デストロイヤーの中には機械が張り巡らされていた。千切れたケーブルが火花を散らして、圧力をかけられていた空気が壊れたパイプからとめどなく溢れ出す。その間を縫うように、不死人は奥へ進んでいく。
今まで敵を倒したらソウルが手に入っていた。しかし、このデストロイヤーに爆裂魔法が当たった瞬間も、太陽の光の槍が貫いた時も莫大な量のソウルを手に入れることは出来なかった。
それは、まだ息があることの証拠だった。
アイアンゴーレムのような質感だが、それよりも無機質で生きてる感覚がしない。この巨大な姿は見せかけで、どこかに本体がいるのだろうか。それともセンの古城のように、巨大なレバーを動かせばいいのだろうか。不死人は様々な憶測を並べていく。
「ここは……」
最奥を目指していた不死人のまえに、木造の美しい彫刻が刻まれた扉があった。鋼鉄の壁や扉だらけの中で、木造の扉は違和感を感じさせた。見事な彫刻が彫られている扉は、長い年月の積み重ねと爆裂魔法の衝撃で朽ち果てていた。
歪んだ蝶番を扉ごと外して中に入った不死人が見たのは、いつしか訪れた書庫にも負けないほどの本の壁だった。
瞬間、不死人は左手に盾を出して構えた。
「……………」
そうだ、ここはあの書庫ではなかった。忌々しい記憶が蘇り、反射的に構えてしまった。壁にくっつけるように並んでいた本棚は倒れ、数多くの本が散乱していた。
不死人にとって書物はなんの意味もない。それでも歩き回っていたのは、隠し扉を見つけるためだった。公爵の書庫に隠し扉があったから、そしてその世界を何度も繰り返した結果、書庫には隠し扉があるという歪んだ常識を植え付けてしまった。
だが、その探索は無駄ではなかった。
朽ち果てて本が散乱した書庫の中に、不自然な箇所を見つけた。先ほどの衝撃でも倒れず、これほどの時が経っても朽ち果ててもいない本棚があった。この先に何かがあるのは間違いないだろう。
レバーかスイッチがあるはずだと不死人は探すが、見つからなかった。内側にあるのだろう。だが、そこへ向かう時間の余裕は無かった。
そこで一か八か、強硬手段にでた。
両手の装備を外し、取り出したのは身の丈以上の大槌。
それはかつて処刑人として犠牲者の骨肉をその槌ですりつぶし自分の精にするという残忍酷薄な者ゆえ、太陽の王であるグウィン王に四騎士として選ばれなかった男の武器だ。
その巨大な槌を持った不死人は、自分の身体をバネのようにしならせて跳躍すると、その落下する力をハンマーに乗せて重い一撃を本棚にぶつけた。
「よし、なんとかなったな」
バゴン、というまず聞くことがない金属が潰れる音がして本棚は歪んだ一枚の鉄板になってしまった。
それを踏み越え奥へ進むと、小さな部屋の中に宝箱がぽつんと置かれていた。
間違いなく、罠が仕掛けられている。何度も身をもって体験した不死人の直感が、警戒度を引き上げさせた。
床、異常なし
壁、異常なし
天井、異常なし
目の前、宝箱……。
「ソイッ!」
最も攻撃距離の長いデーモンの槍を装備した不死人は、
宝箱はその中身ごと、木片を散らせて無残に破壊された。
「よし、
安心した不死人は破壊された宝箱を見る。無残に壊された宝箱は、中身ごと潰れていた。壊れた剣や装備品らしきものの残骸と、隙間から本の表紙らしきものが見えた。
これは日記だろうか。全く読めない本だが、誰かに読んでもらえば良いだろう。本を懐に収めて、思った成果を得られなかったことに少し悲観しながら書庫を後にする。その後も様々な部屋に入るが、宝箱すら見つからず空振り続きだった。
次の部屋で弱点らしきものが見つからなければ、外からこのデストロイヤーを破壊するのを試してみよう。
太陽の光の槍は制限がある。何度も撃てるものじゃない。スモウハンマーで試してみようかッ!!?
「あ、騎士さんここにいたっ……」
その時、冒険者が曲がり角から突然現れた。反射的に剣を振り回し、その男は苦痛に叫ぶことすら出来ず倒れ臥す。
しまったと考えるより先に、不死人は左手に灯した呪術の炎で『大発火』を行使した。巨大な炎は隠れているであろう敵を燃やそうと角の先まで襲いかかった。炎はすでに事切れた冒険者の死体を燃えカスにして、なおもその勢いは収まることを知らない。
悲鳴が聞こえない。慎重に体を壁に貼り付けて向こう側を視認する。今しがた殺した冒険者の死体跡以外には、焼死体も、燃えカスも見つからない。
ああ、なんてことだ。不死人は後悔していた。なぜあんなことをしてしまったのか。己の行動を振り返り、取り返しのつかないことをしてしまったことに。今更気がついた自分自身に、嫌気がさしてくる。久々に感じた後悔の感情だった。
「さっき、なぜ『敵感知』を使わなかったのだろうか…そしたら………そしたら箱を壊さずに済んだのに!」
この世界に来て得た新しいスキルという力。その中でも汎用性が高い敵感知というスキル。それを使えば宝箱になりすました敵を感知することができたのに。ひょっとしたら剣や装備品は貴重なものだったかもしれない。一々攻撃せずに確認できたというのに、己は何をやっているのか。
まだスキルを使うことに慣れない不死人であった。
「………慣れておくか」
幸いにも、スキルは魔力さえ回復すれば何度でも使える代物だった。盗賊の女に教わったように、敵を見つけることに集中して敵感知のスキルを使用した。
「『敵感知』……これは」
その瞬間、不死人は自身の視界が劇的に変わったことに驚いた。物体を通過して、冒険者の姿が見えるようになったのだ。デストロイヤー全体の気配を見られる、デストロイヤーから少し離れた場所にいる冒険者の気配も見つけられた。
なんとも便利なスキルだ。盗賊スキルとは便利なものと聞いていたが、予想以上だ。
「あそこだな……」
敵感知スキルで見える視界の中でも、うっとおしい輝きを持った存在を見つけた。きっとそこが弱点だろう。周囲に何人かいるようだ。他の冒険者が弱点に攻撃を加えようとしているに違いない。
不死人は走った。鎧を鳴らしながら、黄金の残光と紋章の盾を装備して走った。
「ぬぅぅぅ……」
近づけば近づくほど眩しくなる。嫌な光だった。太陽のような優しさが無い。自分以外はどうでもいい、そんな感じがした。
おおおおおおお………おれは、手に入れた。やった……やったぞっ! どうだ、手に入れたんだ。おれの……おれが、太陽だ!
不死人の脳裏に浮かぶソラールの最期の姿。偽りの太陽に魅入られた戦友は嬉しそうに、しかし苦しそうに言っていた。
異形を貫いていた雷の槍が、自分の身を焼く。
やめてくれ ソラール やめるんだ!
数多の敵を共に屠ってきた剣がこの身を切り裂く。
なぜだ なぜ貴方が どうして貴方だったんだ
抵抗など出来なかった。
すまない すまなかった わたしをゆるしてくれ
とどめを刺されて消えていく最中、心が折れる音を聞いた。
「………はっ!」
意識が遥か彼方に飛びそうになった。
「まだ……終わっていない…」
足を動かせ。剣を握れ。心の折れた亡者になるな。
光を消すのだ。偽物の太陽を消し去るのだ。
デストロイヤー最奥地の動力源の元へたどり着けたのは幸運だった。しかし、その様子を見た途端にカズマは抱いていた楽観的な思いを打ち砕かれる。
「なんだよあれ……」
大小さまざまなコードや機械が繋がれた巨大な水槽の中に浮かぶ赤熱した球体があった。コロナタイトだ。素人目に見ても、どんどん赤くなるコロナタイトは爆発寸前ということがわかった。数値などを表していただろうメーターはとっくに振り切れてエラーを起こしていた。
「こんなのもっと後に来いよ! なんで始まりの街にこんな裏ボスみたいなやつがやってきてんだよぉー!」
「そんなこと言ってる場合!? 早くこの状況なんとかするズル賢い策を考えなさいよ! いつもやってきたことでしょ、ほら早くー!」
「うるせぇー! お前はちょっと黙ってろ!」
泣きながらぶーたれるアクアを無視して、カズマは考える。この危機的状況を抜け出す策を考えるが、そんな都合よく思いつくわけもない。万事休すだ。
「とにかく他のみんなをすぐに避難させるんだっ! 少しでも遠くへ、急げー!」
「任されたっ!」
不死人の
「急げッ! 死にたくなければ足を動かして走れっ! そこのお前っ、そいつを抱えるんだ! 早く逃げろっ!!」
喉が裂けるような必死の声に、呆けていた冒険者たちは叩き出されるようにデストロイヤーの中から避難していく。それでも残ると融通の効かない奴らは首根っこを掴まれて放り投げられていった。
部屋に残ったのはカズマ、アクア、そしてウィズであった。
何か策はないかと問答をするうち、ウィズが発した転移魔法という言葉にアクアがそれだと言う。だが、発動するためには魔力が足りないというのだ。
「あの、カズマさん! お願いがあるのですが……」
「な、なんでしょう……」
えらく改まって真面目な声色に、カズマも萎縮する。
「吸わせてもらえないでしょうか」
「喜んで」
萎縮なんてしていられるか。俺はこんな所で「え、なに?」なんて聞き返す鈍感系主人公ではない。
顔に手を添えられ、ウィズの顔が近づいてくる。目を閉じて、その瞬間を心待ちにしていたカズマであったが。
「ほわああああああああああああ!」
「ごめんなさい! ドレインタッチ!」
カズマの顔に添えられた手から、魔力がウィズの方へと流れ込んでいく。それと同時であった。部屋の扉が木っ端微塵に吹き飛んだのは。
見つけた。
この光だ。
消さなくては。
「いやあああああああ!!」
「な、何事ぉ!?」
「騎士さん!? どうしてここに……って、殺気!?」
眩しい……身が焼かれるようだ…。消したい。だが、どうやって消せばいい。まあいい、切ればなんとかなるだろう。
おお、光が消えていく。景色が元に戻っていく。よかった、偽物の太陽は消え去ったのだ。
ん、なんだ? 『アクアのソウル』とは……そうか、あの光はアクアだったのか。
亡者どころか、彼女はあと少しで
「ぐあっ!!」
ウィズの放ったライトオブセイバーの魔法を、間一髪、盾で防ぐ。
そうか、敵対してしまったのか。
では、やられるまえに殺るだけだ。
ウィズから放たれる魔法の数々を不死人は転がってかわし、近づいていく。接近してきた不死人に対して、ウィズは懐からナイフを取り出して、兜の僅かな隙間から差し込んだ。だが、それは意味を成さなかった。
横一線に振り抜かれた黄金の光は、ウィズの身体を真っ二つに分断する。
そうだ、忘れる所だった。アンデッドは聖属性でないと復活するんだったか。
盾がタリスマンに切り替わり、その瞬間に辺りを強烈な衝撃波が襲う。それはウィズの身体を浄化して消し去った。
「ぐわばぁ!」
巻き込まれてカズマも粉微塵に吹き飛ぶ。
1人残った不死人は、荒れ果てた部屋の中で佇む。その様子は、敵対してしまったことを後悔しているようでもあり、虚無を感じているようでもあった。だが、全く違った。
アクアのソウル……どんな武器ができるのだろうか。
瞬間、デストロイヤーは激しい光に包まれて大爆発を起こした。
「アクセルの街……いい街だったのだが…」
巨大なキノコ雲が立ち上る様を見て、復活した不死人は肩を落として歩き出す。
次にたどり着く街は、もっと『持つ』街であってほしいと思いながら。
アクセルの街が焼失してから十数年後、ある言い伝えが旅をする商人たちの間で流れていた。
黄金の光を振りかざす古ぼけた騎士を見たのなら、その街はもうすぐ滅ぶ。
声をかけられたのなら、無視してはならない。
武器を構えられたら、死を受け入れろ。
助かりたくば、太陽を賛美するのだ。
そびえ立つ城壁、検問所では完全武装した兵士が厳しく検査をしている。
大きな街だ。中には人の気配がたくさんある。ここに魔王軍幹部はいるだろうか。これだけ人々が多いのだ、きっと知ってる人間くらいはいるだろう。
「ここが王都か……」
不死人の旅は続く。魔王を殺し、完全な火継ぎの儀式を終えるまで。