしようとする悪癖がある。なんでも実際に着ているところをこうやって見たほうがイメージが分かりやすいとのことだそうだ。

一度、それなら鏡の前で自分が着てポーズとればいいじゃん、と言った時には。

 

「馬鹿、それじゃ客観的に見れないじゃないの! 第一、千鶴の方が絵的に映えるの。」

 

どうやら自分が着る為のデモンストレーションではなく、自身の作品での登場人物のイメージに合わせるためらしい。

そういうことで、今日も私物の眼鏡を千鶴にかけている変態が目の前の赤毛の残念美人である。

 

「どうしたのよ、神代。そんなにムスッとして。眼鏡に罪はないわよ。」

「いや、よくない思い出が蘇ってさ。」

 

今年の夏休み。

部室で秋に発行する部誌の編集中、物は試しにと、コイツに眼鏡をかけさせられた挙句、

 

「ぷっはハハハハハ!! 神代って驚くほど眼鏡に合わない! あ、やばい、お腹痛い!笑いすぎて!」

 

ほかの部員も、千鶴や慎介も大爆笑の嵐だった。

確かに自分でも驚くほど似合わなかった。だが、あそこまで笑わなくてもいいだろう。

以来、俺は眼鏡に対して警戒心を抱くようになった。主にまた装備させようとする目の前の大魔神にだが。

 

「まあ、神代は結構童顔だからね。眼鏡は合わないよ。やっぱりこういう美人じゃないと。」

「あ、あんまり持ち上げないでください由良先輩! ちょっと恥ずかしいです……。」

 

あー、そうだな、うん、そうだな、とか慎介と共にテキトーに頷いて熱いほうじ茶をすする。

前に一回、『眼鏡のどこがそんなに良いんだー』とか不用意に質問した時には。

 

「分かってないね、眼鏡の奥深さってのは、それ一つでありとあらゆる妄想を可能にする万能の装飾品なのよ。いつも眼鏡つけてる子がその眼鏡を外す時のファーストインパクト。普段眼鏡をかけてない奴が、眼鏡をかける時のセカンドインパクト。さらに、眼鏡をかけないキャラがかけた眼鏡を外す時のサードインパクトといったら!あと、こう眼鏡をいったん外して目頭を押さえて再び眼鏡をかける。このさりげない一連の動作に宇宙の真理が──────!」

 

恐らく変な空間にリンクしてしまったのだろう。小一時間、眼鏡の眼鏡好きによる眼鏡のための講座を延々と聞かされた。

とにかく変なスイッチが入らなければ姉御肌で頼れる良い奴なんだが。

 

「まあ、でも……」

 

実際、眼鏡をかけた千鶴にいつもと違った魅力があるのはわかる。

なんというのだろう、知的というかキリッとしたイメージだろうか。

 

「お、神代も眼鏡の魅力に気付いたかにゃ?」

「そうだな、お前が無理強いしなかったら分かり合えていたかもな?」

「──────ハッ!? そのルートもあったか……!」

 

きゅうしょにあたった、こうかはばつぐんだ。

大魔神の敗北に慎介が軍配を上げるように呟いた。

 

「ふむ、今回の舌戦は神代の勝ちか。」

「由良先輩、私は眼鏡好きで熱心な先輩も素敵だと思うので、そんなに気を落とさないでください。」

「ううー、千鶴だけが私の味方だよー。」

 

よよよ、とか言って崩れ落ちる由良。

見ると、既に休息時間は終わりを告げていた。

 

「む、休憩も過ぎれば毒だ。そろそろ作業再開しよう。」

 

部長の一声で休憩時間は終わり、それぞれの作業に戻った。

 

 

 

5.

 

 

 

「じゃあ、俺は用事があるから先に失礼する。二人ともあまり長居はするなよ。」

「私も夕飯の買い出しに行かないとだから後片付けお願い! この恩はまた後日!」

 

慎介と由良の二人が退室し、二人で後片付けをしている中だった。

 

「あー、文芸部の部員さんお手伝い出来ないでしょうか?」

「はい? 何の要件でしょうか?」

 

図書委員の生徒がやってきて曰く、新校舎の図書室に仕舞うはずだった図書を旧校舎の方に、逆に旧校舎に持っていく図書を図書室に持って行ってしまい、再度仕分けて収納しなければとのことだ。

 

「じゃあ、手を貸すよ。ちょうど今こっちの片付けも終わったことだし。」

「あ、私も手伝いますね、先輩。」

「千鶴はいいよ。もう、下校時刻も近いし……。」

「先輩だけにお手伝いさせるのは私の中では駄目なことなんです。それに下校時刻までまだ三十分ありますから大丈夫です。」

 

と、半ば押し切られる形であるが、二人で図書運搬の手伝いをする事になった。

 

 

 

「神代先輩、この箱に入った本は閉架書庫にしまっていいですか?」

 

「ああ、重いだろそれ。俺が持つよ。」

 

確認に段ボールの蓋を開けると、中身が崩れて山みたいになってしまっている。

持ってくるときにはぶつけたりしなかったのでおそらく入れた時からだろう。いくつかの本はページが折れているものもあった。

 

「……ったく図書委員の連中、こんな雑な入れ方しやがって。本が傷んじまうじゃないか。」

「あー、これ直せますか、先輩……。」

「しっかり伸ばして重しかなんかで押さえればそこそこは直るかな……。しわの方はアイロンをゆっくり当ててやらないと。とにかく折れたやつは一回カウンターに出してさっきの男子に連絡しよう。」

 

折れてしまった本は七冊。

丁寧に取り出し錘になりそうな辞典を拝借し、上にそっと乗せておいた。

 

「他の段ボールのヤツは開架図書のほうだな。……あ、しまった。鍵持ってくるの忘れた。」

「じゃあ、私職員室から持ってきますね。」

 

小走りに図書室を出て行った千鶴。

その間に閉架図書のドアの近くに移動させておこう──────。

 

そこでようやく、窓際に座る一人の女子生徒に気づいた。

 

 

 

「あれ、園原? 何やってんだ、もう放課後だぞ。」

 

 

 

朝、満瑠との話題に上った園原泉その人がひっそりと座っていた。

長い黒髪に、キリッとした顔立ち、その生け花の様な振る舞いは見る者たちに冷たく美しい氷の彫像を思わせる。

故に、俺も優等生で人付き合いも悪くないけど何処と無く近寄り難い人だと思っていた。

だが、彼女も何故かぎょっとしたような表情で静止したかと思うと、急に睨んでくる。

 

「……なんか、悪いことしたか俺? ずっと、その睨みっぱなしなんだが……。」

「…………別に。」

 

何故か、大きなため息をつく。

なんか俺に理不尽な怒りを向けられていたようなきがして釈然としないのもあるし、俺の中の彼女のイメージに靄がかかるような感覚に襲われる。

首を傾げつつ、本を直す作業が終わればこの部屋を閉めると園原に伝えると、

 

「そう、わかったわ。」

 

と、鞄を持って図書室から立ち去ろうとする。

すれ違いざま、沈む夕日が一際鋭く輝いたかと思った時、

 

「神代君も早く帰ったほうがいいわよ。」

 

表情は見えない。

だが、声音はキンと冷え切った、──────所謂最後通牒のように聞こえたのは気のせいだろうか?

どう返そうか一瞬迷ったが、

 

「ああ、わかってる。最近何かと物騒だしな。園原も気をつけてな。」

 

教室に差し込んだ紅い光が薄れる。

顔を確認しようとしたが、見えたのは怒っている様な足取りで図書室を出ていく彼女の後姿だけだった。

 

「俺……ホントに何もやってないぞ……?」

 

腕を組んで唸る。と、入れ違いになる形で千鶴が戻ってきた。

 

「鍵とってきました先輩。ってどうしたんですか難しい顔して……?」

「あ、いや。すまない。ちょっと考え事してて……。じゃなかった、ありがとう千鶴。」

 

鍵を受け取り閉架図書のドアを開ける。

金属製のラックの二段目に本の入った段ボールを持ち上げる。

 

「あの……もしかして園原先輩と、何かあったんですか?」

「へ? いや、確かに園原と喋ってたけど……。よく分かったな。」

 

段ボールから手を離しながら、後ろにいる少女に話しかける。気の所為か、千鶴の声に硬さを感じる。

 

「ええ、園原先輩が怒りながら廊下を歩いていくところを見たので……。神代先輩、そういう所あるから……。」

「……やっぱり怒ってたのかアレ……。で、そういう所って何がさ?」

 

図書を直して、彼女に向き直る。

いつも通りの千鶴がそこにいた。

 

「いえ、なんでもないです先輩。図書委員さんに連絡して下校しましょう。」

 

 

 

6.

 

 

 

下足ホールで靴を履き替え、校門まで中程の所まで来た時だった。

 

(………………まただ。)

 

 

今朝と同じ、いや朝が細い裁縫糸程度だったとすれば、より強く、例えるなら小川程になった流れを感じる。

 

「悪い千鶴。ちょっと忘れモンしたから先に帰っててくれ。」

「あ、先輩……!」

 

千鶴には悪いが、何かこれを見逃すといけない気がした。

校庭をかける。

上流へ遡上するように、流れが行き着く先、校内の雑木林を目指す。

丁度剣道場を曲がれば、その入り口に──────。

 

曲がった瞬間誰かと衝突し、頭を互いにぶつけた。

 

「痛ってーな、前見て歩けっ──────、て、湊人?」

 

鼻を抑える男子生徒は、俺もてっきり先に帰ったと思っていた満瑠その人だった。

昼に分かれるまで着ていた学生服ではなく袴姿で、額には汗が浮かんでいるところを見るに、さっきまで身体を動かしていたのだろう。

 

「……悪い、満瑠。気になることがあって走ってたんだ……。ぶつかったのは俺の不注意だ。」

 

頭を下げて謝罪する、と気付く。

さっきまで感じ取れていた流れが消えていた。身体の熱も消え失せ、目を閉じてみても、何も見えなかった。

 

「──────で、どうしたんだよ。文化部の癖にこんな時間まで残ってて。」

「……あ、いや、ちょっと探し物っていうか……。でも、やっぱりもういいんだ。気にしないでくれ」

「変なヤツ。──────じゃあさ、今からだけど道場の手入れ手伝ってくれないか?」

 

腕を組んでどこか沈痛な表情で続ける。

 

「いやさ、剣道部の後輩たちが風邪で休んじまってな。今日は俺一人で、練習してたんだ。でさ、年末も近いしついでにできるところは掃除しとこうかなって思ったんだよ。」

「え、でももう下校時刻だぞ。来週に回してもいいんじゃないか?」

 

既に空の色は赤紅から紫と濃紺が入り混じった夜の始まりを告げる逢魔が時になりかけている。

それを告げると、何故かあざ笑うように手をひらひらとさせて、

 

「ふーん、じゃあ湊人は、道場が汚れたままでも気にしないんだ。それもどうかと思うんだけどね?」

「む、…………。」

 

それを言われると、痛いところだ。道場は神聖な場所でもあるので、常に佇まいを清く美しくしてあるのが理想だ。

 

「わかった。なら、話は早い。さっさと片付けちまおう。」

「…………ったく、そういう二つ返事するのがオマエらしいよ。」

 

背を向けて、避けるみたいに道場に入っていく満瑠の後を追い、俺も道場に入った。

 

 

 

一礼して、板張りの室内へと踏み入る。

 

(そういや、道場に入るの何年ぶりかな……。)

 

壁際に掛かっている木刀を眺めながら、ゆっくりとそんなことを考える。

 

「……なんだよ、一試合寸止めでやってみるか?」

「……いや、いいよ。もう剣道からは足洗ったし、それに防具なしで打ち合って怪我したら冗談じゃすまないからな。」

 

中学二年まで俺は満瑠と共に剣道をやっていたが、秋の大会を前に大腿骨を疲労骨折し、三か月の療養を強いられた。

決してそれに引け目を感じたわけでもないし、剣道自体も技を磨くのは楽しかった。今でも木刀で素振りしたり型を確かめたりは週一回のペースでやっている。

違う、と感じたのだ。

試合、スポーツの形をとっているとはいえ、他者に剣を振り下ろすという行為に何故か忌避を感じたのがきっかけなのだろう。その事を満瑠に相談した時には、

 

「オマエ馬鹿じゃねぇの。剣道は暴力じゃなくて心身の鍛錬と礼節を学ぶためのモンだろうが。互いに了解の上で竹刀振るってんだから別に打たれたからって誰も怒らねえよ。」

 

とこってり絞られた事があったっけ。

満瑠が、もう一度立て続けに聞いてくる。

 

「…………じゃあ、もう竹刀は握らないのか?」

「ああ。それに高校入ってからバイトも始めたしな。さ、床の雑巾がけとか、神棚の掃除は任せてくれ。」

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