幻想怪奇目録 ー人と天狗の奇妙な関係ー   作:ガーヘル313

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30話になります。ごゆっくりお楽しみください。


30話 モヤモヤの答え

 天井からぶら下がった灯りに羽虫が群がり、自身の呼吸音がハッキリと聞こえてくる静かな部屋で、サンカはあたかも魂が抜けたかのように動きを止める。

 

 自分は何をしていたんだろうか。両手に肉塊を持ち、口元と服を血でべっとりと染めながら、彼はふと我に返った。確か、紫に命令された後、怪しいと思った宝石店に足を運んで、それから店の女に誘われて食事を取りに……

 

 

(んぐっ)

 

 喉の辺りに違和感を覚え、血染めの手を口の中に突っ込む。指先に細長い糸のような物を捉え、ずるりと引っ張り出してみる。

 

 出てきたのは、千切れた頭皮から生えた毛髪だった。長さからするに、どうやら女の物らしい。

 

 

「そうだ、あの女……」

 

 今一度周りを見渡す。床一面に広がった血の池と、食いちぎられたような何かの肉の塊、そして口から出て来た髪の毛―全てを察して嘔吐すると、その吐しゃ物の中には肉片だけでなく、歯や骨等も出て来た。

 

 サンカは羅刹を食っていたのだ。彼は受け入れたくない現実から目を逸らし、震えながらもテーブルを支えに立ち上がると、自分に暗示をかけるように、

 

 

「僕は人間だ……僕は人間なんだ……人を食う筈がないんだ……」

 

と何度も呟く。そうしてブツブツと壊れたように繰り返していると、徐々に落ち着きを取り戻して来た。

 

 暗さにも目が慣れると、ノブを外された壁と同色に塗られたドアがある事に気が付き、何があるか気になったサンカは警戒しつつ、そのドアを蹴破った。

 

 

「これは……」

 

 現れた部屋には、大がかりで珍妙な機械が置かれており、散らばった資料とおぼしき大量の紙を見るに、羅刹はこの場所で幻想郷に入るための装置を作っていたらしい。全くの偶然ではあったが、紫からの依頼は達成したに違いなかった。

 

 サンカはポケットからライターを取り出すと、資料に火を付け、装置を近場にあったバールで叩き壊す。そして火が収まったのを見届けると、破れかけた札を手にし、隙間を開いた。

 

 今日はもう家に帰ろう。購入した品物の片付けと服の掃除、それから紫への報告。やりたい事は沢山あるが、疲れていてはなにも出来ない。サンカは眠気を醒ますかのように伸びをし、凄惨極める部屋を後にした。

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 判断が鈍ったままでは危険と判断したサンカは、眠気覚ましにと霧の立ち込める湖で身を清め、体を拭かずに汚れた服を羽織り、ライターを灯りにして帰路に着いた。服に染みついた血の臭いに釣られて寄ってきた妖怪もいたが、不思議と襲って来た輩はおらず、無事に天狗の里までたどり着けた。門番をしていた天狗には驚かれたが、夜の妖怪の山をただの人間が抜けて来たのだから、当然の反応だろう。

 

 

(遅くなっちゃったな。泣いてないと良いけど)

 

 サンカは背後からの好奇の目を背中に感じつつ、家の戸を叩く。

 

 

「ただいま」

 

 戸が素早く開き、中からはたてが飛び出す。彼女は涙と鼻水で顔がグシャグシャになった状態で、サンカの胸へ飛び込んだ。

 

 

「は、はたて」

 

「うぅぅぅ……」

 

「おかえりなさい。今日はお疲れ様でした」

 

「その声……椛ちゃんか。ありがとう。大変だっただろう?」

 

「ええ、暴れるし泣くしでもう……」

 

 廊下の角から椛が顔を出した。彼女はハハハと苦笑いをすると、大きなため息をついて座り込んでしまった。サンカが留守にしている間、はたての面倒を見ていてくれたらしく、その顔には疲れが窺える。

 

 

「それより、服が血だらけじゃないですか。怪我をしたんですか?すぐに手当てをした方が―」

 

「いや、これは僕のじゃないんだ。心配いらないよ」

 

「ちょっと何の騒ぎだい?」

 

「はたて様の御付きの人間が帰って来たんですって」

 

「御付きって、あの?」

 

 ひそひそと会話が背後で交わされている。段々とこの状況が恥ずかしくなってきたサンカは、泣きじゃくるはたてを連れ、家の戸を閉めた。

 

 

 

 

「全く、ちょっとの時間くらい別々に居られるようになってほしいよ……そうだ、また今度外界に行くんだけれど、なにかほしい物はあるかい?」

 

 はたてを寝かしつけたサンカが椛に問う。彼は血に汚れた普段着を脱ぎ、はたてに貰った甚兵衛を着用していた。椛にはその格好が珍しかったらしく、普段着よりもよく似合っているとお世辞を言われた。

 

 

「欲しい物、ですか?」

 

 椛は持っていた湯呑を置き、手を顎にあてて考え始めた。外界でと言われると、やはり何が良いのか思いつかないのだろう。

 

 暫し苦悶する様を眺めていると、欲しい物が思い浮かんだのか、椛はうんうんと頷いてサンカを見た。

 

 

「じゃ、じゃあ、甘い物を」

 

「甘い物?わかったよ。それにしても意外だね。君の事だから、てっきり煎餅とかお茶とか選ぶと―痛ててて!」

 

 言い終わる前に、椛はサンカの頬をグイっと抓った。メリメリと音を立てて頬が引っ張られ、爪が肉に食い込む。

 

 

「年寄り臭いって言いたいんですか!?私だって甘い物くらい食べます!!」

 

「ごめんよ悪かった!許してくれ!顔が千切れる!!」

 

 椛は気が済むまで頬を引っ張った後、そっと手を放した。頬は赤く腫れ、爪が喰い込んだ痕から血が出ていたものの、能力のお陰かすぐにそれも収まった。傷や怪我の治りが早まっているとは言え、彼女は容赦という物を知らないらしい。

 

 

「痛てて……」

 

「これからは言葉に気を付けてください。それにしても……」

 

 椛は涙目になって蹲るサンカに忠告すると、背後から聞こえてくる寝息に、その大きな獣の耳を傾けた。

 

 

「お付き合いされているのは存じてましたが、仲も良いようで安心しました」

 

「うん?付き合い?」

 

「はい。はたて様がそう仰ってましたが……」

 

「はたてが?」

 

「ええ。好きって言ってもらったから両想いだ、と」

 

(言ったっけ?)

 

 いきなり何を言い出すのだろうか。サンカは家に上げてもらっているだけで、はたての彼氏、ましてや婿になった覚えはない。確かに人前でも遠慮なしにくっつかれる事が多いし、家の中では常に傍らに居たが、あくまではたてが勝手にそうしているだけで、サンカ自身は特に意識した事は無かった。そんな関係にいつなったのだろうか。

 

 椛と共に首を捻りつつ、その話が出た時期を探っていると、丁度自分がスペルを初めて使用した頃と重なり、合点がいった。どうやらはたてに対して言った慰めの言葉を、違う意味で捕らえてしまっていたらしい。

 

 

「ああ、あの時か」

 

「やっぱり言ってるじゃないですか」

 

「いや、あれはそういう意味でなくて……」

 

 椛に懇切丁寧に説明すると、椛は心底残念そうに肩の力を抜いた。あの女といい椛といい、何をそんなに残念がるのだろうか。女心はつくづくわからない。

 

 

「なーんだ……はたて様の勘違いか」

 

 少し安心したように、椛はお茶を啜って一息つく。

 

 

「そういう訳だよ。期待させちゃって悪いけど」

 

 サンカは襖を少しだけ開き、熟睡するはたての様子を窺う。体を赤ん坊のように屈めて布団に包まった格好は、普段よりも大分幼く見え、庇護欲が掻き立てられる。

 

 

「……この子と一緒に居ると、どうも落ち着けなくなるんだ。胸の辺りが苦しいと言うか、締め付けられると言うか」

 

「ぶっ!?」

 

 椛が口に含んだお茶を盛大に吹き出した。サンカは突然の出来事に慌てながらも、拭くものを持ってこようと立ち上がる。

 

 

「だ、大丈夫か!?今拭くもの取ってくるから!」

 

「ゲホッ、い、いえ大丈夫です!それより、今の本当ですか!?」

 

「何が?」

 

「胸がどうとかってやつです!」

 

「え?う、うん。そうだけど」

 

 椛は苦しそうに息をしながらも、顔を真っ赤にしながらサンカの前へと回って、鼓膜が破れるのではと思うくらいの声量で怒鳴った。

 

 

「サンカさんは鈍感通り越して馬鹿です!それは異性として好きって意味じゃないですか!!」

 

「ああ……そうなのか。この感情が好意って奴なのか。スッキリしたよ」

 

 サンカは騒ぐ椛をよそに、どこか楽し気に笑った。

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