「初めまして。私は八雲紫の式、八雲藍と言います。以後お見知りを」
丁寧な挨拶ではあるものの、言葉の節々に隠すつもりのない不遜な態度が現れている。まるで嫌々でも来てやったのだから有難く思えと言わんばかりのその態度は、はたての怒りの矛先を向けられるのに時間はかからなかった。
「紫の式が私の家に勝手に上がり込むなんて、どういう了見?常識がなってないんじゃないの?」
はたては挨拶も無しに突然割り込んで来た狐を睨む。藍はと言えば全く動じておらず、九尾狐という天狗と比べれば格上の妖怪であるが故か、寧ろ見下しているのが良く分かる。
藍はふん、と一笑に付すと、殺意を向けるはたてを無視し、呆け顔をしたサンカと話を始める。
「役に立ちたい、との事でしたね?」
「ま……まあ、はい」
曖昧な二つ返事を聞くと、彼女は懐から一枚の紙切れを取り出し、投げるように手渡して来た。若干癪に障りはしたが、読めという事だろう。
「さっさと出て行ってくれない?なんなら、今ここで弾幕を撃ち込んでやってもいいのよ?」
気に食わなくとも狭い部屋で喧嘩はしないでくれ。サンカは折りたたまれた紙を開きながらはたての肩を軽く叩くと、彼女は藍に聞こえるよう舌打ちし、手に収められた紙切れへと注意を向けた。
彼は上から下へと流し読みするが、書かれている字はミミズがのた打ち回っているようで、まるで解読不能であった。一体何が書かれているだろうかと首を傾げると、はたても同じように首を傾げた。
「あの、不躾で申し訳ないのですが、これは?」
「それは私の式、橙が書いたものです。まだ小さいのにそんな立派な文字が書けるんですよ」
「あ、はい。そうですか……」
藍が凄いだろうと言いたげに胸を張った。どうやらこの狐、相当な過保護のようだ。自分の子供のように式を扱っているのは良い事かもしれないが、それを差し引いてもなお親馬鹿さが有り余る。それに加え、長くなりそうなうちの子自慢を始めた彼女は、もはや主に頼まれた用事すら忘れているらしい。
「なによこの字。全然読めないわ」
はたてが思っていたことをそのまま口に出してしまった。一瞬、藍のこめかみがピクッと動いた。癪に障ったらしく、尻尾が不機嫌そうに揺れている。
サンカは窘めて止めさせようとするが、彼女の悪態は止まらない。
「突然こんな紙を持ってきて、貴方何がしたいの?サンカが困ってるじゃない。ほんと、アンタはどこまでも親バカだわ~」
今にもとびかかりそうなはたてを押さえ、藍に話を続けるように促した。なにやら強い力を放っている彼女にヘソを曲げられたら、後々面倒な事になりそうだからだ。
「ふん。どうやら貴方方の様な鳥頭には、橙の崇高な字を読めないようですね。仕方ない、説明して差し上げます」
嫌味を言いながらも、藍は説明を始めてくれた。
紙に書かれていたのは幻想郷各地で起きた怪異の一覧で、その中でも将来的に異変となる可能性がある、もしくは博麗の巫女が動くまでもない異変の類であり、早い段階でこれを解決するのが望ましいとの事だった。
怪異の解決の何故がはたての役に立つのか、とサンカが質問すると、はたてがその答えをくれた。
「異変の芽を潰せば、幻想郷の安定を保てる。それにサンカの活動を私が記事にすれば、購読者も増やせるかも……」
「はたてが良ければ僕はやろうと思うけど、どうする?」
「紫からの指示で動いてるなら、私は拒否できないわ。でもサンカの身になにかあったら……」
「生きるか死ぬかはサンカさん次第です。我々から指示を出しますので、それを黙ってこなしていれば良いんです」
重要な事をかなりアッサリ言われた気がする。どうやらサンカ一人にやらせるだけやらせて、支援をする気は更々ないようだ。
拒否権はないそうなので渋々承諾すると、藍は隙間を開いてさっさと出て行ってしまった。できれば黄金色に輝く9本のモコモコ尻尾を触り、あわよくば埋まってみたかったが、あの様子では許可してくれないだろう。
(触りたかったなぁ。尻尾)
「サンカ、さっきは……」
はたてが声をかけてきたので、ビクリと小さく体が跳ねた。見るとすっかりしおらしくなっており、詰め寄った事を反省しているようである。
加えて彼女が少し上目遣いでこちらを見ているせいか、抱いた恐怖心もどこかへ行ってしまったので、怖がる必要も失せた。
「その、なんだ。なにも言わなくていいよ。言いたいことは分かるから」
「……」
「……僕が出て行くって言った時、あんな風に引き留めてくれたのは君だけだったな。寧ろ嬉しい、かな?」
「!そっか、良かったぁ……えへへ」
どこか悲し気に見えるはたての笑みは、まるで高名な絵画のような美しさを覚え、ついつい目を奪われてしまう。
暫し惚けていると、彼女は思い出したように声を上げた。
「そういえば、まだお風呂を沸かして無かったわね。今準備してくるわ!」
「いや、僕がやっておくよ。はたては休んでて」
「良いの?ありがと~!」
落とした湯呑を拾い雑巾で床を拭くと、サンカは火種を片手に風呂場へと向かった。
はたては手を振って彼を送り出すと、自室に入って明かりを灯す。
瞬間、天井までビッシリと貼られたおびただしい数のサンカの写真が映し出された。その中には外界にいた頃の写真も含まれており、食事をとっている処、寝ている処、散歩している処などと細かく分けられ、一日の行動が余すことなく飾られている。
「もう、突然出て行くって言うから慌てちゃったじゃない。サンカはそんな事絶対にする人じゃないのに、私ったら」
壁が見えなくなるほどに貼られた写真の一つを手に取って抱きしめると、はたては恍惚とした表情を浮かべて、ニヤリと口角を上げた。まるで悪魔のように。
「嬉しいって言ってくれた……ああ、やっぱり彼に一番相応しいのは、この私しかいないんだわ。フフッ」