風邪が治ってからというものの、サンカには依頼の数が増え、はたてに構っていられる時間がない程多忙になった。と言うのも、最近大きな異変が起こり、その後始末に回されている訳である。
更にはあの紅白巫女こと霊夢が彼を探し回っているというのだから、気が気ではなかった。現在は体調こそ万全ではあるが、霊夢と対峙した際に無事で居られる確証はない。彼女の力を鑑みるに、良くて相打ちといったところだと想定される。一方的に目の仇にされた上に、存在その物を消そうとしてくるのだから非常に厄介だ。
「さてと」
報告のための書類一式を書き終わると、サンカは大きく欠伸をし、指をブラブラさせたりして凝りを解していく。
今日も異変による局所的異常気象によって、どこからか湧いて出てくるようになった悪霊を地上から一掃したのだ。
能力を使い過ぎたこともあり、妙に疲れも溜まっているので、早めに眠るようにしよう。明日もまた何処かに放り出されると考えると憂鬱になるが、これも役割なので仕方がない。
「お疲れ様」
卓上に湯呑が置かれる。サンカははたてに感謝の意を伝えると、ゆっくり味わうように少しずつ口に含んだ。夏も終わってやや冷たさを感じる秋の空気に代わり始めているので、暖かい飲み物が美味しく感じられる。
「今日はほうじ茶か」
「さっき作ってみたのだけれど・・・どう?」
「とても美味しいよ」
彼女は小さくガッツポーズをすると、此方も幸せになりそうなほどの笑顔を振りまいた。確かにこのお茶は美味しい。美味しいのだが、妙に赤いのが不思議だった。味は確かにほうじ茶なのだが普通こんなに赤くなるのだろうか。
そんな疑問を抱えながら時計を見ると、まだ針は昼過ぎを示していた。今日は普段より早く依頼をこなせたため、時間が多くある。
「今日は僕が夕飯を作るよ。何が良い?」
「本当に!?じゃあ私が小さい頃食べた、コルリってやつが食べたいわ」
「コルリ?」
「えっと、茶色くて、辛くて・・・」
サンカは首を小さく頷きながら、はたての必死な、しかし楽し気な説明に耳を傾けた。
聞く限りでは、どうやらコルリという料理はカレーの事らしい。小さい頃というのだから、まだ外界にいた時に食べたようだが、当時の味は現在の味とは大きく異なっている筈だ。完璧に再現できるかはわからないが、やるだけやってみるとしよう。
(昔は珍しかったカレーを食べてたって、天狗って意外とハイカラな種族だったんだな)
「ねえ、良かったら作ってるところ見ててもいい?」
「勿論」
確かカレー粉はまだ残っていた筈だ。期待から目を輝かせるはたての頭を軽く撫でると、席を立って隣の部屋に続く戸を開ける。
「あら、終わったの?」
湯呑を手に勝手にくつろいでいる紫がいた。
サンカは特に驚きもせず、ため息交じりに髪をワシャワシャと掻きながら扇を口元に当てて微笑んでいる紫を見た。彼女の薄っぺらな笑みは何を考えているのか分からずとても不気味ではあるが、思わず見惚れるほどの妖艶さがある。
「まさかだと思いますけど、またですか」
紫がサンカの前に現れる理由は大概一つしかない。何となく事情を察しながらも、サンカはそう言った。
「その通りよ。今すぐ動いてもらうわ」
「それって拒否権とか・・・」
「無いわ。それと今回はそっちの烏天狗は置いて行ってもらうわ」
分かってはいたが、やはり此方の都合は考えてくれないようだ。
はたてを見ると、先程とは打って変わって暗い表情をしていた。折角一緒に居られる時間が出来たというのに、こんな形でそれを奪われれば当然だろう。
それに今からまた出るとなると、依頼内容によってはいつ帰れるかもわからない。彼女もそれを理解しているのだ。
「ごめんはたて、今度何か埋め合わせするから」
「わかったわ。行ってらっしゃい」
微笑んでこそいるが、悲しさを隠しきれていない。
サンカは酷く申し訳ない気持ちになりながらも準備を熟し、外へ出た。太陽は山の少し上あたりまで落ちており、日没まではそう時間がかからないだろう。
日傘をクルクル回す紫が妙に憎たらしく思える。一人ため息をすると、紫の開いた隙間へと踏み入った。
「ほらお姉ちゃん!やっぱり来てくれたよ!」
「こいし、この人はお仕事で来たのよ。邪魔しないであげて」
隙間から出た先は、地霊殿と呼ばれる和洋折衷の館だった。窓から差す光はステンドグラスによってカラフルな色がついており、まるで宝石のように薄暗い部屋を照らしている。
紅魔館が必要最低限の装飾が施されているのに対し、柱や壁に施された豪華な装飾のせいもあって、この地霊殿は真逆の華美な印象を受けた。
サンカは体に纏わりついて来るこいしを無視し、目の前で猫を撫でているさとりに尋ねた。
「早速依頼をお聞きします。ご用件は?」
「実はこの地底に怨霊とも妖怪とも違うモノが現れる様になったの。それも一匹や二匹ではなくね。貴方にはそれらの排除をお願いしたいわ」
「・・・わかりました」
「不機嫌そうね。なにかあったの?」
「元からです」
確かに仏頂面ではあるが、別に不機嫌な訳ではない。背中伝いに感じる重量が、背骨の変な場所に負荷をかけているのでこんな顔になっているだけだ。
このままでは骨が折れてしまうかもしれないと判断したサンカは、よじ登ってきたこいしを抱え上げ、肩の上に乗せた。するとこいしは、キャッキャとはしゃいで足をばたつかせる。余り暴れられると落としてしまうので気が気でないが、本人が楽しいのであれば咎めはしない。
「こいし、迷惑でしょ?早く降りなさい」
「構いませんよ。慣れてますんで」
「そうは見えないけれど・・・まあいいわ。今回はお燐も連れて行ってもらえるかしら?それともう一人。外で待っている筈よ」
さとりがお燐と呼んだのは、彼女が抱きかかえていた黒い猫だった。尻尾が二つに分かれている辺り猫又か何かなのだろうが、何故猫を連れて行かなければならないのだろうか。
何の脈絡もなくサンカをペットにしたいと言い出したこいしもそうだが、姉もつくづく不思議な人物だ。サンカはこいしに髪をモミクチャにされながら、目を丸くして、尻尾をゆったりと振るお燐を受け取った。