今回が正真正銘の薫さん回です。
では、どうぞ。
雄也視点
劇が始まる少し前にれい姉は戻ってきた。
「おかえり……ってなんかあった?」
なんか表情が明らかに硬いけど。
「ううん、別に。」
全くそう見えないんですけど……一体後輩さん達と何を話していたのだろう?
程なく劇が始まったので追及は出来なかった。
演劇の舞台は中世のヨーロッパ。瀬田先輩が演じるのは主役の王子だった。
最初は他国の姫との婚約が決まり、次期国王としての即位が約束されるなど幸せの絶頂期を迎えた王子だったけど、それを妬む王子の妹や姫側の家臣の暗躍で次第に暗雲が立ち込めていく。
その結果、王子は召使いとの蜜月や自分の家臣を殺害した等の様々な濡れ衣を着せられてしまい婚約は破棄に、それどころか城内で孤立し、自分が暗殺されるうわさまで流れ始めた。
終盤、生き延びようと城から逃げ出した王子だったが。追手との交戦で負傷。走ることができなくなって膝を付いてしまった。
「もう……私は名誉も、地位も、愛する人も……何もかも無い……じきにここにも追手が来るだろう……もはや……」
自決しようと剣に手をかけようとしたが、手が震えて取りこぼす。剣を拾い上げることをあきらめそのまま倒れこむ王子。
貶められて全てを無くし、信じていた人達から無惨に殺される。そんな境遇とそれを見てきたかのように演じる瀬田先輩に引っ張られ、自分の気分まで暗くなりかけていたその時───
「どうしたの?そんなところで寝ていたら風邪をひくわよ。」
突然一人の少女が現れ、動かない王子に話しかけた……ってあれ弦巻さんじゃん!!そんなところで何してるの!?
思わぬ事態に唖然とする僕をよそに劇は進んでいく。
「ああ……私が見ているのは幻か!目の前に儚い少女がみえる!」
「幻なんかじゃないわ。あたしはここにいるもの。」
「あ、いやすまない、あまりに君が可憐だったもので……お詫びをしたいところだが、ここにいるのは危険だ。早くここから逃げてくれ。」
「そんなの嫌よ!目の前で寝ている人を放っておけるわけないじゃない!」
「私は居場所のない追われる身だ、助けたりなんかしたら君も同じになってしまう……だから……!」
「それなら、あたしと一緒にその居場所を探しましょう!大丈夫!世界は広いもの。きっと二人の居場所もあるわ!」
結局、謎の少女に励まされ、奮い立った王子は追手相手に無双。そのまま少女と二人で新天地を求めて旅を始めたところで劇の幕は下りた。
「お、お疲れ様です…」
劇が終わったので屋上に向かうと、先に瀬田先輩が来ていた。ちなみにれい姉は今後輩たちと話している。
「やあ、来てくれたんだね。雄也。」
「約束してましたし……あれ、弦巻さんは?」
「こころは用事が出来てしまってね。自分の感想も聞かせてほしい。と伝言を預かっているよ。」
急に出てきたのにそんなこと言われても……
「それで、私たちの演劇はどうだったかな?」
「いや、もうすごかったです……」
演技力にれい姉が太鼓判を押すのも納得だった。まともな感想が出てこなかったのは演技に見入ってしまっていたのもあるけど……
「すいませんこんな感想で……いきなり知り合いが出てきたからびっくりしちゃって……」
単純にあのシーンで全部持っていかれたからだった。
「それは仕方ないさ、本来こうなる予定ではなかったからね。」
へ?どういうこと?
「あの話、本当は悲劇なんだ。」
「え!?じゃああの終わり方は…?」
「私からこころにお願いしたのさ、幽霊になってしまった君にあの結末はふさわしくないと思ったからね。」
「え、じゃあ台本とかはどうしたんですか!?」
「こころと何回か打ち合わせはしたけど、台本はないよ。」
アドリブであそこまでやったの!?なんという荒業……
これは後で解ったことなのだが、実はあのアドリブ、演出が控えめだった上に、巻き込まれた役者さんは倒された追手の兵隊だけなので、ほかの部員への負担はほとんどなかったそうだ。
「その……わざわざすみません。」
正直、ありがたさより申し訳なさのほうが上というか……
「大したことはないよ。私もハロハピのメンバーだからね。」
ハロハピだからで済ませちゃうんだ……
「それに、かのシェイクスピアも言っていた。
『楽しんでやる苦労は苦痛を癒すものだ』
……とね。」
「それって……どういうことです?」
「君の取り方次第だよ。雄也。」
「えー……」
そこでぼかすんですか……?
「あ、いたいた。薫せんぱーい!」
突然屋上の扉が開き、二人の女の子が出てきた。一人は弦巻さんと同じ、花咲川の制服を着ている。
「ひまりちゃんにりみちゃん。君たちも舞台を観にきていたんだね。」
「はい、もちろんですよ!!」
「薫さん……今日もめっちゃかっこよかったです……!」
「子猫ちゃん達の期待に応えられて、私も嬉しいよ。」
「こっ…子猫ちゃんって……」
花咲の子が真っ赤になる。
「薫さんは何をしていたんですか?」
「私は……そうだね、風と語らっている。といったところかな?」
「「か、かっこいい……!」」
きゃーっとテンションが跳ね上がる二人。ほ、ホントにカッコイイ……僕がやったら絶対滑るもんこんなの……
いくら僕が二人から見えないとはいえ、居座るのは気まずいので瀬田先輩に静かに一礼して屋上を後にした。
楽しんでやる苦労は苦痛を癒す
……いったいどうすればいいのだろう。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
ということで、今回のゲストはりみとひまりでした!
次回は練習回です。大体出来ているので投稿はやく出来ると思います。お楽しみに!