「やっぱり夜だと派手ね。それ」
満月が幻想郷を神秘的に照らし出す中、はたてはサンカの足に装着された飛行装置を指差した。この装置は重力場を形成した際に紫色の燐光を発するのだが、確かに夜だととても目立つ。はたてとしてはもう少し光量を抑えて欲しいらしい。
「今度整備に出すから、その時に調整して貰うよ。本当はこんな機械に頼らずに飛べれば良いんだけどね」
「あ!じゃあじゃあ、また私が抱えて―」
「いや、いいよ。大変だろうから」
「むぅ……」
雑談をしながら山を越えると、はたてに抱えられて空を飛んだ時に見た神社が近づいてきた。境内には提灯と思われる光が幾つも灯り、社を目指して階段を登って行く人ならざる者達の喧騒が聞こえるようだった。
「皆見てるね」
「宴会に来るような人間は限られているもの。珍しいんでしょ」
サンカは両足の装置を前に向けて減速し、広々とした境内に降り立つ。そして空から現れた見知らぬ人間に驚く妖怪や妖精たちを尻目に、はたてと共に砂利を踏み鳴らして歩いた。
はたてに手を引かれるがまま拝殿に足を踏み入ると、既に宴会は始まっていたらしく、雑多に並んだ酒瓶や、ずらりと並んだ料理、アルコール類独特の臭気が漂っている。
一見するとただの人間にしか見えない会場の面子も、観察してみれば人とは明らかに違う特徴を持っているのが見受けられ、少しだけ自分が場違いな場所に来てしまった気分になった。
「注意して。ここにいるのは幻想郷の中でも強者だけ。気分を害したら―」
「お、文と椛ちゃんも来てるのか」
「……ちょっと。聞いてるの?」
はたての忠告を右から左へと聞き流し、見覚えのある二人の天狗の元へと向かう。椛は額から朱色の一角を生やした巨漢の女(恐らくは鬼だろう)に絡まれオロオロしていて、文は空いた酒瓶を片手に笑い転げている。
「隣、いいかい?」
サンカは文の隣に立つと、赤ら顔をした彼女は焦点の定まらない目で見つめて来た。呼気にアルコール特有の匂いが混じっており、相当酔っているようだ。
「あやぁ?ハンカさんにはやても来てたんれすねぇ。まずは一杯」
そう言って徳利を差し出す。辛うじて呂律が回っているので聞き取れはしたが、酒に強い文を酔わせるような代物を飲んで平気でいられる筈がないので、丁重に断りを入れておく。
「お酒は飲めないから遠慮しておくよ。ちょっと興味があったから見にいだだだ!?」
酔っ払った文と会話を続けながら腰を下ろそうとすると、はたてに耳を強く引っ張られた。あまりの痛さに大きな声が出てしまったが、酒盛りをしている者達にとっては悲鳴の一つや二つはどうでも良いらしく、気にする素振りも見せていない。寧ろ、またかという反応をしている者がいるのを見るに、揉め事の類はよくあるようだ。
「痛たた……いきなり何をするんだよ」
「フンッ!」
はたては不機嫌な態度を隠さず、文とサンカの間に無理やり割り込むように座った。サンカも痛む耳を押さえながら座ると、すぐにはたてが肩へと寄りかかり、腕を絡ませて来た。
「あの、はたて?左手が動かせないんだけども」
「何か問題があるの?」
「いえ、ありません」
圧に負けて引き下がる。確かに飲食をする際には右手を使うので問題はないが、彼女の語気に怒りが混じっているのは何故だろうか。癪に障る様な真似は覚えが無いが、今一度思考を巡らせた。
(うーん、ダメだ分からない。やっぱり女心って難しいな)
「危ない!」
ハッとして顔を上げると、直径四十センチはある巨大な酒杯が、顔に目掛けて飛んでくる所だった。後ろにはしまったと目を丸くする鬼と、青くなった椛がいる。
(冗談だろ)
咄嗟に頭を下げると、酒杯は頭上を通り過ぎて、後ろの席に座っていたブロンズ髪の女の頭に命中する。女は蛙が潰されたような奇怪な声を上げ、仰け反りながら倒れ、ぶつけた個所を押さえてのた打ち回った。
相当重そうな酒杯が顔に当たっただけあって、死ななくとも麻痺等の後遺症が出るかもしれない。サンカははたての手を振り払い、魔女に近づく。
「平気かい?怪我は?」
「うぅ、首が痛い」
触診してみたところ、赤く腫れているだけで骨は折れていなさそうだ。能力を使って怪我を治療してやると、女はすぐに起き上がり、ニカッと笑顔を向けた。はたての笑顔を柔らかい春の日差しに例えるなら、彼女のは真夏の太陽のような明るい笑顔で、見ているだけで元気になれる気がする。
「助かったぜ!ええと―」
「箕作サンカ」
「サンカ?どっかで……ああ、お前がサンカか!ありがとな!なあなあ、天狗に拾われてこき使われてるって噂は本当なのか!?文の新聞に書いてあるみたいに、一人で化け物退治してるのか!?」
「いや、あの……」
魔理沙と名乗った女は目を爛々と輝かせながら、息をつぐ間もなくに質問してきた。その一方通行な言葉の弾幕を前に、サンカは早くもタジタジになりつつある。
「ちょっと!馴れ馴れしくしないでよ!」
はたてが乱入してくると、サンカの腕を掴んでグイっと引っ張った。咄嗟に魔理沙が反対の腕を引っ張る。
「今話しているのは私だぜ?話終わるまで待てよ」
口を尖らせる魔理沙。はたては一層語気を強め、魔理沙をけん制する。
「話し?どう見ても一方的に喋ってるだけじゃないの。それに、サンカが困ってるでしょ。強引過ぎて本当に引くわー」
両手に花、と言ったところか。普通なら喜ぶところなのだろうが、腕が千切れそうだし、なにより女同士の舌戦の間に挟まれているのは胃が痛くなる。サンカは天井を仰ぎ、早くこの時間が終る様に願う。
すると、魔理沙の引っ張る力が一瞬弱まり、体がはたて側に大きく傾く。はたてはこの隙を見逃さず、光の速さで魔理沙の手を弾き、サンカを抱き寄せた。彼女の胸が顔を覆う。
「いい?彼は私の物なの。勝手に話すのは私が許さないから」
「あーはいはい分かりましたよ。ところで、今にも窒息しそうになってるけど大丈夫なのか?」
「え?……あ!」
息ができるようにサンカの拘束を解くと、彼は上を向いて大きく息を吸い込み、涙を浮かべて咳き込む。
「ゲホゲホ……死ぬかと……」
「ご、ごめんなさい。悪気は無くて」
「い、良いんだ。次は加減してくれ」
魔理沙は二人のやり取りを見て苦虫を噛み潰したような顔をすると、小さな八角形の道具を取り出し、底に付いているスイッチを押した。道具の上部から小さな火が明滅する。
「早速だけど、弾幕ごっこを挑ませてもらうぜ!言っておくけど、拒否権はない!!」
「ちょっと貴方いい加減に―」
「喧嘩はよせ」
ムキになったはたてが手を上げようとしたので、サンカは立ち上がってはたての前に割り込んだ。そして魔理沙の方を向き、ため息をつきつつ帽子を被り直した。
「受けて立つよ。でも、僕が勝ったら宴会の間静かにしていると約束してくれ。良いかい?」
魔理沙は不敵に笑う。
「話の分かる奴だぜ。なら、私が勝ったらじっくり話をさせてもらうからな!」