幻想怪奇目録 ー人と天狗の奇妙な関係ー   作:ガーヘル313

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35話 過去

 歩ける程度まで回復したサンカは、はたてに付き添われて紫の元へ連れて行かれた。紫は袖の下として渡した饅頭を摘まんでおり、幾つか食べ終えた包みが散らばっている。

 

 

「さて、何から話しましょうか」

 

 手にした饅頭をペロリと平らげると、扇子を口に当てつつ悩ましげに片目を瞑った。

 

 

「まず、僕について教えてください」

 

「そうね。そこから説明しましょう」

 

 紫はお茶を一口だけ口に含んで、湯呑をちゃぶ台に置く。彼女なりに思うところがあるのか、珍しく動揺しているようにも見えた。

 

 

「博麗の巫女の言った通り、貴方は餓鬼で間違いないと思うわ。それも、人工的に造られたタイプの」

 

「……そうですか」

 

「認めたくない。そう言いたげね」

 

「……はい」

 

「無理もないわ。外で餓鬼を討伐した時の報告書を見るに、貴方はアレを相当嫌悪していたのだからね」

 

 紫は乾いた口を濡らす程度にお茶を含み、今に至るまでの餓鬼とその他種族との関係を話してくれた。

 

 

「昔、海の向こうからやって来た高度な技術を獲た人間は、これまで共存してきた人知を超えた者達を討伐し、人間だけが頂点に立つ世界を作ろうとしたの。最初は私達が持つ'程度の能力'で圧倒出来ていたけれど、人間は自身の最大の武器である知恵を駆使して、ついに禁域に手をつけたわ」

 

「それが餓鬼と?」

 

「ええ。毒を以て毒を制す、といった言葉があるでしょう?程度の能力を使う妖怪や神には、程度の能力を持つ者で対抗しようとしたの。今現在、幻想郷に住んでいる妖怪や神、妖精の殆どは、貴方達に肉親を殺された被害者であると言えるわ」

 

「造られた餓鬼達は、その後どうなったんですか?」

 

 その問いに対し、紫はここから先は流れてきた文献によるものであるとしつつ、

 

 

「人ならざる者を一掃した後、用済みになった餓鬼の存在が疎ましく思えたのでしょうね。皆処分したと記録されていたわ。難を逃れた、たった一人を除いて」

 

「それが僕ですか」

 

「ええ。貴方は奇跡的に彼らの手から逃れることが出来た。製造法は失われたようだし、もう一度製造するなんて真似は出来ない筈だから、当時造られた個体と見て間違いないと思うわ」

 

 成程、まだ多少は混乱しているが、自分の生い立ちには一応の理解はできた。しかし、紫の説明ではある点の説明がつかない。それは外界で遭遇した女だ。

 

 

「外界で遭遇した女、羅刹は自身を餓鬼と称していました。あれは何だったのでしょうか」

 

「その件なのだけれど、恐らくあれは原種の餓鬼だと思うわ。情報を地獄に送っておいたから、他にも逃げ出した者がいないか確認している筈よ。今頃閻魔は大わらわね」

 

 くっくっくと紫は笑う。口振りからするに閻魔が口煩かったらしく、仕返しの良いネタが入ったと考えているらしい。

 それに、人間が転生する本来の意味での餓鬼は今も存在しているようだ。人外を滅するのは抵抗が無くても、元は人だった彼らを殺すのは引けたのだろうか。なんとも都合の良い話である。

 

 

「……これから僕はどうなるんですか?」

 

「幻想郷に住む以上、迫害を受けたり命を狙われる事が増えるでしょうね。でも、その能力と身体機能なら殺される心配は無いと思うわ。依頼も人目につきにくい所を優先的に回すようにするから、これまで通りに取り組んで頂戴」

 

 どうやらこき使うのは止めないらしい。はたてと共に苦笑いしていると、藍が一枚の似顔絵を持ってきた。誰が描いたのか、絵は写実的で特徴をしっかり捉えており、ひねくれた目付きからは若干の悪意すら読み取れた。

 

 

「この娘は?」

 

「この間の異変を起した張本人よ。名前は鬼人正邪。種族は天邪鬼」

 

 この間の異変と聞いて、サンカはあぁと声を上げた。実は何日か前、天狗の里で色々な道具が勝手に動き出したり、山に生息する妖怪が凶暴化する事案が発生していたのだ。

 幸い博霊の巫女のお陰で事なきを得たが、首謀者の正邪は逃亡してしまい、放置しておくにも危険であると判断された為、賞金を掛ける事態となった、と文から聞いた覚えがある。

 

 

「……成る程」

 

 サンカは暫し絵を見つめ、意図を察して呟いた。懸賞金も掛かっているので出る幕は無いと思っていたのだが、この娘の似顔絵を見せてきたという事は、サンカも捕獲に加われと言いたいのだろう。

 

 

「お願いできるかしら?手段は問わないわ」

 

 生死問わず、と紫は付け加える。予想は当たりらしい。

 

 サンカは正邪の似顔絵を懐に仕舞うと、帽子を取りに部屋を後にした。

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

「あ、帰ってきた」

 

 数日後の夕方。はたての家から空を眺めていた文は、二つの飛行機雲を指さして言った。ゆったりと伸びていく雲が、紫がかった空に溶けていく。

 

 

「文様!鍵を開けてきました!」

 

「ご苦労様です。椛」

 

 よっこらせっと腰を上げて玄関先に出ると、丁度二人が着陸した処だった。

 

 

「おかえりなさい。二人とも」

 

「おかえりなさい!はたて様!サンカさん!」

 

「ただいま……って、なんで文と椛が家の中にいるの?」

 

 鍵を掛けた筈だと驚いた様子ではたてが尋ねると、二人は声を揃えて

 

 

「「合鍵で入りました」」

 

 と言った。植木鉢の下というベタな処に鍵を置いていたので、すぐに見つけられたらしい。

 

 

「それはともかく、色々大変でしたよ」

 

 文はヤレヤレといった具合に首を振った。彼女曰く、機嫌の悪い霊夢がサンカを探しに里まで来たらしく、説得の末追い払ってくれたとの事だ。

 

 

「ささ、上がりましょうよ。立ち話もなんですし」

 

「私の家なんだけど……まあいっか。サンカ!」

 

 はたてが上機嫌にサンカの腕を引くと、今まで隠れていた肌が見えた。死人のように青白く、生命感の無い肌色だった。

 

 

「あ、あの!」

 

 椛がサンカの注意を惹こうと軽く袖に触れると、彼はゆっくり振り返り、帽子の唾を少しだけ持ち上げて椛を見下ろした。

 

 

「どうしたの?」

 

「……なんでもないです」

 

 少しでも励ますつもりでいた。だが、黄金色に光る彼の瞳を見ると、椛は視線を逸らし、はぐらかす事しか出来なかった。

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