途中買い出しをして家に帰ると、サンカは酷い頭痛と吐き気を覚えていた。
先日から体調は多少悪かったが、無理をして出たため悪化してしまったようだ。
はたては彼の額に手を当てると、直ぐに離して暑そうに手をパタパタと振る。彼女の反応からすれば、熱があるのは明白の様だ。
「風邪?」
「そうみたいだ」
「無理するからよ。生姜湯作ってるから寝てて」
そもそも
怪我をすぐに再生出来るほどの力があるなら、病原体への耐性も高くしてほしかったものだ。
はたては部屋まで付き添った後、炊事場へと向かった。そうしている間も頭は痛みを増していき、体中が鉛を詰めたかのように重い。今は彼女の言葉に甘えて一日休むべきなのだろう。
「せめて布団を・・・」
サンカは押し入れから布団を引っ張り出そうとして力尽き、上から降ってきた衣類などに生き埋めにされた。
もうこのままでいいか、と投げやりになりながらため息をつくと、生姜湯を作り終えたはたてが戻ってきたらしく、襖が開く音がした。彼女は部屋の惨状を見ると、生姜湯を置いてサンカに駆け寄り、辛うじてはみ出ている足を引っ張って衣類の山から引きずり出した。
「大丈夫?」
「大丈夫だ。このくらい・・・」
「やせ我慢しないでよ。私が布団出してあげるから、大人しくしてて」
はたては生姜湯の隣まで引っ張っていくと、すぐに不要な物を押し入れに戻し、普段サンカが寝ている布団を敷いていく。
布団を敷いていくはたての様子を見ながら、妙に赤い生姜湯を飲み干すと、ぼやける視界ではたての後ろ姿を見ていた。
誰かが自分のために世話をしてくれる。今でこそ当たり前の光景になりつつあるが、外に居た時には考えられない光景だ。
幸いにも資金は短期の仕事で手に入れられるため病院にかかる事はできたが、薬を飲んだ後は雨を凌げる場所で寝袋に入り込んでひたすら眠る事しかできず、熊や猿に一方的に襲われたときは、あまりの腹立たしさに何度か憤死しかけた。
だが今は傍に居てくれる人がいて、更には居を構える場所がある。一体何度彼女に感謝したのか、自分でも分からなかった。
「ほら、横になって」
綺麗に敷かれた布団に潜り込むと、いつの間に干したのか人肌程度に温まっており良い匂いがする。ジンワリと丁度良い熱が体に回るのを感じ、思わず安堵のため息がでてしまった。
この体になってからというものの、セミの鳴く暑い日でも冬の様な寒さを感じる事が多くなった。はたて曰く、普段は触れると氷のように冷たいのだそうだ。夏がすぎれば秋が来て冬になるわけだが、凍死しないか心配だ。
「薬を持ってきたわ。飲める?」
「ああ」
はたてが粉薬を枕元に置くと、サンカはぎこちなく起き上がって、水と共に薬を飲み込んだ。あまりの苦みに顔をしかめるが、これも健康体になるために我慢しなければならない。それは分かっている。分かっているが、如何せん苦すぎる。
一気飲みしたのも相まって息苦しくなり、背中を丸めて咳き込むと、はたてが背中を摩ってくれた。
「ありがとう」
「どういたしまして。ご飯はどうしようか?」
胃に相談してみると、ねじくれているのか何も入りそうになかった。今何か食べると(食事をとる意味は無いのだが)反射で戻すかもしれない。その旨を伝えると、はたては心底残念そうに項垂れた。
そんな彼女の様子を見ていると、普段とは真逆の、なにかさせてあげたいという気持ちが強く出てくる。食事以外で出来そうな事は何があるだろうか。
「じゃあそうだな、今日は一日傍に居てくれないかな」
「!わかったわ!!あっ、そうだ。ちょっと待っててね」
分かりやすい程嬉しそうな顔をした彼女は、何かを取りに部屋から飛び出していった。
何をするのか気にはなったが、彼女が戻ってくれば自ずと分かる事だ。その間ゆっくりすればいい。
一人になったサンカは、首を動かしてある一点を見つめた。そこには魔理沙に渡された紙袋が無造作に転がっており、中からは件の小箱が顔を覗かせている。
(渡し損ねたなぁ。まさかこうなるとは)
本当は今日渡すつもりだったが、こんな状態では格好がつかない。
ただ、サンカにはこの風邪が完治してから渡すにしても、タイミングがいまいち分からなかった。違和感なく、それとなく渡せる時はあるのだろうか。回転の鈍い頭で数秒考えてみると、答えは割とすぐ見つかった。
(そうだ、どうせならはたての誕生日に渡そう)
そうすれば、きっと喜んでくれるはずだ。・・・椛の言う事が嘘でなければ。
「うん?そういえば、はたての誕生日っていつだっけ?」
「どうしたの?」
「お帰り。ちょっと考え事を・・・」
声のする方へ顔を向けると、大きな桶を持ったはたてが立っていた。水が入っているらしく、いつになく慎重に運んでおり、転ばないか心配になる足取りで此方へと歩いてくる。
彼女は隣に座ると桶をサンカの顔元に置き、中に浮かんでいる手拭を取って絞った。パシャパシャと霧のように細かい飛沫が顔にかかったが、気にはしない。
それにしても、妙に大きい手拭だ。額を冷やすなら、こんなに大きい物は要らないと思うのだが。
「体拭いてあげるから」
彼は納得した。丁度背中が汗で気持ち悪くなっていた所だった。
はたては寝た態勢のサンカの上着のボタンをはずすと、服を脱いで背中を向けるように指示した。
「助かるよ。何から何まで」
「いいのよ。今は病人なんだし、これくらいのことは・・・」
「・・・?どうした」
はたての顔から笑顔が消えると、何も言わずにサンカの背中に触れた。
彼の肌は右半分で色が変わっている部分があり、それは丁度わき腹から肩までを覆うように茶色くなっていた。
サンカがくすぐったそうに身をよじってはたての方へ振り返ると、彼女は何故か後悔しているような表情をしていた。まるで取り返しのつかない事をしてしまった、と言わん顔だ。
「これ・・・」
「ああ、多分生まれつきだよ。気にしないでくれ」
「・・・私のせいで」
「何?」
「ううん、なんでもないわ。ほら、じっとしてて」
彼女は取ってつけたような笑みを浮かべると、背中を拭き始めた。