「ふう・・・今ので最後だな」
勇儀は死骸の山の上に座り、指を顎に当てて険しい顔をするサンカに手を振った。
しかし返事は無く、なんの反応も示さないので、静かに首を振ってお燐に向き直った。彼は勇儀の姿や声が入らない程に考え込んでおり、瞬きすら忘れている有様だ。
この異形達は以前妖忌と共に対峙した物によく似ていた。もし同一であれば、これらも元は人間か何かだったと思われるし、変異した原因も同じであると予測できる。
そして今回は、地上と地底という場所の違いがある。となれば変異の原因はあの場所特有の土着系怪異等ではなく、なんらかの存在が引き起こしたものと考えるのが妥当だろう。
しかし地底という、鬼や危険度の高い妖怪達がひしめく環境に人間が入り込むのは不可能であるし、地上で暮す並みの妖怪でも難しい筈だ。
(いや、まさかな)
勇儀達の様子からすると、これらの異形達は彼女らの知る存在が生みだしたものではない。何となく何が引き起こしたか察しはついているのだが、幾らなんでも短絡的すぎるかもしれないと、サンカは頭を抱えた。
すると、今まで座っていた死骸が大きく崩れ始めた。慌てて飛び降りると、お燐がどこからか持ってきた猫車に、死骸を次々と積んでいっているのが窺える。
勇儀は、嬉しげだが淡々と作業する彼女の様子をつまみにして、酒を呷っていた。成程、後処理のために彼女を連れて行けと言われたのか。しかし、これ程大量の死骸を処分できる場所なんてあるのだろうか。
「どうするんですか?この死体の山は」
「お燐が灼熱地獄まで持っていって火葬する。成仏する事は出来なくなるけど、まあ仕方ないだろう」
「はあ・・・」
力なく反応すると、緊張の糸が途切れてしまったらしく、膝をついてしまった。足に力が入らない。気づかなかったが、疲労もかなり蓄積していたようだ。
少しの休憩を挟めば歩けるだろうが、もし戦闘中にこの状態になってしまったら死んでいただろう。勇儀は突然の事に一瞬戸惑ったが、すぐに彼に駆け寄った。
「おいどうした?」
「ちょっと疲れたみたいです・・・少しすれば歩けると思いますんで」
白い肌を青くしながらも、なんとか立ち上がろうとする。
しかし徐々に腕にも力が入らなくなってきてしまい、前のめりに倒れた。勇儀は、さっきまで元気だったじゃないかと言いながらも、そんな彼を抱え上げ肩に担いだ。
面倒見が良く豪快な性格に加えて、端正な顔立ちは、間近で見ると男らしくも見える。きっと女性にも人気だろう。
「さてと、地霊殿まででいいか?送ってやる」
「ありがとうございます。何から何まで・・・」
「気にするな。これも盟友のためだ」
恰幅のいい笑い声をあげると、荒れた道を歩き始めた。背が高いこともあって、地面が遠い。時々鼻をくすぐる髪からは、はたてのような甘い香りはせず、代わりに粗悪なアルコールが薄まった臭いがした。
「・・・ところで、女物の香水の匂いがするのはお前の趣味か?」
「ああ、気づきましたか」
その香りははたてが普段付けている物であって、趣味で付けている訳ではない。
密着してきて服に移ってしまったり、時折彼女が衣類に噴霧したりしているせいでどうしても薄っすら匂ってしまうのだ。
はたて曰く、せめて一緒に居れないなら存在をいつ何所でも感じられるようにとの事らしいが、止める理由もないのでそのままにしている。
「お前恋人がいたのか!」
勇儀はまるで自分の事のように喜ぶと、彼の背中を強く叩いた。
背骨に激痛が走る。
「まあ、はい。そうですね・・・」
「なんだ?歯切れの悪い」
恐らくは間違ってはいないだろう。色々とあやふやなまま今に至っているが、傍から見ればお熱い関係だ。
実際に、文からは顔を合わせる度に新婚さんと揶揄われ、椛も二人のやり取りを見てニコニコとしている。彼も周りからそう見られているのは案外悪い気はしなかったし、満更でもないのだが、一つだけ未だ納得いっていない点もあるのだ。
初めて能力を使った日に、口から出た好きという二文字は、あくまでも一個人の人(妖怪)としてという意味であって、意中の女性としてという意味ではない。
はたては未だにそれを正式なプロポーズと思い込んでいる様だが、サンカからすれば、勘違いで今の関係を続けていく事が嫌だった。
そこである物を渡した上で、改めて気持ちを伝えようと思ったのだが、異性として意識し始めると言いづらかったし、そもそも依頼を熟す事で手一杯な状況だった。
意外と自分は奥手らしい、と彼はぼやく。
「男らしくないな」
「仕方ないじゃないですか。恥ずかしいんですよ」
顔を少し赤らめると、勇儀は吹き出した。僅かながらも腕に力が入るようになって来ていたので、彼女の腹部に情けないほど弱い力で、ささやかな抗議をした。
「悪い悪い。で、お前の思い人はどんな容姿なんだ?」
「ええと、茶色い髪を左右で束ねてて、小柄で愛嬌のある・・・」
「・・・あれの事か?」
勇儀が立ち止まると、視線を前に向けたまま言った。辛うじて動く目を上に向けると、既に地霊殿の手前まで来ており、門の先で見覚えのある少女が立っていた。
上記に上げた特徴に加えて、烏のように黒い翼に、紫色が良く生える服装。間違いなく彼が、そして彼に好意を寄せている人物だった。しかし、両腕には真っ白な包帯が巻かれ、痛々しい姿をしていた。どうやらまた治さなければいけないようだ。
「サンカ!」
はたては肩に担がれたサンカに気づくと、普段と違って泣きじゃくりながら歩み寄るのではなく、手を振って此方へ駆けて来た。表情も何時もの微笑むような笑みではなく、悩みが吹っ切れたような明るい笑みで、見ている此方も自然と頬が緩くなる。
勇儀は自身が二人の邪魔になると察すると、サンカを静かに降ろし、直ぐに踵を返し手を振って帰って行った。
まだ一人で立ち上がる事が出来なかった彼は座り込むと、はたてが彼を優しく抱き寄せてくれた。
何も言わず体を預け、目を閉じて息を大きく吸う。ほんのりと感じる事ができる件の香りが疲れを癒し、服越しに伝わってくる体温が心地よい。
暫くして離れると、はたては再び明るい笑みを浮かべて、頭を撫でてくれた。
「帰ろう。歩けないなら私が運んであげるから」
「・・・ああ。頼むよ」
腕を治すと、頼られたのが嬉しかったのか、彼女は小さく歌を歌いながら翼を広げる。
鈴を転がすかのような儚げで繊細な歌声は妙に懐かしく、サンカはゆったりとした眠気の波がやってくるのを感じながら、目を瞑った。