ずっとあの子のことを見ていた。だから、その変化にも気づいてしまったのかもしれない。
「燐子ちゃん、なんだか上の空って感じだけどどうしたの?」
お店の中を見て回っている時の燐子ちゃんの表情がいつもと違った。何かに悩んだような顔。けど何故か雰囲気的に衣装作りに悩んでいるという感じではなくて何か別のことに悩んでいるんだと思った。服を見てるのはそれをなるべく考えないようにしているみたいに見えた。
あたしの指摘に燐子ちゃんは一度こっちを見て、また服に視線を戻す。これは話してくれるまでに時間がかかりそうだと思った。
「まあ、燐子ちゃんが話したくないって言うなら無理には聞かないよ」
「……そういうことじゃ……ないんです……」
燐子ちゃんは服から目を離し周りをキョロキョロ見回す。誰もいないことを確認してあたしのいるレジまで足を進めた。
「……あの……新田さん……」
「なーに?」
「……新田さんは、その…………恋ってしたこと……ありますか……?」
「……へ?」
こ、恋?なんでそのあたしにとってめちゃくちゃタイムリーな話題を出すのかなこの子は。
「あ、あるけど……それがどうかしたの?」
「……そ、それって……どういう感じ……ですか?」
それはどういう意図の質問ですか!?え、本当にどうしたの燐子ちゃん。だってそんなこと聞かれたこともいいそうな雰囲気もなかったじゃん?何事。
「ど、どういう感じ……?」
「……か、感覚と、言いますか……どんな感情を、抱いているのかと……思って……」
これは興味として聞いているのかな?それとも__。
「……そうだね。これはあたしの場合なんだけど。
その子の隣にいられるだけで幸せで。
話しているだけで楽しくて。
知らない表情を知るたびに嬉しくなって。
その子が何かをするのをいつも近くで見ていたいなって、そう思うんだ」
どちらにせよ、恋をしたことがあるということがバレた段階で聞かれたのだから答えてあげなければいけない。想定外のことでもあたしを頼ってくれているのは嬉しかった。
「……新田さんは……好きな人が、いるんですか?」
「へ!?な、なんで?」
「……とても……いい笑顔で話しているので……」
そんなつもりはなかったけど燐子ちゃんにはそういう風に見えていたらしい。微笑む燐子ちゃんに顔が熱くなった。こんな形でバレるなんて想定外だ。
「そ、そんなことないって!それより燐子ちゃんはどうしてそんなこと聞いてきたの?」
「え……!……そ、それは……ろ、Roseliaで、恋愛ソングの話題が出て……恋がどういうものか……気になって……」
なるほど。Roseliaでもそんな話になるんだ。あのボーカルの人が恋愛ソングを歌うイメージ全然ないや。あたしはにわかだからよくは知らないんだけど。
「そうだったんだ。けど燐子ちゃん恋人とかいそうなのに」
そのポジションはあたしが欲しい。そう思うのはわがままかな。
「っ……そ、そんなこと……!」
「そんなことあるよ?だって燐子ちゃんかわいいし、話しやすいもん。それにキーボード弾いてるときはかっこいいじゃん。そのギャップにやられて燐子ちゃんを好きな人になった人結構多いと思うよ」
あたしもその一人だ。燐子ちゃんがここを訪れてくれなかったら絶対に交わらなかった縁。あたしが興味を持つことがなかったら誰かを好きになることもなかったかもしれない。それくらいあたしにとって燐子ちゃんは大切だから。
「あははっ。まあいないんならいいけど、いつか好きな人ができたなら教えてね」
あたしの言葉に燐子ちゃんは赤い顔で頷いた。
明日もまた、こんな何でもない日常が来ることを望んでいる。
♢♢♢
その日は店番がなくて、放課後の教室で一人日直という名の作業をしていた。黒板を消し終わったから日誌にペンを走らせる。日直の作業で辛いことは特にない。ただ面倒ではあるから早く終わらせて帰りたかった。
窓際の席に座るあたしはペンを止めて視線を窓の外に移す。陸上部の生徒たちが元気よくグラウンドを走っていた。
運動をするのは嫌いじゃない。だけど自らやろうという気にはならないのが本音だった。
そんな時、目に入った彼女の姿。正門まで駆けていくその後ろ姿から目が離せない。もう帰っていたんだと思っていた。けどまだ残ってたんだ。それなら一緒に帰りたかったな。
「って、あれ……?」
燐子ちゃんは正門から帰る様子はない。周りをキョロキョロ見回して、スマホで誰かにメッセージを送っているみたいだ。誰かと待ち合わせでもしていたのだろうか。気になって様子を見守る。
しばらくして正門に現れたのはあこちゃんだった。あこちゃんと約束をしていたらしい。あこちゃんは笑顔で手を振っている。燐子ちゃんも手を振り返していた。
知らない笑顔。それに胸が締め付けられた。
あぁ、そっか。燐子ちゃんの言葉の意味はそれだったんだね。知らなかったよ。
あたしは、とんでもない勘違いをしていたんだ。
自嘲気味な乾いた笑い声が教室内にこだました。
♢♢♢
「あっ!かな姉!やっほー!」
「あこちゃん?いらっしゃい。どうしたの?」
休日、店に現れたのはあこちゃんだった。彼女がこの店に来るのは少なくともあたしが店番をしている時には初めてのこと。あこちゃんは店の扉を閉めてあたしに近づいてくる。
見るからに一人のようで、衣装係ではないあこちゃんが一人この店に来るなんてどうしたのだろうと素直に疑問が頭をよぎった。
「かな姉、あこに似合う洋服ってどんなのだと思う?」
「唐突だね。どうしたの?」
「新しい洋服が欲しくて。かな姉ならあこに似合う洋服選んでくれると思って!」
あぁ、どうしよう。こんなに嬉しくない洋服選びは初めてだ。
無邪気な笑顔はあたしに向けられている。信頼させているのが目に見えてわかった。
「……あこちゃん。あこちゃんは燐子ちゃんのこと好き?」
「え?りんりんのこと?もちろん好きだよ!」
これは友達として、かな。それとも燐子ちゃんと同じ意味で、かな。どうだろう。
あたし、着物の仕立て方はわからないや。どう作るのかも、どんな道具が必要なのかも、よく知らない。
燐子ちゃんは、知ってるのかな。
「そっか。大切にしてあげなよ?」
「……?うん、わかった」
多分知らないなら知らないでそこに惹かれたのかもしれない。
違うか。あこちゃんは燐子ちゃんのこと理解してるんだもんね。
あたしよりも長い付き合いだし普段も一緒にゲームしたりしてるんだし仲良しだし。
素材を知ってるから、生かせるんだよね。
燐子ちゃんは、作るの得意だもん。
人間関係も隙間を少しずつ上手く縫って距離を詰めて。
お似合いだよ二人は。
あたしはちゃんと笑えていただろうか。
自分じゃ、わからないや。