遠坂姉妹の物語   作:燐酸

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第0話 十一月 始まり

その日はきれいな満月の夜でした。

先輩に呼ばれて縁側に向かいます。

「今日の浴衣どうですか?」

「今日も綺麗だよ、桜」

「ありがとうございます、先輩」

 

以前、家の掃除をしていたら浴衣を見つけました。藤村先生に聞いてみると、先輩のお義父様のだそうです。

『浴衣姿の切嗣さん、かっこよかったなー。そうだその浴衣、士郎に着てもらったらー』

先輩は渋りましたがお願いしたら、着てくれました。いつもよりも先輩は素敵でした。そうしたら藤村先生、私も着なさいとおっしゃるのです。

『桜ちゃんいいねー似合うわよー』

 藤村先生に借りた浴衣。ちょっと恥ずかしいけど、先輩と同じ寝間着。なんだか嬉しくて、それから浴衣がマイブーム。

 

 浴衣姿の先輩の近くに座ります。いつもならもっと側に行きますが、今日はなんだかためらわれます。なぜかというと先輩が物寂しい目をしていたから。

 

 先輩がポツリとこぼします。

「こんな月だったな、正義の味方になるって決意した時も」

 それは私が壊してしまった先輩の大事なユメ。本当は私は先輩に処分されるべき人間だった。それなのにユメを捨ててまで、私を守ってくれた。

「後悔してるんですか...私を助けたこと」

「桜を助けることができて、後悔するわけないだろ。ただ少しだけ爺さんに申し訳ないなって」

じゃあなんでこんな話を私にするんだろう...

「でもやらなきゃいけないこと……いや、やりたいことがあったんだ」

「何でしょうか……」

「あの雨の日。傷ついた桜を見て思ったんだ。桜を守りたいと。でも……」

 

 先輩は言葉を止めます。

 やっぱり私じゃダメなんでしょうね。

 

「でも違ったんだ、元々桜が俺にとって一緒にいて欲しい人だったんだ……。だから、何があっても桜を守り続ける、側に居続ける。だから――」

 

 

  結婚しよう、桜

 

  先輩は、きれいな桜色のダイヤの指環を差し出しています。

 待ちに望んだその言葉。先輩の暖かさをずっと感じとることができる権利。でも……

「私にそんな資格があるんでしょうか……」

「誰がそんなことを決めた?俺は桜に幸せになって欲しい。ずっと笑顔でいて欲しいんだ」

 私にかけられる優しい言葉……

「私が幸せになってもいいんでしょうか……」

「ああ、俺が桜を幸せにする。かわりに桜には俺を幸せにして欲しい」

「こんな私で、先輩はいいんですか……?」

 聞いてはいけないことを聞いてしまいます。それでも先輩は、

「ああ桜が好きだ。だからずっとそばに居てくれないかな、桜」

  先輩はこんなにも私を大事に思ってくれています。だから覚悟を決めなきゃいけません。何があっても先輩とともに生きると。

 

  私は先輩の側に座り直します。そして左手を差し出しました。

「先輩……」

 先輩は私の左手をとって、薬指に指環を通してくれました。

「ありがとう、桜。愛してる」

「一生そばにいましょうね、先輩」

 

 

  わたしも……わたしも愛してます!!

 

 

 先輩の胸に飛び込んで泣くことにしました。

 

 

 

 翌朝、目が覚めると目の前に先輩の寝顔がありました。あのあと先輩と離れたくなくて同じお布団に潜り込んだのです。そこはあるのはいつもよりもっともっと心地良い暖かさでした。

 今は朝六時、今日は私の方が早く起きました。先輩も早起きなので最近は私が起こしてもらうことも多いです。

「おはようございます、先輩」

 さっそく先輩に起きてもらいます。昨日までとは違って薬指に指環をはめながら。

「おはよう、桜」

 先輩も起きました。起きたところでいきなり口を重ねに行きます。先輩はびっくりしたようです。

「おはようございますのキスです。ダメでした?」

 先輩は首を横にふります。

「もう一回いいですか」

「いいよ」

 もう一度重ねます。ほんとはもっとキスしたかったけど、止まらなくなりそうなので

「朝ごはん作りますねか」

「ああ……、桜」

 今度は先輩に呼び止められて、三回目。今度は私がびっくりする番でした。

 

 

 あれからそろそろ四年になります。たくさんの人を傷つけた聖杯戦争。あの時、私は一人ぼっちになってしまうかと思ったけど、優しい人たちが迎えに来てくれました。

「先輩、朝ごはん出来ましたよ」

「いつもありがとう、桜」

「おっはよー、今日は何?」

「いつもいいタイミングで来るな、藤ねえは」

 今日も私一人で朝御飯を作ります。それが私の大事なお仕事だから。

 間桐の家で一人ぼっちになった私に藤村先生は、

『ここに住めばいいじゃない。手続きはお爺様にお願いするわよ』と、おっしゃってくれました。

『先輩に迷惑じゃありませんか……?』

『大丈夫よ、私が保証する。士郎は優しいもの。桜ちゃんが一人ぼっちならここに住めって言うわよ、士郎なら』

『いや、でも……』

『あーもう!家主代行として命じます。間桐桜さん、この家に住んで私にご飯を作りなさい!』

 結局帰ってきた先輩もあっさり事後承認してくれました。それ以来このお屋敷が私の家。

 

「桜ちゃん、やっぱり腕あげてるわね」

「はい、毎日作ってますから」

私はこの家のことを先輩に任されています。以前先輩と話したことです。

『桜、いつまでここに住むつもり?』

『やっぱり早く出ていった方が良かったですよね……』

『そうじゃなくて、桜がいつまでここに住みたいか聞いているんだ?』

『えっ……できればずっと先輩と一緒がいいです』

『最初からそう言って欲しかったな』

と言って 、先輩は私の髪の毛をぐしゃぐしゃにしました。

『桜にこれの管理任せてもいいかな』

先輩が差し出したのは一冊の通帳。

『なんですか、これ?』

『爺さんの遺産』

『お義父様の?何かあったんですか?』

『俺たちの生活費にしようと思って。桜なら安心して任せられる』

『私でいいんですか?』

『他に誰がいる?桜しかいないんだが』

『はい、がんばります』

 先輩に信頼されている。だから私は先輩に恩返しがしたいのです。先輩は自分もやると言ってくれますが、無理を言って家事を全て私にやらせてもらっています。

 

「じゃあ私、授業の準備があるからもう行くねー。桜ちゃん、今日も美味しかったよ、晩御飯も期待してるから」

「はい、お任せ下さい」

嵐のように藤村先生が出発したら、あとは先輩と二人きり。

「食器下げちゃいますね」

「ああ手伝うよ、桜」

「はい、お願いします」

 先輩とゆったりとした朝の時間。

「今日、姉さんが帰ってくるので迎えに行ってきますね」

「ああ、わかった。遠坂のやつ突然帰国するなんてどうしたんだか」

「私もビックリしたんですよ。ロンドンで何かやっちゃったんですかね」

「なんかあり得そうだな。それで国外逃亡」

「ははは……」

二人して苦笑いするしかありません。

「それでですね……先輩……昨日のこと、いつみんなに報告しますか。 今日なら、姉さんと藤村先生、ライダーもそろうと思うんですよ」

「じゃあ今日の夜にするか、出来る限りの早く帰るよ」

「はい、わかりました。それなら今日のお夕飯は私が腕をふるって作りますね」

「ああ悪い、最近家のこと桜に任せっきりだな」

「いえ、先輩のためならへっちゃらです。だから……その……いっぱいほめてほしいです……」

 本当は愛してほしいけど、素面で言うのは恥ずかしいのでこれくらい。でも先輩は優しいから、欲しくなったら、その場でおねだりすればいいかなって……。

 

「じゃあ行ってくるよ、桜」

「はい、先輩。これお弁当です」

 お弁当を渡した後、先輩に軽く抱きついいて、頬にキスをします。

「行ってらっしゃい、先輩」

「行ってきます、桜」

 

 先輩を見送った後は、姉さんが帰ってくるのでその準備。最近遠坂のお家は掃除ができていないので、できればこの家に泊まってもらいましょう。なのでこのお屋敷のお掃除を終わらせて、買い出しに行きます。今日のメニューをどうしようかと考えて、肉じゃがに決めました。先輩が和食で敗けを認めた私の自信作。姉さんにも食べてほしいから。

 夕方。そろそろ姉さんの約束の時間なので新都の駅に向かいます。

「あっ、ねえさーん」

 ちょうどタイミングよく姉さんの乗った電車が来たようなので、ほとんど待たずにすみました。

「ひさしぶりね、桜」

「はい、お久しぶりです、姉さん」

 帰り道、姉さんと現状確認のお話。

「悪いわね、私の土地の管理を押し付けて」

「いえ、遠坂と間桐の資産管理まとめてやってるのでへっちゃらです。藤村先生の実家にも手伝ってもらってますし」

「なら、安心したわ」

 

「姉さん、今日は私の家に来てください。」

「どうして?」

「あはは...。姉さんごめんなさい。最近わたしも先輩も忙しくて、遠坂のお家、掃除に行けなかったんです。それに姉さんや藤村先生に伝えたいことがあるんです」

「そういうこと、ならお邪魔させていただこうかしら」

 遠坂の家のことを口実に姉さんを私の家に招きましす。そのあと十九時頃に先輩と藤村先生が帰ってきました。

「たっだいまー桜ちゃん」

「ただいま」

「おかえりなさい。お夕飯できてますよ。姉さんも来てることですし、早く食べましょう」

「この匂いは肉じゃがね」

「はい、そうですよ。もうすぐできますから待っててくださいね」

 

「あ、遠坂さんいらっしゃーい、久しぶりね」

「お久しぶりです、藤村先生」

「今日は、桜ちゃんの肉じゃがよ、食べていくわよね」

「はい、いただいていきます」

「そういえばねぇ、この前、ばか士郎がね桜ちゃんの肉じゃが食べて『マズイ』って言ったのよね」

「へぇー、どういうことかしら衛宮君」

「ばっ、ばか、その話は終わったことだろ、桜にも散々謝ったし...」

「だーかーらーどうしたの」

「士郎はね、桜ちゃんに和食でも負けつつあって悔しがってるのよー」

「あーら」

 先輩が姉コンビにいじめられているようですが、助け船は出しません。前よりも美味しくできたはずなので先輩にトドメをさしてみせます。久々のにぎやかな夕食の時間でした。

 

 夕食のあと、席を外して私の部屋へ。引き出し入れてあった先輩からもらった大事な指環を、指に通してから居間に戻ります。先輩にお願いして私から……。やっぱりドキドキするけど大事なことだから……。

「みんなにお話しがあります――

 

 私、先輩と結婚することになりました!」

 

 一瞬、静かになったあと、

「良かったじゃない、桜ちゃん」

「おめでとうございます、サクラ」

 藤村先生とライダーがお祝いの言葉をかけてくれます。

「それで、式はいつ?神社で神前式?それとも教会であげるの?」

「気が早いっての、藤ねえは。やるとしても俺が就職してからだ。」

「そりゃそっか。今士郎は3年生だから早くても再来年ね。桜ちゃんが可愛い妹分から弟のフィアンセかー。ねっプロポーズはどっちからなの」

「うるさい、どっちでもいいだろ」

「ねーねー教えなさいよー、おねーちゃん気になるぞ」

「だーか「先輩からですよ」

「さっ、桜...」

「私を幸せにするって言ってくれて嬉しかったです」

「おぉ、言うじゃない士郎。桜ちゃんのこと幸せにするんだぞ、傷つけるのは絶対ダメだからね。」

「当たり前だろ、するわけないだろ」

「桜ちゃんも何かあったら私に言ってね。私がしばくから」

「はい、そのときはお願いします。藤村先生」

「桜ぁ...」

 このとき私はとても幸せでした。ですが……

 

「それにしてもリン、先ほどからどうしたのですか。苦い顔をしていますが。」

 

 そうこの場には、もう一人私にとって大切な人がいるのです。

 

「そうですよ姉さん。何かありましたか?」

 私の最愛の姉、遠坂凛さんです。その人が、

「私はまだ賛成できないわ。桜」

「なっ、遠坂」

「えっ、どうしてですか姉さん」

「あなた本気で幸せになる覚悟はあるの」

「それは……」

「遠坂さんもどうしたの、何かあったの」

「いえ…… 桜、二人で話したいわ。衛宮君、土蔵借りるわよ」

 

 

 

なんだかずっと気分が晴れない。

今朝、ロンドンから帰ってきた。本当は桜に任せてもいい案件だったのにわざわざ帰国した。なんだか一度、桜に会わなきゃいけない気がしたからだ。なぜそう思ったかは、私自身わからない。新都の駅に着くと桜が迎えに来ていた。年々幸せそうになっていく桜。私にとってもいいことのはずなのに。

 

「姉さん、今日は私の家に来てください。」

「どうして?」

「あはは...。姉さんごめんなさい。最近わたしも先輩も忙しくて、遠坂のお家、掃除に行けなかったんです。それに姉さんや藤村先生に伝えたいことがあるんです」

「そういうこと、ならお邪魔させていただこうかしら」

……って、今この子私の家って言わなかった?

 間桐の財はあの戦争の責を取らせるって意味で遠坂が全て没収し、屋敷は私が売り飛ばしたはず。じゃあこの子の家はどこのこと? 確かめてみる。

「どうしましたか、姉さん」

「今日、衛宮君はいるんでしょ」

「はい、姉さんが帰ってくるので予定を早く切り上げて帰ると言ってました」

 やっぱり士郎がいる。つまり桜は衛宮の屋敷を我が家と思っている。多分そのことは桜にとって幸せ。だけどなんだろう……、わからない。

 

 そのあと衛宮君の家に上がらせてもらった。

 今日の衛宮家の夕食は、桜の作った肉じゃががメインだった。この家の台所を取り仕切っているだけあって、年々腕をあげている。藤村先生いわく、肉じゃがについては、士郎を凹ませたらしい。やるじゃないの桜。

 

 夕食のあと、一度桜が席を外した。戻ってきた桜の左手の薬指には指輪が輝いている。なんとなくわかっていた。昼に会ったときから桜が浮かれていることを。

「私、先輩と結婚することになりました」

 桜は顔を赤らめながら嬉しそうに言った。藤村先生やライダーがお祝いの言葉を二人に贈るなか、私は姉としてなんて言葉をかけるか迷っていた。だが私の顔には別の感情が出ていたらしい。そして私が出してしまった言葉は……ひどいものだった。

 

 

 土蔵に二人で入る。昔入ったときとは雰囲気が変わっている。

「ここって衛宮君の工房よね?」

「そうだったんですけど、譲ってもらって今は私がつ使ってます」

「魔術の方はどうなの」

「ライダーに教えてもらって少しずつって感じですね」

「そう、頑張っているのね……」

 

「ところで姉さん話って何ですか。何に怒っているんですか」

「怒ってるか……。士郎と婚約して完全に浮かれきっている妹をみていると一周回って怒りを覚えるわ」

「やっぱりダメですか……姉さん」

「いやいいのよ、士郎に選ばれて嬉しかったでしょ。だったら桜は気にせず幸せオーラを撒き散らしてればいいのよ」

 私の妹は不思議そうに「はい」と言った。

 

「それじゃあ何で姉さんは不機嫌なんですか」

「誰にって言うと一番腹が立っているのは、ふがいない私自身にたいしてよ」

「どうしてですか、姉さんはなにも悪くないです」

「優しいね、桜。違うわ。衛宮君に借りを作りっぱなしてこと。あなたを幸せにするのは遠坂の役割だった。でも遠坂だと難しいからと間桐に養子にだした。間桐であなたは楽ができていると思っていた。だから私は遠坂の魔術師と生きることができていた。だけど違った、楽しくやっているはずのあんたが笑えていない...。その事を気づくべきだったのに、私は気づいていなかった。いや気づいていないフリをしていたのかはもうわからないわ。もっとヒドイのは聖杯戦争のとき、あんたが苦しんでるのを無視して、管理者の名のもとにあんたを殺そうとしたのよ、桜のことを傷つけてきた……。

だけど桜は今幸せでしょ」

「はい……」

「そう、いつからかあなたがまた笑うようになったの。なぜか気になったから見ていたら衛宮君だった。衛宮君と一緒にいる桜は楽しそうに笑ってる。衛宮君はあなたに居場所を作っていた。聖杯戦争の時は、私を敵にまわしてでもあなたを守ろうとした。そして今でも大事にしてあなたをこれからも幸せにすると言っているでしょ。本当はその役割は遠坂の人間……、私がやるべきことのはずだったのにね。だから衛宮君には借りをたっぷり作っちゃった。なのに返せていない私、桜を幸せにしていない私はなんだろうってね」

「姉さん……。そんなに自分を攻めないでください。姉さんは私の憧れなんですから」

「嬉しいこと言ってくれるじゃない」

 

 

 

 姉さんは十一年の間、私のことを気にかけてくれていた。本当に優しい人。

「ねえ桜、一度私の家……遠坂の家に帰ってこない?」

 突然どうしたのでしょうか。それはずっと持っていた願い。でもかなわなかった。かわりに先輩から大事なものをもらった、居場所をくれた。だから今はとても幸せ。なのに……

「私、先輩と結婚するんですよ、今さら戻ったとこで……」

「いいじゃない、少しぐらい私のわがままを聞いて欲しいの。これから姉妹をやりなおさない? そしてあなたに桜には遠坂の次女として……いえ、私の妹として衛宮君に嫁いでほしいの」

 遠坂凛の妹……。私が失った最初の居場所

「今度はなくなったりしないですよね...」

「そうよ、桜が衛宮君の妻になったとしても今度はずっと私の妹よ」

 何でしょう、昨日に続いてまた涙が出てきました。

 

 

 

「で、結局姉妹の話し合いはどうなったんだ」

「衛宮君に質問」

「なんだ、遠坂」

「あなたはどんな桜でも幸せにする覚悟はあるの」

「ああもちろんだ、ずっと側に居続ける」

「そう……愛されてるわね、あの子。桜のことよろしくお願いします。あの子のこと幸せにしてあげて。でもその前にしばらくの間、桜を返してもらうわ」

「話が矛盾してるぞ」

「少しぐらい……姉らしいことがしたいのよ……。

それに私が桜のこと、もっともっといい女性にしておくから、そのときは覚悟なさい」

 

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