幻想怪奇目録 ー人と天狗の奇妙な関係ー   作:ガーヘル313

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29話になります。ごゆっくりお楽しみください。


29話 悪しき物 

「さあ、此方へ」

 

 促されるまま店の奥に案内されると、古ぼけたテーブルと椅子が置かれた、薄暗く狭い部屋に通された。女性はサンカを座らせると、コンロのつまみを捻って火を入れ、使い込まれた鍋を温め始める。

 

 

「どうぞ召し上がって。私の自慢の料理なんです」

 

 暫くして、彼女は鍋の中身を二つのスープ皿によそってテーブルに置き、サンカと対面する椅子に座った。一連の動作を見ていたが、怪しい物―例えば毒物等は入れておらず、食べたとしても大丈夫だろう。

 

 

「……では、お言葉に甘えて」

 

 警戒を解かずにスプーンを持ち、皿に目を落とす。芳醇で濃厚な肉の香りや、とろみのあるブラウンのスープから察するに、この料理はシチューらしい。

 サンカは器の中にスプーンを入れ、何が入っているのかを見ようと、軽くかき回す。

 

 具材は人参、玉ねぎ、それから白色のピンポン玉。ピンポン玉の表面には血管が巡っており、外れかけた水晶体が繋がっていた。どう見ても目玉だ。

 

 

「なっ!?」

 

「どうかされました?」

 

「は?あ、いえ。なんでも」

 

 上ずった声で誤魔化すと、改めて手元に視線をやる。顔を見つめる目玉に生理的嫌悪を覚えてシチューに沈めると、鼻や耳等の、どう見ても人間のそれと分かる物がプカプカと浮かんできた。

 

 

(この女、人を食っているのか!)

 

 背中に冷たい物を感じ、掌に汗がにじみ出ると共に、身の危険が迫っていると第六感が告げる。今すぐにでも逃げたいが、逃げ道となるドアの前には女がいて通れず、外に直結する窓らしい窓も無い。万事休す、袋の鼠だ。

 

 

「同族かと思いましたが、私の思い過ごしだったようですね。まあ、新しい食材がやってきたと考えれば儲けものでしょう」

 

 部屋に気を取られて女への警戒が疎かになった瞬間、喉元目掛けて牛刀が飛んできた。咄嗟に体を捻じって回避し、反撃のためスペカを取り出そうとポケットを探るが、どういう訳か一枚も入っていない。

 

 

(肝心な時に!)

 

 後に失念していた事を知るが、遊んで帰るだけのつもりだったので、スペカ一式は全て部屋に置いて来てしまっていた。あれが無ければ弾幕の制御が効かず、この店だけでなく周辺の施設、果ては自分まで灰燼に帰す可能性がったため、そうホイホイと使う訳にもいかない。これが何を意味するのかと言うと、今の彼は傷の治りが早いだけの人間でしかなく、敵からすれば格好の獲物でしかないのだ。

 

 焦りながらも椅子を手に取って投げつけると、女は避けもせずにその椅子を軽々と受け止め、涼しい顔をして床に降ろした。椅子は男であるサンカが持っても重いと思えるくらいなのだが、どうやらこの女には小石を持った程度にしか感じていないようだ。

 

 

「壊さないでください。前の住人の物なんですよ」

 

 向けられた双眸を見て、サンカは息を呑む。一目で異形だと分かる黒くなった強膜と、ボンヤリと光を放つ黄金色の瞳。それはまるで闇夜に浮かぶ満月を想起させ、蝋の如く白くなった肌や髪も相まって神秘的な印象すら覚えた。

 

 サンカは平静を装いつつ、異常な目をした女に尋ねる。

 

 

「店の中で作業していたのは死体の処理かい?外まで臭いが漏れていたぞ」

 

「ええ。私は訪れたお客様を食材として調理し、その身に着けていた貴金属類を売って生活しています。もっとも、今回の様にお客様自らいらっしゃるのは初めてですが」

 

 再度凶器が投擲されるが、今度は避けきれず腕に刺さってしまった。相当な威力があったようで、貫通した刃が反対側から顔を出し、滝のように血を滴らせている。

 

 

「フー、フー……ふんっ!!」

 

 激痛で悶えつつも、深く息を繰り返しながら牛刀を引き抜く。傷口はすぐに塞がり始め、血の流出が止まり、痛みも消え、跡形もなく綺麗に完治する。

 

 女は驚きつつも、腕の再生を興味深げに観察し、なんともなさそうに指を開閉するサンカを見て、感嘆の声を上げた。

 

 

「その力、私と似ていますね」

 

「僕は人間だ。あんたみたいな食人種と同類にされたくない」

 

「そうですか。それは失礼いたしました」

 

 女は申し遅れましたと、自身の左手を胸に当てて名乗る。

 

 

「私、名を羅刹と申します。貴殿方と似て非なる存在、餓鬼とでも言っておきましょう」

 

「!?」

 

 羅刹と名乗った女は目を見開くと、顔に青筋が浮かび上がる。すると、サンカの脳裏に凄惨な光景があふれ出した。無抵抗の人間や妖怪を惨たらしく殺し、子供さえも容赦なく血祭に上げる自分の姿を見て、彼は頭を押さえて叫ぶ。

 

 

「うわああああああああああああああああ!!」

 

「何をしても無駄です。私の力は、人が体験した最も強いトラウマを引き出して見せる力。目を瞑ろうとも、耳を塞ごうとも、貴方の記憶からは決して逃れられない」

 

 頭が割れそうな程痛む中、彼はついに意識を失い、膝から崩れ落ちた。

 

 

 

 

「案外耐えましたね」

 

 動かなくなったサンカを見て、羅刹は能力を解いた。彼女はサンカのポケットを探って金になりそうな物を幾つか取り出し、置いてあった鋸を首筋に押し当てる。このまま鋸を引けば頭と体は切り離され、成人男性一人分の肉になる寸法だ。思わぬ収穫にほくそ笑む。

 

 

「さあ、貴方も美味しい料理に……」

 

 羅刹がそう言うと、サンカの指がピクリと動いて素早く鋸を掴んだ。意識が戻る筈がないと驚いて制止すると、ユラユラ動く焦点の合わない目が徐々に変化し始める。

 

 

「まさか貴様!?」

 

 蹴りが腹部に直撃し、乾いた音と共に衝撃が背中に突き抜ける。人間の筋肉量では到底あり得ない威力の蹴り脚は、骨肉を滅茶苦茶に破壊して吹き飛ばす程で、餓鬼として鍛えられた羅刹でさえも致命傷を負った。

 

 

「傷の治りが……はっ!?」

 

 接近に気づいた頃には、既に手遅れだった。顔に涎がボタボタと滴り落ち、魚が腐ったような血生臭い臭いが、鼻腔を刺激する。

 

 

「こ、こんな!!こんなところでわた―」

 

 羅刹の声が途切れ、硬い物を嚙み砕く音がした。

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