6話
どこまでも続くような曇天の下。アーカディア帝国の宮廷内は騒然としていた。皇帝に自国の政治腐敗に対して諫言した者が捕らえられたのだ。
「ウェイド先生!」
金髪が特徴の少女、セリスが目に涙を浮かべて、皇帝を非難した恩師の名を強く呼ぶ。
「ごめんなさい! 私、私が」
セリスはその場でしゃがみこんで、涙を流す。自分が帝国の腐敗について耳にしてしまい、その内容を恩師に伝えたばかりに、このような悲劇を招いてしまった。正しさが裏目に出てしまい、罪悪感に胸が押しつぶされそうになる。
「セリス」
静かに顔を上げると、そこには凛々しく、優しい表情を浮かべる恩師 ウェイド・ロードベルトの素顔があった。彼の懐から薄い四角形の手拭いが差し出される。
「セリス。お前は間違ってなんていないよ」
彼はそう一言、告げると踵を返して、兵士に挟まれて連行されていく。視界から遠のいていく師を少女はただ呆然と見届けた。すると辺りから真っ白く染まっていき、そして何も見えなくなった。
「ん……」
朝日が昇り始めた早朝。セリスティア・ラルグルスは浅い寝息を立てている。部屋の窓からか細い朝日が差し込み、眉目を照らす。朝日の眩しさに目をこすり、上半身を掛け布団から起こす。
「夢ですか……」
困り眉を作った後、両腕を天井に向けて高く伸ばした。深く深呼吸を済ます。自身の体温が残り、温もりを感じる布団から脱出。日頃から行なっている朝練を行うため、寝間着から練習着に着替える。身なりを整えた後、靴を履いてルームメイトのシャリスを起こさぬように静かに部屋の扉を閉めた。
日差しの強い日の下、ジェイク・ラーディスはルクス・アーカディア含む複数の生徒の実戦訓練を見守っていた。 学年上位の実技成績を誇るルクス、リーシャ、クルルシファー、フィルフィは各班の生徒達に操縦や武器の扱いについて助言する。ジェイクは彼らの姿を眺めていると、名前を呼ばれ、振り向く。そこには凛とした雰囲気が特徴のライグリィ・ハルバードが佇んでいた。
「どうだ。生徒達の様子は?」
「問題なさそうだな。技術面でも向上している」
ジェイクが僅かに笑みを浮かべると、ライグリィは手の甲を口に添えて静かに笑った。
「おい! 何がおかしい」
「いや、少し前まで、覇気を一切感じられなかった顔をしていた奴が発言していると思うとな、つい……」
ライグリィは笑いの勢いを増して、肩を震わせる。ジェイクは赤面して、むず痒そうに頭を掻く。
「あーライグリィ教官とジェイク教官がイチャイチャしてる」
一人の女生徒が二人の方を向いて、指さすとそれを皮切りに複数の生徒達が動作を止めて、視線を向ける。
「なっ、何を言っているんだ! わ、私とジェイク・ラーディスはそういう関係じゃーー」
「そうだぞ、てめーら。人の事、森まで投げ飛ばすような女は俺の対象外だ! 覚えとけー」
ジェイクが持論を女生徒達に投げかけると、女生徒達の顔から生気が抜けていくような様子が見えた。すると真横から異様な怖気を感じて、首を向ける。そこには 鬼の形相をした先輩教官の姿があった。
まずい、死ぬ。ジェイク・ラーディスが生命の危機を本能的に察したと同時に、鐘の音が校内中に響く。
授業終了の知らせだ。生徒達が続々と二人位の元に集まっていく。ライグリィも素の表情に戻り、生徒に次の時間の詳細を伝えて、締める。生徒達が校舎へと戻っていく。
ライグリィがジェイクが隣を通り過ぎようとする。先ほどの恐怖が蘇っていく。するとライグリィがジェイクの真横で足を止める。
「命拾いしたな……」
ライグリィは静かに呟いて、その場から離れて行った。ジェイクは白目をむいて、その場に立ち尽くす。
「大変でしたね。ジェイク教官」
一連の出来事の流れを目撃していたルクスは苦笑いを浮かべ、ジェイクに慰めの言葉をかけた。
「ああ、また同じ目に負うところだった」
「あんな事言うからですよ」
ルクスは困り眉を作りながら、ジェイクを窘める。次の授業に向かうため、二人は練習場を後にした。石造りの廊下を進んでいると、やたらとルクスから視線を受けていることに気づく。
「どうした?」
「いやジェイク教官が赴任して数日なのに結構早く打ち解けられたなあと思って。それになぜか安心するんです。まるで会うのが始めてじゃない気がして」
「はっ、なんじゃそりゃ」
ジェイクは軽快に笑い飛ばす。背後からルクスを呼ぶ声がした。振り返るとすると三年生のセリスが背筋を伸ばして向かってきた。
「おはようございます。ルクス。教官。そういえばルクス、約束覚えていますか?」
「はい。今日の放課後、練習に付き合うって話ですよね。覚えてますよ」
ルクスは首肯すると、セリスはほのかに頬を赤らめる。ジェイクは少女の顔色が変化したことに気づいた。
セリスがルクスに抱く感情が親愛以上のものであると察し、静かに口の端を釣り上げる。
「あっ、そうだジェイク教官もどうですか?」
ルクスが不意に提案を切り出す。ジェイクはわずかに動揺して、セリスの方に視線を向ける。彼女はルクスの方を瞠目して静止する。そして、徐々に瞳から光がなくなっていくことに気づく。
「あっ、あかん」
ジェイクはセリスの精神に起こっていることを悟る。彼の見解ではセリスはルクスに好意を抱いている。彼女の不器用な性格上、彼をデートに誘うことは不可能。だから二人でいることに、違和感を抱かせない状況。『鍛錬』に誘うことに決めたのだ。ルクスは目を輝かせて嬉しそうな笑みを浮かべる中、その横でセリスは般若面で、ジェイクを恨めしそうに睨む。
おいおい、俺悪くないだろ! お嬢ちゃん! ジェイクは無言の叫びをセリスに訴えかける。
「わっ、悪いな。ルクス。今日は学園長に呼ばれていてな」
ジェイクは生命の危機で機能停止中だった脳を呼び起こし、方便を吐く。
「そ、そうですか。仕方ですよね……」
ルクスは視線を斜め下に向ける。その顔からは哀愁を感じ取った。それとともに先ほどから、目の前で蠢く殺意も静まっていく気がした。だが、ジェイク自身も数日間とはルクスと関わってきたため、情がある。自分の発言に対して、わずかに逡巡する。
「あー、でも急ぎの用ではないらしいしな。長時間じゃなければな……」
ルクスに訂正の言葉をかけると、彼の表情は明るくなった。まるで枯れた花が水を浴びて生気を取り戻したように。そして真横の暖かな雰囲気とは違い、凍てつくような、寒気が背筋を撫でる。消火し終えた後に、再び、焚きつけるような愚行だ。
「セリス先輩。ジェイク教官は無詠唱でワイバーンを召喚できるほどの実力を持っています。ヘイズがいなくなったとはいえ、幻神獣や他国の勢力、旧帝国派など新王国はまだまだ敵が多いです。なら僕ら以外の方からも戦術を教わり、実力の向上につなげるべきです」
ルクスは迷いのない瞳でセリスの目を見る。そこにいたのは普段の優柔不断な雰囲気の優男ではなく、愛する者達を守るために英断する一人の英雄の姿があった。
「分かりました」
セリスの顔に生気が戻り、元の気高い瞳でルクスを黙視して頷く。ジェイクの背後から先ほどまで感じた寒気が消えた。肩が軽くなり、両肩を軽く回す。
「では放課後に」
セリスはそういうと、踵を返して廊下の奥に消えた。彼女が方向転換する際、ジェイクは彼女の目に生気がなかった事に気づいた。
「やっぱり根に持ってんのか……」
おそらく彼女は良からぬことを企んでいたとジェイクは悟り、重い溜息を吐く。
「どうかしたんですか?」
「なんでもねえ。ほら早くしねえと、次の授業遅れるぞ」
ジェイクはルクスを急かして、小走りで次の授業先まで移動した。
放課後、ジェイクは茜色に染まる空を眺めながら、二人の元に向かっていた。ルクスとセリスは校舎のはずれにある円状の闘技場で、実戦練習を行うらしい。校内のみならず、国内屈指の実力者である二人の練習風景を観察できるということで、若干気分は上がっていた。邪な感情を殺しながら。
目的地に着くと、闘技場内から鉄同士がぶつかり合う音が聞こえる。薄暗い廊下を渡り、闘技場内に近づくにつれ、音が徐々に大きくなっていく。実践中の二人の元に足を踏み入れる。
夕暮れの虚空を見上げると、二機の《ワイバーン》が火花を散らして、激しい剣戟を繰り広げていた。
「おおー、やってるねえ」
すると、片方がジェイクに気づいたのか、対面する《ワイバーン》二機が動きを止める。地上に向かい、緩やかに滑空して、着陸した。装甲機竜が光に包まれて、姿を消し、持ち主のルクスがジェイクの元に駆けてくる。
「すまねえな。ルクス遅くなっちまって」
「いえいえ」
ジェイクはルクスに謝辞を述べると、遅れてセリスがやってきた。
「では教官も来たことですし、始めましょうか」
それから、ジェイクによるルクスとセリスの指導が開始した。肉体的な訓練から精神統一など装甲機竜を操縦する上での基礎鍛錬などを行った。二人とも他の生徒より垢抜けているのか、ジェイクの出す練習内容を見事にこなしていく。
「他の生徒達より実力があることはわかっていたが、なかなかやるな」
「これくらい朝飯前です!」
セリスがその豊満な胸部を張り、公言する。ルクスは両膝を抑えながら、苦笑いを浮かべる。
「ではジェイク教官。肩慣らしはこのぐらいにして、機竜での白兵戦をお相手願います」
「ほう。随分とやる気だな」
「ええ、学園長が直々にお呼びした方です。実力がどれほどのものか気になります」
セリスが真剣な眼差しでジェイクの目を捉える。ジェイクは静かに首肯で応える。
夕暮れが差し込み、闘技場が赤く染められていく中、ジェイクとセリスが距離を取り、見合っている。その様子を遠目からルクスは静観する。両者、懐から機攻殼剣を抜き取り、無詠唱で《ワイバーン》を召喚。白く発光する粒子が持ち主の周りを取り囲み、その身を覆っていく。光が解けた後、そこにいたのは白銀の姿をしたジェイクとセリス。
「それでは模擬戦始め!」
ルクスの張り詰めた語気が周囲に木霊する。すると二機は粉塵を撒き、広大な夕空へ飛翔。ジェイクがブレードを瞬時に取り出す。対するセリスもブレードを抜き出して、距離を詰める。刃と刃が重なり、削り合う。
ジェイクはセリスから距離を離すと、セリスはブレードを治めて、ブレスガンを構える。銃口から放たれる無数の光線がジェイクの元に向かって来た。ジェイクは襲い来る、光線の雨を軽やかに交わして、再びセリスとの距離を詰める。対するセリスもブレスガンからブレードに切り替えて肉薄。
「す、すごい」
闘技場の地面からルクスは虚空を見上げながら、 二人の激しい攻防戦に呆気にとられる。
操縦技術、戦術共に学内トップクラスのセリスと彼女と対等以上に渡り合うジェイク。二人の戦いは二頭の龍が互いを噛み合うかっているかのようだった。
上空ではジェイクがセリスを僅かに劣勢に追いやっていた。
なかなかやるな。流石は『学園最強』って言ったところか。でもあの剣さばきといい、動き方…。
ジェイクは胸中でセリスの動作に違和感を覚える。まるで何度かこの剣を重なり合ったかのような感覚。そして、ジェイクは追い討ちをかけるかのようにセリスの機体に攻め入る。すると、セリスが空いた左手で懐からダガーを取り出そうとするのが目に入り、自身もダガーを脱ぎ出して、牽制。
そして、ジェイクがブレードの刃先をセリスの機体に突き立てた。
「この以上の抵抗は無駄だ」
ジェイクは鋭い眼差しを彼女に向け、宣告。するとセリスは諦念したように嘆息を吐き、静かに降下する。
二人が地上に降り、汚れた白銀の鎧を解除する。ルクスが二人の元に早々と駆け寄る。
「二人とも、お疲れ様でした」
「ええ」
「ああ、まぁな」
ルクスは二人のぎこちなさに首をかしげる。
「ジェイク教官……なんで私の師匠の……あの剣術を知っているんですか?」
セリスの切り出した発言にジェイクの表情が一瞬、氷塊のように固まる。ジェイクが胸に抱いていた違和感をなんと彼女自身も感じ取っていたのだ。
「あなたもしかして……」
「だからどうした。俺にこの教えた奴は俺の知る限りロクな奴じゃなかったよ。とんだクソ野郎だ」
ジェイクの眉間に皺がより、元々、鋭い目付きが更に釣り上がり、正しく鬼の形相へと変貌した。ルクスはジェイクの表情に動揺した。普段は鋭利な眼差しの中に温かさが見受けられたが、今の彼には全くと言って良いほどそれがなかった。
「なんですって………」
セリスは声を低くして、静かに呟く。顔を伏せて、ジェイクの元に揺ら揺らと歩く。
「だから、俺にとっちゃそいつはクソ野郎だって言ったんだよ。ウェイド・ロードベルドはよ!」
ジェイクが瞳孔を大きく見開いて、宣言した瞬間。右頬に突き抜けるような痛みを感じた。セリスがジェイクの頬を強く平手で打ったのだ。
「……貴方とウェイド先生との間に何があったかは知りません。けど、私の知る先生は貴方にそんな言葉を掛けられる程度の人間ではありません!」
セリスは目に涙を浮かべて、叱責すると、踵を返して、闘技場の走り去っていった。
「セ、セリス先輩!」
ルクスがセリスの方を見て、再度、ジェイクの方を確認する。
「……追えよ。あいつのこと」
ジェイクはそうルクスに吐き捨てるとジェイクも反対方向から闘技場を後にする。ルクスはジェイクの言葉通りセリスを追った。
夕焼けが沈み始め、周囲が暗くなり始めた時。ルクスは噴水広場の近くに来ていた。
「セリス先輩。一体どこに」
周囲を見渡すと噴水と生い茂った草木と長椅子しかこの空間にはない。……はずだった。
耳を澄ますと草陰の方から何やら話し声が聞こえる。以前も似たような体験をしたことがあるとルクスは内心思っていた。
「ええ、私もやりすぎたなとは思うのです。勢いに任させて手を挙げるなど。ですがあれは私の恩師対する侮辱!」
膝を抱えて、目の前の猫に白論を展開する探し主の姿がそこにはあった。
「セリス先輩」
ルクスが背後から温和な口調で名前を呼ぶと、セリスの背中が大きく跳ねる。
「……ル、ルクス」
二人は噴水付近の長椅子に腰を下ろした。
「ル、ルクス。さっきはみっともない姿をお見せして申し訳ありません。三年生の代表としてあるまじき行為です。ですがせめて言い訳をさせてもらえるなら、私の尊敬する先生 、幼かった私の言葉に耳を傾けて、。民の事を想い皇帝に諫言したあの人を、ウェイド先生を……貴方のお祖父さんを侮辱されたのが許せなかったんです」
セリスは肩を震わせながら、恥じらいの瞳でルクスに投げかける。
「セリス先輩。僕のお祖父さんを大切に想っていてくれてありがとうございます。僕は大丈夫ですから。それより明日、ジェイク教官にはちゃんと謝ってくださいね。僕もいっしょに行きますから」
ルクスは温和な笑顔をセリスに向ける。固かったセリスの表情は和らぎ、笑顔で首を縦に振った。
灯籠が照らす部屋の中、ベットの上から天井を見上げて、ジェイクは闘技場でセリスに投げかけられた言葉を脳裏で繰り返す。
「貴方とウェイド先生との間に何があったかは知りません。けど、私の知る先生は貴方にそんな言葉を掛けられる程度の人間ではありません!」
ジェイクは軽くため息をついて、両腕で枕を作る。
「ったくガキが何もしらねぇくせによ。しかし、まぁあの実力は悪くなかったな」
自分の過去からセリスの言葉から逃避するように目を瞑った。
閲覧ありがとうございます。お気に入り高評価感想良ければよろしくお願いします!!!!