この心も縫い上げて   作:茜崎良衣菜

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あたしの特等席

 

 

 

「燐子ちゃん!ライブ良かったよ!すっごくかっこよかった!!」

 

 

 

ライブ終了後。楽屋から出てきた燐子ちゃん、紗夜ちゃんと合流したあたしはライブの感想をつらつらと並べていた。興奮気味に話すあたしに微笑みながら感謝を伝える燐子ちゃんと紗夜ちゃん。

だが感謝したいのはあたしの方だ。あんなに素晴らしいものが見られるだなんて思っていなかったのだから誘ってくれた燐子ちゃんには感謝しても足りない気がする。

 

 

 

「紗夜ちゃんも凄かったね!まさかあんなにかっこよくギター弾けるなんて思ってなかった!すっごくかっこよかったよ!!」

 

「あ、ありがとうございます。そんなに褒めてもらえるとは思ってませんでした」

 

「褒めるよ!いくらでも褒められるもん!」

 

「それはやめてください」

 

 

 

あれを見て、褒めない方がおかしい気がする。

普段の真面目すぎる紗夜ちゃんしか知らない人が見たら狼狽して腰抜かすレベルだ。

紗夜ちゃんを真面目なだけでつまらないと思う人もいることだろう。けどこれを見てもらえたらただ真面目なだけじゃなくて熱いものを持ってる人だってことがよくわかる演奏だったと思う。

 

正直、ギターをちゃらちゃらした楽器だと思っていた自分を殴りたい。

ギターはものすごくかっこよくて、弾いている人の心を全面に押し出せる楽器。紗夜ちゃんもきっとそこに惹かれたんだろう。

 

 

 

「紗夜さん!りんりん!こっちの片付け終わりましたよー!」

 

「宇田川さん、ありがとうございます」

 

「‥‥‥あこちゃん‥‥ありがとう‥‥‥」

 

「あぁ!さっきドラム叩いてた子だ!ちっちゃくて可愛い!!」

 

 

 

楽屋から出てきたのはRoseliaのドラムを担当していた子。トコトコと無邪気な笑顔を向けながらこちらに向かってくる。

ドラムを叩いている時は正確にリズムを刻んで笑顔でかっこよく叩いていたのだから大人かと思っていたが身長はあたしよりも十センチ以上は低いうえに幼い。おそらく年下だろう。想定外だった。

 

だが、年齢など関係ない。あたしはその子に詰め寄ってその手を両手で握る。

 

 

 

「キミ!すごかったよ!すっごくかっこよかった!」

 

「ほんと!?世界一かっこよかった?」

 

「世界一だった!最高だった!あたしファンになっちゃったよ!」

 

「えぇ!?あこにファン!?え、えへへ‥‥照れちゃうよぉ」

 

 

 

可愛い。

 

 

 

「あたし新田かな恵。キミ、名前なんて言うの?」

 

「宇田川あこって言います!」

 

「あこちゃん!名前も可愛いね!」

 

「えへへ。ありがとうございます!」

 

 

 

可愛すぎる妹にしたい。

お持ち帰りしちゃいけませんか?

 

 

 

「あれ?ライブ見に来てた人じゃん。あこの知り合い?」

 

「紗夜。燐子。あこ。無駄話してないで帰るわよ」

 

 

 

そんなあたしの思考回路をぶった切ったのは楽屋の中から出てきたベースを弾いていたギャルとボーカルの女性。

ギャルの人の言葉に驚く。あんなに人がいたってのに一番後ろで見ていたあたしのことを覚えているだなんてどれだけ周りを見て、記憶しているのだろうか。

そう疑問を抱きつつも、かみ合わない両極端な発言に思わず首を傾げてしまう。

 

 

 

「宇田川さんの知り合いではなく白金さんの知り合いですよ」

 

「ちょ、紗夜ちゃん酷くない?あたし紗夜ちゃんとも知り合いなのに」

 

 

 

まるで燐子ちゃんとだけ知り合いみたいな言い方じゃないか。

紗夜ちゃんだってあたしの友達なのに。

 

 

 

「そうなんだ。アタシ今井リサ。Roseliaのベース担当してるんだ。よろしくね~。ほら、友希那も挨拶しなよ」

 

「あなたたち、話すのはいいけれど外でやって頂戴。スタッフさんたちに迷惑でしょう」

 

 

 

友希那と呼ばれたボーカルさんの言う言葉も頷ける。

その言葉に従ってあたしたちは荷物をもってライブハウスから出た。

 

 

 

時間も遅いということもあって今回のライブの反省会は別日にするという会話をしているのを聞いた後、あたしは燐子ちゃんと一緒に帰ることにした。

あこちゃんのことは紗夜ちゃんが責任をもって送るらしい。紗夜ちゃんが送るというのなら安心だ。

 

 

 

 

一緒に歩いて帰りながら今日のライブのことやRoseliaのことについて色々話した。

恥ずかしながらあまり知らないメンバーのことについても丁寧に教えてくれた。

 

 

 

ボーカルのクールな女性は湊友希那ちゃん。Roseliaの発起人で羽丘女子学園の二年生。正直大人だと思っていたから同級生だという事実に驚いてしまう。

歌姫であり、皆彼女の歌声を聞いてバンドに入ることを決意したらしい。歌はライブで聞いたからこそ、その発言には納得がいった。確かにあの歌唱力と感じるカリスマ性から、あたしが楽器をやっていたら彼女のバンドに入りたいと思うかもしれない。

 

 

赤いベースのギャルは今井リサちゃん。同じく羽丘女学園の二年生でボーカル友希那の幼なじみでRoseliaの抑制剤。よく友希那ちゃんと紗夜ちゃんがピリピリした空気を出すからそれを和ませているらしい。一度リサちゃんが練習に来れなくなった時は大変だったとかなんとか。

よくクッキーを焼いて持ってくるのだがそれが絶品らしい。ただRoseliaのレベルに自分が追い付いていないと努力することは一度も怠っていないとか。正直中身を知るとギャル感ゼロである。

 

 

ギターの真面目風紀委員、氷川紗夜。紗夜ちゃんのことは知っているつもりだったが、ギターを始めたきっかけは双子の妹に負けたくなかったから。最初の頃はリアル妹であるあこちゃんの態度に苛立ちを覚えて怒鳴りつけていたという。今では仲良しらしいが、正直あの紗夜ちゃんがあこちゃんに怒鳴るところなんて想像ができない。

Roseliaに入ったことで妹への意識や接し方も色々変わって来たんだとか。

 

 

ドラム担当はキューティエンジェル宇田川あこちゃん。別のバンドでドラムをやっているお姉さんに憧れてドラムを始めたらしい。目標はそのお姉さん。話に聞いたところお姉さんは身長も高くてかっこいいそう。

あこちゃん自身かっこいいものが好きで、よく中二台詞を言うらしい。そのセリフは主に燐子ちゃんが考えているんだとか。

 

 

 

 

 

そんなメンバー紹介をした後に話してくれたのはRoseliaができたきっかけである、Future World Fes、略してFWFのこと。

友希那ちゃんのお父さんの願い。友希那ちゃんの想い。そしてメンバー全員の想いが一つになって今ガールズバンド界の頂点を目指して日々奮闘中。

 

そう燐子ちゃんは言っていた。

 

 

 

いつもの頼りない、恥ずかしそうな、自信のない表情はしていない。

その夢が叶うと信じて、メンバーを想って、ただまっすぐ進もうとする意志。

 

 

 

知らない燐子ちゃんを見るのは今日で何度目だろう。

 

 

それを見る度にあたしは彼女を知りたいと思う。

彼女に対する気持ちが強くなっていくのがわかる。

胸の高鳴りが日に日に増えていく。

 

 

そんな燐子ちゃんの姿を近くで見ていたいと思うことは変だろうか。

話すようになったのはここ最近。偶然見つけた共通の趣味。クラスも違うから学校で話すことなんてほとんどない。あたしたちの関係性を知ってる人たちなんて、片手程度の人数しかいない。

 

それでもあたしにとっては大切な友達。

過ごした時間の長さなんて関係ない。

過ごしてきた一瞬の時間と内容の濃さ。

 

運命かのように出会ったあたしたち。

これは神様からの贈り物かな。

人間不思議なもので知れば知るほどその人をもっと知りたくなる。

 

 

すぐに照れる燐子ちゃんも、落ち着いている燐子ちゃんも、微笑んでいる燐子ちゃんも、かっこいい燐子ちゃんも、可愛い燐子ちゃんも、綺麗な燐子ちゃんも、何もかも。

 

 

あたしはもっといろいろな表情をした燐子ちゃんを見ていたい。

 

 

 

「ねえ、燐子ちゃん。次の休みの日、一緒に買い物行かない?」

 

 

 

だからあたしはずっと貴方の隣にいたいよ。

特等席で、最高の、今しか見られない表情をたくさん見せて。

 

 

 


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