この素晴らしくあざとい後輩との冒険者生活はまちがっている。 作:水刀 言心
連投につき、今回はあとがきを最後にまとめております。
なお、今回は後半殆ど説明回となります。
ご了承下さい。
自分たちの置かれた現状の危うさを、ようやく認識した俺たちは、あの後つつがなく夕食を終え、互いが借りた部屋へと戻った。
あれからの夕食中は、結局ろくに会話は弾まず…………というか、俺自身がとても談話を楽しめる精神状況ではなかった為、音速で食事を終え、そそくさと逃げ出すようにこの部屋に戻って来たのだ。
そして買い出しの時に購入した黒のスウェット…………何で異世界にスウェットがあるのか、というツッコミはさておき、それに着替えた俺は、思い切りベッドへと倒れ込んだ。
「…………あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああ…………!!」
周囲の部屋への音漏れを意識し、枕に顔を埋めたまま、声にならない叫びを上げる。
…………もう、ゴールしても、いいよね?
バカじゃねぇの!?
バッカじゃねぇの!!!?
何が『迷惑なんてことは絶対にない(キリッ)』だ!
挙句の果てに、何自分から後輩女子(傷心中)の頭撫でてんの!? バカなの!? 死ぬの!?
つーかもう一遍死んでるよ!!
バカは死んでも治んなかったよ!!
目は治ったのにね!?
何が訓練されたぼっちは勘違いしないだよっ!?
自分の行動振り返って見ろ!? 完全に自分に酔っちゃう系の、痛々しい勘違い野郎じゃねぇか!!
何で転生した早々、新たな黒歴史を紡ぎ出してんだよぉぉぉおおおおおお!!!?
「…………はぁ、死にたい。」
異世界生活1日目。
既に俺のSAN値は、限界を迎えようとしていた。
もう今日は何もかもを忘れて、泥のように眠ってしまおう。
幸い、慣れないことの連続で、それなり以上に疲労感はある。
このまま目を閉じていれば、そうかからず夢の世界からお迎えが現れることだろう。
今は、全てを忘れよう。
恥も後悔も黒歴史も、全てを夢の世界へと置き去りにしよう。
そう結論を出し、俺が目を閉じた瞬間だった。
こんこんこん、と3回、扉を叩く音が響いた。
2回でも4回でもなくて、3回ってとこが、地味にマナーが分かってる感じがしてあざとい。
そしてそんなあざとさを発揮しつつ、俺を訪ねて来る人間なんてこの宿には…………否、この世界には1人しかいない。
本来なら、眠っている体を装い、居留守を使ってやり過ごすシーンだ。
だが、ふと脳裏に過ぎる、彼女の寂しげな、切なげな、震える声。
放っておく、と言う選択肢はなかった。
がしがし、と頭を掻きながら、俺は扉へと向かう。
そして鍵を開け、ゆっくりと扉を開いた。
「…………何か用事か?」
出来るだけ平静を装い、抑揚に乏しい声で口にする。
開いた扉の向こうには案の定…………。
「良かったぁ。まだ起きてたんですね。」
なんて言いながら微笑む、あざとい後輩の姿があった。
「よいしょっ、と…………。」
突如として強襲を掛けてきたあざとマスターいろはすは、俺に確認を取ることもなく入室し、躊躇することなく、先程まで俺が倒れ込んでいたベッドに腰掛ける。
…………いや、流石にちょっと待ってほしい。
勝手に入室したことは良いにしても、普通男と2人きりで躊躇いなくベッドに腰掛けるだろうか?
おまけに、現在一色は呪いの法衣でも、食事時に来ていた町娘風の服でもなく、淡いピンク色のパジャマ(ボタンシャツとズボンに分かれたオーソドックスな薄手のもの)に着替えていた。
何で着替えてきちゃったの? 目のやり場に困るでしょうが。
理性の化け物と称された俺だが、別に異性を全く意識しないわけじゃないんですよ?
さっきからドギマギし過ぎて、若干息苦しくなってきてるんですが?
そんな俺の気も知らずに、一色は無情にもこんな事を宣った。
「先輩も座りましょうよ。立ってられたら、落ち着かないじゃないですか。」
ぽんぽん、と自分の隣のスペースを叩く一色。
俺はこの後輩が、何を言っているのか分からず、思わず半目でその顔を凝視した。
「な、何ですか? し、視線がやらしいですよ? と、というか、あまりジロジロ見ないで下さいっ。家族以外の男の人に、パジャマ姿なんて見せた事ないから、結構恥ずかしんですよ。」
…………じゃあなんで着替えて来ちゃったんですかね?
俺の視線から、身を守るように自分の体を抱く一色。
その様子に、俺はこいつが、恐らく何も考えてないんだろうな、という結論に至り、大きく溜息を吐いた。
これはもう、俺の精神的な安寧の為に、さっさと用を済ませてお引き取り願おう。
開き直った俺は、これまでの脱力感もあって、少し乱暴に、どかっ、とベッドに腰を下ろした。
「きゃっ!? …………もうっせんぱいっ!! わたしが座ってるんですから、もう少し気をつけて下さいよね!?」
「へーへー、悪うございました。で? 何の用だ? 明日早いから、さっさと寝たいんだけど?」
「むぅ、全然反省してないですよねそれ…………。というか、わたしの用事もまさにそれなんですけど?」
「はい?」
「明日の予定ですよ。先輩、何も言わずに、そそくさと部屋に戻っちゃうから。」
言われてから、はっとした。
そう言えば、夕食時の微妙な空気、もとい俺がちっちゃな黒歴史を刻む羽目になったきっかけは、一色が明日の予定について尋ねてきた事だったな。
精神的ダメージが大き過ぎて、完全に忘れていた。
「すまん。完全に伝えるの忘れてたわ。」
どう考えても俺の手落ちだったので、素直に謝罪する。
すると一色は、意外な事に居心地が悪そうに視線を彷徨わせていた。
「い、いえその、もとはと言えば、わたしがあんなこと言ったのが原因ですし。む、寧ろ話を逸らしてしまって、申し訳ないと言いますか、何と言うか…………。」
頬を赤らめ、謝罪らしき内容の発言をする一色だが、その声は尻すぼみで、最後の方は良く聞き取れなかった。
そんな後輩の殊勝な雰囲気に。
「お、おう…………。」
対人スキルのレベルが底辺の俺は、そんな間抜けな返事を絞り出すのが精一杯だった。
…………何この空気。
「ぎ、ギルドのお手伝いですか?」
再び訪れた微妙な空気を打ち消すべく、明日の予定を切り出した俺。
それに対する一色の反応は、全く訳が分からない、といった表情と今の台詞だった。
あと、どうでも良いことなんだが、手伝いを『お手伝い』って言っちゃうあたり、こいつのあざとさは徹底してるな、と感心してしまった。
「まぁ、そう言う反応になるだろう、とは思ってたがな。」
「いやだって、普通なら初心者向けのモンスター退治に行ったりするんじゃないです?」
「ゲームならそれで良いんだけどなぁ…………。」
これはゲームなんかではなく、紛れも無い現実だ。
素人に毛が生えた程度の初心者冒険者が、何の危険も無く相手出来るようなモンスターなんて、街の周辺に出没しようものなら、ワゴンセールの人気商品並みの早さで駆逐される。
結果、定番である薬草採集なども、危険がなければ冒険者に依頼を出すより、自分達で向かった方が安上がりだ、と殆どの者が考える。
そういった事情から、初心者向けの討伐依頼は、初っ端から一歩間違えば、命の危険を伴う、ウルトラハード仕様となっていた。
余談になるが、今説明した諸々の事情から、駆け出し冒険者は殆どが、無料で宿泊出来る馬小屋で寝泊りをするらしい。
衛生的にも感情的にも最悪だろうが、経済的に考えるなら合理的ではある。
俺一人なら散々迷った末に、結局馬小屋生活を選んでいたかもしれない。
話を戻すが、日銭を稼ぐ程度なら、土木工事等の肉体労働が、クエストとして斡旋されている。
とはいえ、それだと本当にその日の給料以外に得るものがなくなってしまう。
それはいかがなものかと思い、俺が目をつけたのが、ギルドの手伝い、という常設クエストだった。
「仕事内容としては、書類の整理や報酬の計算。女性の場合だと、依頼窓口で受付をしてもらう事もあるらしい。」
言いながら、俺は机に置いてあった紙、常設依頼書の写しを一色に手渡す。
「いつの間に用意してたんですか…………って、これ報酬凄くないですか!? この宿の宿泊費と1日の食事代、お風呂代なんかを差し引いてもおつりが来ますよ!?」
依頼書に目を通し、驚きの声を上げる一色。
お隣さんに迷惑だから、声のトーンは落としてね。
とはいえ、彼女の驚きは尤もだろう。
俺も元の世界で、多少なりサブカルを嗜んでいなければ、この報酬額にビビり、依頼を受けよう、などとは思わなかっただろう。
「最後の募集条件のせいで、殆どの冒険者が振るい落とされてるんだろうよ。」
「募集条件って、読み書き計算が出来る方って、こんなの誰だって出来るじゃ…………あぁ!」
改めて募集条件を見直し、一色はようやく俺の言わんとする事に気付いたのだろう、納得の声を零した。
そう、誰だって読み書き計算くらいは出来る。
それが、日本ならば、の話だが。
どの程度かは分からないが、この国の識字率はそう高くないのだろう。
現代社会でさえ、国外に目を向ければ、識字率の低い途上国なんてザラだっだのだ。
中世程の文化レベルしかないこの世界では、言うに及ばずだろう。
それは計算についても同様で、下手をすると四則計算の概念があるかすら怪しい。
加えて、この世界で計算が出来る、というのは相応の教育を受けた事の証であり、それなりの身分か裕福さの表れでもある。
そんな人間が、冒険者ギルドの手伝い、もっと言えば冒険者などという仕事に就く筈もなく、この依頼は常設でありながら塩漬けになっていたのだろう。
なお、冒険者ギルドの名誉の為に言っておくと、この依頼が常設となっているのは、ここ始まりの街アクセルのみらしい。
常に駆け出しの冒険者が増え続けるこの街では、ギルドは慢性的に人手不足なのだ、とルナさんが死にそうな顔で零していた。
…………お労しや。
「なるほど、報酬が高い理由は分かりました。確かにわたしたち向けの良い仕事ですね。…………アレ? でもそれって、報酬は良くてもレベルは上がらないんじゃ?」
「そりゃモンスターを倒さなきゃ、レベルは上がらんだろ。」
「特典の意味ないじゃないですか!?」
「別に延々とこの依頼をやるつもりはねぇよ。一先ずは5日間、この仕事をしながら情報収集と、戦い方を学ぶ。」
そう前置きをして、俺は改めて、一色に今後の方針を語る事にした。
これから5日間の方針。
それを端的に表現するなら、『チュートリアル』である。
ギルドの手伝い、というクエストを選んだもう1つの理由が、そこに保管された情報を閲覧できる、ということ。
ルナさんにも確認したが、冒険者ギルドには、各職業が習得出来る職業スキルや、習得者が稀なレアスキル、過去唯一の個人しか習得した者のないユニークスキルなどの目録、ギルドが把握しているモンスターの生態や懸賞金の目録などが保管され、随時更新されている。
そして、それらは冒険者から要請があれば、無条件に開示が許可されている。
尤も、あまりアクセルの冒険者は活用してない様子だが…………。
俺はそこまで大胆にはなれない。
命の危険がある仕事を、何の前情報もなしに請け負うなんざ、命知らずにも程がある。
そこで俺は、この5日間でそれら目録に目を通し、最適なスキル構成の模索と、今後相手にするであろうモンスターの情報収集、あとはついでにこの世界、この国の常識について学ぼうと考えた訳だ。
加えて言うなら、その為に俺は、初期のスキルポイントで、魔剣の運用に必要不可欠な両手剣スキル以外は習得していない。
スキルポイントとスキルは不可逆であり、一度使用したスキルポイントは戻ってこないのだ。
慎重にならない方がどうかしてる。
これには一色も同意見だったらしく、彼女も冒険者カードの機能確認の為、魔槍を操る為の槍スキルのみを習得したらしい。
さて、話を戻そう。
この点については、既にルナさんと話はついていて、空き時間や勤務後に、自由に必要な目録を閲覧する許可は貰っている。
そしてもう1つの予定である、戦い方を学ぶ、と言う事について。
こればかりは、いくら資料に目を通しても、どうにもならない。
そこでルナさんに、誰か戦い方を教えてくれるような人物に、渡りをつけてもらえないか、と交渉したところ、意外にも二つ返事で了承してもらえた。
というのも、戦い方を知らない駆け出し、というのは珍しい話ではないらしく、そういった連中が先達の指導を求める事は、良くある事なのだそうだ。
そのような場合の為に、ギルドでは対応可能な人材として、現役、引退者問わず数名の指導者を常に確保しているとのこと。
しかも、指導料は先行投資、という事でギルド持ち。
にも関わらず、やはりアクセルには命知らずが多いらしく、このシステムの認知度はまるで上がらない、とルナさんが悲しそうに呟いていた。
…………本当にお疲れ様です。
ともかく、ルナさんの計らいで、俺は勤務終了後に、元ソードマスターだというおっさんから、毎日2時間程度の稽古を付けてもらえる事になっている。
命がかかっているのに、そんな部活みたいな稽古時間で大丈夫なのか、と不安になったが、スキルによるアシストが前提である為、多少動き方を確認するだけで、必要充分以上の効果があるらしい。
本当にゲームのような話だ。
長くなったが、改めてこれから5日間の、俺たちの動きを確認しよう。
まず早朝から夕方まで、ギルドの手伝い及び、スキルやモンスター、一般常識について情報収集。
夕方、城壁の外で、元冒険者から戦い方を学ぶ。
中々にブラックな5日間になりそうだが、今後の生活が…………引いては命がかかっているのだ。
俺は断腸の思いで、無理やり自分を納得させる事にした。