あれから数十分かけてミノタウロスを狩り、迷宮区を出て、戦闘を極力避けて最寄りの村であるタランの圏内に入る。
そこには、かなりの攻略組が休憩をしていた。
後ろではキリトがバンダナを、アスナがフーデットケープを被る。
アスナはともかくキリト、そこまで変装しなくてもいいんじゃないかな……
シュバ「僕達はこの後アルゴと迷宮区到着祝いするけど二人は?」
「「行く」」
早速アルゴの所へ行こうと踏み出そうとしたとき、何かが強く叩かれ砕け散る音が響き渡った。
アスナ「まだやってるのね……昨日、私やユウキにやった時に詐欺が見抜かれたのに、自粛するどころか店を出してるなんて」
フィリア「むしろ警戒してるんじゃない?武器が壊れたことがあるって噂が広まる前にって」
アスナ「なるほど……」
ユウキ「それでも図々しいことに変わりないね。別の街に来てお店出してるってことは詐欺を続けるんでしょ」
シュバ「やるんだろうけど、相手は選ぶだろうね」
キリト「ああ、彼らが攻略組入り目的なら攻略組は狙わないはずだ」
シュバ「特に解りやすいキバオウとリンドが率いる緑と青の人たちからはほとんどやらないと思う」
さっきから何も喋らないテリーが気になって後ろを振り向くと少し冷や汗をかいていた。
そういえばテリーは少し金属が叩きつけられる音がある事件から苦手だったな。急いでここから離れた方がよさそうだ。
僕は急ぎ足でアルゴの待つ場所まで歩く。
テリー「すまん……」
シュバ「ん……」
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シュバ「それじゃあ……第二層迷宮区到着を祝って乾杯!」
「「乾杯!」」
アルゴ「いやー、まさかこんなに早く攻略が進むなんてナ!オイラ驚いたヨ」
アルゴが驚くのも無理はない。一層が一ヶ月なのに対し二層は5日でここまで進んだのだから。
僕は正直二週間ほどかかると思っていた。
テリー「それもそうだろう、二層の攻略レベルは7~8だったはずだ。それを越えたプレイヤーが多い」
キリト「それはまぁ数字上での話だがな」
ユウキ「二層のボスは何レベで倒したの?」
フィリア「あ、それあたしも気になる」
シュバ「確か最初はレベル5くらいだったね」
アスナ「無謀ね……」
うんそれはそうだ。僕とテリーは途中参加だからレベルは10くらいだった。
今の僕たちのレベルはミノタウロス狩りでかなり上昇した。結果、僕、テリーとキリトが14、ユウキが13、アスナとフィリアが12になった。
恐らくリンド隊、キバオウ隊も同じくらいだと思うので。
アルゴ「今回の攻略は平均10は行くだろうナ」
シュバ「安全圏内だけどボスには通用しないからね……」
テリー「しかも今回のボスは装備の強化が重要だからな」
テリーの言う通り、ここのボスが使うソードスキル《ナミング・デトネーション》は行動阻害がメインの技だ。それに対抗するには、装備強化が一番安全だ。
無論僕はソードスキルをほとんど覚えているので、避ける方針だ。
するとキリトが暗い顔をしていた。どうしたんだ?
キリト「……アルゴ、迷宮区のマップデータだ」
アルゴ「いつも悪いナ、キー坊。規定の情報代は……」
キリト「マップデータで商売する気はないよ」
その後キリトがアルゴにレジェンドブレイブスを調査依頼してアスナもネズハの店を観察するのにバレにくい場所をそして僕はネズハの綴りを教えてもらった。
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次の日、キリトとアスナはネズハの強化詐欺を観察した結果、話した通りクイックチェンジを使って詐欺をしていた。
シュバ「やはりか……別の方法だったら、考えるのめんどくさいからよかったよ……」
ユウキ「でも彼、やりたくなさそうだったよ。ボクが依頼した時に『お買い物ですか?それともメンテナンスですか?』って」
シュバ「それもそうだけど、彼の綴りが《Nezha》だからって言うのもあるよ。元々戦闘職だったんだろうね」
みんなはわかっていないのか首を傾げる中フィリアだけはわかっていたようだ。
フィリア「なるほど《哪吒》ね、彼も英雄になりたかったんだね……」
アスナ「哪吒?」
フィリア「うん、原作の中国語読みでそう読むんだ」
キリト「あ~あのナタ太子か」
テリー「でどうするんだ?」
シュバ「う~ん現行犯で捕まえたいけどね……僕はもう顔が広まっている可能性もあるし……しょうがない、僕が騙されて来るね」
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次の日
シュバ「強化、頼もう」
そうぶっきらぼうに僕は急ぎ足で取って来たアニールブレード、を差し出す。それを訝るように見る。
ネズハ「アニールの+6の試行2回残しですか……S3、Q3。使い手を選びますね……」
シュバ「スピードでお願いする、ブーストも全部料金込みのマックスで」
ネズハ「解りました……料金は2700コルになります……」
僕はコルをすべて送り、クイックチェンジを使う為にウィンドウを開きっぱなしする。一度不審に思われたが、すぐに作業に戻る。
ネズハ「……2700コル確かにいただきました」
彼は手慣れた作業でウィンドウを操作する。僕は彼の動きを見逃さないように手を見続ける。恐らく搾取されたプレイヤー達は──ポリゴンの輝きとはいえそれは美しいものだ──炉を見続けてしまったのだろう。
そして彼の指がカーペットに並ぶ剣と剣の間の隙間を軽くつついた。
握られていた剣が、一瞬だけど確かに明滅したのだ。
僕はとても感心してしまった。こうも鮮やかにチェンジされると、制作に携わった者として笑いそうになる。
そして僕が渡したアニールとチェンジした、エンド品をハンマーで叩き続ける。十回目の叩く音が響くと同時にアニールブレードが砕け散る。
ネズハ「すいません!」
シュバ「謝らなくていいさ」
ネズハ「…………え…………?」
僕はクイックチェンジを使用して、アニールブレードを装備する。
シュバ「ごめんね、騙し返す真似をして」
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ネズハ「まさか見破られるなんて……」
シュバ「ははは……まぁ過去に、βテストで同じ手口で盗られた知り合いがいて、今回の《新アインクラッド》でも仲間二人がやられたからね……」
ネズハ「謝って許されることじゃないですよね……せめて、騙し取った武器を返せればいいんですが……全部お金に換えてしまいましたから……僕にできることは……ああとはもう、これしか!」
ぶらりと立ち上がり走り出す。しかしその先にある建物の窓からアスナとユウキが飛び降りる。
ユウキ「君一人が死んでも何の解決にもならないよ」
ネズハは相手が数日前に一時的に騙し取ったプレイヤーだとすぐに気付いた。
罪悪感に顔をくしゃくしゃに歪ませる。
ネズハ「……もし、誰かが詐欺に気付いたら、その時は死んで償おうって、決めていたんです」
アスナ「ここでは自殺は詐欺よりも重罪よ、強化詐欺は依頼人への裏切りだけれど、自殺はクリアを目指すプレイヤー全員を裏切る行為よ」
ネズハ「どうせ……どうせ僕みたいなノロマはいつか必ず死ぬんだ!モンスターに殺されるのも自殺するのも、早いか遅いかの違いだけだ!」
そんな台詞に背後にいたキリトが小さく笑った。そんなキリトをアスナが睨んだ。
キリト「ごめん、君の言葉を笑ってた訳じゃないんだ。そっちのお姉さんも、ほんの一週間前に同じ事言ってたもんだからさ……」
ネズハ「え…………」
ネズハが虚を突かれたように眼を見張る。そして改めてアスナの方を見た。
ネズハ「あの……あなたは前線攻略集団のアスナさんですよね……?」
アスナ「なんで知ってるの?」
ネズハ「そりゃ、フードの
アスナ「……そ、そう……」
ユウキ「既にそれ定着してるねアスナ」
キリト「もう『灰頭巾ちゃん』みたいな通り名がつく前に外したらどうだ?」
アスナ「大きなお・せ・わ、よ!それよりも君のバンダナこそどうなのよ」
キリト「お、俺だって気に入っているし」
アスナ「なら私がつけてあげるわ『スウェーデン侍』とか『ウクライナ寒い』とか」
キリト「……スンマセン、どっちもカンベンしてください」
2人が言い合っていると、ネズハがおずおずと口を挟んだ。
ネズハ「あの……さっき言ってた、アスナさんが『いつか死ぬ』って言ったことがあるって本当なんですか?」
キリトがアスナと出会った日のことを軽く話した話した。僕達も知らなかったので、ちょっと驚いたりした。
アスナ「正直言ってまだその気持ちは消えてないわ……だってまだ二層でゴールは百層。遥か上で辿り着いてやるって気持ちと、いつかどこかで力尽きちゃうって気持ちが心の中でせめぎ合ってる。でもね……
アスナは一息置いて再び話す。
アスナ「死ぬ為に戦うのはもうやめたの。生きる為に、ゲームをクリアする為に……って言えるほど前向きにはなれないけど、小さな目標があるだけでも見つかったから、その為に戦ってる」
ユウキ「君にも何かあったんじゃないのかな?目指していた何かが。だからあの始まりの街から出たんだよね?」
ユウキがネズハにそう言うが彼は直ぐには答えなかった。顔を俯けるも眼は閉じずに、じっと両足のレザーブーツを凝視している。それは街中用のシューズではなく、戦闘用の防具だった。
ネズハ「………確かに、ありました。目指したものが。でも、消えてしまったんです。この世界に来る前に。それよりも前……ナーヴギアを買ったその日に……僕は最初の接続テストでFNC判定だったんです……」
テリー「FNCか……」
フルダイブ不適合。フルダイブマシンは細かいチューニングをしなければならないほどデリケートな機械だ。最初に起動する時、自動調整機能を一度クリアすれば二回目以降はすぐにダイブできる。その自動調整機能で不適合判定がごく稀に起きてしまう。
ネズハ「僕の場合は視覚に異常が出てしまって……見ることはできるのですが、距離感が掴めないんです。鉄床の上の動かない武器を叩くことすら難しいんです」
シュバ「君が強化の手順をとても丁寧にこなしていたのはそう言う事だったんだね……」
ネズハ「そうですね……砕いてしまう剣に申し訳ないって気持ちも少しはありましたけど……僕がこんなこと言うのもなんですけど、よくすり替えのトリックを見破りましたね……」
シュバ「それは旧アインクラッドで知り合いがやられてたからね。それと同じだと思った。まぁ君の名前が『ナタク』だから確信になったよ」
ネズハ「……‼︎まさか、そこまで気付くなんて……」
シュバ「でもレジェンドのメンバー達はネズオって言ってたから、彼等は知らないってことだよねナタクの由来」
ネズハ「ネズハでいいですよ、元々そう呼んでもらうつもりで付けましたし」
それからネズハはレジェンド・ブレイブスの結成理由とその経緯を話す。
ネズハ「別に僕らはリアルで知り合いだと言うわけでもないですから、もう、抜けた方が良かったのかもしれません……でも、みんなが抜けてくれって言わないのを良いことに、僕はチームに居続けました。SAOならって思いもありました。このNezhaという名前もオルランド達への追従……おべっかというやつです。英雄の名前じゃないから仲間でいさせてくれっていう……」
テリー「……最初は投剣スキル上げてたのか?」
ネズハ「はい……遠近感が掴めなくても攻撃ができるので……」
フィリア「それでクイックチェンジが使えたのね……」
シュバ「それでこのクイックチェンジを使った詐欺方法は誰が考えたんだ?これは一時有名にこそなったけどこの新アインクラッドではもう忘れられた物だし……」
僕は核心に切り込む問いをする。その答えは意外なものだった。
ネズハ「僕達のメンバーでもない見知らぬ人だったんです……」
キリト「……えっ?なら一体誰が?」
ネズハ「酒場で僕の投剣スキルを諦めるっていう話合いをしていた時に、突然、それまで隅っこでNPCみたく全然動かなかった2人のプレイヤーが近づいてきて、1人が『そいつが戦闘スキル持ちの鍛冶屋になるなら、すげぇクールな稼ぎ方があるぜ?』ってそう言ってきたんです」
キリト「なんだそいつは……?」
ネズハ「名前はわからないです……すり替えのトリックだけ話してすぐどこかに行ってしまって……ただ雨ガッパみたいなフーデットケープをすっぽり被ってて……しかもなんか映画みたいに楽しげな笑い方をしてました……それでもう1人の方はニヤニヤと薄気味悪く笑って『強くなったらまた会おうぜ』って言ってたんです……」
ザザッ──
突然脳内に砂嵐のような音が響く。まるで昔あったカセットテープを再生したような気分だ。
『あーあ……お前の不注意で家族が殺されちまったなぁ?……』
『……お前はこの先、どうやって生きていくんだろうなぁ?』
沢山の悲鳴と足音、腹から大量の血を流す大人2人と自身に覆い被さるように倒れる子供。そしてニヤニヤと笑う男の姿が脳裏に浮かぶ。
ザザッ──
ユウキ「──ルト?─バルト?シュバルト?」
シュバ「……ユウキ?」
ユウキ「どうしたの?さっきから呼びかけても反応しなかったから」
シュバ「いや……なんでもないよ」
ネズハ達に気づかれないように表情を作り直す。
まさかあの男がこの世界にもいるのか……?
そんな不安を隅に追いやる。
アスナ「つまりその2人はブレイブスの話し合いにいきなり割り込んできてすり替えの方法だけ話してすぐに消えたってこと?」
ネズハ「……いえ……正確には、もう少しだけ話していきました。詐欺は詐欺だからダメだよなってブレイブスのみんなも否定的だったんです……そしたらもう1人の方がニヤニヤと笑ってたんです。楽しげに」
シュバ「楽しげに……笑ってた……?」
ネズハ「ええ。いつのまにか深刻な空気が一転していたんです。ブレイブスのみんなも僕も気づいたら笑ってたんです……そしてあいつはこう言ったんです。『ここはネトゲ、出来ないことはできなくなってる。つまり出来ることはやっていいんだぜ?なぁそう思わないか?親にもダメなことはダメだと言われてたしなぁ……?』って……」
アスナ「そ、そんなの詭弁よ!」
ユウキ「そうだよ!それならモンスターの横取りとか色々しても良いってことじゃないか!……行くとこまで行ったら……それこそプレイヤーを」
フィリア「ユウキ!落ち着いて!」
ユウキ「っ!……ごめん」
男の詭弁に対してユウキの叫びをフィリアは最後まで言わせなかった。ユウキは自分が何を言おうとしたのかを理解して、すぐに謝る。
無理もない彼女の言わんとすることはそう言うことなのだから。
キリト「その2人が言ったのはそれだけか……?」
ネズハ「あ……は、はい。僕らが頷くと、そのまま酒場を出ていきました……」
テリー「そうか……そうだ、アレがあったな」
そしてネズハは初めて強化詐欺をした時の仲間の反応を、そして後悔したことを話した。
するとテリーが話を切り出した。
テリー「ネズハ。今スキルに空きがあるか?」
ネズハ「いえ、3つとも埋まってます。《片手武器作成》、《所持容量拡張》、《投剣》です……」
テリー「そうか……もしお前が使える武器があると言ったらどうする?鍛治スキルを捨てることができるか?」