話をしよう
あれは今から36万……いや、1万4000年前だったか
まあいい。私にとってはつい昨日の出来事だったが、君たちにとっては多分、明日の出来事だ。
人の寿命は短い。
だからこそ人は文字や絵を使って文化や歴史を後世に伝えてきた。
しかし時間が流れるほど、伝えられるものは歪み、廃れていく。
魔王が猛威を奮っていたこの世界は、とある冒険者達の手によって救われた。
それから何十年か経ち、世界を救った冒険者達の生涯にも幕が下りた。
世界は繁栄した。何十という世代を経て技術が進歩した世界からは、魔法などの概念が薄れていった。
それでも、技術がどんなに進歩しようとも人々は伝えた。地下にある柱を溶かしてはならないことを。その言い伝えだけは守り続けられた。魔法が消えようと、進歩した技術で氷漬けにされ続けた。
結論から言おう。封印は解かれた。
それは誰のせいでもなかった。
技術の進歩によって魔法が衰退し、技術力が進歩しきる前だった。氷を敷き詰めた箱に入れる、などといったずさんなものになった。
ピシィ
氷にヒビが入った。それは蜘蛛の巣のようにどんどん広がり、あっという間に氷が砕け散った。彫像のように静止していた不死人の瞳に光が戻った。
ゆっくりと体を起こそうとして、何か狭いものに閉じ込められていることに気がついた。まるで墓地で棺桶の中に入った時のようだ。
ソウルに魅せられていたこともあるが、これほど簡単に封印されてしまうとは思いもしなかった。今は何年経っているのだろうか。いや、そんなことを考える必要はない。
なぜ敗北したのか。あの時もっと警戒を払っていたらよかった。
兜をソウルへと戻して、右手に短剣を持ちそれで勢いよく自分の首を掻き切った。乾き切った肉が裂けて僅かな血がこぼれ出た。
次こそは……必ず手に入れてやる
不死人は、見慣れた平地に立っていた。
以前はゆっくりしていたから、相手に作戦を立てさせる結果につながった。
そこからの行動は早かった。雷の如く地を駆け、爆裂魔法で消失したばかりの屋敷跡地までやってきた。だがそこにカズマたちはいなかった。すでにギルドへ向かった後だった。
面倒だが、時間を与えるつもりはない。
不死人は駆けた。地をえぐり飛ばしながらアクセルの街へと走った。
その途中、カズマたちを視界に捉えた。即座に左手にタリスマンを装備した不死人は、そのスピードのままカズマたちの懐までロケットのように飛んだ。
「なっ!!」
気がついたカズマたちが急いでそこから離れようとするが、遅かった。すでに射程範囲内だった。
『神の怒り』がダクネス以外のパーティーを一瞬にして屠った。唯一生き残ったダクネスは、突然の出来事に脳が処理する時間を有した。それが命取りだった。
不死人の前で止まっているなど、殺してくれと言っているようなもの。後ろに回り込まれたダクネスの腹をオーンスタインの槍が貫いた。ソウルが吸収された物言わぬ肉塊を蹴飛ばして槍を引き抜く。
「『敵感知』………見つけたぞ」
不死人は油断を捨てた。ウィズという獲物を仕留めるために最善最速のルートを進むことに決めた。吹き飛んで物言わぬ亡骸になったカズマたちに目もくれず、地をえぐり飛ばしてアクセルの街へ向かった。
門が見えた。猛スピードで突っ込んでくる不死人に対して二人の門番が槍で十字を作った。
そんなものは全くの無意味だ。
門番を巻き込んで街へ突っ込んだ不死人の姿に悲鳴が上がった。舗装された地面が一歩ごとに砕け散って不死人の通った跡になる。道の真ん中を歩いていた者は運が良ければ吹き飛ばされ、悪ければ踏み潰されて地面の染みになっていた。
時折体に入ってくるソウルは僅かなものだったが、それはまるでメインディッシュ前の
魔法具店が見えた。もう油断もしない。必ず仕留めて「カースド・クリスタルプリズン!」
地面を踏み込んだ足に全体重をかけて、真横に吹っ飛んだ。民家が壊れたが関係ない。先程までいた場所は忌々しい氷の柱が立っていた。
「どうして……どうして街のみなさんをッ!!」
崩れた民家の壁を越えて、怒りに顔を歪めたウィズが現れた。
まずい。この女は想像以上に強いぞ。家の外から『墓王の大剣舞』で仕留めようとしていたが予定が狂った。
「『カースド・———」
あの魔法を使う気だ。まずはそれを阻止しよう。
左手に握ったタリスマンが穏やかな気を発し、それを中心に紫の波紋が辺りに広がった。
「クリスタルプリズン!!』」
足元に展開されていた魔法陣からは、氷は発生しなかった。それどころかどんどん消えていく。
よかった、間に合ったか。
『沈黙の禁則』魔術・奇跡・呪術の全てを範囲内の自分を含む全員が使えなくなる奇跡だ。
突然魔法が消えたことにウィズは驚いた。生前はアークウィザードとして名を馳せていたウィズだからこそ、魔法に絶対の自信があった。
その魔法が封じられたことで手数が大きく減った。だが、まだ体は動く。リッチーのステータスなら、格闘戦でも申し分はない。
目の前に大剣の切っ先が迫っていた。
「えっ…………」
まさしく一刀両断。聖なる光を帯びた『アルトリウスの大剣』を振るった不死人の体に、とてつもない数のソウルと人間性が入った。普通の人間より、リッチーが人間性をこれほど持っているのはまさに皮肉だった。
人間性の戻った不死人は、左手に持った『アルトリウスの大剣』をまじまじと見つめた。つい今し方ウィズを葬った技は、アルトリウスが遠距離から一瞬で間を詰めてきたジャンプ切りを真似ていた。
小っ恥ずかしい気分がして、鎧の頬をポリポリとかいた。
そんな封印で大丈夫か?
大丈夫だ、問題ない