黒き英雄と呪われた神装機竜   作:蛙先輩

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今回で最終話となります!


 「最終話」

涼しい風が草木を撫でる月夜。白く輝く月光が荒涼とした大地を照らす頃。その陰では悲惨な光景が広がっていた。無残になぎ倒された木々、血塗られた野花。そして、夥しい数の『幻神獣』と機竜使い達の遺体。その惨状の中、青年と少女達と女性が、一人の男を囲んでいた。円の中心に存在する男、ジェイク・ラーディスは全身に傷を負い、木の根元に生気のない目で佇む。

 

 青年、ルクス・アーカディアとその妹、アイリ・アーカディアは自分達の教官であるライグリィ・ハルバードの口から告げられた驚愕の事実に動揺の色を隠せずにいた。他のものはあまり、表情に変化はなく、首を傾げる。ただ一人を除いて。王立士官学園が誇る遊撃部隊『騎士団』隊長セリスティア・ラルグリス。彼女は分かっているのだ。ライグリィの発言の重大さが。

 

 ライグリィは確かに『ロードベルト』と言った。自身の恩師であり、ルクスとアイリの母方の祖父である『ウェイド・ロードベルト』と同じ名前。セリスが以前、剣を交えた時に感じた違和感と同時に伝わる懐かしさ。数多くの手がかりを見つけて、セリスは一つに結論を生み出した。

「ハッ、それが今更分かったところでなんに……なるんだ」

 張り付いた空気をかき消すようにジェイクは鼻で笑い、反問する。死に際に自分の本名を明かされたところで何の驚きもない。

 

「確かに、だが今の事実が分かり、驚きが隠せない人物が三人はいるぞ」

 ライグリィは僅かに笑みを浮かべる。ジェイクは虚ろな目で周囲を見渡す。妹、金髪の少女、自身の手を握る銀髪の青年が物憂げな眼差しで見つめていることに気づく。

「どうしたんだ? 三人共、しけたツラしてよ……」

 白髪の男は喉を振り絞り、しゃがれた声で三人に問う。ルクスが生唾を飲む。彼もどこか感じていたのだ。不意に漂う懐かしい雰囲気や何度も会ったような親近感。それが偶然ではなく、確信に変わる瞬間に今、立ち会っている。

 

「どうして祖父の元を、離れたんですか?」

 ルクスは心中から溢れ出そうな思いを抑えて、必死に震える喉から声を絞り出す。その言葉が耳に届いた瞬間、ジェイクは目を見開く。男は青年の発言を脳内で反芻する。疲労しきった状態で聞かされた事実に理解が追いつけない。いや、理解しているが認めたくないのが妥当なアンサーだ。

 

「そうか、お前ら……」

 ジェイクは悟ったように口元で三日月を作る。三人と他の少女達も依然として表情を変えない。

 

「さっき言った通りだ。俺を取り巻く環境が嫌になったのさ。妹を……お前らの母ちゃんとあの傍若無人な皇帝の婚姻を認めた親父が許せなかったのさ」

 ジェイクは視点をルクスとアイリに向ける。自分の行いを自嘲し鼻で笑う。それと同時に苦虫を噛んだように顎に力が入る。

「そこからいろんなところを彷徨って、極東の島国に行き着いて化け物に憑かれた。ハハッ、笑えるだろ?」

 その瞬間、ジェイクの口から血が噴き出す。それを皮切りに周囲がざわつく。ルクスの手を握る力が強くなる。

「いいか、ルクス……この先も様々な困難がお前に降りかかるかもしれない。だが、きっとお前なら乗り越えなれる。お前は俺と違って他者に寄り添い、理解し合える力がある。だから生きろよ。ルクス」

 ジェイクは再度、吐血。次第に瞳が黒く塗りつぶされたように染まっていく。

 

「教官! ジェイク教官! って……伯父さん!」

 ルクスの目の奥が熱くなり、それが形となり両目から溢れる。眼前の男はその言葉を合図に虚ろな瞳を閉じ、動かなくなった。右の口角を少し上げたまま。星芒がまばらに輝く静寂な夜、青年と少女達のすすり泣く声のみ、その場に漂っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 澄み渡るような青空の下。アティスマータ新王国の外れの墓地で、複数の王立士官学園の生徒、教員ら一つの墓に参列していた。空とは対照的に生徒らの表情は明るくない。当然だ。慕っていた男性教官の告別式なのだから。『新王国』いや世界の命運を賭けた先の戦争により多くの機竜使いが重傷を負い、命を落とした。墓地の中は英霊達に花を手向けるため、黒装束に身を包んだ関係者で溢れかえっていた。その一人、『ジェイク・ロードベルト』と刻まれた墓石の前で生徒達が順番に一礼を行う。両脇の墓石には彼の妹であり、ルクス、アイリの母。祖父である『ウェイド・ロードベルト』の墓地が存在。参列者が浮かべる表情はそれぞれ千差万別。涙を流す者。悲哀な表情を浮かべる者。誠実な趣で黙祷する者。 

 

 次々と弔いを終えて、列が減っていく。セリスが名前の箇所に膝を下ろして、手を合わす。暫くすると、立ち上がり出口に向かって無言で歩いていく。ルクスが彼女の方に視線を逸らした際、僅かに目元が腫れていたような気がした。続いてはルクスの実妹。アイリが目に涙を貯めて、今にもこぼれそうな趣で前に出る。華奢な両腕に抱える花束をそっと、墓石の前に置く。

 

 アイリが立ち去り、銀髪の青年が一人、残った。ルクスの表情は憂いでも、涙ぐんだ顔でもなく、木漏れ日のような暖かな微笑み。今は亡き恩師への感謝の念。底のない情愛。それらを込めて頭を下ろす。

「今までありがとうございました」

 地中に眠る兄のようで父親のような彼に感謝の思いを言葉で伝える。緩やかに吹く風がルクスの頬と銀髪を優しく撫でた。胸中に滞在していた悲哀のかけらを攫っていくように。

 

 ルクスは踵を返して、出口の方を向く。そして、ゆっくりと歩みを進める。晴れ渡る空を眼前に守るべき愛する仲間達が待っている場所へ……。




閲覧ありがとうございました! なんとか書き切ることができました! 読んでくださった方々! 今まで誠にありがとうございました!
 では! 

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