「本当にお外に出られるの?」
暗く狭い部屋の中。鮮やかなクリスタルの翼を持った少女は、人でも人外でもない相手と対峙していた。
『ああそうだよ。ついでにおじさんが魔法をかけてあげよう。とっておきの魔法だ』
真っ黒な影は少女の問い掛けに答えると、自身の一部を彼女の中へと潜り込ませた。
◆◆◆◆◆
「運び込んだ?」
「これ、見覚えありませんか?」
紫から受け取った写真を見せると、パチュリーは思い出したのか、近くにいた髪の赤いメイドを呼び出して二、三言交わし、件の物を持ってくるよう命じた。
サンカは椅子に深く腰掛けながら、彼女らの言動に不審な点が無いか注意深く窺う。
(動揺はしてないか。とりあえず、やましい物ではないみたいだな……あの娘は何をしてるんだ?)
チラリとはたてを見る。彼女はケーキを食べ終えて撮影に戻ったのだが、図書館の更に奥にある扉がどうしても気になるらしく、下駄を鳴らしながら周りを行ったり来たりしている。錠前が取り付けられているので、貴重な本を収蔵する倉庫だと思うが、それにしては重たく、暗い感じがした。
「聞いてる?貴方に質問しているのだけど」
パチュリーに声をかけられ、意識を彼女に向ける。無視されていたのが不服らしく、少しだけ不機嫌そうだ。
「は?ああ、すみません。何でしょうか?」
「無視するなんて随分と礼儀知らずね。まあ良いわ。聞きたいのだけど、貴方って人間なの?死体とかじゃ無くて?」
礼儀知らずはどっちなんだ。眉を潜めるが、なるべく平常を装って答える。
「血色が悪いかも知れませんが、一応は人間です」
「そう……尚更変ね。人間ならもっと……」
ぶつぶつと何言か呟き、パチュリーはティーカップに手を伸ばした。
「きゃぁぁぁぁぁ!!」
突如として悲鳴が上げる。二人は驚きつつ同時に顔を向けると、はたてが半壊した扉の前で倒れていた。
顔を殴られたのか鼻血が溢れ、頭を打った衝撃のせいで意識が朦朧としているらしい。
「はたて!?大丈夫か!?」
「う……」
抱え上げてテーブルの傍へ急ぎ足で運ぶと、後を追って扉の向こうから異形の存在が現れる。深紅の衣装を着用した小柄な体格や、あどけなさが残る顔つきは子供らしいが、翼から生える7色のクリスタルと狂気に満ちた表情が、彼女が人ならざる者であると物語っている。
「フラン!!貴方何をしているの!?」
パチュリーが叫ぶ。フランと呼ばれた少女は来訪者を見るなり、喜々とした様子で小さな手を握りこむ。
「ぐっ!!」
サンカが胸に痛みを覚えると、突然鮮血を吐き出して片膝をついた。フランは苦悶に歪んだ表情が面白いのか、悪魔のような笑い声を上げ、背後から迫る。
「魔法が効かない!?」
魔方陣を幾つか展開していたパチュリーが、誰に言うでもなく驚愕の声を上げる。その慌てっぷりから察するに、普段なら動きを封じられたのだろう。
(やられる!)
サンカは棒立ちするパチュリーを突き飛ばし、はたてと自分の体が隠れるようにテーブルを盾にするが、手刀がそれを容易く切り裂き、なおも鋭い爪を眼窩に突き立てんと進んでいる。
「このっ!!」
子供に手を上げるのは許されないが、状況が状況なので致し方ない。鉄拳をフランの頬に叩き込んで殴り飛ばすと、彼女は轟音を立てて本に埋もれた。
「……どうして死なないの?目を潰したのに」
人間に反撃されたのがショックだったのか、立ち上がっても動こうとせず、赤く腫れた頬をさすりながら放心している。
この子は普通じゃない。サンカは倒すべき敵を認識すると、血糊で汚れた上着をグッタリしたはたてに掛け、邪魔な中折れ帽を投げ捨てて殺意を向けた。
「パチュリーさん、はたてを連れて下がってください」
「あの子は吸血鬼よ!人間の貴方が太刀打ち出来る相手じゃ―」
「下がれ」
同一人物と思えない程の威圧的な声に、パチュリーは気圧され、おずおずと従う。サンカははたての治療を終えると、ケタケタ笑うフランを睨みつけ、スペカを手に取る。
「かかってこい。お灸を据えてやる」
「人間さんが弾幕ごっこで遊んでくれるの!?それじゃあ、いっぱいいっぱい遊びましょ!!」
両者同時に弾幕を展開する。次いで、フランは心底楽しそうに一本の槍を作りだして振り回し、正面に構えた。
「貴方はいつまで耐えられる?」
フランが弾幕を撃ち出すと、サンカも負けじと撃ち返す。サンカの光弾は小さいものの、その威力はフランの光弾に匹敵するだけの力を秘めており、お互いに攻撃を呑み込んで相殺していく。
「凄い凄い!こんなに強いなんて!」
彼女は追尾してくるそれらを縫って避けると、これでどうだとスペルを宣言する。
「スペルカード!禁忌・フォーオブアカインド!」
効果を発動すると、フランは4人に分身して別々の方向から集中砲火を浴びせた。サンカも初めのうちは回避を続けていたが、次第に動きが鈍くなり、とうとう降り注ぐ光の雨を前に脱力し、膝から崩れ落ちて停止してしまった。
(もう諦めた?魔理沙の方がよっぽど強いわね)
久しぶりの人間の訪問者が来ると聞いて楽しみにしていたが、期待外れだったらしいと目に見えて落胆している。
彼女は鼻で笑うと、分身達がサンカを肉塊に仕立てる過程を拝むべく、高度を上げた。
「スペルカード、吸武・
スペルの詠唱が聞こえた瞬間、強力な結界が展開され、放った弾幕の一切がまるでおはじきのように吸収・拡散してしまった。跳ね返ってきた光の弾は分身を消し去り、フラン本体にも牙を剥くが、彼女は戸惑いつつも一つ一つ避けきり、相手の姿を探す。
「どこ!?」
「ここだ」
応答しつつサンカが目の前に現れ、腹部に重く容赦のない蹴りを入れる。人間の脚力とは思えない強い蹴りは、フランの余裕に満ちた表情を崩し、苦痛に歪ませた。
「スペルカード、天獄符・
サンカが宣言して素早く離脱すると、後を追おうとしたフランの周囲に光の柱が現れ、動きを完全に封じた。それから追い打ちをかけるように、フランを中心として縦横無尽にレーザーと光弾が攻撃を与えてくる。遊びの範疇を超えた攻撃に、彼女はなす術もなく全身を焼かれた。
「っ!!」
攻撃が止んだ頃には、フランは満身創痍で体中が傷まみれになっており、もはや弾幕を展開するだけの力も残されていなかった。
サンカは彼女が力尽きて墜落するのを見計らって静かに歩み寄り、なんの迷いも無く首を締め上げる。
「かっ……はがっ……」
「子供だから許されると思うな。お前はやってはいけない事をしたんだ」
指に力が込められ、首の骨が折れんばかりに音を立てている。今のサンカは明らかに正気ではなく、報復のために動く人形と化していた。フランが弱々しい抵抗をする。
「た、助け……」
涙目になりながら虚空に手を伸ばすと、正気に戻ったサンカは手から力を抜いた。フランはその場に崩れ落ちて咳き込み、空気を肺へと送り込む。
「だ、大丈夫かい?」
頭上から声が響き、彼女の体がビクリと跳ねた。フランが恐々顔を上げ、彼女のルビーを思わせる紅い瞳と目が合う。
「ごめんね。怖かっただろう?お詫びと言っては何だけど、これをあげるから」
フランは戸惑いながら小さくコクコクと頷くと、彼は安堵し、自身の能力で傷を癒やしつつ、ポケットからドロップ缶を取り出して、残っていた飴を渡す。
そして彼ははたてを指差し、親が子供を叱るように、優しく諭した。
「どうしてこんな事をしたんだ?」
「お客さんが来たって聞いたから、弾幕ごっこがしたくて……」
「そっか、遊びたかったんだね。でも、君がしたのは悪い事なんだよ。遊びたいって気持ちは分かるけど、ちゃんと相手の気持ちを考えて、話し合って、それから怪我をしないような遊びをするべきなんだ。もうこんな事はしないって、僕と約束できるかい?」
「うん」
「よし、いい子だ」
こうして話している間、サンカはしっかりとフランと向き合い、同じ目線で話しかけていた。フランの表情は怯えきっていていたが、言葉を交わしているうちに幾分か和らいだ。
暫くして、パチュリーに介抱されていたはたてが起きると共に、本と写真に写っていた物を持ったメイドが戻ってきた。メイドには何があったと聞かれたが、パチュリーが弾幕ごっこをしていたと一言伝え、直ぐに下がらせる。
「さて、グチャグチャになった本は小悪魔達に整理させるとして」
パチュリーは新しい椅子とテーブルを作り出すと、椅子に腰かけて本を開いた。