8話
昼近くの医務室。掛け布団から身を出し、起床するジェイク。早々と歯磨きと洗顔を済ませて、荷物の入った行李を片手に退室。廊下の窓から差す暖かな日差しに、心地良さを感じながら進む。昨日のルクスが見せた退室前に浮かべた笑みが脳裏を過る。自分の部屋に向かったルクスが、機攻殼剣に接触していないかの心配だ。機攻殼剣はジェイクを寄生先にしているので、他の人間がよっぽどの事しない限り被害に遭う事はない。だが油断は禁物のため、気が気でならなかった。部屋に戻り、荷物を直す。ベットに腰を下ろした際、視界の右側に忌まわしい機攻殼剣が目に映る。嘆息を吐いたあと、鋭利な目つきで睥睨する。
「お前とは長い関係だったが、今度こそもう終わりだ。お前に祟られ続ける俺も。お前自身もな」
ジェイクは機攻殼剣を睨み、硬い決心の籠もった言葉を吐く。
古本の匂いと埃が漂う薄暗い書庫の中。切姫夜架は焦燥な顔付きで古びた書物を広げて、目を通していた。付近の床や机に同じような古い書物や文献が無数に散乱していた。どれも所々、破れていたり、黄ばんでいたり、かなり年数の経過したようなものばかりだ。書物にはこの国の文字でない古都国の文字で書き記されている。かつて旧帝国が古都国を侵略した際、回収して保管された物だ。夜架は手に取った書物を読破すると、それを置き、山積みになった本の頂上を取る。夜架は昨日、ジェイクの部屋で見た物に覚えがあった。夜の帳を思わせるような漆黒。水牛の角のような鋭い二つの突起。細かく刻まれた黄金の線。手首を素早く動してページを捲る。そして、その手はピタリと静止した。
活気に満ちた白昼。黒い外套を纏い、腰に機攻殼剣を携えるジェイク・ラーディスがルクスの部屋の前に佇む。ルクスに『依頼』をするために。今ままで機会を伺っていたが、得る事が出来なかった。いや、実際には口にする勇気がなかったのだ。彼や周囲と関わることに幸せを感じていたから。だが、その幻想を打ち砕くように肉体への限界は迫る。目眩、吐血に気絶。度重なる受難。これ以上この身で受け続ければ、命は尽きてしまい、再び誰かが自分の二の前になってしまう。この負の連鎖を終わらせる為に、今こそ清算を着ける時。指を曲げて、木製の扉を軽く小突く。聞き慣れた明るい声音が、一枚扉の向こう側から呼応する。扉が開き、銀髪の青年が姿を現す。
「よお、ルクス。何してんだ?」
「ジェイク教官! 今は部屋で授業の予習を……それより体調は大丈夫なんですか?」
「ああ、おかげさまで」
ジェイクがにこやかに口角を上げ、白い歯を見せる。ルクスは安堵の嘆息を吐くと、要件を尋く。
「ルクス。今日、街に出かけないか? 今日は休日最後だ。勉学に励むのは感心だが、せっかくの休日だ。羽を伸ばそうぜ。それに昨日の礼もしたいんだよ」
「わかりました。すぐ準備しますから待っていてください」
ルクスは笑みを浮かべて、快諾すると支度のため一度、部屋に戻っていった。ジェイクはルクスと出かける楽しみと裏腹に、刻々と迫り来る終わりへの虚しさを感じていた。部屋から出てきたルクスは私服に身を包み、腰には二本の機攻殼剣を収めていた。ジェイクは黒い機攻殼剣を見ると、静かにほくそ笑む。
ジェイクとルクスは街に繰り出し、謳歌した。巷で流行している牛の乳液を固めた物を食べたり、ジェイクがルクスに女性へのナンパの仕方などを教授し、手本を見せたが玉砕。ルクスがぎこちない笑顔を作りながら膝を抱えたジェイクを励ますなど、男二人、愉快な時間を過ごした。
徐々に、陽が落ちてきて、虚空を夕闇が侵食する頃、ジェイクとルクスは街外れの人気のない道を歩いていた。
「あのジェイク教官。どこに向かってるんですか?」
「まあ、俺のお気に入りの場所見てえなところだ」
ジェイクは温和な笑みを向けると、ルクスは不自然そうに首を縦に振る。徐々に草木が生い茂ってきて、やがて森にたどり着く。ジェイクは薄暗い森の中に足を踏み入れて、ただ進む。ルクスも後を追い、歩き続ける。しばらく歩き続けると、森の中の開けた場所に着いた。雑草が所々、生えているものの、周囲の木々ほど鬱蒼となってはいない。
「ここですか?」
ルクスは瞠目して、周囲を見渡す。ジェイクは静かに頷くと、ルクスの方に振り返る。ジェイクは胸いっぱいに空気を吸い、ゆっくりと吐き出す。そして、悲哀に満ちた瞳でルクスを目視する。
「なあ、ルクス……俺を殺してくれないか?」
ルクスは呆気にとられ、瞳孔を見開く。ジェイクは変わらず、悲しげな表情を浮かべる。
「ど、どういうことですか? ジェイク教官。なんでそんなことを……」
ジェイクの発言を理解できないのか、ルクスは唇を震わせて必死に声を絞り出す。ジェイクは黒い外套に手を入れて、懐から機攻殼剣を抜き取る。ルクスは目を大きく見開く。昨日、彼の部屋で見つけた謎の物体。これを見た時、明らかに夜架とフィルフィの様子がおかしくなったのでルクスもあれを怪しんでいたのだ。
「その反応。どうやら昨日れの部屋で見たらしいな」
「ええ、でも腰に携えてるってことは……」
「ああ、機攻殼剣だ」
ルクスの顔色が変わり、思わず生唾を飲む。数多の機攻殼剣の形を見てきたルクスですら見たことのない異形の姿に驚きを隠せないでいた。
「でもそれとジェイク教官を殺めることに何の関係があるんですか?」
「こいつは寄生したやつの命を削っていくからだ。宿主が使い物にならなくなったり、又は食い尽くした後、別のやつに寄生する。俺は古都国の遺跡でこいつに憑かれてそれ以来、人を避けるため、ずっと山に篭ってた」
「古都国って……」
ルクスが暴れだしそうなほどの動揺を抑えながら、呟くと、ジェイクは首肯で返す。
「ああ、あの夜架っていう嬢ちゃんもその時に知り合った。自殺しようともしたが、こいつがそうさせてくれなかった。だからこいつを支配下に置こうと修行を重ね続けた。だが俺自身の実力は上がったがこいつを支配するには至らなかったよ」
ジェイクは僅かに肩を震わせながら、自嘲気味に胸中の思いを吐き出す。
「そんな時だ。久しぶりに人里に降りた時、アーカディア帝国が滅んだって話を耳にした。そん時は驚いたよ。なんせたった一機の機竜が滅亡に追い込んだっていうもんだからよ。『黒き英雄』俺はそいつに希望を託すことにした」
「じゃあ、ジェイク教官が講師として来たのって」
「あー、講師になったのは偶然だ。新王国に来て、いきなり捕まって、『黒き英雄』は生徒として在校してるっていうもんだからよ。あの腹黒学園長と議論の末、講師になった。」
ジェイクはため息をついて、頭を掻く。ルクスはぎこちない笑みで返す。少しばかり場の空気が和んだ気がした。
「俺が来たのはお前に会い、お前に殺してもらうためだ。ルクス・アーカディア。いや『黒き英雄』俺が死ねば、誰かがこいつの犠牲になる。頼む。この悲劇を終わらせるために」
ジェイクは素早く頭をさげる。ルクスは逡巡したのち、ジェイクを呼ぶ。ジェイクが静かに首を背筋を戻すと、ルクスは温和な表情を浮かべた。
「僕はこの数日間。とても楽しかったです。学園には同性の人がほどんどいませんから。ジェイク先生が来てから優しい兄がいる感じで幸せでした。教官、楽しい学園生活に彩りを加えて下ってありがとうございます」
ルクスがジェイクに頭を下げ、真心の篭った謝辞を述べる。ジェイクは優しげな笑みを浮かべて、ジェイクは親しみを込めた声で呼応した。
夕闇が辺りを包む頃、二人の男が向き合う。二人の間に冷たい風が吹き、足元の草花を揺らす。互いに機攻殼剣を手に取る。
「ーー顕現せよ。神々の血肉を喰らいし暴竜。黒雲の天を断て、〈バハムート〉」
ルクスが己の手に持つ黒い機攻殼剣を掲げて、詠唱を唱えると、彼の周りの漆黒が包み、黒い装甲をまとった彼が現れた。
「これが『黒き英雄』……」
ジェイクはバハムートの姿に瞠目し、呟く。ルクスに自分を殺せる可能性を感じて、口元で三日月を作る。ジェイクは歪な機攻殼剣の二つの突起を地面に向けた。
「崇めよ。聖道から外れし、呪われた古龍。数多の死屍の頂きで咲き誇れ。〈ナーガ・ラージャ〉」
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