蝉の騒がしい昼下がり。サンカとはたての姿は、湖の畔に建つ巨大な洋館に在った。
血を想起させる紅い煉瓦で造られた館はとても広く、幻想郷では珍しい凝った作りの噴水や迷路のような庭園、豪奢な装飾が施された手摺や煌びやかなシャンデリア等、贅の限りを尽くしているのがそこかしこに窺える。二人を案内するメイドも含め、複数の使用人を雇っているのを加味すると、ここの主は相当な財力と人望があるのだろう。
「どれも初めて見る物だらけで新鮮ね!記者魂が燃えるわ~!」
「燃えるのは良いけど、館の人達に迷惑はかけないでね」
写真を撮りまくるはたてに、サンカがやんわりと釘を刺す。二人が何故この場に居るのか、それは数時間程前に遡る。
◆◆◆◆
「紅魔館?」
はたてに作ってもらったきつねうどんを食べながら、紫の発したその単語を復唱した。
あんみつの一件から色々試してみて、他者が彼の為に作った食事なら喫食可能である事が判明した為、炊事担当は交代制からはたてで固定となっていた。
そして当の彼女はと言うと、紫の後ろで苦虫を噛み潰したような顔をして立っている。
(そんな怖い顔をしないでくれ、話に集中できない)
念を送ると、彼女は頬を膨らませてふいっとそっぽを向いてしまった。後で機嫌を直さなければ。
「それでその紅魔館とやらに、何の用があるんです?」
食べ終わった器と箸を置くと、紫の目を見て訊ねる。今回も都合よく使われるのは分かっているが、これも新聞のネタのためだ。
事実、以前の活躍をネタにした記事は反響を呼び、購読者数が数倍に跳ね上がっている。紫の方も異変の種を潰す作業を押し付けられるため、お互いに得をしている訳だ。
紫は待ってましたと言わんばかりに、懐から一枚の写真を取り出して見せる。
「これは?」
サンカは呈示された写真を受け取り、目を細めた。
縁に表示された年数を見る限り、これは文が撮影したもので間違いないだろう。写真には布で包まれた人間大の大きさの何かと、それを運び入れる複数のメイド、指示を出しているらしい紫色の衣装を着た少女が写っている。
「数日前、紅魔館にこれが運び込まれたわ。正体は分からないけれど、異様な雰囲気があるし、幻想郷にとって危険な物かもしれない。貴方はこれが何なのか確かめて、害を振りまく物なら持ってきてほしいの」
はあ、と気の抜けた返事をすると、カチャカチャと硬質な物を忙しなく動かす音が聞こえてきた。
写真から顔を上げてみると、紫はどこから拾ってきたのか、ルービックキューブで遊び始めている。どう考えても忙しそうには見えないし、暇なのであれば自分でやってほしいが、サンカを送りたがるには相応の案件なのだろう。サンカは写真に目を戻し、指示を送る少女の人相を確認しようと凝視する。
「あそこの住人は前科があるし、もし変な物を運び込まれたら面倒なのよ。お願いできるかしら?」
「……わかりました。ただし条件があります」
紫の眉がピクリと動く。条件を出されたのが癪に障ったようだが、一つだけならと渋々承諾してくれた。流石この世界を作っただけあって懐が深い。
サンカは臆せず、堂々とその条件を口にした。
「はたてを同行させてください」
◆◆◆◆
「それで、お二人はどのような用件でいらっしゃったのでしょうか?そちらの女性の方は取材が目的の様ですが、貴方様は?」
銀髪のメイドが口を開き、反射的に気が引き締まった。何故なら此処に来た際、居眠りをしていた門番を中華鍋で力任せに叩き回していたので、彼女に少なからず恐ろしい印象を持っていたからだ。紫の使いであると伝えると快く中に入れてくれたが、対応や言葉を間違えようものなら、例え客人であっても容赦はしないだろう。
「紫さんに査察をして来て欲しいと言われまして。此方にいらっしゃるこの方とお話しがしたいのです」
「……そうですか」
写真を見せると、銀髪のメイドは何かを察したらしく頷いた。
念のため運び込まれている荷物についても聞いてみたが、彼女は関与していないらしく、自分では分からないと首を横に振られてしまった。
だが、写真に写っている少女は知っているので、彼女の元まで案内する、とは言ってくれた。
メイドは大図書館と呼ばれる部屋に繋がる廊下に二人を案内し、直進するように指示すると、パッと一瞬で消えた。はたては特段気にする様子もなく、サンカの手を引いて、赤いカーペットが敷かれた長く広い廊下を歩く。
「なあ、はたて」
「な~あ~に?」
笑顔で上機嫌に返事をしたのを見て、ご機嫌とりに同行をお願いして正解だったなとサンカは思った。同じ建物内であれば、別行動をしていても念写で位置を特定してすぐに合流できるだろうし、何より椛に迷惑をかけずに済むのが良い。
とは言え、例え一人で紅魔館に向かったとしても、はたてはストーカーのように後を着けてきただろうし、紫も常に監視している訳では無いだろうから、態々条件として呑ませる必要は無かったかも知れないが。
なんでもないと適当にはぐらかし、サンカは重厚な扉を静かに開けた。
「お~!すごい本の数!!何冊くらいあるのかしら!?」
はたてが目を輝かせながらカメラを連写し、一足先に踏み入る。扉の先で目にしたのは、天井まで高く伸びた本棚に、隙間無く詰められた大量の書物。それが手前の壁から奥の壁まで永遠と続いており、サンカも思わず感嘆の声を漏らした。
「……さて、目的の人はどこかな?」
「いらっしゃい。咲夜から話は聞いているわ」
声を聞いて上階を見ると、写真と同じ紫色のゆったりした服を着た少女が、山積みされた本の上で眠た気に手を振っていた。少女はゆっくりとした動作で本の山から降りると、二階から飛び降り、目前にふわりと着地…しようとした。
「むきゅ!?」
見事に失敗した。磨き上げられた大理石の床に滑り、手をワタワタさせながら派手に転倒しだのだ。
彼女は面食らうサンカを余所に何事もなかったように起き上がると、咳払いを一つし、彼と対面する。
「私の名前はパチュリー・ノーレッジ。今椅子とテーブルを用意するから」
指を振ると床に魔法陣が形成され、テーブルと椅子が現れる。便利な能力だなと感心していると、騒ぎを聞き付けたはたてもやって来て、パチュリーと名乗った少女にカメラを向ける。
「お待たせしました。こちら紅茶とチーズケーキになります」
促されるままに座ると、パチュリーの隣に先ほどのメイド(咲夜と言うらしい)がティーセットとケーキをお盆に乗せて現れた。咲夜はそれらをテーブルに配膳し終えると、一礼し、瞬きをした途端に消えてしまう。彼女も何らかの能力を持っているらしいが、紫並みに神出鬼没だ。
「それで、今時の念写記者と、外界から来た不条理がそろって何の用かしら?」
不条理とは自分の事だろう。他人からそう呼ばれているのは酷く心外ではあるが、事実能力が文や椛、はたてから見ても特殊な様なので仕方がないのかも知れない。
はたてはケーキに舌鼓を打っているので、サンカは要件を簡潔に、しかし直球で伝える。
「貴女方がここに運び込んだものを見せて頂きたいのです」