「号外!号外ですよ!」
戦闘から数日後の事、サンカは投げ込まれた文の新聞を広げていた。そもそも彼女の新聞を取った覚えはないのだが、何故か毎日欠かさず文が持ってくるのだ。はたて曰く、私の書く新聞よりも優れていると喧伝したいのだろう、との事である。そんな彼女を、サンカは少し疎ましく思っていた。
問題は記事の内容である。大概は鼻で笑えるようなレベルのねつ造記事が書いてある事が大半だが、今回は様子が違う。
「なんだこれ」
そこには弾幕ごっこになるべく耐えられるようにする為、スペカの練習を行うサンカの写真がデカデカと掲載されていた。見出しには、
『外来からの刺客、幻想郷侵略を計画!?』
と書かれており、影で盗撮していたと窺い知れた。サンカは眉間に皺を寄せて新聞を握り潰すと、背後からでも感じ取れる程の憤怒を露にする。
「アイツめ……」
許可も取らずに盗み撮った挙句、これまた許可も取らず、偽りありの文字を添えて一大スクープにするという手法は、外の世界に溢れているゴシップ記事を思い出して不快になる。
良い妖怪と少しでも思ったのが間違いだった。次に顔を会わせたら、スペカを叩き込んでやろう。
「サーンカ!」
「はたてか。どうしたんだ」
はたてが壁の向こうからヒョッコリ顔を出すと、眩しい笑顔を見せて駆け寄り、サンカの隣へと密着して座った。
能力に気づいたあの日から、ずっとこんな調子である。幻想入りして彼女に会ってからまだ一週間も経っていないのに、言葉を交わす距離も急に近づき、まるで何年も前から一緒だったと錯覚してしまうくらいだ。
サンカは長い間独り身でいたせいか、ベタベタされるのは好きではないのだが、はたてにされるのは不思議と苦ではない。
ただ、文がどこからか見ているかもしれない疑いがある以上、いつまでもこうしてはいられないのだ。はたてを優しく振りほどいて少しだけ距離を置くと、彼女は残念そうな顔をした。
「どうしたのさ」
改めて聞くと、はたてはキラキラした目でサンカを見た。
「あのね、あのね、この近くに温泉が出来たらしいの!一緒に行かない!?」
こちらにも温泉があるのか。特に断る理由がないので快諾すると、彼女は入浴に必要な荷物一式を纏めた手提げを渡して来た。どうやら断られても連れて行くつもりだったらしく、承諾されるのが前提だったようだ。サンカは頬を掻くと縁側から立ち上がって、荷物を受け取ろうと手を伸ばす。
だが荷物を受け取る直前、音もなく足元に隙間が開き、サンカは吸い込まれるように落下した。
「うわぁ!?」
「サンカ!?」
隙間の中で神経を直に触られるような不快な感覚を味わうと、彼は良く耕された畑のど真ん中に着地した。良く熟した赤いトマトと、突如として現れた男に驚いて固まっている老爺が視界に入る。被服からすると、ここは外来ではなく幻想郷の何所かのようだ。
折角のノンビリした時間を台無しにされたサンカは顔を上げ、隙間の中から覗き込んでいる紫に怒鳴った。
「紫さん!前振りもなく放り出さないでくださいよ!」
「あらごめんなさい。でも急用だったから許していただけないかしら?」
紫はヘラヘラと笑う。悪いとは全く思ってないようだ。
はたてはどうしたのかと聞くと、彼女はサンカが突然消えたことによってパニックになっており、藍が必死でなだめているらしい。早く彼女の元に帰らなくては。
サンカは苛立ちながら頭をワシャワシャと掻き、紫に今回やるべき事を尋ねる。
「それで?僕はどうすれば?」
「今回はその地域で発生している怪異の解決をお願いしたいのよ」
詳しく聴くと、最近得体の知れない物の怪が人間を襲い、攫ってしまう事案が多発しているので、その調査と物の怪の討伐をしてほしい、と言われた。実力を見る為にも、丁度良いらしい。
「私も忙しいし、博麗の巫女達も異変解決でドタバタしてるから、誰も止める人がいないの」
「ようするに今手空きが居ないから、僕を代わりに引っ張り出したと?」
「察しが速くてよろしいわ。早く片付けてきちゃって、多分この辺りにいるから」
紫は扇を広げると、楽しみにしているわ、と付け足して消えた。
(本当に忙しいのか?あの人)
話している間、寝癖だらけの髪を見ていたサンカは、紫の言っている事がどこまで本当なのか疑問だった。どう見てもついさっきまで寝ていた風で、とても忙しいとは思えない。
気を取り直し、ポケットからスペカを一枚取り出して目を通すと、振り向き、まだ固まっている老爺に最近変わったことがないか、と尋ねた。
「何?」
「いや、最近不思議な事はありませんでしたか?」
「何?」
耳が遠いのだろうか。今度はなるべく傍によると、大きな声で尋ねた。これなら嫌でも聞こえるだろう。
「何?」
聞こえなかったようだ。これでは2・3度繰り返したところで同じ問答になってしまう。他を当たることにしよう。
(日没まで帰れるかなぁ……うん?)
ふとトマトが目に入った。そういえば今日は朝食もまだだったので、お茶しか飲んでいない。
サンカは老爺の顔を見ながらトマトと自分の口を交互に指差し、貰ってもいいか、とジェスチャーを送る。すると老爺は意味がなんとなく通じたらしく、うんうんと首を縦に振ってにっこりとした。
(ありがとうおじいちゃん)
熟して大きい物を一つ選んでもぎ取ると、彼は一礼して探索を始めた。