あの約束の後から燐子ちゃんは定期的にお店に来るようになった。
多い時には週二回。最低でも二週間に一回は来てくれるようになって、お客さんがいないときは服の相談だけじゃなくて世間話もするような関係になっていた。
燐子ちゃんが店に来るようになってから早一ヶ月とちょっと。
そんな時に燐子ちゃんから渡されたのは一枚のチケットだった。
「ライブ?」
「はい‥‥‥来週、あるんですけど‥‥‥予定が合えば‥‥‥」
「行く」
燐子ちゃんがキーボードを弾いている姿や燐子ちゃんの作った衣装を見たいという気持ちは前々からあった。だからこのお誘いはありがたくて即答してしまう。
予定の日の店の手伝いは両親に任せればいいから問題もないだろう。
燐子ちゃんは「そう言ってくれると思いました」なんて言って笑っていて、見透かされてるなって思った。
「場所はここに書いてあるCIRCLEってライブハウスでいいのかな?」
「‥‥はい‥‥‥時間も、そこに書いて‥‥ある通りです‥‥‥」
「わかった。楽しみにしてるね」
そんなやりとりをしてその日は別れた。
ただその日からライブ当日まであたしはワクワクしていた。そのせいで前日なんて全然寝られなくて遠足前の小学生みたいになってしまったことは燐子ちゃんには隠しておきたいことだ。
そして迎えたライブ当日。あたしは燐子ちゃんに言われ開場時間一時間前にCIRCLEに来ていた。
会場の周りや中にはたくさんの人たちが集まっていた。ライブハウスに来るのは初めてだったから予想以上の人の多さに少しばかり驚いてしまう。
相当人気なのか。それともこれが普通なのか。
それはあたしには計り知れない。
そもそもこの人混みの中に入りたくはないし少しその辺でもぶらついておこうかな。
あたしがそう思って一歩踏み出そうとした瞬間ポケットに入れていたスマホが鳴った。
最近連絡先を交換したばかりの燐子ちゃんからだった。
RinRin:もう着いていますか?
Kanae:今外にいる
RinRin:なら中に入って受付の人に名前言ってください。新田さんの名前を言えば入れるので。
つまりあたしはこの人混みに立ち向かわないといけないってことだ。
はぁーと一度息を吐いてあたしはCIRCLE内に向けて一歩踏み出した。
♢♢♢
「燐子ちゃん」
「‥‥‥新田さん‥‥!」
受付のお姉さんにあたしの名前を出せばすぐに関係者の控え室に続く道に案内してくれた。そこを歩いて行けば見慣れた後ろ姿が見えて声を掛ける。新しい衣装の彼女はあたしを見て駆け寄ってきた。
「それがこの前言ってた衣装!?すごいね!めっちゃかっこいい!!」
「‥‥‥ありがとう‥‥ございます‥‥‥‥」
照れたような態度をとる燐子ちゃん。少し染まった頬も見慣れてしまったものだ。
「‥‥‥新田さんに‥‥‥一番最初に‥‥見てほしくて‥‥‥‥‥‥どう、ですか‥‥‥?」
軍服を模した衣装はとてもかっこよくて、普段の大人しい雰囲気から大人っぽさを感じ取れる。売り物として出ていたとしても申し分ない出来だろう。
そして何より燐子ちゃんに似合っていた。
一番最初にあたしに見てほしかったという言葉にグッと来てしまう。相談に乗っていてよかった。この衣装を先に見られたという事実が嬉しくて仕方ない。
「すっごい似合ってる。かっこいいよ」
笑顔で言えば返って来たのは微笑みとお礼。
本当にこれを作れてしまうのはプロと言ってもいいだろう。
「にしてもRoselia、人気なんだね。開演、一時間も前なのにあんなに人来てるなんて思ってなかったから驚いたよ」
「そ‥‥そう、でしょうか‥‥‥?」
「うん。あたし初めてライブハウスに来たからさ。いつもあんな感じなの?」
「‥‥‥そう、ですね‥‥‥毎回‥‥あれくらいは‥‥‥入っている‥‥かと‥‥‥」
マジか。あたしすごい人と知り合いなんじゃない?
燐子ちゃんも実はすごい人なんじゃない?
それを素直に伝えれば「そんなことないです」と謙遜した答えが返って来た。
「白金さん。何してるんですか」
「あれ?紗夜ちゃん?」
燐子ちゃんの名前を呼んだのは隣のクラスの氷川紗夜ちゃんだった。紗夜ちゃんと同じクラスになったことはないけど委員会の関係もあってわりと仲は良い方。まあ一番仲が良いのは姉妹の方だけど。
なぜか燐子ちゃんの作った衣装を着て楽屋から出て来る姿を見て疑問を抱く。
「新田さん?どうしてここに?」
「それはあたしのセリフだよ。なんで紗夜ちゃんがここにいるの?誰かの応援?」
「私は出演者です」
「‥‥氷川さん‥‥‥新田さんは‥‥私が‥‥‥」
「そうですか」
「は?え?ちょ、待って!」
あたしの声に紗夜ちゃんが「どうかしましたか?」と真面目なトーンを送る。そんな当たり前のような対応にあたしは脳を回転させた。
え、出演者?出演者って言った?え、どゆこと。紗夜ちゃんがバンドに所属してるってこと?‥‥‥え?
そんなあたしの困惑具合を読み取ってか燐子ちゃんが助け船を出す。
「‥‥‥氷川さんは‥‥Roseliaの‥‥ギター担当‥‥‥ですよ」
「‥‥‥マジ?」
「‥‥‥はい‥‥‥」
なにその一面聞いてない。紗夜ちゃんがギターできるなんて初めて聞いた。あの真面目な風紀委員がギターなんて誰が弾いていると想像しただろう。ギターは偏見だが、あたしは高校デビューした男がモテたいって理由で始めるイメージ、言ってしまえばちゃらちゃらした印象を持っている楽器だと思っている。
それを風紀委員で真面目で堅物の紗夜ちゃんが弾いているだなんて。
あたしには衝撃が強すぎた。
「白金さん。そろそろミーティングが始まりますので来てください」
「‥‥‥はい‥‥‥新田さん‥‥‥また後で‥‥‥」
「う、うん。またね」
楽屋に入っていく二人の背中を見送って、あたしは来た道を引き返した。
緊張している雰囲気をあまり感じられなかったのが個人的にはすごく意外だった。
♢♢♢
ライブハウスはオールスタンディング。話には聞いていたけど本当にそうだったとは。
開演数分前。ステージに近い方からほぼ満員。人が多いから後ろからステージを眺めているのだが既に熱気や胸の高鳴りでいっぱいだ。
前の方に行けば行くだけ人が詰まっていて苦しそう。身長の低い人たちは人の間からステージを覗くようにしていて身長が高くてよかったと心から思う。
周りはもう既にペンライトの電源を入れて光らせていて、あたしも準備をする。
確かメンバーによって色が違うとか言ってたっけ。どの色が誰かわからない。ちゃんと聞いておけばよかった。
とりあえず、適当にカチカチと色を変えて気に入った白色を振ることにした。
歓声が聞こえた。目を向ければ燐子ちゃんや紗夜ちゃんを含めた五人がステージに立っていた。それぞれが担当の楽器をもって軽く音を出す。
それだけの行動に何故か周りは盛り上がっていて、あたしはただ困惑するだけだった。
「皆さんこんばんわ。Roseliaです。早速ですが、一曲聞いてください」
ボーカルのクールな銀髪の女性がそう言えば演奏が始まった。
開始早々ギター、ベース、キーボード、ドラムの四つが組み合わさる。とても速い曲。それが第一印象。ギターとドラムの主張の激しい曲。紗夜ちゃんやツインテールの子の手元は忙しなく動いていた。一般人のあたしはとても難しそうだという印象を与える。
だがそんなアップテンポで難しそうな曲にもかかわらずボーカルの彼女は何事もなくかっこよく歌っていく。力強くて芯のある歌声。すごく惚れ惚れした。
二曲目は先ほどより落ち着いた曲調で始まった。それに伴ってボーカルもクールさを残しつつ柔らかな歌声をしていた。パフォーマンスもさっきより多くて見ていて楽しい。楽器隊も一曲目より激しい動きはしていないからその分観客に笑顔を向けたりしていた。
コーラスにも度々入っていてその声がライブハウス内に響き渡る。
三曲目は一曲目二曲目とはまた違った明るさを感じる曲だった。イントロでドラム以外のメンバーがジャンプしている姿が可愛くて仕方ない。観客がペンライトを赤に変えているのには理由があるのだろう。誰かの持ち曲だろうか。
聞いていれば間奏の部分でベースソロがあった。客観的に見てもそこが一番盛り上がっていたしボーカルの女性にセンターに連れて行かれて歌っていたのだからきっと彼女の持ち曲なのだろう。
四曲目。これが最後だと言っていた。観客から残念そうな声が漏れる。後にも三バンド控えているのだから仕方ないことだろう。ボーカルの女性はこのバンドを表す楽曲だと言っていた。
ギターとドラムから始まったその曲。あたしが目を惹かれたのはボーカルの女性が歌い始めた時の燐子ちゃんだった。そのパートは弾いていないからか、始めたのは軽いパフォーマンス。普段なら恥ずかしがってやらないだろう。
美しくて、色っぽくて、誰に向けているのかわからないその瞳。一瞬こちらを見て笑った唇が艶っぽくて、いつも見ている燐子ちゃんではない、ライブ限定の燐子ちゃんの微笑みがそこにはあった。
目を奪われ、離せない。
キーボードを弾いている姿が優雅で、楽しんでいるのか薄笑みを浮かべていて、リズムに乗っていて。ボーカルの女性と同じ動きをしているところがイタズラっぽくて。
今日初めて見るソロパートがあった。一人一人が感情をこめて歌うそれの最後を飾った燐子ちゃん。マイクを通してその歌声があたしたちに届く。
綺麗だと、そう素直に思った。
美しくて、声にならなかった。
ただ、ずっと見ていたかった。
そう思えるほど彼女は魅力的だった。
こんな一面知らなかった。
知らない一面を見るだけでこんなにも心が躍るのだと知らなかった。
もっと、知りたいと思った。
曲が終わってRoseliaはステージから捌けて別のバンドが入っていく。集中できていたのだろうか。どのバンドが出て来ても考えることはRoseliaの、燐子ちゃんのことばかり。
ライブが全て終了した後も、あたしの中には熱気と胸の高鳴りが残ったままだった。