家が仕立て屋兼洋服屋をしていたから服に触れる機会は他の友達に比べて多かった。
色んなお客さんのオーダー通りの服仕立てたり、修復個所を直したり、洋服を売る仕事。
小さい頃から両親がやっている姿を隣で見てきて、自分でもやっていたからある程度裁縫やミシンを使うのは得意だった。
中学生に入って店番をするようになって、お客さんと直接関わるようになって、身につけたのはその人に何が似合うのか瞬時にわかるという能力。
そんな特技を友達に使えば喜んでくれた。あたしも嬉しかった。
それがあたしの当たり前だった。
♢♢♢
仕立て屋は、案外忙しい。
というのも決められた期間内にオーダーメイドの商品は仕上げなければいけないから。両親はそれにばかり時間を取られている。
さすがに学校の時は店にいるが放課後や休日のあたしの時間を取られることなんてしょっちゅうで、この前もあった予定をキャンセルする羽目になった。店に入り分給料としてお小遣いは貰えるし洋服が好きだからここにいるのが苦じゃないけど、けど疲れることに変わりはない。
暑い夏の日に冷房のついた店内で、カウンターに肘をつきながらファッション誌を眺める。このモデルさんには他の服の方が似合うのに残念だ。
店では他の店同様出来上がった服や生地を置いているためそれを見に来るお客さんも多い。
彼女もその一人だった。
カランという扉の開閉音。あたしは身体を起こした。
「いらっしゃいませ~」
あたしの間延びした声に彼女は肩を揺らして、そして会釈した。
長い黒髪にあたしの通う学校の制服を身に着けた彼女は知っている人物だった。
「あれ、燐子ちゃん?」
「え‥‥‥新田、さん‥‥‥?」
白金燐子ちゃん。彼女との関係性を一言で言ってしまえば元クラスメイト。
人見知りであろう彼女と話したことはほとんどなかったがまさかここで会うなんて思ってもみなかった。
「‥‥‥どうして‥‥‥ここに‥‥‥?」
「あー。ここうちなんだ。ちなみにあたしは店番中」
そう告げれば燐子ちゃんは「そうなんですね」と言った。
あいかわらず途切れ途切れの不思議な話し方をする子だと思った。
「今日はどんなご用件?仕立て?修復?それとも服を買いに?」
「‥‥‥えっと‥‥‥‥‥‥生地を‥‥‥探しに‥‥‥」
「何作るの?」
生地にだって向き不向きがある。だから何を作るのかを元にオススメしないといけない。そんな心遣いからの発言だった。大方小物入れだとか、そういうものを作るのだと思っていた。
「‥‥‥ば、バンドで‥‥使う‥‥‥‥‥‥衣装、です‥‥‥」
「‥‥‥え!?バンド!?衣装!?」
あたしの予想を大幅に裏切った言葉で思わず大声を出してしまう。燐子ちゃんは驚いていたからとりあえず謝っておいた。が、あたしの興奮は抑えられない。
衣装を作る。
そんな言葉に反応したあたしは燐子ちゃんに詰め寄ってその肩を掴む。
「待って燐子ちゃんって衣装作れたの!?てかバンドって何!?どういうこと!?」
「‥‥え、あの‥‥‥!新田さん‥‥‥落ち着いて‥‥‥っ」
「どんな衣装作るの!ね、教えて!」
詰め寄るあたしに燐子ちゃんは困ったような表情をしていた。
♢♢♢
「じゃあ今度のライブまでに衣装仕上げないといけないんだね」
数分後どうにか落ち着くことのできたあたしは生地を見ながら燐子ちゃんの隣に並んで普通に話せるようになっていた。
聞くところによれば燐子ちゃんはRoseliaというバンドのキーボードを担当していて、そのバンドの衣装係もしているそう。一見すると衣装作りという一番面倒な仕事を押し付けられているように思えたが彼女自身苦ではない様子だった。それどころか五人分の衣装をすぐに作り上げてしまうようで、道具さえ揃っていれば一着を三日で仕上げられるらしい。
彼女の家がどんな感じかは知らないが独学で勉強してそれならだいぶすごいだろう。そう素直に伝えれば謙遜されたが。
「‥‥‥はい‥‥‥‥‥前、作った衣装‥‥‥喜んで‥‥もらえたので‥‥‥頑張りたくて‥‥‥」
「そっか。もし何か困ったことがあったら言ってよ。衣服関係なら相談に乗れるからさ!」
笑顔でそう言えば返って来たのはお礼の言葉とふんわりとした微笑み。それを見てあたしは商品として置かれていたお腹の当たりにベルトのついたエンパイアラインのワンピースを手に取った。
「燐子ちゃん、生地どれにするか決まった?」
「‥‥はい‥‥‥これに、します‥‥‥」
「おっけー。それと、少し時間ある?」
燐子ちゃんは首を傾げながら頷いた。
あたしは燐子ちゃんの選んだ生地とワンピースを手にレジに向かう。そしてすぐに会計はせずそのワンピースの手直しを始めた。
「‥‥‥あの‥‥新田さん‥‥‥?」
「んー?ちょい待ってよー?」
燐子ちゃんの身体を一度見て、ワンピースを見て、主に脇と胸の辺りを直していく。
直し終わり次第会計をして、商品は渡さず手直しをしたワンピースを差し出した。
「‥‥‥え‥‥あの‥‥‥」
「燐子ちゃん。これあっちにある試着室で着てきて」
「‥‥‥え?」
ワンピースを手に持たせたあたしはレジから燐子ちゃんの隣まで移動して困惑顔の彼女の背を押す。荷物を取り上げて半ば無理矢理その身体を試着室に押し込んだ。
「に‥‥‥新田さん‥‥‥」
「心配しないでよ。別に悪いことしようとしてるわけじゃないんだし。いいから来てみてよ」
あたしの強引な行動に燐子ちゃんは渋々といった感じで試着室のカーテンを閉めた。
ワクワクしながら彼女が出て来るのを待つ。数分して開かれたカーテン。予想通りの姿。つい口角が上がってしまう。少し恥ずかしそうに頬を赤らめているのがまたいい。
「‥‥‥やっぱり似合うなー」
ボソッと呟いた言葉に燐子ちゃんはさらに赤さを増す。
「‥‥‥こ、こういう服、には‥‥‥‥‥慣れて、いなくて‥‥‥」
「なんで?普段から着たらいいのに。すっごく似合ってるよ!」
褒めればその言葉がくすぐったかったのか視線を逸らされた。そんな仕草も可愛らしい。
あまり関わっていなかった分、こういう表情が新鮮で、グッとくるというもの。
「さっき少し直したけど脇と胸の部分大丈夫?緩かったり逆にきつかったりしない?」
「は、はい‥‥‥サイズ‥‥合わせて、なかったのに‥‥‥よく、直せましたね‥‥‥」
「まあその辺は、ね。昔からずっとこういうのに関わって来たから。ちなみに服の上からある程度のスリーサイズは測れるよ?」
「へ‥‥‥?」
「そうだねぇ。燐子ちゃんのスリーサイズは、上から順番に__」
「‥‥‥や、やめてください‥‥新田さん‥‥っ!!」
「えー?今お店の中にいるのって二人だけだよ?他の人に聞かれることなんてないんだからいいじゃん?別に減るものでもないし」
「だ‥‥ダメです‥‥‥!!」
「なーんだ。ざんねーん」
あまりにも全力で否定してくるもんだからやめておいた。冗談のつもりだったけどこんなに照れちゃうなんて。本当に反応がいいからからかいたくなっちゃうや。
けど燐子ちゃんを見れば服の色んなところを見て少しばかり嬉しそうにしていた。
「ね、燐子ちゃん。それ、気に入った?」
「‥‥‥はい‥‥これ、好き‥‥‥です‥‥」
「そっか。ならプレゼントしてあげるよ」
「‥‥‥えぇ!」
驚く燐子ちゃんにあたしは笑顔を返した。
あたしの言葉でさっきから色んな表情を見せてくれるものだ。
「‥‥これ‥‥‥商品なんじゃ‥‥‥」
「いいよ。生地買ってくれたおまけ」
「‥‥‥で、でも‥‥‥!」
「大丈夫だよ。あたしのお小遣いが減るだけだから」
「よ、よくない‥‥ですよね‥‥‥!?」
うーん。こういうタイプはこっちがいくら言っても納得してくれないなー。やっぱろお店のだとかあたしのお小遣いが減るだとか気にしているのだろうけど気にしないでほしいのに。
「うーん‥‥‥あ!それじゃあ!」
そんな時に思いついた名案。
あたしはイタズラな笑みを燐子ちゃんに向ける。
「次からここの常連になってよ。それならいいでしょ?」
生地や服を買う時にここを利用してくれればこっちとしても儲けられるし、交換条件としては適当なのではないか。そう思っての発言。
燐子ちゃんはふんわり笑ってお礼を言った。
「‥‥‥ありがとう‥‥ございます‥‥‥」
「はーい。毎度あり」
契約成立。まさか元クラスメイトとこんな約束するなんてね。今はクラスも離れて学校じゃ話す機会もそうそうないから、なんだか嬉しかった。
「今度は燐子ちゃんが作った衣装も見せてよ」
「‥‥‥はい‥‥ぜひ‥‥‥」
これが学校で話さないあたしたちの関係の始まりだった。