「ねえサンカ。あの子と何を話してたの?」
妖怪の山上空を飛行しながら、はたては尋ねる。
彼女は威圧しないようにと精一杯笑みを浮かべてこそいたが、目は笑っておらず、苛立ちを抑えられていないのが丸わかりだった。
それに加えて、答えによっては今ここで撃ち落とすと言わんばかりの殺気も出している。サンカは何故彼女が苛立っているのか腑に落ちないまま、ありのまま起こった事を話す。
「それがさ、はたてが出てくるまで世間話をしていたんだけど、突然うちに来ないかって言われたんだ」
はたての顔が強張る。サンカは基本的にお願いや提案を拒否することが出来ない性格で、面倒な仕事すら引き受けてしまうのだ。もしかしたら今回も承諾してしまったかもしれない。彼女が恐る恐る聞くと、
「行かないよ。あの子、僕をペットとして飼うって言うんだもの。そもそも僕には居場所があるし」
と一笑に付し、風圧で飛びかけた帽子を手で押さえた。はたては安堵すると共に、さっきまで頭を悩ませていた自分が馬鹿らしく思え、クスクスと笑う。
(そうよね。彼が私から離れるわけないものね)
「何かおかしいかい?」
「ううん。なんでもない!」
いつもの明るい感じに戻る。一体何だったのだろうかと、サンカは不思議そうに首を捻った。
◆◆◆◆◆
家に到着すると、サンカははたてに甘い物を食べないか、と持ち掛けてみた。今日は不機嫌そうな言動を取ることが多かったので、おやつ時にも丁度良いと判断し、機嫌を直す一環として提案したのだ。
女子は甘いものを好むという法則は人外と言えど適用されるようで、はたては甘味と聞いた途端、すぐに食いついてきた。
「それじゃあすぐに作るから、座って待っててくれ」
「分かったわ!楽しみ~」
期待は大きいらしいので答えなければなるまい。里で幾つか購入した有り合わせの材料と、霧の湖の畔で遭遇した氷精に(無理やり)作らせたアイスクリームを保冷容器から取り出し、手際よくあんみつを作り上げていく。
本当は個人で食べようと思っていたのだが、やはり人が多いほうが楽しく食べられると判断しての事だ。夏の暑い時に食べる冷たい物は、格別に旨い。
「最後にこれを盛りつけて、と」
頂点に果物の砂糖漬けを載せ、はたての元へ運ぶ。予想通り、彼女はアイスを見た事がないようで、しげしげとそれを見つめている。聞けば、夏の甘味と言えば糖液を削った氷にかけた高級品か、白玉を砂糖水に入れた冷や水という物くらいしかないらしい。
「豆が入ってるのね、これ。黒蜜をかければいいの?」
「うん。まあ食べてみてくれ。冷たくて美味しいよ」
「それじゃあ、いただきます」
木の匙でアイスを掬い口に運ぶと、直後に顔の周りに花が咲いたと思えてしまうくらいに輝き、至福の声を漏らした。喜んでいただけたようだ。
サンカも腑抜けたニヤケ面にならないように堪えつつ、未知の美味に悶えるはたてを見つめながら餡子を掬い、口へと運ぶ。
「!?」
不快な味と、餡子とは思えないジャリジャリした食感を覚え、はたてには見えないように懐紙の上へ吐き出した。餡子は砂状になっており、食品だったとは思えない様子を呈している。
口腔で食品が砂になる現象が信じられないサンカは、もう一度確認するように、今度は寒天を掬って食べる。
「うっ……」
「どうしたの?」
再度吐き出すと、やはり風化して砂になっていた。
これは夢だろうか?それとも、氷精から怨みを買ったせいでこうなっているのだろうか。いや、これは紛れもない現実であり、ましてや氷精の怨念でもない。
落胆しながら匙を置き、どうしたものかと口をへの字に曲げる。
「食べられない?」
「うん。折角作ったのに、残念だよ」
「ちょっと食べさせて」
やめておいた方が、という一言を無視し、はたてはサンカのあんみつを食べる。特になんともなさそうで、咀嚼の後、嚥下してみせた。彼女も不思議そうに首を捻る。
「不思議ね。私は平気なのに」
はたては指を自らの額にトントンと当てる。そしてなにか思いついたように声を上げると、妙にニコニコしながら頬杖をついた。
「ねえ、私の食べてみない?」
「いや、いいよ。どうせ砂になっちゃうだろうし」
「私の分は平気かもしれないわ。物は試しよ。ね!!」
少し考え、その言葉通り試してみる事にした。だが、はたてのあんみつを受け取ろうと器に手を伸ばすと、彼女は制止させ、一口分のアイスが乗った匙を差し出す。何を考えているのだろうか。
「私が食べさせてあげる。良いでしょ?」
「え」
食べられるかどうか試すというのは建前で、本当の狙いはそこにあるらしかった。困惑し、何と言えば良いのかを熟考する。
「ええと、ほっほら、こういうのは恋人同士でやるもので……」
「ほら、あーん」
はたてはまるで聞いておらず、小動物を愛でるような呆けた笑顔を浮かべている。
拒否しようかとも思ったが、機嫌を悪くされるのも嫌なので、サンカはおずおずと差し出された匙をくわえた。
「ん、甘い」
しっかりと甘みとアイス特有の滑らかさを感じる。どうやら食べられたようだ。一体どんな法則があるのだろうか。
「美味しい?」
「う、うん」
「良かったぁ。ねね、次は何を食べたい?寒天?それとも白玉?」
「えっと、じゃあー」
「スクープ!!」
考えを巡らせていると、戸が勢いよく開き、カシャリとシャッターが切られる音が響いた。また文が来たようだ。
(なんで何時も間の悪い時に来るんだ!!)
この光景の写真を撮られてしまったからには、タダで返すわけにはいかない。それ相応の対価を払ってもらおう。
サンカは匙を咥えたままの態勢でスペカを取り出し、文に向けて宣言した。
「スペルカード。天獄符・
「えっ」
天狗の里に木霊する文の悲鳴と、対して涼しげな音色を立てる風鈴。これは、暑い夏の昼下がりの出来事だった。