31話 一休み
「面白そうだぜ霊夢。このサンカって奴」
ある日の事。白黒の魔法使いと紅白の巫女が、仲良く縁側に座ってお茶を飲み、煎餅を齧っていた。
魔法使いに霊夢と呼ばれた巫女は、面倒くさそうに新聞を覗き込む。
「外来の能力者、驚異的な活躍……これのどこが面白いのよ、魔理沙」
「最近外界から入ってきた、能力を使える人間の男らしいぜ。そんなのが妖怪の山で、それも人間を見下してる天狗と生活してるなんて、面白くないか?」
霊夢は口につけかけた湯呑みを傍らに下ろし、新聞を取り上げて一面を注意深く読む。異変を起こそうと企んでいるのなら今のうちに潰すつもりだったが、紫が一枚噛んでいるのが判ると、彼女は興味を失い、魔理沙に新聞を押し付けた。
「外から来た人間?早苗と似たような物って事ね。で、能力はなんなの?」
「それが分からないんだぜ。な?面白そうだろ?」
「ふーん」
霊夢は一人ではしゃぐ魔法使い-魔理沙を鬱陶しそうに横目で見つつ、それで?と方眉を上げた。
「どうせアンタの事だから、弾幕勝負がしたいだけでしょ」
「ご名答だぜ!!今日は宴会をやるだろ?コイツも来るだろうし、一戦交えて実力を試してみるのも面白いだろ!?」
「あっそ。やりたければ勝手にやりなさい。ただし、神社ぶっ壊したら二人纏めてぶちのめすからね」
霊夢は素っ気ない態度をとり、食べかけの煎餅を口へ放り込んだ。
◆◆◆◆
「フンフフーン……」
はたては鼻歌混じりに手際よく卵焼きを焼き上げていく。今日の彼女は機嫌が良く、いつもより気合いの入った料理を作っていた。
サンカも上機嫌な彼女の後ろ姿を見ながら簡単な部屋の掃除を済ませ、購入が必要な備品の確認を行う。互いに作業を分けて済ませれば負担も減るし、それだけ自由な時間も増えるので、自ずと進んでやっているのだ。
「ねえはたて、僕の歯ブラシ知らない?この間買ったと思うんだけど」
鏡台を前に、サンカは怪訝な顔をした。石鹸、鉛筆、箸。他にも最近無くなる、もしくは消費が早くなる物品が幾つか増えた。特に歯ブラシの紛失率は高く、幻想郷で簡単に買い揃えられる物でも無いので難儀している。
訪ねられたはたては、何故かビクッと体を強張らせ、若干早口になりながら声を返す。
「歯ブラシ?あー、ごめん。私にも分からないわ」
「んん。わかった」
サンカはメモ帳に買い出しする物を書き纏め、胸ポケットに仕舞った。
暫くすると、食事の良い匂いがしてきた。昨晩は新聞の製作に手間取って寝るのが遅くなった事もあり、今回の食事は昼食兼朝食である。夜遅くまで起きているのはやはり辛いが、こうして昼頃まで寝るのも悪くはない。
「はい、あ~ん」
「自分で食べられるよ」
はたての顔から笑みが消えるが、気にせず卵焼きを受け取って食べた。
ここ最近、彼女との距離は以前より更に近づいていた。スキンシップの取り方はより過激になり、人前であってもお構い無しに引っ付いてくるようになったせいで、椛の言っていた噂は益々拡がりを見せている。
もっともサンカとしては満更でも無く、態々否定して回ったところで焼け石に水なのが明らかなので、今は放置しているのだが。
(はたてが好き、か。確かに可愛いし美人だし良い子だけど……それにしてもヤケに赤い味噌汁だな)
普段は合わせ味噌を使っているのだが、今日のは妙に赤く鉄っぽい味がする。味噌を変えたのか、或いはほうれん草のせいだろうか。
と、視線を感じて顔を上げてみる。対面に座っているので当然はたてと目が合うが、何故かその目は暗く澱んでいて、危険な雰囲気を漂わせていた。
「フフッ」
(ッ!!)
彼女はニコリとしてみせたが、サンカに伝わったのは酷く殺気立った感情だった。怒りを堪えるかのように、膏薬が貼られた指が僅かに震えている。
「ご、ごちそうさま。美味しかったよ」
重苦しい空気の中、味のしない食事を終えると、まるで正気に戻ったかの如く負のオーラが消え、普段通りの明るく、快活なはたてに戻った。
「お粗末さま。この後はどうする?」
「縁側で少し休むよ。ちょっと日に当たりたいから」
「わかったわ。お茶、淹れて来るね~」
「ありがとう」
逃げるように早足で縁側へと向かう。そして彼は、庭でも見て少し落ち着こうと思い、良さげな日向を探して座布団を置く。
今日は強めの風が吹いており、体感にして春先程度のため、熱中症になることはないだろう。涼し気な風鈴が頭上で鳴っている。
(こっちに来て何日経ったかな)
思えば短い間に色んな事があった。トンネルを潜り抜けた先で天狗に出会い、能力に目覚め、そして今では怪異討伐に出向いている。まるで冒険活劇の世界に迷い込んだようで、何となく主人公たちの心境が理解できた気がした。
「お待たせ。お茶持ってきたわ」
枯れ始めたヒマワリを見つめながら思い耽っていると、はたてが二人分のグラスを持って現れた。外界で購入したグラスには、井戸で冷やした麦茶が注がれており、彼女も隣に座るつもりなのだとすぐに分かった。サンカはお礼を一言述べ、差し出された麦茶を受け取る。
「なあはたて」
「何?」
「どこに座って……」
「どこって、膝だけど?」
「降りてくれると嬉しいんだけども。麦茶が飲めないんだ」
「え~ちょっとくらい良いでしょ?それよりも、なんか顔赤いよ?もしかして……照れてる?」
「ちっ、違う!これは照れてるんじゃなくてその……」
照れ隠しの否定の言葉を述べようとした途端、鈍い痛みが両目に走った。ゴミが目に入った時とは異なる、どちらかと言えば目の内側から痛みが来るような感覚に、サンカは小さく呻く。はたては異常に気付いて膝の上から飛び降りると、サンカの前で屈んで彼の手を握った。
「サンカ?ねえどうしたの?どこか痛むの?」
「……だ、大丈夫だよ。心配いらない……から」
不安にさせまいと今できる精一杯の笑顔で誤魔化していると、段々と痛みが引いて来た。彼女も落ち着いたのを見計らって、流れ出た大粒の涙を拭き取ってくれたが、その面持ちは未だ暗い。
「ねえ、本当に何ともないの?本当に無理してないの?」
「大丈夫だよこれくらい。なんて事……ないよ」
「……」
「仲が良いわね。羨ましいわ」
「……紫さん」
介入する頃合いを窺っていたのか、会話が途切れたタイミングで紫が現れた。また依頼かと思ったが、どうやら今回は違うらしい。
「暇そうだから、ちょっとしたお誘いをしに来たのよ。今日は博麗神社でお祭りがあるのは知ってるかしら?」
「ええ。存じてます」
今にも飛び掛かりそうなはたてを押さえつつ、紫の問いに答えた。博麗神社と言えば、はたてに危険だから行くなと強く言われた場所だ。凶暴な輩がいるらしいが、そんな場所で祭り事とは肝が据わっている。きっと相当な実力者が多く集まるのだろう。
「知っているのなら話が速いわ。貴方と弾幕勝負をしたがってる娘が居るのよ」
「弾幕勝負ですか……あれは痛いからなぁ」
「あら、別に必ず来いと言っている訳では無いのよ?ただ、祭りという事は宴会もあるから、何かしら美味しい料理もあるんじゃないかしら?」
チラリとはたてを見ながら言うと、彼女は痛い所を付かれたような声を出した。彼女としては行きたいらしく、うー、と唸っている。
「一緒に行こうよ。今なら能力だって使えるし、弾幕だって作れるから」
「うーん……」
はたては悩んだ末、何か閃いたような顔をして承諾した。何か黒くドロドロした雰囲気が渦巻いている気もするが。
「それじゃあ、今晩は楽しめると良いわね」
紫はそう言うと、甘い香の匂いを残して消えて行った。