この素晴らしくあざとい後輩との冒険者生活はまちがっている。 作:水刀 言心
「…………と、まぁこんなところだな。」
一通りの説明を終え、一色へと視線を移す。
かなりガチガチに予定を決めてしまっていたので、文句の1つ2つは覚悟していたのだが、一向にそう言った言葉は出て来ない。
それどころか、一色は惚けた様子で、俺の顔をまじまじと見つめるばかりで、何一つ言葉を発する様子は無かった。
「…………おい、俺の話ちゃんと聞いてたか?」
流石に心配になり、そう尋ねる。
すると一色は、はっと我に返った様子を見せ、慌てて視線を足元に向ける。
既に時刻は夜半。
日はとっくに沈み、灯りはマジックアイテムの照明のみで薄暗い。
にも関わらず、俯く彼女の横顔、その頰にははっきりと朱が差していた。
…………そういう仕草をされると、勘違いしそうなんで、やめてもらえませんかね?
思えば、今日は彼女に調子を狂わされっぱなしだ。
普段の意図したからかいと違い、今日の一色にそんなつもりは無いのだろうが。
夕食のときと言い、案外俺も余裕を失っていたのだろう。
働かずの誓いを破ってしまった事を思い出し、思わず遠くを見つめてしまう俺。
…………決して恥じらう薄着姿の一色が、目に毒だったから視線を外した訳ではない。
「…………やっぱり、先輩は凄いですね。」
どれくらい沈黙していたのか、不意に一色が、ぽつり、と零すように呟いた。
「褒めてもらったとこ悪いが、別にこれ、俺が一から十まで考えた訳じゃないぞ? 異世界転生もののアニメやラノベ、ゲームのチュートリアルとか思い出して、最善だと思った方向に話を持ってっただけで…………。」
「だとしても、ですよ。そういうこと冷静に考えられるだけ、やっぱり先輩が一緒で良かったなって。わたしだけだったら、きっと特典選びの時点で失敗してました。」
「買い被りだ…………。」
予想していた罵詈雑言どころか、予想外の誉め殺しに、バツが悪くなって視線を逸らす。
俺を一体どうしたいんだこいつは。
その攻撃は俺(の精神)に効くからやめてね。
「普段は挙動不審で、ぶっちゃけキモいですし時々何言ってるのか分からないし、というか、存在自体意味不明だったりしますけど。」
「おい。」
「…………じょーだんですよ?」
ぺろっ、と舌を出して、悪戯っぽく微笑む一色。
…………それはそれで効くからヤメロ。
「でも本当にいざっていう時…………生徒会選挙のときも、クリスマスイベントのときも、みんなを動かしてくれたのは先輩でした。」
「いや、選挙はお前を口車に乗せただけだし、クリスマスだって、結局他の連中の手を借りたし、仕切ってたのはお前だっただろ。」
「そのわたしを動かしたのは、先輩じゃないですか。…………それにあの2人も。」
敢えて俺がぼかした筈の言葉を、しかし正確に言い当てた一色に、思わず俺は振り返る。
意図して口にしなかった訳ではない、しかし僅かに胸を過ぎった鈍痛が、俺が失った何か、その重さを例えているように感じた。
そしてそれは、一色も同じだっただろう。
困ったようにはにかんだその表情は、いつものあざとさなどカケラも見当たらない、どこか歪な笑みだった。
「…………わたし、ずっと怖かったんです。この世界に来た時からずっと、先輩も急に居なくなっちゃうんじゃないかって。」
今にも何かが溢れてしまいそうな、その何かを堪えたような、そんな彼女の呟きは、どこか悲痛で、俺は息をすることすら忘れ、その言葉に耳を傾けていた。
「だって、わたしもう生徒会長じゃなくなっちゃったんですよ? ここには葉山先輩もいないんですよ? だからっ、生徒会長に、された責任も、葉山先輩に、フラれた責任もっ、今の、先輩にはっ、無いっ、ですよ…………!!」
その声は涙に濡れ、頬にもはらはらと雫が伝う。
ああ、そうか。
俺の中で、かちり、と何かが噛み合ったような、そんな錯覚を覚える。
案外、俺と一色は似ているのかもしれない。
きっと彼女は、理由が欲しいのだろう。
俺がそばに居てくれる理由が。
孤独にならないですむ言い訳が。
理由がなければ行動出来ない俺。
理由がなければ安心出来ない一色。
それを欲した経緯は違えど、結果的に俺たちは同じように理由を、そう振る舞う大義名分を望んだ。
ならば、それでこいつが安心出来るなら、そんなものいくらでもでっち上げてやればいい。
問題の解消は、俺の十八番だ。
いつだってそうしてきた。
例えそれがまちがっていたとしても、今こいつが求めている理由になるのなら、そのまちがいは、俺が全て飲み込めばいい。
だから、俺はこれから、きっと柄にも無い事を口にする。
「…………責任がない、って事はないだろ。」
「えっ…………。」
驚きに見開かれる一色の瞳。
涙をたたえ、きらきらと揺れるそれを、真っ直ぐ見据えることができず、俺は視線を足元に落とす。
視界に映る己の両足は、いつも通り何とも頼り無く、それが返って俺の心を落ち着けてくれた。
「お前が生徒会長じゃなくなろうと、葉山がここにいなかろうと、それがイコール、俺がお前にした事が、全て精算されるって事にはならんだろ。」
「なに、言ってるん、ですかっ…………?」
…………さぁな?
自分でも、良く分からなくなってきたところだ。
「お前の言った責任ってのが、何を指してんのかは知らんが、少なくとも、それを果たしてやるまでは、俺がお前に負った責任とやらは精算される事はない…………と、思う。多分。知らんけど。」
心の中で、大見得を切った割に、結局口から出た言葉は竜頭蛇尾に。
いや、だから言ったでしょ? 柄じゃないって。
こうなると、最早一色の顔など恐ろしくて、とてもじゃないが見る事は出来ず、俺は只管自分の足元を見続ける作業に没頭する。
しかし、それほど待つ事なく。
「…………ぷっ、あは、あははっ!」
隣から溢れ出した笑い声に、俺は思わず顔を上げた。
そこには、心底可笑しそうに、口元を押さえ、声を上げて笑う一色の姿が。
一気に顔が熱くなった。
やっぱ慣れないことするもんじゃねー!!
再び黒歴史を紡ぎ出してしまった事実を認識し、今すぐごろごろ、と転がり悶え苦しみたい衝動に駆られた。
「あはははははっ…………な、何ですかそれっ? か、カッコつけるなら、ちゃんと最後までやって下さいよ!」
未だ笑いが込み上げてくるのか、途切れ途切れで口にする一色。
…………もういっそのこと殺してくれ。
しかし、その声色に先程までの悲壮さはなく、俺はその事に、心底安堵していた。
…………まぁ、体張ったんだから、そうじゃないと困るが。
「は、はははっ…………もうっ、ホント、おかし過ぎですっ…………ふぅ。でも、言質は取りましたからね?」
…………は?
ようやく笑いが収まったらしい一色。
その口から飛び出した、余りにも無情な言葉に、ぶわっ、と全身から嫌な汗が吹き出した。
恐る恐る、顔を隣へと動かす。
ニンマリと、まるで獲物を見つけたネコ科哺乳類のような、空恐ろしい笑みを浮かべた後輩と、目があった。
…………雪ノ下が居たら、真っしぐら待ったなしだろうなぁ(白目)。
「…………ちゃんと責任もって、わたしを幸せにして下さいね?」
「…………はい?」
一瞬、目の前が真っ白になった。
本当に人間って、驚き過ぎると視界がホワイトアウトするものなんだな…………。
いや、現実逃避はよそう。
後輩を慰めようとしただけだったのに、何でプロポーズをOKされたみたいになってるのん?
わけがわからないよっ!?
酷い目眩に見舞われながら、俺が思ったのは、やっぱり早まったかも知れん、というどうしようもない後悔ばかりだった。
「あ、そういえば先輩。1つ気になってたんですけどぉ?」
あれから一頻り人をいじり倒し、すっかり持ち前のあざとさを取り戻した一色。
口元に右の人差し指を当て、んー、などと可愛らしい、何ともあざとい鳴き声を上げつつ、首を傾げてそう尋ねてくる。
…………絶好調みたいで何よりだ。
こっちは今すぐ窓からI can fly!! したいがな!!
「先輩、もともと1人で行動するつもりだったんですよね? ギルドのお手伝いクエストって、わたしが飛び入りで参加しても、大丈夫なんですかぁ?」
「…………だ、ダイジョーブダヨー。」
飛び出して来た当然の疑問に、慌てて視線を逸らす。
こいつ、1番聞かれたくなかった事を…………!!
俺のあからさまに不審な行動を、そう易々と見逃してくれる一色ではなく、
「…………センパイ? 何を隠してるのか、ちゃんと全部教えてくれますよね? 」
…………と、冷え切った声で詰問された。
こっわ!? いろはすこっわ!?
センパイ、の部分だけメチャクチャ甘ったるい声なのに、落差がヤバイ!
「…………い、いや、その、だな…………も、もともと、依頼は2人で受ける形で話をつけてたというか、ね、念の為な? で、でだ、な? 指導してくれる冒険者も、い、一応な? 槍使いの人も、探して貰えるよう、頼んでみたり、なんか、しちゃってまして…………。」
しどろもどろになりながら、隠していた事実を打ち明ける俺。
恐る恐る一色の顔色を伺おうとしたところ。
「…………はぁぁぁぁぁあっ!!!?」
耳がキーン、とする程の絶叫が木霊した。
…………いや、周りの部屋に迷惑だから、声のトーンは落としてね?
「じゃ、じゃあ最初から、先輩はわたしと一緒に依頼や指導を受けるつもりだった、て事ですか!? それなら何で、夕食のときあんな事言ったんですか!?」
「いやだって、自分の預り知らんところで、一緒に行動する前提で話進められてたとか、普通に引くだろ? 良かれと思ってやったのに『キモーイ! マジストーカーとか最悪ぅ! マジテンサゲー!(裏声)』とか言われたら、悲しすぎて死にたくなっちゃうだろ?」
「引きませんし、言いませんよ!? わたしのこと何だと思ってるんですか!?」
「イマドキJK(笑)。」
「ぶっ◯されたいんですかっ!?」
終いには胸ぐらまで掴んで、怒髪天を突く勢いの一色。
…………正直に言ってしまえば、何と言えば良いのか分からなかったのだ。
もともと俺の中に、こいつを放り出す、という選択肢はなく、かと言って、それを確認する言葉も、共に行動してくれるよう頼む言葉も、どちらも口にするのは、むず痒く、重かった。
だから、ああいった迂遠な言葉で、こいつの意思を聞き出そうとしていた訳だが…………結果がアレだったんで、本当に後悔したし、反省もした。
だから、出来れば気付かないままでいて欲しかったんだが、そうそう上手くいかないのが人生ということなのなろう。
喚き散らす一色のまなじりには、引っ込んでいたはずの涙が、再び顔を覗かせていた。
「わ、わたしがどんな気持ちで、どれだけ、怖くて、寂しくて、悲しかった、か、わ、分かりますかっ!?」
ガクガクと、掴んだ胸ぐらを揺すりながら、それ以上に声を震わせる一色。
「いや、正直反省してる。悪かった。けど、俺の方から確認するのは、流石に気が引けたんだよ。分かってくれ。」
数々のトラウマたちの所為でな。
あと、そろそろ離して下さい顔が近い。
「じゃ、じゃあ何ですか? わたしがあんなに、あんなに辛い、思いをしたのは、その、先輩の捻くれの、所為、って事ですか!?」
「…………まぁ、端的に言えば、そうなる、か?」
「…………。」
ぱっ、と俺の胸ぐらを解放し、だらん、と項垂れる一色。
どうにか分かって貰えたか、と安堵のため息を零した瞬間。
勢い良く顔を上げ、きっ、と俺を睨み付けた一色は、
「乙女の純情を何だと思ってるんですかこの大バカぁぁぁぁあああっっ!!!!」
とまぁ、盛大に吼えた。
…………これ、絶対明日苦情言われるな。
せめて追い出されないことを祈りたい。