「ちょっと何の騒ぎ?まさか、もめ事起こしたんじゃないでしょうね」
「もめ事なんて起きてましぇんよ~」
「酒くさっ」
呂律の回らない文が霊夢と呼んだ巫女に事情を説明すると、彼女らは魔理沙の対戦相手を見た。
中折れ帽を深く被った色白な男。間違いなく朝刊の記事になっていた輩だ。通気性の悪い長袖の服を着ているから、見るからに暑苦しい。
(あの男、何か妙ね)
それは長年の巫女としての経験から覚えた違和感だった。具体的には言えないが、あの男は天狗に拾われたただの人間ではなく、もっとドス黒く、幻想郷にいるべきではない邪悪な何かである気がしてならないのだ。
霊夢は魔理沙と黒尽くめの男が庭に出て行くのを見送ると、何かあったらいつでも動けるように裏口へと向かう。もしかしたら自分も戦うことになるかもしれない。彼女は人知れず、そう覚悟を決めていた。
◆◆◆◆◆
「お互い手加減無しだぜ!本気でかかってこい!!」
「はいはい」
社を見ると、多くの野次馬が二人に大金を賭けているところだった。はたて達は賭けに参加していなかったが、弾幕勝負がよく見えるよう、最前列に座っていた。
(やるしかない……か)
不安そうなはたてと目が合い、サンカは手を振る。うまく言いくるめて勝負を放棄させる算段だったが、ここで引こうものなら間違いなく賭けをしている面々に袋叩きにされるだろう。退路を絶たれた以上、戦うしかないのだ。
「いつでも」
「じゃあ、月があの雲に隠れたら始めるぜ」
指さす方を見上げると、朧雲が月に差し掛かろうとしていた。あの雲が月を隠したとき、ここは逃げ場のない戦場と化すのだ。サンカはただ刻々と迫ってくるその時を、スペカを手に今かと待つ。
そしてついに、雲が月を覆った。一瞬辺りが暗くなり、松明の火が煌々と煌めき出す。
「隙あり!」
最初に仕掛けたのは魔理沙だ。彼女は指の間に挟んで隠し持っていた数本の小瓶をサンカに向かって投げつけ、彼の足元近くに落ちていく。
―ボウッ!
小瓶が割れた事で、封入されていた液体が空気に反応して爆発した。初動の遅れたサンカは急いで装置を起動し空中へと逃れるが、先に飛び立っていた魔理沙による爆撃で思うように動けない。
「ならば!!」
装置の推力を最大にしつつ、被弾覚悟で強引に爆撃を突破した。魔理沙は不敵な笑みを浮かべると、星形の光弾を展開しながら常に一定の距離をとって逃げ回る。
サンカも必死に後を追うが、飛行装置を移動用程度にしか使って来なかったのが仇となり、満足に制御できずフラフラと蛇行する有り様だ。もはや勝負にすらなっていない状況に、野次馬からも嗤い声が上がる。
「どうしたんだ?そんなんじゃ蚊にも勝てないんだぜ?」
「こいつ!」
相手のペースに乗せられてしまい、ほぼ垂直に上昇を始めた魔理沙を追おうと、無理矢理加速して高度を上げていく。位置は真後ろ、攻撃を行うには絶好の位置だ。サンカは攻撃を仕掛けるべく、指先に全神経を集中させる。
(なんだ?頭がボーッとして……)
視界が黒くなり、瞬く間に意識が飛ぶ。強い負荷を掛けたのが原因で頭に行きわたる血が足りなくなり、眠るように気を失ったのだ。サンカは空中で身動きが取れなくなり、落下していく。
魔理沙は急旋回して方向を変えると、懐から八角形の小物を取り出し、真っ直ぐ狙いを定めた。
「ミニ八卦路!?避けてサンカ!」
「食らえ!スペルカード、恋符・マスタースパーク!!」
血が頭に行き渡ったサンカが目を醒ますと、状況を把握して慌てて急停止させるが、回避は間に合いそうになかった。彼は最終手段として残しておくつもりだった、虎の子の防御スペルを唱える。
「スペルカード!
シールドを作り出して攻撃を吸収させようとするが、魔理沙のスペルは想定より強力で、ものの数秒で吸収限界を迎え、いとも容易く破壊された。サンカは間一髪回避して無事だったが、服が煤けてしまっている。
(なんだあの出鱈目な火力は!?)
「逃げてばかりじゃ勝てないぜ!スペルカード、魔符・スターダストレヴァリエ!」
再びあの攻撃を受ける前に逃げようとしたが、魔理沙はサンカを正確に捕捉しており、魔法陣を展開して七色の巨大な星形弾幕を呼び出していた。サンカは目に見えて焦り、何を思ったのか弾幕勝負では無意味な防御姿勢をとる。
(しまった)
魔理沙は箒の柄をサンカの背中に衝突させ、大量の光弾を浴びせつつ急上昇、再び降下して箒をぶつけて、と一撃離脱を繰り返す。爆煙に包まれた彼がどうなっているのか分からないが、これ以上戦いを続けるのは不可能だろう。
魔理沙は技の〆にと星形光弾の列を作り出し、未だ晴れぬ煙の中へと放とうと力を込める。
「なんだ弱っちいなぁ。もうちょっと頑張ってほしかったぜ。しかし、弾幕はパワーだよ。頭使って戦うなんてちゃんちゃら―」
「力任せで勝った気になるなよ」
魔理沙が素早く顔を上げると、口を開けたまま固まった。何故なら、さっきまで攻撃を加えていたサンカが立っていたからだ。彼は満身創痍という言葉がピッタリな程にボロボロで、裂けた帽子のツバから覗く黄金色の瞳には、さっきまでとは明らかに異なる雰囲気を纏っている。
「二回戦目だ。行くぞ」
直後、魔理沙の体が木の葉の如く宙を舞う。サンカの蹴りが背中に命中し、バランスを崩させたのだ。魔理沙は箒の柄を握り締めて体勢を立て直し、新たに弾幕を展開して撹乱しつつ、先ほど撃とうとしていた本命の攻撃を放つ。
弾幕は真っ直ぐサンカへと進んだが、彼は弾道を見切って僅かな姿勢の変更だけで回避し、逆にスペルを唱える。
「スペルカード。修羅・百鬼若松の構え」
「なっ!?」
正面からは大玉の光の弾が迫り、周囲からは誘導性のある光の針の群れが押し寄せる。幸いにも弾幕の速度は速くないので、魔理沙は態勢を立て直し、敢えて自分から針の群れへ突っ込む。
「こんな遅い攻撃、見た目が派手なだけで意味なんてないぜ!」
自分の射程に収めれば勝てると踏んだらしい。未だ勝ち気な表情は崩れず、勝利への希望を見失ってはいないようだ。
「そろそろか」
サンカの声に呼応して、箒の柄が光った。裏側を見ると、小さな賽子が取り付けてあった。それは甲高い音を立てて、煙を吐いている。
「プレゼントだよ。受け取ってくれ」
断続的に続いた煙が途切れ、少し間をおいてから青白い炎を上げ、炸裂した。箒を破壊する程の威力ではなかったが、意識を逸らされたのが原因で弾幕に追い付かれ、気づいた頃には空を埋め尽くす緑色の弾幕が降り注いでくる所だった。
「スペルカー……」
魔理沙はスペルを発動しようとしたが間に合わず、全身を弾幕の暴風雨に打たれて地に落ちた。それは正しく、強者の落日の日であった。