「まったくしつこい奴らだった」
木の陰から辺りを伺うその妖怪は、先ほどまで賞金目当ての妖精に追い回されて逃げてきたのだった。
黒に白と赤のメッシュの入った髪の毛、小さな二本の角、腰に付けた上下逆さのリボン。彼女は今まさにサンカと魔理沙が捕えようとしている妖怪、鬼人正邪である。
彼女は鬼のように見えるが、実際は鬼でもなんでもないただの捻くれた妖怪だ。
「今に見てろ。いつか弱者を率いて、必ずこの世界をひっくり返してやる!」
焦りか、それとも怒りなのか。正邪はそんな言葉を吐いた。
彼女は息を整えて立ち上がると、月が照らす森の中をソロソロと足音も立てずに移動を始めた。鬱蒼とした木々を抜けると大きな川があるので、そこで喉を潤すと同時に体を洗うつもりなのだ。もう十日以上垢を落としていない事もあり、ベタついて気持ちが悪い。
「どいつもこいつも寄ってたかって追い掛け回して・・・こっちの都合も考えろ」
「それは無理だね。アンタの都合はこっちの不都合だからな」
ハッとして声のした方を見ると、薄暗い森から異変(革命)の邪魔をしてきた強者=魔理沙が出てきた。既に八卦路を取り出して臨戦態勢に入っている。
「魔理沙・・・」
「さあ、覚悟してもらおうか!」
魔理沙は箒に乗って宙に浮くと、ランタンを投げ捨ててスペカを取り出した。
正邪と対峙した彼女は、サンカに言われたことを思い出していた。
(確か一定の方角に追い込めばいいんだったな。それくらいやってやるさ!)
「もう追ってきたと言うのか。少しは休ませろ」
「休んだら逃げるだろ。疲弊してる今がチャンスって奴だぜ!スペルカード!邪恋・実りやすいマスタースパーク!」
細いレーザー光が八卦路から放たれ、正邪へと向かう。正邪は咄嗟に躱すと、その細いレーザーが通った直後に極大のレーザーが木々を薙ぎ払った。圧倒的な破壊力と熱が大気を焼き、大地を焦がす。
「ちっ。外したか」
「こんな攻撃当たる分けないだろう!馬鹿が!」
ゲラゲラと舌を出して挑発すると、魔理沙はムスッとして次なる攻撃を行う。
「馬鹿にするな!スペルカード!魔弾・テストスレイブ!」
今度は大型の使い魔を呼び出し星弾を大量にばら撒くと、正邪は弾幕を回避しながら逃げるが、魔理沙はピッタリと視認して付いて行く。
密度を増していく弾幕を見て逃げきれないと判断した彼女は、市松模様の体を包めるほど大きな布を取り出して、自らの頭の上から被った。するとどうだろうか。魔理沙の弾幕はまるでその布を避ける様に、明後日の方向に飛んでいく。
噂の反則アイテムの様だ。魔理沙は驚きつつも接近し、更なる攻撃を仕掛けようとする。先ほどから微動だにしない辺りからすると、弾幕は躱せるが自力では動けないようだ。
彼女は十分接近すると、箒を高く掲げて振り下ろした。
「何!?」
確かに当たったはずだが、風景に変化がない。そこに存在していないかのように、箒の柄すら視界に入っていなかった。
魔理沙は周囲を警戒しつつ、体の違和感に気づいた。
彼女は地面だと思って箒を振り下ろしていたが、実際には'振り上げて'いたのだ。
右腕を動かした筈が左腕が動き、見上げたはずが見下ろし、更には実際に見ているものの向きすら違っていた。
「掛かった掛かった!」
正邪が真上(真下)からこちらを見上げて笑い転げている。
思い通りに動けない魔理沙が滅茶苦茶な軌道を描いて墜落すると、正邪が布を回収し悪意に満ちた表情で近くに寄ってきた。
「どんな気分だ?弱者だと思ってた者に一杯食わされるのは」
「この!能力を解け!すぐに!」
「解くわけないだろう?暫くそうしていろ!」
正邪はそう言い残して、魔理沙を置いて走って行ってしまった。だが、幸か不幸か、正邪はサンカに指定されていた方向に向かっている。目標は偶然にして達成することが出来たのだ。
「逃亡劇もここで終わりだぜ。後は任せたぜ、サンカ・・・」
彼女は気づかれないように小さくグッドサインを出し、泥だらけの顔でほくそ笑むと、スペルを連発し過ぎたせいか力尽きて突っ伏した。
「派手な弾幕だったな。見てる分には良いんだけども」
サンカは一際高い木の上に座って二人の攻防戦を眺めていた。魔理沙の弾幕は強力ではあるが、動作が単純で隙が多い。その隙をどう埋めるかが、彼女の今後につながるだろう。
木々の隙間から見え隠れする少女を目視し、手渡された紙と見比べる。特徴は一致した。正邪で間違いなさそうだ。魔理沙との戦いで体力を相当消耗しているが、油断はしない。
このために作戦を立て、念には念をと弾幕を避けるような反則アイテム対策も苦労して用意したのだ。逃げられては水の泡である。
「そろそろか」
罠は仕掛け終わった。後は直接正邪と対決するのみである。
サンカが月を背にして立ち上がると、獲物へ狙いを定めた彼の金色の瞳が、暗闇でボンヤリと光を放った。