幻想怪奇目録 ー人と天狗の奇妙な関係ー   作:ガーヘル313

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26話 まがい物達

 サンカとはたてが見守る中、パチュリーはお目当てのページを開いて一瞥すると、二人に見えるようにテーブルに置いた。紙面が茶色く変色しているものの、辛うじて何か書かれているのが分かる。

 

 

「まずはこれを読んで。興味深いから」

 

 文章の始まりを指差されたが、文字が崩れすぎていて現代っ子のサンカには判読不能だった。思わず目頭を押さえ、項垂れてしまう。

 

 

「読めないの?」

 

「……うん」

 

「仕方無いわね~。私が読んでも良いけど、どうする?」

 

 少なくとも自身よりは長く生きているはたてなら、昔の字も読めるのではないだろうか。サンカは文章の音読を彼女へお願いし、自身は情報の処理にあたる事とした。メモ帳とペンを取り出し、白けた視線を向けるパチュリーを前に、耳を傾ける。

 

「嘘……この内容……」

 

 一定まで読み進めると、はたてが酷く動揺しながら呟いた。何事かと横顔を見ると、彼女の顔は強張り、徐々に青ざめて行くのが手に取るように分かる。なにかそんなに恐ろしい事が書かれているのかと、サンカは気が気でない。

 

 

「驚いた?その本には餓鬼を人為的に造る方法が書かれているのよ」

 

「餓鬼?」

 

 餓鬼とは地獄に生息する悪事を働いた人間の慣れの果てであり、食事を採る事が出来ず、常に飢えと渇きに苦しみ、醜く膨れた腹や骨と皮だけになった姿が特徴だとされている。そんな餓鬼の製造法とやらが載っているのだ。

 サンカは思った疑問をそのままパチュリーに質問する。

 

 

「空想上の生き物を造れるんですか?お伽噺じゃあるまいし、餓鬼なんて―」

 

「それを言ってしまったら、私も貴方のお連れさんも空想上の生き物なんだけど?」

 

 パチュリーは呆れ気味にページを送り、はたての音読に補足で説明を入れていく。描かれている内容によれば、まずオリジナルである本物の餓鬼の細胞を人の細胞に埋め込み、人の体温程度に保温された人工子宮(フラスコのような物らしい)装置で培養して作るのだという。

 大まかな作り方自体は、かつて西洋で広く製造されていたホムンクルスに近いのだそうだが、聞けば聞く程信じ難い。

 

 パチュリーはサンカのメモ書きが一区切りするのを見計らい、席を立って運ばれてきた件の物品に歩み寄る。それは酷く汚れた布のような物で上から下まで隙間なく包まれていて、カビに似た臭いが微かにした。

 

 

「作られた餓鬼達は短期間で成長し、鬼をも超える戦闘力を得ると記されているわ。これは、完全体まで成長できた貴重な一体よ」

 

 少し躊躇した後、彼女は巻かれた布を剥がしてゆく。

 

 

「うっ」

 

 外気と隔てていた布が無くなって中身が露わになると、はたては吐き気を催して蹲ってしまった。

 

 

「はたて、無理はしなくていいよ。メイドさん、彼女を介抱していただけませんか?」

 

「え?あ、はい!かしこまりました!!」

 

 はたては口を手で覆うと、メイドに手を引かれて小走りに出て行った。

 

 内包されていたのはミイラ化した死体で、人間と比べると犬歯が鋭く、頭も常人の倍近い大きさだった。額にはもう一つ目が収まっていたと思われる窪みがあり、腹部から下は潰され、脊髄で辛うじてつながっている有様で、右腕は千切れてしまったのか、肩から先が無くなっている。

 

 

「これは……」

 

「この間、外から流れ着いたの。死体とは言え、まさか実物の検体が手に入るなんて思いもしなかったけど」

 

 そこまで言うと、パチュリーは手早く汚れた布で覆い隠し、保管庫へ運ぶよう他のメイドに伝えた。彼女たちは今までそれが何なのか知らなかったらしく、腫物を扱うが如く、気味悪そうに運んで行った。

 

 パチュリーは椅子に座ると、紅茶を一口飲んで話を続ける。

 

 

「……少なくとも、記録に残されているだけで36体が製造されているわ。作られたのはおおよそ数百年前。貴方には、明治維新の最中と言えばわかるかしら」

 

 あり得ない、とサンカは漏らす。昨今の科学技術は目覚ましい発展を遂げてこそいるが、それでもこういった新種の生物を作り出すのは容易ではない。莫大な資金は勿論、研究や実験に使う道具も知識も、未だ完全な生き物を作り出せる段階には到達していないからである。

 

 彼女が開示した文献や死体が本物なら、技術が発達していない遥か昔にそれを成功させ、あまつさえ戦場で兵器として運用していた事になるのだから、開いた口が塞がらなくなるのも仕方なかった。

 

 と、フランがテーブルの下から顔を出して覗き込んできた。サンカは彼女を椅子に上げると、まだ口を付けていない紅茶を差し出す。

 

 

「ありがとう」

 

「そう恐々しないで、って無理だよな……」

 

 気まずそうに頬をポリポリ掻くと、肝心な事を聞き忘れていたのを思い出し、パチュリーに最後の質問をした。

 

 

「パチュリーさん、貴方はあの遺体をどうするんですか?」

 

「そうね、見つけたから拾ってきただけで、どうするかはまだ考えていなかったわ。でもまあ、そのうち解体して研究するかもしれないわね」

 

「研究?」

 

「この技術を応用して、無くした手足の再生医療魔法に生かそうと思っているの。完成したらお披露目してあげるから」

 

「はあ……ありがとうございます」

 

 どんな悪だくみをしているのかと警戒していたが、少し安心した。特に脅威になりうる訳ではなさそうなので、放っておいても大丈夫そうだ。紫に渡すためのメモを書き終えると、サンカは彼女へ再度礼をし、はたてを迎える為に席を立つ。

 

 

「お、お兄ちゃん」

 

 サンカの足が止まった。何、と返事をすると、飴玉を掌に載せたフランがたどたどしく要件を伝えた。

 

「あ、あの、また遊びに来てくれる?」

 

「招待されれば行くけど……僕が怖くないのかい?」

 

「ちょっと怖いけど、良い人そうだから。ねえ!今度は、今度はお人形さんで遊びましょ!!」

 

「うん、良いよ。僕も楽しみにしてるから」

 

 フランの見送りに手を振り返して図書館から出ると、急に現れた咲夜に案内されながら、廊下を歩き始める。

 

 

(そういえば、お兄ちゃんって呼ばれたのは二回目だな。一回目は……)

 

 今日は疲れたので、はたてを連れ帰ったら寝てしまおう。彼は窓を覗き込む夏の太陽を見上げ、霞みがかった遠い昔の記憶を反芻しながら、目を細めた。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

「それにしても……」

 

フランを自室に戻した後、パチュリーは一人考察を始めていた。サンカとフランの弾幕ごっこの最中、サンカは焦げ茶の瞳ではなく、眩く光る黄金色の瞳をしていた。白目の色が真っ黒に変色していたのも相まって、まるで闇夜に浮かぶ月を思わせる目だった。

 

 加えて、フランが魔法の封印を解いて部屋を出た事も、より高度な封印魔法にもかからなかったのも引っ掛かる。彼女は覚えていないと言うが、何等かの要因が働いていると見て間違いないだろう。

 

 

「餓鬼の瞳の色は……ううん、まさかね」

 

 彼女は閉じられた本を手に取りながら、小さな声で呟いた。

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