「派手にやってるわねぇ」
紫は少し遠巻きにその光景を見ていた。既に一時間以上も戦い続けており、勝敗が中々つかないようだ。
勇儀の性格上必ずこうなるとは思っていたが、ここまで長引くとは予想が少し甘かった。
「それにしても、いつまで隠れているつもりかしら?」
振り向きざまにそう言うと、何もない虚空から男が一人現れた。
シルクハットと燕尾服、丸眼鏡を掛けた出で立ちは紳士的に見えるが、口元を血で汚れた黒い覆いで隠しており、万人に危険だと感じさせる雰囲気がある。
男は狂気に染まった瞳を瞬かせながら、粘り気のある音を口から出した。黒ずんだ涎らしき液体が垂れてくる。
「意外だな。気づかないと思ってたんだが」
「貴方は臭うのよ。簡単に分かるほどにね」
確かに男は強烈な腐臭を漂わせていた。肉の腐ったような臭いを嗅ぎ、紫は顔をしかめた。
「二度と私の前に現れないで。それとも消されるのがお望みかしら?」
「酷い言い分だな?紫よ」
「馴れ馴れしく名前を呼ばないで頂戴」
「ヒッ・・・ヒヒッ」
押し殺したような気味の悪い笑い声を上げると、甲高い足音を立てながら紫の元へ歩き出した。紫はいつでも能力を発動できるように待ち受けると、男は何をするわけでもなく、紫の少し後ろで立ち止まった。
ポケットに両手を突っ込み、いつの間にか取り出していたパイプをふかす。目線の先には、死闘を繰り広げている勇儀とサンカがいた。
「あの男、モドキの割りにはやるじゃないか。お前が使うにはもったいない」
「・・・ここで異変を起こして何をする気かしら?」
「人間は繁栄しすぎた。一度全てを無に戻さなくてはならない」
紫の顔に煙を吹きかけると、彼女の顔がピクリと動く。男は静かに怒り狂う紫を逆なでするように、引き笑いをしながらポツリと言った。
「こんなチンケな場所を作って・・・救世主の真似事は楽しかったか?」
「黙れ!」
紫は扇を振りかざすと、男は既にそこにはおらず、ウジの湧いた血だまりが残されていた。
勇儀の角先を蹴りが掠め、お返しとサンカの短い髪を掴んで振り回し、地面に叩きつける。
だが彼はすぐに起き上がると、なんともなさそうに顔の泥をぬぐい取り、黄金に輝く瞳で目前の鬼を見据えた。
「しぶといなアンタも!」
「いい加減やめにしませんか?決着つきませんよこれ」
両者ともほぼ互角の戦いをしていたが、勇儀は息が上がり始めており、負傷しても即座に傷が治癒し、一切の疲れを見せないサンカに理がある様に見える。
博麗の巫女以来の強者という事もあってか、勇儀の顔は恋する乙女のように色めき立っていた。力を貸してほしいならというのは嘘ではないのだが、単に彼と戦ってみたかったというのが本音だ。
勇儀は幻想郷最強である霊夢に次ぐ強者である魔理沙を、圧倒的な力でねじ伏せた餓鬼に目を奪われた。それ以来戦ってみるのが夢で夜も眠れぬ日々を過ごしている中、地底で餓鬼が怪異を引き起こしたと聞き、血眼で探し回っていたのだ。
結局のところ元凶では無かったが、さとりが手配した救援が彼だったので探す手間が省けた。
「うおおおおお!!」
勇儀は近場に会った岩を力任せに持ち上げ、投擲する。
放物線を描いて迫りくる巨岩を即座に手刀で叩き割ると、割れた岩の陰から飛び出してきた勇儀が、両手を合わせて頭上から振り下ろした。
モロに脳天に命中し光が明滅するが、腕を掴み返し、顔面に向けて満身の力を込めた拳を命中させる。
「ウッ」
空気が漏れるような声を上げると、彼女はよろけて仰向きに倒れた。
体は青あざと擦り傷にまみれて息も絶え絶えといった様子で、対照的にサンカは脳震盪を起こしながらもなんとか立ち続けていた。
「僕の勝ちでいいですか?」
「・・・ああ、参ったよ」
満足そうに声を上げると、彼女はお燐に向けて手をブラブラと振って見せた。お燐は杯と酒瓶を持ったまま歩み寄って二人の顔を交互に覗き込み、呆れたように苦笑いする。
「満足したかい?」
「ああ、とてもな。ここまでやられるのも久しぶりだよ」
「約束通り協力してもらいますよ。異論ありませんね?」
「鬼は嘘を付かない。アンタもそうだろう?」
不快な視界の歪みが取れると、大の字になっている勇儀に対して能力を行使した。
見る見る傷が癒えて行くのを驚きながら見ていた勇儀は、上半身だけ起き上がると、彼を見て何かを決心したように大きく何度も頷いて、心底楽し気に肩を揺らした。
「気に入った!名前を聞かせてくれ」
「箕作サンカです」
「よしサンカ、今日からアンタは私の盟友だ!」
どうやら鬼に実力を認められたらしい。彼女は差し伸べた手をガシリと掴んで立ち上がると、拉げた帽子を拾い上げ、埃を掃ってそれを被せてくれた。
「では本来の目的を熟しましょうか。最後に異形を見た場所に案内してくれませんか?」
「ああ、それなら心配ない」
その言葉が合図だったのかのように、血の池から一斉に腕や足が這い出てきた。それらは蛇がのたうつようにバタバタと暴れると、徐々に頭、胴、といった具合に姿が現れていく。
サンカはそれを見て、瞳が小さく見えるほどに目を見開き、驚愕するかのような顔に変わった。完全に地上に出たそれらは皆、ぬめり気のある青紫色の肌で、黒々と開いた眼孔から血を流し、四つん這いで踊る様な奇怪な動きをしており、強い既視感があった。
「さて、一戦行こうじゃないか」
勇儀が拳を作ると、サンカも少し遅れて構えた。