草木が眠る静謐な夜。アティスマータ新王国から市民の喧騒が消えて、月が下界を見下ろす頃。蝋燭の火に照らされた薄暗い地下室でジェイク・ラーディスは恰幅の良い兵士から尋問を受けていた。鋭利な眼光を暗い天井に向けながら、嘆息をつく。
「正直に答えろ! 貴様が巷で噂の山賊だろう!」
「だから、さっきから違うって言ってんだろ!ったく国変えたんなら、兵士の脳みそも新しくしとけっての……」
数十分にも続く不毛な駆け引きに思わず、怨言を吐き捨てる。
「ではなんだ! その格好は!」
ジェイクの服装は兵士から嫌疑の目で見られるには十分な理由だった。肩まで伸びた白髪、薄汚れたローブ、長身痩躯。はたから見れば浮浪者のような姿をしていたからだ。
「人を見た目で判断するなって、おふくろさんに言われなかったのか?俺はここ数年、山に篭ってて最近、下山してきたんだよ」
「そんな嘘が通じると思っているのか! 数日前のヘイブルグの者による襲撃で国内の情勢が不安定になっている今、犯罪者が現れることが増えたのだ! これ以上被害を増やすわけにはいかない!」
数日前、新王国を侵略しに来た隣国のヘイブルグ共和国の軍師 ヘイズとその配下により、新王国は襲撃を受けた。王立士官学園の生徒と新王国の軍が尽力した結果、敵対勢力を退けることに成功した。しかし、戦いの傷跡は悲惨なもので、多くの兵士が戦死。市街地は破壊された建物と瓦礫が多く確認され、復興作業が続いている。兵士の気炎に押され、思わず座っている椅子にさらに腰を深く預ける。
「それともう一つ、質問だ。これはなんだ? 」
兵士は椅子の真下からジェイクを捕縛した際に押収した『それ』を机に置く。漆黒に塗り固められ、所々に細く黄金の線が入った『それ』はなんとも形容しがたい歪な形をしていた。
「あー、それはだな……」
ジェイクが打ち明けるか逡巡していると、扉を軽く叩く音が聞こえる。
「なんだ?」
「来客だ」
鉛色の扉が開き、外の明かりが部屋の中に差し込む。扉の開けた兵士と、温和な雰囲気と桜色の髪をした若い女性が立っていた。すると先ほどまで強気だった兵士が椅子の横に移動する。直立で、頭を深く下げた後、部屋を後にする。ジェイクは異様な光景を目にして、動揺する。
「驚かしてしまってごめんなさい。私は レリィ・アイングラム。アイングラム財閥の長女でこの新王国で女性機竜使いを育成する学園、王立士官学園で学園長を勤めている者です」
異分子は彼の真正面に座り、笑みを向ける。機竜使い--数十年前に遺跡から発見された装甲機竜を使う者の総称である。装甲機竜の存在が世に知れわたった以来、軍の防衛、貨物船では不可能な長距離での運搬作業も可能になった。そして、彼女は若くして国内で唯一、女性機竜使いの育成に力を注ぐ学園である王立士官学園の学園長を務めている。
「ジェイク・ラーディスです。よろしく学園長殿」
ジェイクは簡潔に自己紹介を述べて、不敵な笑みをレリィに向ける。レリィは屈託のない笑みで返すと、机の上に横たわる『それ』を目視する。
「不思議な形ね。骨董品か何か?」
「『ワケあり商品』だよ」
レリィが前のめりになり、手にしようとすると封殺するように『それ』を懐の中にしまい込む。レリィは若干、頬を膨らませて、椅子に背をつけた。
「新王国にはどのようなご用事が?」
「個人的な事情だ。話せない」
ジェイクは嘆息交じりに机に肘をついて応える。
「打ち明けないと、ここから解放されないわよ」
「冗談だよ。あんたをナンパしに来た」
「兵士さん。以前、違法入国者から押収した違法薬物ってーー」
「ごめんなさい。頭の中、お花畑になるからやめて」
レリィが扉の外に届くほどの声で、物騒な発言を言いそうになったので即座に己の否を認める。
「こっちからも質問だ。なんでここに来た?」
「単刀直入にいうわ」
レリィが軽く息を肺に補填すると、ジェイクの
瞳を捉える。
「我が校の講師にならない?」
「……はい?」
予想外の言葉に思わず、彼女の顔を瞠目する。レリィの強い信念を含んだ目を見て、項垂れる。
「なんで?」
「先ほど兵士さんから伺ったのだけど、複数の兵士を相手に全く臆する事なかったそうね。《ワイバーン》が一機、派遣されてようやく事が治ったって聞いたわ」
レリィの期待に満ちた視線がジェイクに刺さる。嘘ではない。飛翔型汎用機竜《ワイバーン》が到着するまでジェイクは多勢を単体で相手をした。
「ヘイブルグの人間が奇襲したせいで、学園の対人格格闘の担当の人が怪我しちゃってね。人が足りないのよ。だからあなたみたいな人材が来てくれるとすごくありがたいのよ」
「事情は理解したが、断る。俺の目的は関連がなさそうだしな」
「貴方の目的って、懐の『それ』と関係あるの?」
レリィは数分前にジェイクが隠した物に指をさす。
「まあな……」
「私の予想だけど、それって機攻殼剣じゃないのかしら?」
レリィが両手の指を重ねて、顎を乗せる。ジェイクは僅かに逡巡した後、首肯する。
「じゃあ、目的は?」
レリィが再び、問いかけるもジェイクは目線をそらして無視する。
「兵士さん。やっぱりお薬をーー」
「あっー! 分かった! 分かった!」
ジェイクは頭皮を掻きながら、軽く舌打ちをする。深くため息をついて、開口する。
「『黒き英雄』……そいつを探しにここに来た」
それを聞くと、 レリィは目を大きく見開いた。
『黒き英雄』--五年前、たった一機で世界の五分の一を支配していたアーカディア帝国の軍隊を滅ぼした機竜使い。漆黒を纏った装甲、空を舞う度に尾を引く赤い閃光、帝国側の装甲機竜、千二百機を地に落とした鬼神の如き、強さ。帝国からは滅びの象徴、新王国から英雄として今なお、信仰されている。
「見つけて、どうするの?」
「会って、頼みたいことがある。悪いがこれだけは言えない」
レリィが静かに口角を上げる。
「なら、なおさらね」
「どういう事だ?」
「『黒き英雄』……当人は本校の学生よ」
彼女の口から放たれた言葉に思わず耳を疑う。
「何?」
「貴方の尋ね人は我が校に生徒として通っているわ」
「待てよ。それじゃあ『黒き英雄』ってガキなのか? 仮にそうだったとしてそれを裏付ける証拠は?」
「証拠なんて今、あるわけないじゃない。本校に来てくてたら分かる事よ。で、どうするの? このままここで囚われたままか、私の案に乗るか」
ジェイクは眉間にしわを寄せて、彼女の提案に同意するか迷う。
「……分かったよ」
ジェイクが蚊の鳴くような声で了承する。その反応を見過ごさなかったレリィも目を細めて、笑みを浮かべた。
「では決まりね。よろしくお願いしますね。ジェイク教官」
レリィの抑えたような笑い声とジェイクの露骨な溜息が薄暗い地下室の空気を揺らした。
閲覧ありがとうございます! 次から原作の主要人物達が登場する予定なのでお待ちください!