今回はこころ、日菜、モカの短編集かアンケートで投稿を希望された回を投稿する予定でしたが、短編集が長くなりすぎたのでこころ回だけ切り離して投稿することにしました。
お楽しみいただけたら幸いです。どうぞ。
雄也視点
「───もう大丈夫?」
「うん……ごめんね……」
泣き続けて気持ちが振り切れ、辛かったことを全部ぶちまけて、ようやく涙が落ち着いてきた。一旦近くのティッシュで涙を拭き、鼻をかんでから弦巻さんに謝る。
気づけば目を覚ました時窓の外にあった太陽は沈み、景色は真っ黒になっていた。
「あら、どうして雄也は謝るの?」
「だって、辛い話ばっかりしたから……苦手じゃないの?こういうの。」
弦巻さんにネガティブなことは通じない。だけど僕はどうしようもないくらい暗い性格で、弱気なことを沢山言ってきてしまった。
だからせめて、体に戻ったら明るく振る舞いたいと思っていたのに結局最初からこんな……
「そうね。確かにあたしは辛いとか、苦しいとか。そういう後ろ向きなことはよく分からないわ。」
やっぱり……奥沢さんの言ってた通りだ。
「けれどね、ハロハピのみんなと居て気づいたの!悩みやもやもやした気持ちをわかれなくても誰かを笑顔にできる方法があるって!」
「それって、どんな……?」
「全然難しいことじゃないわ。1人じゃなくて誰かといればいいの。一緒にお話していると胸の中のもやもやしたものがなくなって楽しい気持ちがあふれてくるの!」
理解できなくても彼女の表情は一片たりとも陰らない。眩しくて暖かい、太陽のような笑顔をいつものように見せてくれた。
「だから、今はあたしとたーっくさんお話しましょう!退院したらやりたいことに、ここでもできそうな遊びを一緒に考えるのもいいわね!それから───」
その姿にいつの間にか沈んでいた気持ちも忘れて、相槌も打たずに見入ってしまっていると……
「雄也?」
「あ、え、えーっと……」
「その、ありがとね……あ、あと改めて……これからもよろしく。」
下がって上がってまとまらない気持ちを隅に寄せたら、お礼と挨拶がしたくなった。
今までお世話になった分、これからはハロハピの力になりたい。まっさらになった気持ちに朧気だがそんな目標が生まれた。
今の僕にだって何か出来ることはあるはず。自動キーボードとして演奏はできないけれど、物に触れるし、おいしいものを食べれるし、皆が気づいてくれるから。
「ええ!こちらこそよろしく!
やっぱり雄也の笑顔は素敵ね!とーっても可愛いわ!」
「っ!そ、そういうとこだよもぉ……」
「あら?何か言ったかしら?」
「なっ、なんでもないっ!」
くすぐられたような気持ちになって思わず目をそらす。子供っぽいからって背丈や顔立ちを気にしてるのにやっぱり全然嫌じゃない……
弦巻さんはズルいよ……可愛いだけじゃなくて、こうやってぐいっと詰め寄ってきてもわだかまりとか残さないんだから……
嬉しいような、恥ずかしいような、でもちょっとだけ拗ねてるような……そんな形にならない気持ちで自分がどんどん埋まっていく。そのままでも胸の中が苦しいのだけど、気持ちを言葉にするのも苦しい。出口がない迷路に入ったみたいでわけわかんないよ……
「そうだわ!あたし、雄也とこうして話せるようになったらお願いしたかったことがあるの!」
「お、お願い?一体何さ?」
なんか、緊張する……こういうことは良くあったんだけど……
「それはね……これからはあたしたちの事を下の名前で呼んで欲しいの!」
「下の……えっ!?」
それじゃ弦巻さんじゃなくて……こ、こころちゃんって呼べってこと!?
「雄也はあたしたちの事をいつも名字で呼ぶでしょう?それもいいのだけれど、やっぱり下の名前でよんでくれた方がもっと距離が近くなると思うわ。」
「そ、それはわかるけど……ちょっと……」
弦巻さん呼びに慣れすぎて。今から変えるのはなんかこう……落ち着かないというか……
「難しいのなら一緒に練習しましょう!あたしが最初に雄也の名前を呼ぶからその後に雄也があたしの名前を呼んでちょうだい!」
「え、待って────」
「早速始めるわ!雄也ー!」
「こ、こころ、ちゃん……」
「目を反らしたらダメよ?ゆうやっ♪」
「こころ……ちゃん……」
「ゆ・う・やっ!」
「こ、こ……」
恥ずかしい……これイチャイチャしてるみたいですっごく恥ずかしいっ!!!つ……こころちゃんもニコッとしたり、首を傾げたり、ころころ表情を変えるせいで直視が辛いよ!!!
しかも、これで終わらないのが彼女のある意味恐ろしい所で……
「どうしたのかしら?雄也の顔がみるみる真っ赤になっていくわ。」
「そ、それは……」
あなたのせいです!!……なんて言えるわけなかった。
「熱があったら大変ね。そのままじっとしてて。」
「え、ちょ、ちょっ……!」
そういうとつ……こころちゃんは僕に顔を近づけて来て───
「うーん……」
前髪を右手でよけて、おでことおでこをぺたりと合わせてきた。
(あわわわわ……)
ち、近いっ!整った目鼻立ちも、さらさらした金髪も、それと同じ色の瞳も全部!
心音が外にきこえそうなくらいばくばく鳴って、頭がくらくらしてくる。ひんやりしてるのは額だけだ。
「あら、ますます熱くなってきてるわ。看護師さんを呼んで来た方がいいかしら?」
目を反らしても息づかいが微かにきこえて、ふわりと良い香りがして、もう全部がいけない気がして息詰まって視界まで朱く───
「「「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」」
「なっ、何!?」
ガタガタッと急に物音がして、開いた扉から何かが雪崩れ込んでできた。こころちゃんから額をはずして扉の方を見ると……
「お、おはよー……目が覚めたんだねー駒ざ……じゃなくて雄也君……」
ハロハピの皆がうつ伏せに倒れていた。
「……」
お……美咲さんに返事もできず、そのまま思考が処理落ちを起こした。甘くなってしまった空気が一気に凍りつき、気まずいものへと変わっていく。
「あら、皆来ていたのね!そこで何をしてるのかしら?」
あ、1人だけそうでもなさそう。
「な、なにしてたんだろねーあたしたち……あはは……」
「……あ、あの、きい、て、ました?」
軋む音が聞こえそうな口をなんとか動かして尋ねる。お願い!聴いてたなんて言わないで!!皆今来たばかりで扉の向こうで事故かなんかがあってこうなっちゃったんでしょ?そうなんでしょ!?
「な、なんのことかなー?わかんないやー……あはは……」
「花音さん……色々苦しすぎます……」
絵に描いたような棒読みの花音先輩と半ば白状ともとれる美咲さんのツッコミ。
「ぁ……ぅぅ……」
聴かれてた……絶対聴かれてたよこれぇ!!
「練習の邪魔してごめんねゆーくん……
でもね、頑張ってはぐみたちのことも下の名前で呼んでくれると嬉しいなって!大変かもしれないけどはぐみ、応援してるよ!」
「あっ……あ、あぁ……」
「まあつまり……そういうことだね。雄也。」
「~~~~~~~~っ!」
声にならない思いが募り、高まり、抱えきれなくなって───
「もうやだぁ!!おうちかえるぅ!!!」
最終的に皆の事を下の名前で呼べるようにはなったけど、花火のように爆ぜ散った僕は看護師さんに怒られたのだった。
ここまで読んでくださってありがとうございました。
今回はテーマを決めてからお話を書いてみました。それは……
無自覚なこころにガンガン詰め寄られたい!
……失礼しました。正しくは
無自覚なこころに詰め寄られて雄也が爆発する
というものです。
恋愛小説なのに今までこういうお話が少ないというか、どうにも薄味な気がしていたので、こちらを読んだ後に少しでも口の中に甘い物を感じられたのなら嬉しいです。
念のためですが、このお話に私の願望や他意は一切ございません。……ございませんからね?
そして、冒頭でも触れましたが次回はアンケートでの希望を多く頂いたお話とモカ、日菜の短編集を二話連続で投稿します。お楽しみに。