7.
「──────よしっ、と。」
窓を拭き終わり、水の入ったバケツに雑巾を掛けて、外の水道まで持っていく。
最初は道場の床と神棚、あと上がり框だけでも綺麗にしとこうということだったが、まあ俺も満瑠も一度スイッチが入ると徹底してやるタイプだからか。
あれやこれやと掃除整理整頓をしてるうちに時刻は七時四十分。既に下校時刻はとっくに過ぎていた。
竹刀や木刀の手入れをしていた満瑠は、
「お疲れ様、こっちはもう終わったから、何か飲み物買ってきてやるよ。」
じゃあ、ペットボトルの温かい緑茶を、と頼むと、外の自動販売機に走っていってくれた。
はあ、と息を吐くと月明かりに照らされ、はっきりと白い靄になってソレが見える。バケツの水を捨て、雑巾を水道で洗い────。
「────熱、っ!?」
握っていた濡れた布を落とす。
右手が灼けた様に熱を発した。
熱い? 冗談じゃない、十二月の夜だぞ。熱さを感じる要素なんて。
「────何だ、コレ……!?」
全身がくまなく、血管や神経そのものを知覚できるように熱を知覚する。大気は刺すような寒さなのだが、身体は、ぼうっ、と風邪を引いた時に近い感覚に襲われ、だけど頭だけはいつも通りに回るという状態。
それをどう感じとったのか、『ナニカが起動したみたいだ』、と俺の中で浮かんだ。
(それに、また視える……?)
朝に感じた流れは確かに無害だった。
だが。ただの水が人体に無害でも、それが人ひとりを飲み込むような量なら話は別だ。
今目の前を流れるナニカの洪水は、またしても雑木林へと続いている。
「…………っ。」
本能が行ったら致命的なミスを犯す、と警告を発するも、その一方で怖いもの見たさという非論理的な思考が俺の中を二分する。
結果として、確かめたい、という度し難い思考に流される形で帯が向かう林の中へと両足が動いた。
夜の林は積み重なった落ち葉や枝、でこぼことした不整地故に歩きにくくて見通しも悪い。
「…………………………。」
汗が額に滲む。
鼓動が早くなる。
そうする必要もないのに、息を殺し、足音を立てないように進む。
流れる帯は、目を閉じずとも視て取れる具合に強く太く
大きくなり、そして数自体も増えていく。
「────!」
見えた。
雑木林の中、百メートル程離れたポッカリと空いた地に、人が立っていた。
俺の方からは背を向けていて姿をしっかりとは確認できないが、女の子でウチの制服を身につけていることだけは分かる。
「…………。」
少し思案して、近くの茂みで息を潜めて見守ることにする。
人のことは言えないが、こんな遅くに一人で突っ立っていること自体不自然極まりないのだ。
ノコノコ出ていくのは流石にマズいだろう。
「────、…………。」
何か呟いている様に聞こえる。
(自身を変革するモノを唱えている、と理解する。)
ソレは何かに祈りを捧げるようで。
(世界に満ちるモノを取り込んで、内燃機関を燃やしているように視える。)
────ここにいたら駄目だ。
そう理解しても肝心な時に脚は震えて動いてくれなくて。
満ちていく、不可視の流体は少女を中心に収束し、膨張して、
「あ────────。」
目の前の視界が白く塗りつぶされた。
Interlude_目撃者
「……っ、────はっ!!」
魔力の残滓が晴れていく。
手応えは十分、文句なしの会心の出来だ。
結果、召喚陣の前には、一人の男が佇んでいる。
青い瞳、黒い装束、藤色の外套、腰に幾つもの短剣をぶら下げた彼は、しかし姿は人でも中身は人ならざるモノ、伝説通りの英雄としての気迫に満ち満ちている。
「サーヴァント、セイバー。聖杯の寄るべに従い召喚に応じた。────問おう、貴殿が当方のマスターか?」
「ええ、私は園原泉。聖杯を求め、貴方を呼び出しました。誓いはココに。」
左手をかざし、私がマスターである事を示す。
セイバーはじっと、私を見詰めると頷き、理知的で静かな声で告げる。
「成程、異彩承知した。これより我が剣は貴殿の盾となり鉾となろう、マスター。」
「よろしく、セイバー。さあ、もうここには用はないわ。続きは私の工房でしましょう。」
魔術師にとっては最適の地であったが、やはり精神的にも休める自宅が最も休息には適している。
体内の魔力のバランスが一時的に狂ったこの状態を戦端が開く前に通常に戻さないと────。
────パキン。
「誰だ?」
セイバーが反応し、私の前に立つ。が、私としてはそれどころじゃなかった。
枝の折れる方を向き、その姿を見た途端、もう練っていた作戦も行動予定も目的も、脳内にあるあらゆる事項が消し飛びかけた。
「マスター、指示を。目撃されたからには然るべき対処を取るべきだ。」
「…………分かってる。追ってセイバー。そして捕らえて。後は私がやる。」
今の間に、その人影は逃げ出していた。魔力で強化した目で追うと、もう林の入口程まで逃げているみたいだ。
セイバーの声で、我を取り戻し、命を下す。
(────ごめんなさい、今からアンタに死ぬより非道い事する。)
8.
ソレは爆発と称せた。
「────一体、何が……?」
塗りつぶされていた視界が戻り、視認した途端。
「………………!?」
新たに現れた男を見た瞬間、理性が、本能が、身体が警告を発した。
見た目以外の何もかもがヒトと違う。ガワこそヒトの形だが中身は戦闘、戦うことを前提とした思考する戦闘機械そのものだ。
手足が痺れる。
恐怖で喉が渇き、胃から吐瀉物をぶちまけそうになったせいで肺に十分に酸素が行き渡らない。
相手は百メートル以上茂みを挟んで離れているのにも関わらず、あの男に気配を察知されただけで、殺される。
「────っ、は────。」
だから出来ることと言ったら、気配を殺したまま、ゆっくりと、麻痺しかけた脚を動かして去────。
パキン、と枝を踏む音が、月夜も届かない暗い林に響き渡る。
女の方がビクンと振り向き、男がこちらを向くより早く。
「あっ────────!」
脚が動いてくれた。地面を蹴って加速する。
腕を動かせ。
脚を前に出せ。
振り返らず、止まるな。
自身の限界を超える勢いで走る。
途中、枝で肌を引っ掻いたり、枯葉に脚をとられかけて捻ったが痛みも感じる暇もない。
校庭を全速力で走り抜け、閉じたフェンスゲートをよじ登って飛び降り、地面に突っ伏して膝を擦りむいたが無視して坂を転がり降りる。
正直、自分の身体の重ささえもどかしい。
もっと早く、もっと遠くへ行かないと、こんなとこじゃ簡単に追いつかれる!
「ハア、ハア、ハア、ハ────!」
過剰分泌したアドレナリンのおかげか下り道のおかげか。酸欠で霞む目を無理やりこじ開け、走る速度は緩めず、行きは二十分程かかる家までの道を僅か十分で走り抜ける。
角を曲がった所で、ポケットから家の鍵を取り出そうとし、鍵を握りしめ、ガタガタと震える手で門の扉を開けて飛び込み、鍵を閉めてすぐさま閂をかける。
「っ────ハア、ハア、────ハ!」
そのままへたりこんで痛む肺に空気を取り込む。二度三度と大きく深呼吸をしてようやく視界が元に戻る。
家は朝出た時と同じ様相で主人を迎えた。
その日常の景色をおかしく思ったのか、本当に感情が壊れたのか、何故か笑えてきた。
「────ハ、ハハ、何だったんだアレ……?」
けれど、もう家の敷地内だ。
門は閂をしっかりとかけてあるし、周囲は漆喰の塀で囲まれているのだから、もう大丈夫だろう────。
……?
酸欠がまだ解消されず、朦朧とする頭で考えながら、休むなら家の中で休もうと身体を起こし。
────何を馬鹿な。あの化け物ならこの程度の壁、飛び越えてくるんじゃないか?
「────っ、あ!」
今度こそ、ハッキリと頭が動いた。逃げ場のない袋小路に入ってしまったことに気づき、今すぐ外へと出ようとして。
頭上からの一撃を躱せたのは奇跡だった。
ハッと見上げた時、夜空からあの化け物が落ちてくるところだった。
身体を捻って地面に転がり、そのまま右へと避け、さっきまでいた石畳に凶器が突き立つ。
「ほう、当方の剣を避けるか。」
化け物が握っているのは鈍く光を放つ短剣であった。
ただ、人を殺すために研がれた牙。
貫かれれば確実に肉を裂き骨を砕き命を刈り取る凶器である。
アレで斬られたら、いやあの化け物の攻撃をまともに受けただけで恐らく死ぬ。
目だけを動かし、あるはずのない退路を探す。
後ろ────駄目だ、直線的に逃げれば確実に殺される。
屋敷から出るのが理想的────、だが門の前にヤツがいる以上、前には進めない。行けば真っ二つになるのがオチだ。
────あとは勝手口だけ。ヤツが攻撃する瞬間に、横へ飛んで躱して勝手口まで辿り着く。ぶっちゃけどの選択肢も生存率はゼロに近い、がこれ以上の策なんか思いつかない────!
男は、こちらが構えるのも気にせず続ける。
「……その判断力。生を受ける時代が時代であれば一廉の勇士となっていただろう。」
だが。
「────運がなかったな少年よ。恨むならその自分の運命を呪え。」
凶刃が振り上げられたと思った時には、身体が動いてくれた。
「────っ、アッ!」
「…………む?」
さっき転がった時に掴んだ石、それも出来るだけ鋭く尖ったそれを化け物目掛けて投げつける。
勿論、こんなもので化け物を退散できるわけが無い。
だが、避けるなり、弾くなりする隙に左へ飛び、石燈籠を盾にすれば、続く攻撃を防げるはず。
あとはそれを続けて、どうにか反対側の勝手口まで────。
瞬間、中庭の景色が流れた。
「え────?」
身体は動いてくれた。奴の振り下ろした剣は間違いなく躱した。石燈籠の陰に飛んで────。
重力に逆らえず叩きつけられるように落ちた。土塊にまみれ、みっともなく地面を転がる。
「────あ、ガっ────ハ……ア!?」
痛みが飽和し、エンドルフィンでも誤魔化せない。
折れた。どこが。身体中の骨がだ。
息が出来なくて意識が遠のくが、全身を刺し貫く痛みがそれを許さない。視界は真っ赤に染まり、内臓が狂ったように身体の中で暴れるもんだから、多分助からないのだろう。
もう死んだ方がマシというのはこの事を指すんじゃないのだろうか。
「アレで受け身をとったか。意識を刈り取るつもりだったがまたしても驚かされたぞ、少年。」
音が聞こえる。
ゆっくりと確実に死が迫る。
死から逃げようとうつ伏せで芋虫みたいに這って、動けなくなった。脚も腕も感覚が消えて力が入らないのだ。
そもそも何でここまで吹っ飛んだんだろう、と場違いな疑問に、目の前に落ちてた血のついた石の残骸が問いの答えをくれた。
ただ単純に蹴り飛ばされたのだ。
何の事は無い。強靱な脚力で石燈籠を蹴り飛ばし、その内の一つが俺を直撃してここまで一緒に飛ばされただけだ。
何とかなると思ってた自分がお笑いみたいだ。
これは戦闘ですらない。狩る狩られるだけのただの蹂躙だ。
「────詰みだ。最期に聞いておく。何か言い残したことはあるか?」
本当に詰みだ。
技量も力も何もかもこの化け物に届かない。
だから、出来る事といったら最後までコイツを睨み続ける事だけだった。
何もかも達することができなくても、心でだけは屈してしまってはならない、と必死に目の前の敵に抗い続けて見せる。
「────見事だ。では、眠れ。」
振り下ろされる剣を朦朧としたまま見詰める。
身体中が熱くて痛くて、でも決して目をそらすこと無く敵を見据えて。
そして────。
疾風が俺の背後から吹き付けた。
「────あ、……?」
「────くっ……!?」
鋼を貫く威力と精密機械を彷彿とさせる正確さでその赤い風は短剣を振りかざした男を吹き飛ばす。
「……ちっ、まさかな……!」
身を捻り、鋭い一撃をどうにか弾いた男は飛びのき、間合いを取る。
一時の静寂が戦場となった庭を満たす。
「────ランサーのサーヴァント。聖杯の呼び掛けに応え現界した。」
雲が晴れて月光が照らし出す。
目の前に、深紅と白銀の騎士が凛と立つ。
その姿を見ただけで、いつか本で読んだ御伽噺の登場人物を脳裏に描いた。
それはまるで────。
紅銀の騎士が振り向く。
「問おう────君が、私のマスターか?」
みんなを守る、ヒーローそのものだった。
────────その日、運命の歯車が回り出す。
──────Next Interception_VS_Saber.
カーマの泣き顔に愉悦した外道は私だけではないはず。
どうも、野澤瀬名です。Fate/MT、召喚_Side_Lancerお待たせしました。
ようやく主人公が(まともなセリフ付きで)出てきたほか、登場人物が一気に増えて情報量マシマシな第二話となりましたがいかがだったでしょうか?
他のFateシリーズ見てたりプレイした人ならわかるネタがあちこちにあると思うのでニヤニヤしながら、あるいは思い出しながら探してみてください。
この主人公最初の戦いはやはりセイバーとランサーの一騎打ちがふさわしいと思い、このような配役となりました。ついでにやっぱりFateの主人公は重傷を負います。
以降も散々痛めつけるつもりなので、みなさんワインの用意を忘れずに。(愉悦)
次回(登校日未定!)ついに戦端が開かれ、観那川聖杯戦争の初戦が開始されます。お楽しみに。
そして、カーマに石吸い取られました……。