「あっ!来た来た!りんりーん、かな姉!」
「……おはよう…あこちゃん……」
「おはよ。あこちゃんは今日も元気だね!」
前に話した予定通り、あたしたちはNFOのコラボカフェに行くために駅前に集まっていた。
先に駅についていたあこちゃん、そして駅に行く前にあたしの家に燐子ちゃんが来ていたから一緒に来たあたしたち。合流次第それぞれが言葉を零していく。
ちなみにあこちゃんはあたしのことを「かな姉」と呼んでいる。
初めて呼ばれた日に理由を聞いてみたら「お姉ちゃんみたいだから」だとのこと。
聞いた話にはお姉さんが一人いたはずだ。これ以上姉が欲しいんだろうか。わからないけどその純真無垢そうな表情を悲しげなものに変えたくはなかったから了承しておいた。呼ばれて嫌な気もしないしいいだろう。
「ね、早く行こう!あこ待ちきれないよ!」
「ちょ、落ち着きなって。そんなに急がなくても貰えるアイテム?は変わらないってHPに書いてあったし?」
「それはそうだけどー!あこは早く行って早くコラボメニュー食べたいの!」
あこちゃんは今すぐに行きたい様子。本当に子供らしくて可愛い。
燐子ちゃんを見れば同じことを思っているのかそんなあこちゃんを見て微笑んでいた。
まるであこちゃんがあたしたちの子供みたいだ。
「それじゃあ行こっか」
「……そう、ですね……」
「れっつごー!」
異様にテンションの高いあこちゃんに手を引っ張られながらあたしと燐子ちゃんは人混みの中に姿を消していった。
「案外普通のカフェなんだね」
店内に入って店員さんに席に案内されて。店内を見渡してみて最初に思ったことはそれだった。
NFOは剣や魔法が交差する世界。言わばファンタジー系のゲームだ。だからコラボカフェというのもそんな雰囲気を漂わせているのだろうと勝手に思っていた。
だがそんなことはない。内装はどこにでもありそうな雰囲気のいいカフェ。コラボのためだけに一時的にこの場を貸している感が出ている。それでも所々にNFOで見たことのあるモンスターがいるからコラボしていることはなんとなくわかった。
「……まあ……どこもそんなもの…ですよ……」
「へぇー。そうなんだね。初めて来たからさ」
「でもでも、コラボメニューはすごいクオリティなんだよ!ほらこれとか!」
そう言ってあこちゃんが指したメニューには「レッドドラゴンを討伐せよ」と書かれたプレートがあった。
レッドドラゴンとはNFOで旅をしていると一番最初に出てくる大型ボスだ。あたしも最近出てきて、ぼこぼこにされた。あの時はあまりにも初心者に向いてないレベルのボスで腹が立って、即燐子ちゃんに泣きついたものだ。
あたしはこいつにゲーム内最大の恨みがあると言っても過言ではない。遠慮なく討伐させてもらおう。
他にもメニューを見ていたら「ホイミスムージー」や「エレキドラのハンバーグ」等々、NFOに出てくるモンスターやらアイテムやらを模した商品がたくさん揃えられていた。出てきた商品のクオリティも高い。これはゲーム好きにはたまらないだろう。
「いや~美味しかった楽しかった」
「ほんとだよ!限定の装備も手に入ったしあこ満足!」
「……よかったね…あこちゃん……」
二人もだいぶ満足しているみたい。その笑顔を見るだけで来てよかったと思える。
このシリアルコードはどうやったら使えるようになるんだろう。あとで燐子ちゃんに教えてもらわなきゃ。
「ごめん、あこお手洗いに行ってくるね!」
「わかった。じゃあ先に外出てるから」
あこちゃんと別れ、あたしたちは店の外に移動する。店の入り口付近に固まっていたら他のお客さんの迷惑になるんじゃないかと思ったあたしは店からちょっと歩いた。ここなら店の外に出てすぐだし他のお客さんの迷惑にもならないだろうと思った。
「……新田さん……今日は、付き合ってくれて…ありがとう、ございます……」
「いいよ全然。あたしも最近NFO始めたし楽しかったからさ」
「……そう言ってもらえると……嬉しい、です……」
微笑む燐子ちゃん。それが少しだけ嬉しくて、笑い返した。
「そう言えば燐子ちゃん。このシリアルコードなんだけ、うわっ!」
「っ!?…きゃっ!」
燐子ちゃんにシリアルコードのことを聞こうと一歩動いたら自分の足に足を引っかけてバランスを崩す。それだけならよかったけど目の前には燐子ちゃんがいて、そこに倒れてしまった。突然のことに支えられるわけがなくて燐子ちゃんまで被害を受けることになった。
「ご、ごめんね燐子ちゃん!だいじょう___」
身体を起こして謝罪の言葉を言って、それが途中で喉に引っかかる。
あたしの下敷きになっていた燐子ちゃんの顔が真っ赤に染まっていた。顔をあたしから逸らして、何か言いたそう。
なに、その表情。さいっこうに可愛いんだけど。
初めて見るその顔に何故かあたしの口角は上がっていて企んだ笑みを浮かべていた気がする。
燐子ちゃん、可愛いな。こんな顔を見たことあるのってあたしだけ?あたしだけしか見ていないのなら。
「……っ、新田さん……は、ずかしいので…早く退いて……」
「え……?」
チラッと横目で見られ、ずかしいと言われ何事かと思って。
そしてあたしは自分の置かれている状況を理解した。
「ご、ごごごごめん!!」
あたしは勢いよく燐子ちゃんの上から退いた。動揺が隠し切れない。
まさか無意識に燐子ちゃんのこと押し倒していたなんて。いくら不可抗力とは言えここは外だし人がいないわけじゃない。
周りにいた人たちがひそひそ何か話しているのが分かる。
とりあえず燐子ちゃんに手を差し出せばそれを取って起き上がってくれた。
「りんりんとかな姉こんなところにいたんだね!あこ探しちゃったよー!」
「あ、あこちゃんおかえり!」
「あれ?なんか二人とも顔赤くない?」
「き、気のせいだよ。ほ、ほら!今暑いからさ!」
「……あこは全然暑くないんだけど」
そりゃあそうでしょうね!
けど本当のことを言えないあたしたち。こんな適当な言い訳でもあこちゃんは追求することなく帰路に着くことになった。
「ね、かな姉。今日のコラボカフェ楽しかったね!」
「そうだね」
「りんりんも楽しかった?」
「……うん…楽しかった、よ……」
あたしと燐子ちゃんの間にあこちゃんが入って会話を成立させてくれる。きっと二人きりなら無言のまま終わっていたことだ。動揺しすぎてありきたりな返事以外返せないけど。
ふと横目で燐子ちゃんの方を見る。すると彼女もちょうどあたしのことを見ていたらしく視線が交わった。それが、なんだかいつもとは違う表情に見えて咄嗟に逸らす。
「あっ。もう分かれ道に着いちゃった……」
悲しそうに呟くあこちゃんの前には二つの道。あたしと二人いつもここで分かれる。全然話していなかったのに早いものだ。
帰らないなんて選択肢はないのだからあたしは右の道へ向かうために足を向ける。
「じゃあまたね」
「うん。またねかな姉!」
「……また…明日……」
「……っ」
いつもと変わらないやりとり。
いつもと変わらない言葉。
そう、何一つ変わったことはない。それなのに。
どうして君の微笑みにあたしは胸が高鳴ってしまうんだろう。
答えは、すぐには出なくて。身体中を支配する動悸を感じたまま家までの道をひたすら走った。