リリカルなのはの世界に転生したと思ったらSAOの中でした   作:aaa

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脳内お花畑系メンヘラロマンティック女 レナさん。


ウルトラロマンティック

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は怖かった。

何も出来ない自分が、何も出来ないで終わっていく自分が。足掻いて足掻いて。がむしゃらに何をしていいのかも分からないのに無我夢中になって足掻いて。ただそれは自分を誤魔化しているだけだというのにそれに気が付かないフリをして。繰り返される毎日は紙芝居を見ているかのように客観的にそれを見ている自分がいる。

何かをしているつもりになっている自分の姿を客観的に見ればただそれは自虐行為に過ぎなくてまるで子供の我儘のよう。

毎日が儀式をこなしているかのように虚しく過ぎていく。それをどうにかしたいと思っていてもどうにもならないんだと頭が理解していてどうにもならなくて。

 

私は空っぽだ。

現実でも私に自分の選択権なんてものはなく親は私を自分を引き立たせるアクセサリーか何かだと思っている。もし別の家庭に生まれていたら、とか思ったりもするけれど結局それもただの逃げだと分かっている。

何とかしなくちゃって思っていても当の本人である私がどうにもならないんだと行動に移す事はなかった。

けどそれでも良かった。

中学生だった頃の話だ。自分でも目立つ容姿をしていて家柄も普通じゃないってのは自覚はあった。友達は選びなさいって常々言われていたしそんな私に近付いてくる勇者はいない。いたのは私をそういう目で見てくる低能な男ぐらい。

くだらない、くだらなさすぎる。

別に1人だって寂しくはない。いつか私にだって素敵な勇者様、王子様が迎えに来てくれる。昔おば様に聞いた事がある、女の子には見えない糸で繋がった運命の相手がいるのだと。

近頃そんな事本気で信じている、だなんてバカだと笑われるだろう。けどどうしてもそんな素敵でロマンティックな話に胸踊らずには居られない。そんな都合が良い事なんて起こるはずがないって頭は理解しているのに心は常に自分だけの運命の相手、王子様が助けに来てくれるんだと信じていて。そうやって思わないと自分を保てそうになかったから。

 

窮屈な実家という檻に閉じ込められた私。いつかそこから私を連れ去ってくれる王子様、勇者様はいつか必ず現れる。なんて胸踊る事だろう。私にとってその運命の相手はいつ現れるのか、それを思うと柄にもなくドキドキした。

だから必然と言うべきか。私はアニメやゲームといった物に激ハマリした。漫画やアニメを見る度に一喜一憂しゲームには感情移入して負けたらとても悔しかった。特に乙女ゲーは最高、いつかの時のために予行練習としてプレイしていたが最高過ぎた。尊い。

 

そんな私だが1人だけ友達がいた。パンダの様な扱いせず普通に話し掛けてくれた女の子の友達。私の通っていた中学はクラスはそのまま持ち上がりで変わらず3年間ずっと一緒で変わらず友達がいなかった私は唯一の友達のその子と、とても仲良しだったと思う。私の今思えば恥ずかしい乙女思考全開の話も聞いてくれたし運命の相手が来てくれるんだって言っても彼女は同意してくれて微笑んでくれた。だから私は別に友達なんてその子がいればそれで良かったしこういうのって数じゃなくて本当に仲が良い人がいればそれで良かった、良かったんだ。

友達が出来ただけでそれだけで世界は変わった。憂鬱だった学校は楽しくなって。

だから私にも欲が出てきた、いや出てきてしまった。

好きに生きて好きに死んでいきたい。ロマンティックな出会いをして、誰かを好きになって結婚して子供を産みたい。

そんな普通なら当たり前のような小さな幸せを望んでしまった。

 

中学3年に上がってから何かが狂い始めた。突然友達の元気がなくなって私を避けるようになった。どうしたの?と聞いても何でもない、大丈夫。という友達の顔はどう見ても大丈夫だと思っている顔じゃない。けど本人がそう言っている以上私にそれ以上踏み込む勇気がなくて。

そして友達は学校に来なくなった。勝手な外出は禁じられている私は気軽に友達の家にすら行けない。けどある日その友達から連絡があった。とある場所に来て欲しい、ただそれだけの短いメール。だけど私にはそれに行かないって選択肢はなくこっそり家を抜け出した。後でバレたらどうなるかなんて知った事ではない。無我夢中で走ってそこに向かった。頼られた事が嬉しくて助けを求めても助けて貰えない悲しみは自分が知っているから友達にはそんな思いはして欲しくない一心で必死に足を動かした。

 

指定された場所で待っていたのは学校で見た事がある男子数人。私の友達の姿はなかった。

それが何を意味しているのか、無駄に理解の早い頭は答えを出しているのに心がそれを認めようとせず、私はただその場にへたりこむ。私の身体を舐め回すように見て来る男共。その嫌悪感に寒気や吐き気すら覚えたが身体はもう動かない。

私は友達に売られた、その事実が私の身体の自由を奪う。だというのに頭は冷静で何処か他人事のように今の現状を客観的に理解している。いっそ思考さえ停止してしまえば楽になれるのにそれすら私には許されないのか。

 

 

私は、私自身が嫌いだ。

 

何も出来ない自分が嫌いだ。

 

 

身体中をまさぐられもはや服も着ているかも怪しい状態でひたすら気持ち悪い。私は自分で致した事はないがそういう事は気持ちが良いとネットに書いてあったが今感じているのは快楽ではなくひたすら嫌悪感のみ。

声すら出さない私が面白くないのか服を脱ぎ捨て始める男共。

この後どうなるのか、そんなことは馬鹿でも分かる。けどどうしても他人事感が拭えない。

涙も、声すら出ず。

 

こういう時って必ずアニメやゲームじゃかっこいい主人公が助けてくれるんだよなぁ、と思考も投げやりになって。

 

けどやっぱり怖い。

どうして私ばかりこうなるの?

私が何をしたっていうの?

 

私だって……私だって自由に好きな事をやって、普通に恋をして、好きになった人と結婚したい。こんな、こんなのあんまりだよ。

 

涙も声も出ない身体。けど心は叫んでいる。ずっと、ずっと助けを求めて叫び続けている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私を……私を助けてよっ!」

「あぁ、任せろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私が目を覚ますと知らない天井、ではなく家のベッドの上だった。頭がぼーっとしていて現状をいまいち理解出来ていない私が1番最初にしたのは。

 

 

 

…………。

 

 

 

……ふむ。まだある。

つまり私は助かったらしい。

あの状況でどうやって助かったのか。なんか思ってたのと違って犯す前に萎えて帰って行ったのだろうか。

聞けば警察に通報があったらしく、警察が現場に駆け付けた時には既に男共は全員ボコボコにされて丁寧に一纏めにしてぐるぐる巻きにされていたらしく私はパーカーで身体を隠すようにして寝かされていたらしい。

そう言えばあの時誰か来たような気もしない事も無いが何だか朧げで思い出せない。何かが有り得ないスピードでこっちに来たような?分からない、頭にモヤがかかったように肝心な所は雲を掴んでいるかのようにすり抜けていく。

 

はっ!?

もしかしたら私の妄想力が爆発して想像上の私の王子様が助けてくれたのかもしれない。

 

……いやそれはないか。

なんにせよ私は助かったようで目立った外傷もなく至って健康。また明日から学校に行けと親に言われてしまったので普通に明日は学校に行かなければならない。

あぁそういえばまだ宿題やってないな。明日の学校の準備もしなくちゃ。それから……

 

準備をしようとしてベッドから立とうとして、バランスを崩して地面に倒れ込む。可笑しい。足に力が入らない。

何度も、何度も立とうとしても産まれたばかりの子鹿のように地面をのたうち回るだけ。

 

「あれ、可笑しいな……なんでだろ……身体の震えが、止まらないよぉ……」

 

身体の震えが止まらない。身体中を這いずり回る気持ち悪い感覚。血走って下半身を晒す男。

目を閉じればまたあの時に巻き戻ってしまうんじゃないか、そう思わずには居られなくて。

結局私は次の日学校を休んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

私は自由にはなれない。

これは私への罰なのだ。私なんかが家の方針に逆らって不相応な幸せを願ったからこんなことになった。

友達も、恋人も。もう欲しいだなんて思わない。

 

世界はモノクロで、何も感じない。無機質で、無慈悲で残酷だ。けれどその世界で私は生きていてただ与えられた役割を淡々とこなす。なんて面白みのない人生なんだろう。

けど仕方がない。私はなんの価値もない人間だから。与えられた役割をただこなすだけの人形。親の可愛い可愛いお人形さん。

親に言われた通りにして、与えられた役割だけをこなして。

それすら出来なければ私はどうなるんだろう。

 

怖い。私には何も無い。

親に言われた通りの事すら出来なければきっと私は今度こそ……

 

 

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ポリゴンの欠片が消えていく。幾つものポリゴンの欠片が宙を舞って消えていく様は何処か綺麗だがもうそんなものは見飽きたという風にそれから背を向けて構えを解く。

 

SAOがデスゲームとなって半年が経った。

異常な強さを誇るパートナー、ケントのお陰か攻略は滞りなく進んでいる。最初の6層までに至ってはボスにレイドを組む事もなく殆ど1人で倒し切っていて一時期はチーターやら茅場晶彦の仲間なんじゃ、と後ろ指を指され無いことなんてなかった。

現に今日ここに来るまでにひそひそと彼のことを噂する輩がいた。今では大分少なくなってきたのだがやはりそれでも彼の事をそう思っている奴らは多い。一体誰がその命を削ってまでボスに挑んでいるのか。その事に苛立ってつい感情的になって彼に止められてしまった。彼は優しすぎる、今でこそ沢山のギルドが出来て1人でボスに挑む事は禁止されてしまったがそれがなければ今もずっと彼はボスに挑み続けていただろう。

彼は本気で現実世界に帰ろうとしている。多くの者は現実世界に帰りたいと口にしてはいてもその本心は無理だと何処か諦めている。けど彼は本気だ。

 

どんなモンスターでも手を抜かず瞬く間に倒す。前代未聞の個人の下方修正が起こる前なんてそれこそ一撃で敵を倒していた。悪い噂の絶えない私達だが彼は誰かがモンスターに襲われている所を見掛けると一瞬で駆け付けてモンスターを倒してみせるものだから一部プレイヤーからはその強さと自分を顧みない姿勢故に英雄視されている節がある。

そんな事もあって彼に付けられている渾名はGMやチーターと言った悪名が多いが一部からは神速やら英雄と言われている。それを厨二病っぽいからって嫌っておきながら満更でもなさそうにしているのを私は知っている。妙にそういう所で子供っぽいところ、嫌いじゃない。

 

けれども彼は何処か普通じゃない。強さもそうだがそれよりも彼はあまりにも自分を蔑ろにし過ぎる節がある。vitを全く上げてないからモンスターの攻撃を貰うとヘタしたら一撃で死んでしまうかも知れないのにそんな事お構いなしで誰かを庇う。確かにそれは凄い事なのかも知れない、けど私には彼が何処か自分の命を軽く見過ぎているように思える。自分より他人を優先し過ぎる彼は私というストッパーが居なければ今頃死んでいたんじゃないかっておもえるぐらいに。

けど彼は死んではいない。その圧倒的強さからモンスターに殺される事はないだろうがそれでも不測の事態というのは起きる。その為に私がいる。私を守って貰っているかわりに私が彼をフォローする、私が出来ることなら何だってする。けどその為には私ももっと強くならなくちゃならない。

今のままじゃ駄目だ。彼に助けられた事なんて両手じゃ数えきれない程あってフォローし合っているだなんてとてもじゃないが言えない。

ここなら違う。私は、私は何も出来ない訳じゃない。現実じゃなくてゲームの中なら私でも役に立てる。

だからもっと、もっと頑張らなくちゃならない。

 

 

「もうこの辺にしとこうぜ」

 

 

気持ちを入れ替えもう1度。

そう思って構えた薙刀を声を掛けられたので一旦下ろす。

 

「……なんで?まだいつもより短い」

「まぁそうだけど。いっつもレベリングばっかで飽きない?」

「飽きない」

 

嘘だ。本当はとっくに飽きている。どんなゲームだってレベリングというものは単純な作業となる事が多くてどうしても先に飽きが来てしまう。実際はもうモンスターなんて見たくないぐらいだ。

けれど私はもっと強くならなくちゃならない。何も出来ない無価値な私はもっと強くなって彼の隣にいなくちゃならない。

もう嫌だ。何も出来ないのは。怖い、彼に見捨てられるんじゃないかって。

ぎゅっと薙刀を握る手に力が入る。するとその手を彼に握られた。

 

 

「きゃっ」

「あ、わりぃ」

「……何?」

「いやそんな可愛い声出せるんだなぁとか思ってないぞ。本当だぞ」

「…………」

 

 

絶対嘘だ。物凄く目が泳いでる。この半年間で分かった事がある。彼はすごく考えている事が表情に出やすい。だから嘘が物凄く苦手。

偶に私をそういう目で見る時があるのも知っているし半年も同じ部屋にいるのだから寧ろ紳士的な対応をしているのだと思う。だから私も何も言わない。けど触れられるのだけは駄目だ、あの時の事を思い出してしまうから。

 

「はぁ……あれだよ。お前、さっきから顔色悪かったから。無理すんなよ」

「……無理なんてしてない」

「嘘だな。お前が俺の嘘が分かるように俺だってそれぐらい分かる。伊達にパートナー半年もやってねぇよ」

 

鋭い。SAOの中で顔色が悪いだなんて言うのは彼ぐらいじゃ無かろうか?こんな事現実じゃ1度も言われた事ないのに。

またため息を付いて頭の後ろをかく彼は刀を帯刀しもう戦わないぞと意思表示するように歩き始めた。ずるい、そんなことをされれば私は彼に着いていくしかない。

実の所私は彼から離れて別行動を取った事が殆どない。未だに過去のアレを引き摺っている私は1人じゃ何も出来ない。1人になると途端にあの事が脳裏から離れなくなって身体の震えが止まらなくなってしまう。

だから私は彼に黙って着いていくしかない。私は強くならなくちゃならないのに。

 

ふと思う。何故彼はこんなにめんどくさい女を手元に置いておくのだろうか。自分で言うのもあれだがかなりめんどくさい自覚はある。凡そのメリットなんてないとだろうに。それに彼は多分だけど私が訳ありなのも薄々気が付いていると思う。なのに本当に彼の背中を守れているかも怪しい私は未だにこうして彼の後ろを歩いている。

どうしてだろう?

 

 

「なぁ」

「なに?」

 

 

突然話しかけられて内心ビクッとなったが平然を装う。考えていた事を一旦リセットしいつも通りを心掛けて彼の顔を見る。あーとかうーとか唸っている彼は難しい顔をして目線をあっちこっちに泳がせて最終的に纏まったのか私を見てこう言った。

 

 

「今日は俺とデートしよう」

「…………はっ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第22層主街区コラム。

ここは殆どモンスターもリポップせずそして物凄く弱い。森や湖といった自然も多い場所だが特にこれと言った特徴も攻略に役立つ何かがある訳でもなくSAOにおいて最も人口が少ない静かな階層だ。

 

 

「で、こんなとこに連れ出してきて何?襲うの?」

「まぁそんなツンケンすんなよ。せっかくのデートなんだ楽しくやろうぜ」

「ヤるとか卑猥。やっぱり襲う気なんだ」

「ほんと何でいっつもお前そっち系に変換すんの?そんなんだから俺女性プレイヤーからすっごい避けられてんだからな!」

 

 

あ、そうだったんだ。

 

 

「てめぇ、初めて知ったな?」

「……なんの事やら」

 

 

ぷいっと目を逸らす。こういう軽口のやり合いはいつもの事なのだが周りにも聞かれていたのか。いい気味だ、そうやって一生勘違いされていて欲しい。その方が私も安心するし。

あれ?何を安心するんだろう。

 

 

「はぁ……まぁいいや。とりあえず、ほれ」

「むくっ、これは?」

「適当に買い漁ってきた俺のお気に入りだ。これはジャンボポーンチ」

「……やっぱりケントは卑猥」

「うっせーわ!名前は別で見た目は普通にフランクフルトだろうが!」

 

 

無造作に放り投げてきた紙包みを開けると入っていたのはフランクフルト的な何か。しかし名前がアレだし狙っているのだろうか。茅場晶彦は相当趣味が悪いとみた。まぁケントもだけど。

1口かぶりつく。むっ、結構デカい。もっと大きく口をあけて……

 

「……なに?」

「あ、いやぁ……ほんとごめんなさい。だからそんな目で見ないで」

 

これだから男は。

けどこのフランクフルト的な何か、ネーミングは終わってるけど味は悪くない。ケチャップもマスタードもないけれどこれはこれでありだと思う。

現実にいた頃もこういった庶民的と言ったら失礼だけど粗末な食べ物は禁じられていたから少し憧れもあった。友達とコンビニに行って買い食い、きっと楽しいんだろうなぁ。

 

 

「美味しかったか?」

「……べつに。……あっ」

「ははっ、別に可笑しい事じゃねぇってのに。ほれまだあるからそんな顔すんな」

ありがと……」

 

 

食べているのを見られていたのに気が付いて何だか恥ずかしくなって目線を逸らしてしまう。誤魔化すようにフランクフルト的な何かを食べようとしてもう無くなってしまったことに気が付いて情けない声が出てしまった。

うぅ……穴があったら入りたい。

もう1つ手渡された私は顔を背けるように隠して頬張る。はしたないって思われてないだろうか?変だなって思われてないだろうか?

 

チラッと横を歩く彼の様子を伺うとたまたま目が合ってしまって心臓がはねる。なんと言い訳しよう、そう思って何だかいつもより上手く動かない頭を一生懸命動かしていると柔らかく微笑まれた。

 

〜〜〜っ!!

 

ドキッと今日1番で心臓が忙しなく動いている。何だか今日は可笑しい。こんなの自分じゃないみたい。

 

「……ケントの馬鹿

「え、なんだって?」

「この変態って言ったの。ケントなんてSAOの女性プレイヤーから変態認定されてしまえばいいんだ」

「いやもうされてるからねっ!?てかお前のせいだかんな、何とかしろよ!」

「やーだ」

「てめぇ!」

 

逃げるように走りだした私を追い掛けてくるケント。何だか楽しいな、そう思う私はきっと可笑しいんだと思う。

けどきっとそれは悪い事じゃない。けど素直になれない私がいて、また裏切られるのが怖い私がいて。

 

ケント、貴方は私を助けてくれる?

 

 

 

それからしばらく経って色々な場所を回っていた時に彼は突然こう切り出してきた。

 

「……わりぃ。ちょいと忘れもんを思い出した。すぐ戻るから少しこの辺でまっといてくれ!」

「ん、分かった」

 

 

少し心細いけど今なら大丈夫な気がする。それにケントは嘘を付かない、本当に直ぐに戻ってくるだろう。

それにしても今日は楽しかった。攻略の事なんて忘れてここがデスゲームだってことすらも忘れて遊び回った。1度してみたかった買い食いも出来て小さな夢も叶った。今度は現実に帰ってもしてみたいなって思ったら「現実に戻ったらまたこうやって買い食いしような」って言ってくれて不覚にもドキッとしてしまった。

やっぱりケントなんて変態でいい。

 

胸の奥がぽかぽかして心地よい。ずっと、ずっとケントと一緒にこんな時間を過ごせたら良いのにな。

 

 

「随分と、腑抜けた顔をしているな神姫」

「ケケっ。お付の王子様はいねぇのか?」

 

 

神姫というのは不名誉な私の渾名だ。聞き覚えがある声に一瞬で距離を取るように跳ねて跳ぶ。間違いない、この2人は殺人ギルドラフィンコフィンの幹部

 

「赤目のザザにジョニーブラック」

「なんだ、知ってたのか?」

 

知らない筈がない。躊躇いもなくこのデスゲームとなったSAOの中で殺しを繰り返すレッドプレイヤー。攻略組の中でこの手の話は頻繁に行われており注意喚起もされている。

最近はなりを潜めていたと思ったがどうしてこんな所に。

 

「どうして、という顔をしているな」

「ケケっ。簡単なこった」

 

くるっ!

相手の殺気のようなものを感じ取った私は無意識に身体を横にズラす。ヒュン、と空気を切り裂く音と共にナイフが通り過ぎていく。攻撃は貰ってはならない。特にジョニーブラックのナイフには何かしらのバッドステータスを発生する効果があると聞いた事がある。それがスタンや麻痺であればそれで終わりだ。

 

素早く薙刀を抜き取って前方に突き出すように構える。大丈夫、私ならいける。そう言い聞かせるように強く薙刀を握る。

 

「お前に、戦えるのか?」

「何が言いたい」

「王子様の後ろで震えてる神姫さんよ、アンタは1人で戦えるのかって言ってんだ!」

 

1人?

そうだ、今隣にケントはいない。このHPがゼロになったら終わりの世界で今は私1人しかいない。視界が揺れる。私が1人?無理だ、私は1人じゃ戦えない。

どうしようもなくて、1人は怖くて。ただ純粋に向けられている殺気がまるであの時の男達の手のように自分の身体を縛る。

 

 

 

「おいマジかよ。ガクブル震えてやがるぜ!」

「呆気ないな、神姫」

 

 

身体動かない。今すぐ落とした薙刀を拾って迎え撃てと身体とはうらはらに冷静な頭が訴えてくるがまるで身体は動いてくれない。

足音が近付いてくる度に震えが強くなる。

 

「だめ……来ないで」

 

情けない。いつもはあんなに強気な態度を取っているくせにこれだ。所詮は泣けなしの気持ちを振り絞って取り繕っていたハリボテでそれが脱げ落ちた私は空っぽで何も出来ない惨めな女の子。

 

「お前を、殺せば、あの男は狂気に染まる。我々と同じ、同志になる」

 

何か喋っているが耳に入ってこない。何度も何度も突き出されるエストックが身体にくい込んでくるが痛みは感じない。

痛みは感じないが湧き上がってくる恐怖が身体を縛り付けて涙を流させる。

嫌だ、死にたくない。もっとやりたいことがあるんだ。けれどもあの時のように声も出なくてただ滅多刺しにされるのを顔を背けて涙を流すだけ。

このまま私は死ぬのだろうか。

怖くて怖くて嫌だけど仕方がない、私は何も出来なくて何もないから。

 

けどそうだなぁ、最後に願わせて欲しい。

いるのなら助けてよ。脳裏に浮かぶのは何故かいつもアホズラで眠りこけているパートナーの顔で。

 

もし叶うのならどうかお願い。

 

「私を、助けてっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

風が吹いた。

パリン、と何かがポリゴンの欠片になって消える音が辺りに響き渡る。

 

「何故、お前がここに……」

 

くせ毛が目立つ前髪を気にしていて目付きも悪くどう見ても王子様っぽくない彼はコートを靡かせて私を庇うように立つ。

 

「悪い、遅くなった。もう大丈夫だ」

 

そう言って頭をぽん、とひとなでして。彼の姿が消える。その瞬間にザザの片足が宙を舞って瞬く間にジョニーブラックの片腕がポリゴンの欠片へと変えられる。息付く暇なんてなくてラフコフの幹部である2人は気が付けば四肢が無くなり無造作に地面に転がっていた。

 

「尋常じゃ、ないな」

「感慨するぜ。こっち側へようこそ」

 

そんなことを言う2人に彼は無言で小太刀を突き刺した。それでも嬉しそうに笑うラフコフの2人は異質だ。

このままいけばこの2人は間違いなく死ぬだろう。そう思って彼を見て、無我夢中で私は彼の背中に飛び付いた。

 

「もうやめてっ!私は助かったから……もう大丈夫だから……私なんかの為に無理しないでよぉ……」

 

震えていた。2人を突き刺す小太刀を握る手はハッキリと震えていた。ここで彼がこのまま2人を殺すのを見たままでいたら絶対に後悔する。そんなにまでなって彼には頑張って欲しくない、もう大丈夫だから私はもう大丈夫だから。

 

「こりゃ随分やってくれたな……」

「さっさと消えろ。次はない」

 

 

 

 

気配が消えたのを感じて彼を後ろから思いっきり抱き締める。泣いて泣いて、子供のように大声で泣いて。

怖かった、死ぬんじゃないかって。けどそれ以上に嬉しかったから。

 

思い出したんだ。あの時も助けてくれたのはケントだったんだね。

 

あぁ、間違いない。ケントは私が恋焦がれ会いたくて仕方がなかった王子様だ。

会いたかった、そして何より嬉しかった。あのケントが運命の相手だった事が。

嬉しくて嬉しくて泣き止んで欲しいのに涙が止まらない。何だか今まで生きてきた事が報われたような気がして。

今日はもう帰ろうと促され、けど彼から1歩も離れたくなかった私は彼の手をギュッと強く握る。この気持ちに応えてくれるように彼も強く握り返してくれる。それが嬉しくて飛び付きたくなるけれど、顔を見たらまた涙が止まらなくなってしまう確信があって見つめられない。

 

繋いだ手は暖かくて胸もぽかぽかする。ドキドキして心臓も煩い。もうどうしようもない程に私は彼に恋してるんだなと理解した。憧れの王子様が運命の相手で初恋の相手で……もう私の冷静さが売りである頭もまともに動いてはくれなかった。

 

我儘を言って今日はずっと手を握ってて、と言っても彼は嫌な顔せず手を握り続けてくれた。けれどベッドに入っても恋を自覚して好きだって言う気持ちが抑えきれない私が手を握られて寝れるはずもなく。あんな事があったのにもうそんな事は綺麗さっぱり忘れていた。

ベッドに腰掛けて眠る彼をベッドに引きずり込んで抱き締める。

 

「ケント……大好き」

 

 

 

 

 


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